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第一章
第4話/ Proposal
しおりを挟む「という訳で、これからこの組でお世話になります」
俺はすっと頭を下げた。
「はぁ、まあこうなるんじゃないかと思ってましたよ」
いきなりの参入宣言にも、ウィローは至って平静だった。
「……本当に全然動じないんだな」
「だから言ったでしょー、みんな慣れてるって」
キリーの言葉に、ウィローも頷く。
「まあそれを含めなくとも、極道の出自があやふやなんて珍しくないですから。しかし……」
そこまで言うと、ウィローはちらりと横目でスーをうかがった。
「……」
スーはぼんやり遠い目で、虚空を眺めていた。心なしか、その顔は青く見える……
「あ、あの……スーは、どうしちゃったんだ?」
「ええ……まあ、少し。彼女は大人の男性が苦手というか……」
「え」
そ、そうだったのか。そういえば、初日からスーは一歩引き気味だった。
「な、なぁ。それって、けっこうまずいんじゃ……」
俺は呆然とするスーを気にしながら、小声でウィローに話しかけた。
「大丈夫……なんじゃないですかね。今までもこういうことは何度かありましたから。いい加減、男くらい慣れてもらいたいですし……それに」
ウィローの眉が、にわかにきりっとつり上がった。
「正直今はそれどころじゃないんですよね、キリー?」
「うえぇ……ひゃい……」
反対にキリーはへにょりとハの字になった。
「どうするんですか!あと一ヶ月を切ったんですよ!」
食い掛かるウィローに、キリーは頭の後ろで手を組んで、からからと笑った。
「あっははは、どうしようね~」
ブウン!
「わぁおっ!?」
ウィローの放った鉄パイプを、キリーは稲妻のごとき跳躍で回避した。
「ひ、一つしかない頭が吹っ飛んじゃうところだったじゃん!」
「それは残念ですね。ついでにもう少しマシなものと交換したらどうですか」
「わ、わ!もー二人とも、ケンカしないでぇ!」
なおも鉄パイプを振ろうとするウィローを見かねて、スーがわたわたと仲裁に入った。
……今後、ウィローは怒らせない方がいいかもしれないな。俺はひそかにウィローの脳内危険度を格上げしつつ、ソファの陰に隠れるキリーにたずねた。
「一カ月って、なんのことなんだ?」
「ええっと、わが組に差し迫った問題の期限でして……」
ぽりぽり頬をかくキリー。鉄パイプを置いたウィローが、ため息をついて継いだ。
「組の上層部へ納める金の捻出が、遅れだしているんです。今はまだ平気ですが、今後が……」
「『上納金』、のことか?」
俺の言葉に、ウィローは目を丸くした。
「え、ええ。その通りです。私たちの組は『鳳凰会』の傘下ですので、本部にそれを送らなければならないんですが……」
「『商売』が、うまくいってないのか……」
ウィローが今度は眉をひそめる。驚いたような、いぶかしむような表情だ。
「……ずいぶん我々の“用語”に詳しいんですね」
「うん?ああ、いちおう元ヤクザ……だからな」
「そうですか……いちおう、完全にデタラメということではないようですね」
じとーっとにらむウィローを見て、キリーが呆れた顔をした。
「もー、ウィローったら。まだ疑ってるの?いいじゃない、前にもやってたんなら、これから何かと役立つはずだよ」
キリーの言葉に、スーもうん、とうなずく。
「そ、そうだね。本職の人がいれば、心強いかも」
「本職って……スー、一応私たちもそうなんですよ?」
ウィローは額に手を当て、ふたたびため息をついた。
「ですが、正直……八方ふさがりだというのが、本音です」
どんより、という言葉を絵に描いたように、三人は肩を落としてしまった。
「……シノギの状況、そんなに悪いのか?」
「悪いっていうか……」
キリーは気まずそうに、ぽりぽりとほほをかく。見かねたウィローが再三ため息をついた。
「……ほぼ、壊滅的な状態です」
「え。えぇ?」
「うわーん!そうなんだよ~!」
ガン、とキリーがガラステーブルに突っ伏した。
「……なにか、よっぽどのことがあったみたいだな。今まではうまくいってたんだろ?」
「うん……」
キリーは鼻をぐすぐすいわせながら、体を起こした。
「おじいちゃん……先代の組長がいたっていうのは、前に話したよね」
俺は黙ってうなずいた。
「実は、おじいちゃんが居なくなったころから、ウチは傾き始めちゃったんだ……」
「今までウチのシノギは、全部おじいちゃんがしきってたんだ。お前たちは知らなくていいって、ほとんど手伝わせてくれなくってさ」
「え?それは、なんでまた」
「おじいちゃん、わたしたちがヤクザになることには反対だったんだよ。『お前らを拾いはしたが、極道にするつもりはない!』ってな感じでね」
「それは、まぁ……世間一般的には、そうだな」
「自分もヤクザのくせにね、あはは。結局無理いって組に入っちゃったけど、俺が死んだら足を洗えってのは、口ぐせみたいに言ってたっけ」
「そうか……親としては、立派だな。けど、今は……」
「うん。そのおかげで、わたしたちはシノギのノウハウをほとんど引き継げなかった。だから金策がまるでダメな、へっぽこヤクザが出来上がっちゃったわけ」
「なるほど……けど、今まではどうにかシノいでいたんだよな?」
「うん。唯一、わたしたちが手伝ってたのが賭場を開くことだったの。それでなんとか今まではやってきてたんだけど……」
「けど?」
「……先月の頭に、摘発喰らっちゃって。潰されちゃったんだ」
「……痛いな」
「そーなんだよ。頼みの綱が切れちゃって、いよいよ大ピンチ!で、今に至るってわけ」
「事情はだいたい分かったよ。しかし……そんな火の車で、よく俺を拾おうと思ったな」
「あはは……つい、くせで」
えへへ、とごまかすキリーを、ウィローが冷ややか~に見つめていた。
「まったく、もう……だから、それどころじゃないって言ったんですよ」
「い、いいじゃん!ユキは元は別のところでヤクザやってたんだし、なにか一発逆転のアイデアがあるかもしれないでしょ!ねぇ?」
キリーが、キラキラした目で俺を見つめる。
「いや、そんなこと言われてもなぁ……」
「え~?お願い、なんかない?このままじゃ兄貴に殺されちゃうよ~!」
う……この前の光景が頭をよぎる。あのおっかない兄貴なら、冗談ではすまなそうだ。
「それなら……他にできそうなシノギはないのか?」
俺の問いに、キリーは眉根を寄せて考え込んだ。
「う~ん……わたしたちでできることといったら~……」
するとキリーは、おもむろに自分の胸をぽよんと持ち上げた……
「やっぱお水?」
「ぶっ」
「き、キリーちゃん!」
スーがほほを赤くして、わたわたとキリーをいさめた。
「ダメだよ!女の子なんだから!」
「え~?逆に女だからこそじゃない」
「そ、それでも!」
「ちぇ。スーはマジメなんだから」
俺も、スーには賛成だ。キリーはけっこう可愛い顔立ちをしてるが、いくらなんでも……ヤクザに接待されたいと思う男は、いないだろうなぁ。
「あと残るは、強盗に恐喝……くらいかなぁ」
「っ!」
思わず、息をのんだ。今、キリーが平然と言ってのけたのは、まぎれもない犯罪……いや、賭博だって非合法だが。それとは一線を画す、明確な悪意だ。
(って、ヤクザの俺が何言ってるんだ)
犯罪と隣り合わせなのが極道ってもんじゃないか。記憶をなくしたせいで、そのへんの感覚もフラットになってしまったらしい。
「けど、できればやりたくないかな」
え?予想外のキリーの言葉に、俺は目を丸くした。
「おじいちゃんがいってたんだ。義を重んじて、仁に生きる。極道を往くことはあっても、人の道を外れちゃいけない、って」
「それって……」
仁義の教え。今時、そんなことを言うヤクザが残っていたのか。
「だからわたしは、別の道を探したい」
「……ですが、キリー。もはや、四の五の言ってる場合ではないです。あなたも分かっているでしょう!」
