28 / 107
第一章
第28話/Passage
しおりを挟む俺は、夢を見ていた。
(ここは……学校か?)
学生服を着た俺は、廊下を足早に歩いている。妙にリアルな夢だな。まるで映画の中に入り込んだようだ。
ふいに、声がかけられる。
「センパイ。そんなに急いで、どこ行くんすか?」
声の方へ振り返ると、セーラー服の少女が立っていた。見慣れないな、誰だろう?
しかしそんな心とは裏腹に、“俺”の口は勝手に動き出した。
「なんだよ。お前には関係ないだろ、『黒蜜』」
クロミ、と呼ばれた少女は、むっとした表情を浮かべた。
「ふーん……どうせまた“引本センパイ”に会いに行くんでしょ。バレバレっす」
「なっ……べ、別にいいだろ。生徒会の打ち合わせに行くだけだよ」
「ウチ、なんの用かなんて聞いてませんけど。なに焦ってるんすか?」
(ははは、なかなか言うな)
この“俺”は、この子に敵いそうにないな……他人事じゃないけれど。
「~っ!もういい、話がないなら行くぞ!」
「あっ、うそうそ!からかいすぎましたっ!」
黒蜜はパタパタと駆け寄ってきた
「実は……またうちのクラスメートが泣かされて。たぶん、“苅葉センパイ”の仕業かと」
「なに?またあいつか……!」
カルハ?泣かされるなんて、物騒な話だ。不良か何かだろうか。
「まったく、なにが不満なんだ!いつもいつも、問題ばかり起こして!」
「そんなの、分かりませんよ……そもそも、言葉分かってるんですかね?」
「さあな……あいつが日本語話してるの、見たことないよ」
「父親がマフィアだって噂もありますしね。危険度満点っす」
(おお……すごいキャラづけだな)
どうやらその苅葉とかいうのは、日本人じゃないらしい。それも、マフィアの子か……
「わかった、俺から言っておくよ。その泣かされた子、他になにかされなかったのか?」
「はい。物を盗られたりとかは、特には」
「そうか。不幸中の幸いだな……っと。じゃあ、俺はそろそろ行くよ。黒蜜、お前も早く帰れよ」
「そんな、母さんみたいなこと言わないで下さいよ……では失礼します、センパイ」
黒蜜はぺこりと一礼して、廊下をたたたっとかけていった。
それを見送ると、俺も反対方向に歩き出す。茜色の廊下には、俺の足音だけが寂しく響いた。パタン、パタン。
(不思議だな……妙に懐かしい、というか)
ここが夕焼けの校舎だからそう感じるのかもしれないけど。だがそれだけじゃない。胸の底をちりつかせるような、そんな郷愁を感じた。
もしかして、これって俺の……
「……!」
その時、“俺”がはたと足を止めた。俺一人だけだと思っていた廊下には、もう一人の先客がいた。
長いブロンドの髪をした少女が、廊下の壁にもたれている。彼女も俺の姿を見とめると、こちらをキッと睨んだ。その眼は碧色だ。
“俺”はたまらずこぼした。
「苅葉……!」
えっこの子が、例の不良の?だって、女の子じゃないか。
苅葉。そう呼ばれた少女は俺を睨んだまま、壁を離れてまっすぐ立った。こうしてみると、なかなかの迫力だ。女子でありながらも長身で、俺と目線が変わらない。ド派手なブロンドヘアーと、つり目がちな紺碧の瞳は、日本じゃかなり目立つだろうな。俺はキリーたちで見慣れてるが……
苅葉は俺をただ見つめるだけで、一言も発さない。
「……なんだよ」
「……」
「……言いたいことがあるなら、はっきり言えよ!黙ってちゃ何もわからない。そんなんだから、みんなに疎ましがられるんだろ」
「……ッ!」
苅葉はギリッとこちらを睨みつけた。もとが派手だから、すごい迫力だ。
(怒らせちまったな。“俺”も言い過ぎだ)
苅葉はぷいっとそっぽを向くと、そのまま俺の脇をずんずん通り過ぎる。だが去り際に、俺の向こうずねを思い切り蹴飛ばしていった。ガツン!
