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17章 再開の約束

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俺とライラは、ドルトヒェンの待つガラスの壁の向こうへと向かった。ガラスの一枚板のような扉に近づくと、招き入れるように、自動でパッと開いた。

「ようこそ」

ドルトヒェンはずいぶん待たされたにもかかわらず、丁寧に頭を下げる。

「こりゃご丁寧に、どうも。待たせて悪かったな」

「いいえ。問題ございません」

うーん……今から戦おうって奴らの会話じゃ、ないよなぁ。気合が抜けていきそうだ。と、ドルトヒェンが小首をかしげる。

「あなた方が、お相手下さるのですか?……ご気分を悪くしないでいただきたいのですが、あなたがた二名は、人間と言う種族においては、かなり若い方々であるとお見受けするのですが」

少年と幼女の組み合わせじゃ、そういうリアクションにもなるか。

「まあな。確かに俺たちは子どもだけど、いちおう、元勇者なんだ。少しはいい勝負ができると思うけど」

勇者と聞いて、ドルトヒェンの顔が少しだけ強張った。

「なるほど、そういうことですか。失礼いたしました。では、あなた方二名の勇者で、戦いに望まれるのですね」

「厳密には違うけれど……まあいいや、細かいことは。それよりも、ライラ。ちょっと頼まれてくれるか?」

「ん?なぁに?」

俺はライラの耳もとに口を寄せる。

「いいか……こら、くすぐったがるな。大事なことなんだから」

「んふふふ……いいよ。それで?」

「これから話すことを、連合軍に聞かれないようにすることって、できるか?」

ライラはきょとんとしたが、すぐにうなずいた。

「できるよ。完全にではないけど。いい?」

「聞こえづらくしてくれれば、十分だ」

「わかった。……スフィアリウム!」

それほど複雑な呪文でもなかったのか、魔法はすぐに完成した。ふわ、とそよ風があたりに吹く。空気の膜が、俺たちの周りでうねっているみたいだ。

「これでもう、ライラたちの声はほとんど聞こえないはずだよ」

「ありがとう、ライラ。さてと……ちょっと、ドルトヒェンさん」

このために、わざわざ慣れない役目を買って出たんだ。さて、上手くいくといいのだけれど。

「少し、俺の話を聞いてほしいんだけど」

「かしこました。なんでございますか」

「そう固く構えないでくれよ。もしかしたら、お互い無駄なことしないで済むかもしれないってことさ。ええっとさ、実は俺たち、あんたのことは前から知ってたんだ」

「ん……?すみません、以前どこかでお会いしていましたか?」

「いいや。そうじゃなくて、話を聞いたんだ。ある筋からの情報さ。それによると、あんたはどうやら、心優しい魔族ってことになるらしい」

「……そんな話は、初耳ですね」

む。あんまり、嬉しそうじゃないな。不本意な評価ってことか?

「その話は、どちらからお聞きになったのですか」

「ああ。レーヴェって子、知ってるだろ。その子にだ」

「……」

レーヴェの名前を聞いた、ドルトヒェンの反応は……無反応だった。え、マジかよ?レーヴェの話じゃ、ドルトヒェンもかなり気に掛けていたようだったのに……ほんのわずかに、片方の眉を持ち上げたようにも見えたけど、それだけだ。ずいぶん薄いリアクションだな……なんだが雲行きが怪しくなってきたが、とりあえず話を続けてみよう。

「あーっと。で、そのレーヴェから聞いた話と、あんたの提案を合わせてみると、こういう道も選べるんじゃないかな。つまりあんたとなら、戦わずに済むんじゃないかってことなんだけど」

「……わたくしが、犠牲を少なくしようと提案したからですね」

「ああ。信じてもらえるかは分かんねーけど、俺も殺しはしたくないんだ」

「殺しを?失礼ですが、こちらには戦争のために来たのでは?」

「いや。俺たちは、攫われた人たちを取り戻しに来ただけだ。あんたら魔物が立ちはだかるなら戦うし、そうじゃないなら戦わない。無駄なことする必要はないだろ。あんたも、同じ考えなんじゃないのか?」

