上 下
768 / 860
17章 再開の約束

13―2

しおりを挟む
13―2

「……っ。みこ、」

「ねえ、桜下くん」

「と、え?」

声を発した瞬間に呼びかけられて、俺の舌がたたらを踏んだ。

「な、なんだ?」

「私って、何のためにいるんだろうね。この世界にいる意味って、何かあるのかな」

え……?俺は尊の横顔を、まじまじと見つめた。

「……なんてね!あはは、ごめんね。ちょっと、ネガティブになり過ぎてたみたい」

尊はいきなり、おどけたように笑った。さすがの俺でも、それがごまかしだってことはわかる。

「……尊は、尊だろ。意味がないなんて、言うなよ」

「私であることに、価値があるってこと?」

「少なくとも、俺とクラークにとってはな。数少ない、同郷の仲間なんだから」

「それは、桜下くんにとっては、私は特別だってこと?」

気が付くと、尊は立ち止まって、俺を見つめていた。俺も足を止める。

「そうだな。俺にとって、尊は特別な存在だよ」

「それなら……私のパートナーに、なってくれる?」

「えっ?」

どきりと、胸が高鳴る。だが同時に、胸の奥から、苦い記憶の味がした。

「桜下くん、私の夢って、知ってる?話した事あったかな」

「……ああ。覚えてるよ」

そうだったな……尊の夢。当の本人は覚えていないようだけど、俺は何度も聞かされた。それこそ、ふとした拍子に思い出してしまうくらいには。

「私ね、お母さんになりたいの」

そう、決まってそう言った後に、照れ臭そうに鼻の下をこするところまで、まったく一緒だ。

「へへへ。かわいい娘か、元気な男の子の兄弟が欲しいんだ。それで、絵に描いたみたいな幸せな家庭を築くの。これが、私の夢」

まるで子どもが語るような、幼稚な夢。でも、それが尊の夢だった。子どもに戻っていってしまう尊の、叶うはずもなかった夢……だが彼女は、この世界で再び生を受けた。今の彼女は、あの時のように病に侵されてもいない。

「桜下くんにとって、私が特別なら……叶えるの、手伝ってくれないかな」

尊はそう言うと、俺に向かって手を伸ばした。
俺は、その手を握ってしまいたい衝動に駆られた。尊は、ありのままの俺を受け入れてくれた、初めての人だ。俺に価値を与えてくれた人で、俺の初恋の人だ。その想いは今でもあるし、忘れることはできない。
けど……

「ごめん、尊。俺には、できない」

俺はきっぱりと、頭を下げた。

「俺、もう決めてるんだ。俺が、一番大事にしたいやつのこと。だから、手伝えない」

今の俺は、一人じゃない。仲間たちと、なにより、あの二人がいる。尊への想いは、過去の想いだ。

「……そっか」

寂しそうな声で、尊はつぶやいた。胸が痛むが、どうすることもできない。俺はせめて、顔を上げて、尊と正面から向き合った。

「やっぱり、みんな変わっていくんだなぁ。桜下くんも、蔵くんも。知ってる?蔵くんには、もう結婚したい相手がいるんだって」

「ああ……聞いてるよ」

「すごいよねぇ。二人とも私より年下なのに、ずっと大人みたいだよ」

「……尊、それでも俺は」

すると尊は、自分の唇にすっと、人差し指を当てた。

「ありがとう、桜下くん。でも、もう平気。みんなが変わっていくなら、私も変わらないとね」

「……無理に変わる必要はないと思う。けど、尊が変わりたいと思うなら、それはそれでいいんじゃないか」

「うん!よーし、とりあえずは、お相手探しからだね。この戦争が終わったら、私も頑張るぞぉー!」

尊は大げさに、おー!と腕を上げた。

「そうだ、桜下くん、蔵くんの結婚式には出るよね?」

「ん、そうだな。お誘いがあれば」

「式も、戦争が終わったらなんだって。この戦いが片付いたら、イベント盛りだくさんだよ!明日、頑張ろうね!」

そう言うと、尊はにっこりと笑った。俺は、あいまいに微笑み返すことしかできなかった。



「……ただいま」

テントに戻ってくると、みんなが俺を待っていた。けど、いきなり問い詰められる、ってこともなかった。フランとウィルあたりは、白状させようと迫ってくる気がしていたんだけれど。

「みんな、悪い。待たせたな」

「いえ……それは、構わないのですが。ただ、なんと言うか……」

ウィルが煮え切らない態度で言う。

「どうしたんだ?てっきり、もっと怒ってるかと思ってたのに」

「ええっと……だったら、桜下さんも、怒らないで欲しいのですが」

うん?ウィルは言いにくそうに、おずおずと口を開く。

「実は……ごめんなさい。私、お二人の後、つけてました」

「えっ!そうだったのか!……なんてな」

「え?」

「わかってたよ。たぶん、来てるだろうなーって。それに、俺はネクロマンサーだぜ?」

「あ……」

ウィルの顔が、みるみる赤くなる。あんな風に、強引に飛び出した後だったからな。それくらいは予想してたさ。

「ま、怒ってもいないし。見てたんなら、分かってたろ?特にやましいことはなかったって」

「はい……それどころか、申し訳なかったです。尊さん、真剣に悩んでたんですね」

「みたいだなぁ……」

ため息をつく。

「尊の悩みってのは、つまり、勇者そのものへの悩みだ。あいつも被害者だってこと、忘れてた」

「被害者、ですか?」

「そ。この世界の、勇者システムの、な。過去に死んでいった勇者たちもきっと、尊みたいに悩んでたんじゃないかな」

俺やクラークは、それぞれ目的は違えど、自分の意志でここに来た。けど、尊は違う、勇者だからという理由だけで、こんなところまで連れてこられてしまった。戸惑うのも、不安に思うのも無理はない。

「この戦争が終わったら……」

「はい?」

「この戦争が終わったら、考えないといけないな。これ以上、勇者の肩書の犠牲になる奴を、出さない方法」

今はまだ、なにも思いつかないけれど……ただ、戦いに勝つだけじゃなダメだ。尊の姿を見て、俺はそれを、強く感じたのだった。



つづく
====================

読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

====================

Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、
作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。
よければ見てみてください。

↓ ↓ ↓

https://twitter.com/ragoradonma
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

ハクスラ異世界に転生したから、ひたすらレベル上げしながらマジックアイテムを掘りまくって、飽きたら拾ったマジックアイテムで色々と遊んでみる物語

ヒィッツカラルド
ファンタジー
ハクスラ異世界✕ソロ冒険✕ハーレム禁止✕変態パラダイス✕脱線大暴走ストーリー=166万文字完結÷微妙に癖になる。 変態が、変態のために、変態が送る、変態的な少年のハチャメチャ変態冒険記。 ハクスラとはハックアンドスラッシュの略語である。敵と戦い、どんどんレベルアップを果たし、更に強い敵と戦いながら、より良いマジックアイテムを発掘するゲームのことを指す。 タイトルのままの世界で奮闘しながらも冒険を楽しむ少年のストーリーです。(タイトルに一部偽りアリ)

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

オタクおばさん転生する

ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。 天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。 投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双

たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。 ゲームの知識を活かして成り上がります。 圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

処理中です...