「いってぇ!」
うわぁ、今のは痛そうだな。夢の中だからか、俺は何も感じない。
「おい、待て!」
“俺”は足を引きずりながら、苅葉を追いかける。彼女の肩を掴もうとすると、苅葉はぶんっ、と身を翻した。ブロンドの髪がぶわりと舞い踊る。次の瞬間。
「キャーーーーーー!」
うわっ。苅葉が耳をつんざくような叫びを上げた。
「お、おいっ」
「オソワレルーーーーー!」
「ばっ、バカ!なんて事言うんだ!黙れ!」
“俺”は苅葉の口を塞ごうとやっきになり、苅葉は苅葉で俺の手に噛み付いたりと全力の抵抗を見せた。二人ともひっくり返っての大乱闘だ。
(な、なにやってるんだか……)
はたから見てる俺からしたら、子ども同士の大ゲンカだ。あ、ホントに子どもだっけ。
最終的に、“俺”は無数の引っ掻き傷と噛み跡と引き換えに、苅葉を黙らせることに成功した。単純にお互いのスタミナが切れただけだが。
苅葉は長い髪をボサボサにして、はぁはぁ荒い息をしている。“俺”もぜいぜい言っていたが、無理やり口を開いた。
「お前……なんだって、すぐに人に突っかかるんだ。さっきだって……」
苅葉は無言で俺を睨む。これは単に、息切れで声が出せないからだろうけど。
「……話してみろよ。じゃなきゃ、なにもわからない。お前、誰かを待ってたんじゃないのか?」
苅葉が碧い目を丸くした。
「お前が黙ったままだから、みんなもお前を遠ざけるんだ。せめて俺にくらい話せ。こんだけもみくちゃになって、今さらカッコつけてもしょうがないだろ」
「…………」
苅葉は、迷っているようだった。碧い目を右に、左にとさまよわせている。
その時、パタリと、廊下に小さな足音が響いた。
「……木ノ下君?どうしたの?」
声の方へと振り返る。そこにいたのは、長い黒髪の少女だった。きりっとした目元が印象的な、きれいな娘だ。弓道具だろうか、錦模様の細長い袋を抱えている。
「『手綱』……」
“俺”にたづな、と呼ばれた少女は、パタパタとこちらへ駆けてくる。苅葉はそれを見て、苦々しげに呟いた。
「ヒキモト、タヅナ……」
ひきもと?ということは、彼女が黒蜜の言っていた、“引本センパイ”か。
「なんだか、すごいことになってるみたいだけど……なにかあったの?」
「いや、それが……」
パタン。“俺”が口を開きかけたその時、苅葉が何事もなかったように立ち上がった。その顔には、始めのころの険しさが戻っている。
「あ、おい……」
「あら、あなた……苅葉・アトゥーバさん、だったっけ」
「……」
手綱の呼びかけを苅葉は完全に無視した。ど、どうしたんだ?いきなり……苅葉はスカートの裾をポンポンと払うと、手綱とすれ違うように歩き出した。
「あれ、行っちゃうの?何か話してたんじゃ?」
「……オマエと話すことなんかナイ」
それだけ言い残すと、苅葉はスタスタと夕焼けの廊下を歩いていってしまった。
「まったく……あの子にも困ったもんよね。木ノ下君、大丈夫?」
「あ、ああ……」
手綱が差し伸べた手を掴もうとする。
するとその時、ガタンと物音がした。
なんの音だ?それに、なんだかさっきから聞こえてたような……?ガタン、ガタン……
瞬間、目の前の景色が掻き消えていく。夕日が、廊下が、手綱の手が、次々にぼやけていった。
(こ、これは……)
煙が立ち込めたような視界の中、俺の意識は急速に浮上していった。
続く
《次回は土曜日投稿予定です》
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
【完結】実家に捨てられた私は侯爵邸に拾われ、使用人としてのんびりとスローライフを満喫しています〜なお、実家はどんどん崩壊しているようです〜
よどら文鳥
恋愛
フィアラの父は、再婚してから新たな妻と子供だけの生活を望んでいたため、フィアラは邪魔者だった。
フィアラは毎日毎日、家事だけではなく父の仕事までも強制的にやらされる毎日である。
だがフィアラが十四歳になったとある日、長く奴隷生活を続けていたデジョレーン子爵邸から抹消される運命になる。
侯爵がフィアラを除名したうえで専属使用人として雇いたいという申し出があったからだ。
金銭面で余裕のないデジョレーン子爵にとってはこのうえない案件であったため、フィアラはゴミのように捨てられた。
父の発言では『侯爵一家は非常に悪名高く、さらに過酷な日々になるだろう』と宣言していたため、フィアラは不安なまま侯爵邸へ向かう。
だが侯爵邸で待っていたのは過酷な毎日ではなくむしろ……。
いっぽう、フィアラのいなくなった子爵邸では大金が入ってきて全員が大喜び。
さっそくこの大金を手にして新たな使用人を雇う。
お金にも困らずのびのびとした生活ができるかと思っていたのだが、現実は……。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
家に帰ると夫が不倫していたので、両家の家族を呼んで大復讐をしたいと思います。
春木ハル
恋愛
私は夫と共働きで生活している人間なのですが、出張から帰ると夫が不倫の痕跡を残したまま寝ていました。
それに腹が立った私は法律で定められている罰なんかじゃ物足りず、自分自身でも復讐をすることにしました。その結果、思っていた通りの修羅場に…。その時のお話を聞いてください。
にちゃんねる風創作小説をお楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる