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17章 再開の約束

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がばっ。

「わっ!」

いきなり、柔らかいものが、後ろからのしかかってきた。こんなことするやつは、当然一人しかいない。

「な、なんだよロウラン!びっくりしたじゃないか」

突然抱き着いてきたロウランは、俺の耳元で笑った。

「きゃははは♪ごめんねダーリン、そんなに気にしないで欲しいの。言ったでしょ?これは、おとぎ話だって」

「へ?」

「本気にしないでってこと。こういう話があったことは本当だけど、内容まで真実とは限らないの」

あ……ああそうか、ロウランの国に伝わる昔話だって、前置きしていたっけか。ロウランは数百年前の時代に生きた女だから、とするとこの昔話は、昔々々々々々々話くらいってことになる。

「そっか、妙に信憑性があるから、つい本気にしちゃってたよ」

「あくまで、言い伝えなの。それにアタシたちは、今の話を、良い方向に解釈してたから」

「え、今の呪いの話をか?」

「呪いってのもどっちかって言うと、少数派の考え方でね。大多数は、それを特別な力だとか、むしろ祝福と捉えてたんだよ。つまり、自然から独立して、勝ち取った力だって」

「でも、アンデッドになることを祝福なんて……って、あ」

「気が付いた?そう、アタシたち姫は、アンデッドとして蘇生する。そういう儀式があるくらいなんだから、それを呪いだって嫌うのはおかしいの」

そうだった。ロウランたちは儀式によって、常世の力を得るとされていた。どう考えても、アンデッド化をポジティブに捉えていたわけだ。

「だから、もっぱら信じられてたのは、三つの世界に分かれたって部分だったかな。人間と、魔物と、動物。これらを区別するのに、この話がよく使われてたの」

ふむ。ロウランのいた王国では、様々な国との交流が活発だったんだっけ?そんな国だったからこそ、世界の境界を意識する文化が根付いていたんだろうか。

(ロウランの国といえば……)

この三百年の歳月の間に、ロウランの国は滅びて、遺跡となっていた。何が原因で、彼女の国は廃墟になってしまったのだろう?あの遺跡の歴史は古すぎて、ろくな記録も残っていないらしいから、調べようもない。それこそ、当時あの場にいたやつに話を聞くくらいしか……もしそんなことが可能なら、思い当たる人物は、一人しかいないな。

「……なあ、ロウラン」

「ん?なあに、ダーリン?」

ロウランは俺に引っ付いたままで、顔だけをこちらに向けた。

「前に訊いた事、覚えてるか?お前の記憶に出てきた、ヴェールを被った女のことだけど」

「へ?うーんと……あ、思い出した。確か、この時代にも、そっくりな人がいるとかって話だったよね?確か、パ、ペ……」

「ペトラだ。お前確か、前にあいつのこと、外交官みたいな役職だったって言ってたよな?」

「ああ、うん。そんなこと言ったねぇ」

「てことは、だ。外交官ってことは、どっかよそから派遣されて来たってことになるよな?町なのか国なのかは分からないけど、そこがどこだかって、覚えてたりしないか?」

「国かぁ。ううーん、ちょっと待ってね。思い出してみるから……」

ロウランはこめかみをぎゅっと押えて、しばらくうーんうーんと唸っていたが、やがて諦めたように首を振った。

「ごめんねダーリン。やっぱり、なんにも思い出せないの。あーん、これが老化ってやつなのかなぁ?」

「そりゃお前、流れた年月で考えたら三百歳オーバーのおばあちゃんだからな」

「やめてぇ!おばあちゃん扱いはさすがに響くの!」

ロウランの全身の包帯が波打った。前々から思っていたけど、この包帯、まるで体の一部みたいだよな。

「うーん、辛うじて思い出せることは……聞いたこともない国名だったから、すごく遠くから来たんだとは思うんだけど……それくらいしか」

「そっか。いや、いいんだ。ちょっと気になっただけだから」

「そう?」

仮に分かったとしても、その女を探し出すことは無理だろう。そもそも、三百年前の女が、今も生きているのかすら……でも、仮に。仮に、もしあの女が、ペトラとなにか関係しているのだとしたら……