ばん!ウィローがテーブルを激しく叩いた。
「今やらないと、私たちが殺されます!運よく生き延びても、組は確実に潰されますよ!金も稼げない穀潰しを置いておくほど、“本家”も甘くはないですから」
「けど、ウィロー……」
「どうせ私たちは、出来損ないの落ち目ヤクザです。逆立ちしたって妙案は出てこないでしょう。なら、体を張るしかないじゃないですか!」
ウィローはいつの間にか取り出したのか、片手に握った鉄パイプで、コォン!と床を突いた。
「私は、タタキに賛成です。今はたとえ奪い取ってでも、金を手に入れるべきです」
「ウィロー……」
キリーは困った顔で、俺にすがるような視線を向けた。そんな顔されるとな……少し、知恵を絞ってみるか。
「……ウィロー。俺も、キリーと同意見だ。道を外すには、まだ早いんじゃないか?」
「……まだ早い?」
ぴくり。ウィローがこめかみをひきつらせた。
「……あなたはまだ新入りだから大目に見ましょう。これが少しでもウチの事情を知っている者の言葉だったら、遠慮なく張り倒していましたが」
「切迫した問題なのは理解しているつもりだ。だけどタタキやユスリじゃ、一時の金は得られても、長続きしない。それじゃ問題を先送りにしてるだけだ」
「今がしのげれば十分です!いま生き延びなければいけないのに、未来の心配をしてどうするんですか!」
「もっといい方法があるはずだ。今を切り抜け、未来も手に入れる、そんな手立てが……俺が、そいつを見つけてやる」
「ほぉ……言いますね」
ブゥン!鉄パイプが、うなりをあげて振り下ろされる。その切っ先は、俺の鼻の先にびしっと突き付けられた。
「大口を叩くやつは嫌いじゃありませんが、口先だけの男ほど見苦しいものはありません。言ったからにはケジメはとってもらいますよ」
「ああ。一日くれないか。それでダメだったら、おとなしく組員として従うさ」
「……わかりました。どうせ無駄でしょうけど」
ウィローは俺に突きつけた鉄パイプをゆっくり下した。
「ですが。待つのは今日いっぱいです。これ以上、無駄な時間を浪費するわけにはいきませんので」
今日いっぱい……今が朝だから、丸一日も無いことになるな。
「ウィロー、それはいくらなんでも……」
「いや、いい。分かった。それで呑もう」
ユキ!?とキリーがこちらを見るが、俺はただ黙ってうなずいた。どのみち、あまり時間をかけられないのは事実だ。それに、ここで駄々をこねるようでは、彼女の信用は得られないだろう。
「……せいぜい口ばかりにならないことを祈ります。では」
ウィローはぼそぼそと捨て台詞をつぶやくと、すっと部屋から出ていこうとした。
「おっと。待ってくれよ、ウィロー。きみにも協力してもらいたいんだ」
「……はい?」
何を言ってるんだ、という顔でウィローが振り返る。
「俺に、この町を案内してくれないか。できれば、みんなの意見を交えながら」
多少強引にでも、ウィローには一緒に行動してもらいたい。俺の見立てでは、口でどうこう言うよりも、実際に見てもらったほうがすんなり納得してくれるはずだ。
「今日だけ、俺に付き合ってくれないか?」
「はいはい!わたしは賛成!」
ぴょんと跳ぶと、キリーは俺の腕に抱き着いた。
「わたしはユキについてくよ。スー、ウィロー。二人は?」
「……組長が、そう言うなら」
「う、うん。わたしも……」
二人がうなずくと、キリーは満足げににっこり笑った。
「よし、決定!ユキ、いこいこ!」
キリーはぐいぐいと俺の腕を引っ張る。なんだか犬みたいだ、と笑いそうになってしまった。
「ところでユキ。この町の、どこを見たいの?」
「ん、そうだな……繁華街とか、メインストリートとか。この町で、一番活気のあるところを」
「かっき?」
「ああ。まずは、これからシノいでいく場所を知っとかなきゃな」
続く
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