だからこそこいつは、こんな提案をしてきたんだろ。なら、お互いの利害は一致しているはず。

「もし同じなんだったら、協力し合えないかな。つまり、あんたは、俺たちを無事に通してくれる。その見返りに、俺たちはあんたのことを尊重する。要求があるなら言ってみてくれよ。できる範囲で……」

「お断りします」

「……へ?」

……なんだって?拒絶は、あまりにも淡々と、あまりにも冷徹に告げられた。そのせいで俺は、とっさに反発ができなかった。

「……ひとまず、理由をお聞かせ願えないか」

なんとか、それだけを捻り出す。いったい、どうして?

「理由は、三つあります」

ドルトヒェンは、黒い爪の生えた指を三本立てる。

「まず一つ、わたくしの使命は、みなさまをこの先に通さないことです。それが守れない以上、あらゆる取引は無意味となります。二つ、わたくしは犠牲を出さない提案をしましたが、それは無駄を省くという観点からの提案です。死を拒んだつもりはございません。この後に起こる戦いは、わたくしか、あなた方か、どちらかの死によってのみ幕を引かれるでしょう。そして、三つ」

ここまで一気にまくしたてると、ドルトヒェンは軽く息を整え、そして言った。

「わたくしは、レーヴェなどという名前に聞き覚えはありません」

「なっ」

「なに、それ!」

俺と、それからライラが声を荒げる。ずっと大人しくしていたライラも、さすがにこれは看過できないようだ。

「そんなはずない!だってあの子、お前のこと、すごく大事そうだった!」

「では、それは一方的な感情だったという事でしょう。わたくしは、誰かと懇意になったつもりはありませんので。そのような歪んだ視点だったからこそ、わたくしが優しいなどという誤解が生まれてしまったのでしょう」

「な、何言ってんの?ぜんぜん、意味わかんないよ!」

俺は唇を噛むと、ドルトヒェンを睨む。

「……すべては、レーヴェのお人形遊びだった。そう言いたいのか?」

「詩的な表現です。単なる誤解、勘違いでしょう」

……そんな、馬鹿な!レーヴェはとても親し気に、ドルトヒェンのことを語っていた。あれが勘違いだなんて……そんなの、悲しすぎる。

「……信じられねーな。あんたは、嘘を言っている」

「そう思われますか?ですが、残念です。これが嘘かまことかに、意味はありません。この部屋へとやって来た時点で、わたくしとあなたは、殺し合う運命にあります」

「どうして……!なんであんたは、魔王を守るんだ?今の魔王は、魔物ですらないんだろ。人間のために、どうして魔物が命を懸けるんだよ!」

すると、ドルトヒェンの顔に影が差した。

「……おっしゃっていることは、正しいと思います」

「なら、考えればわかるだろ!あんたにとって、本当に大事なのは誰だ?魔王か?それとも、あんたを慕ってくれてる子か?一体どっちが、あんたを幸せにしてくれるんだ!」

「……わたくしは、自分の幸福に興味がありません」

くっ!このわからずやめ、あくまで譲らないつもりか……

(……ん?)

ちょっと、待ってくれよ。今こいつ、自分の幸福に興味がないって言ったか?それに、さっきの俺の問いかけに対しても、正しいと肯定してきた。それなら、こいつが戦う目的って……

「もしかして、あんた……」

「さて、問答はこのくらいでよろしいでしょうか。嘆かわしいことですが、言葉による解決は望めないようです。原初の法則に従い、血と闘争によって、解決を図ることといたしましょう」

「え?おい!まだ話は……」

「いいえ、ここで終わりです。さあ、武器を。さもなければ、こちらから仕掛けさせていただきます」

ぐああ、くそったれ!やるしかないのか!

「ちくしょう!こうなったら、ぶん殴って言うこと聞かせてやる!やるぞ、ライラ!」

「うん!」



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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