(……だったら、なんだって言うんだろうな)

もしそうだったとして、俺はどうしたいんだろう?ペトラを敵だとみなすのか?それとも、君子危うきに近寄らずで、避けようとするのか?何となく、そのどちらでもない気がする。

(あいつは今、どこにいるんだろう)

あの黒い旅人も、この戦争に関心を持っているようだった。だが今のところ、彼女の姿どころか、噂すら耳にしない。参戦するつもりはないってことなのかな。もし参戦したとして、どちらの側につくのかは、正直分からないが……
でも、なぜだろう。俺は、近いうちに、彼女と再会するような予感がした。何の根拠もない、直感に過ぎないが。彼女の気配というか、魂を、感じる気がする。なんでだろうな?こんな雪山の近くに、ペトラの気配があるはずないのに……



二時間ほど山を下り続け、ようやく、山のふもとが見えてきた。
ある地点から雪が途切れ、代わりに緑色が続いている。おお、まるで冬から春へと変わる境目みたいだ。そして、雪を踏みしめる感触が消え、代わりに若草のやわらかな感触へ変わると……

「うわぁ……」

そこは、一面の花畑だった。白、黄、ピンク、水色。色とりどりの、淡い、小さな花が、緑の野のそこかしこに咲き乱れている。

「すごい……これは、本当に“花園”だな」

俺だけじゃなく、連合軍の兵士たちもみな足を止め、目の前の景色に見惚れた。美しい光景だ……それに、なんだ?花が、うっすらと光を放っているように見える。フランが屈みこむと、足下の花を一輪摘み取った。

「これ……見て」

フランがガントレットのはまった手を差し出して、摘んだ花を見せてくる。小さな花弁は、確かにキラキラと光っている。だが、それだけじゃない。透き通っているんだ、ガラスみたいに。

「ガラスの花……」

ウィルが、魂の抜けたようにつぶやいた。花びらが透き通っていて、陽の光を受けて光り輝いているのだ。この世のものとも思えないが、明らかに人の手によって作られたものではない。ウィルの父、ウィリアムの作るガラス細工も精巧で美しかったが、それはあくまで、人工物としての美しさ。だがこの花は、どこからどう見ても、野で育ったままの花だ。不揃いで、不完全で、不均等だから、美しい。ありのままの美しさが、そこにはある。

「この花、普通の花じゃないな」

「うん。絶対に、ふつーじゃないよ」

ライラが、腕で鼻を押さえながら言った。

「むせかえりそう……ものすごい魔力だ」

「魔力?この花が、か?」

「そう。これだけじゃない、ここら一帯から、どんどん湧き出してる。今まで気が付かなかったのが不思議なくらい」

魔力を放つ花……?俺は足下を見つめる。

「いったい、ここは……」

『主様、それはおそらく、ここに魔王の城があるからです』

アニがリリンと震える。そうか、確かここ“花園”地帯に、魔王の城があるという……
しかし、盆地の花畑を見渡しても、それらしき構造物はどこにも見当たらない。光を放つ花と、その合間に黒い岩が点々と転がっているだけだ。唯一、花園の中心、盆地のもっとも低い場所に、石柱のようなものが立っているようだが……まさか、あれが?

「あれが魔王城なら、俺がその辺の石を積んでも造れそうだな」

『どこを見ているんですか、主様。上です』

上?アニに従って、俺は空を見上げる。

「う、お?あ、あれか……?」

俺はあんぐり口を開けた。盆地の上空に、巨大な島が浮かんでいる……!

『あれこそが、魔王の居城……天に浮かぶ要塞。“ヘルズニル”です』



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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