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16章 奪われた姫君
15-3
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「クラーク!アルルカが“道”を作った!そこを進め!」
「道だって?」
「前を見てみろ!分かるだろ!」
アルルカの魔法によって、氷漬けにされた魔王軍。だが、全てが凍ってしまったわけではない。右翼、および左翼の魔物は動けなくなっていたが、中央の魔物はまだ動いていた。だが。これも狙いの内だ。アルルカはあえて、真ん中には魔法を撃たなかった。そうすることで、俺たちが通るための“道”、それに必要な場所を確保したのだ。
「なるほど、あそこか!」
「そうだ!左右には構うな、どうせ動けやしない!一点突破で、突き破るんだ!」
「君に命令されるまでもないよ!」
クラークは馬の鼻先を、魔王軍の中央に定めた。するとその前を、ぐっと早い速度で、一人の少女が駆け抜けていく。
「なっ!?おい、今の、君の仲間じゃないか!」
「なに、道案内が必要かと思ってな!」
フランがどの馬よりも早く、氷漬けにされたギガースのわきを駆け抜け、魔王軍に接敵する。フランの銀色の後姿が、魔物の陰に隠れて見えなくなった途端、黒い点が無数に宙を舞った。魔物が、フランによって吹き飛ばされているのだ。
(アルルカが道を作った後は、フランがそこを切り拓く。ここまでは作戦通りだ)
一騎当千のフランなら、邪魔な魔物をぶっ飛ばして道を空けることができる。騎馬隊は安全に通り抜け、ついでに殺しもしなくて済むって寸法だ。後は、俺たちが追い付くまでに、フランがどこまで掃除できるかだが……
しかし、戦況は俺の予想よりいい方向へ転んだ。フランのモンスター顔負けの暴れっぷりに恐れをなしたのか、それとも大地を揺るがせ迫る騎馬の群れに恐れをなしたか、あるいはその両方か。俺たちが眼前に迫るころには、魔王軍はしっぽを巻いて逃げ始めていた。
「よし、いいぞ!敵が逃げていく!」
クラークは勝ち誇った声で言った。魔王軍が撤退したことで、陣の中央にはぽっかりと巨大な道を開いた。騎馬隊はわき目もふらず、そこを駆け抜ける。横目にちらりと見ると、軍を構成している魔物は、この前俺たちを奇襲した、ライカンスロープとルーガルーたちだということが分かった。
ほどなく俺たちは、敵軍の中から飛び出した。
「突破した!あとは、このまま谷を抜ければ……」
「……!待て、クラーク!まだ終わってないぞ!」
「えっ?」
「上だ!」
クラークがばっと空を見上げる。左右の崖の上から、翼を持った、なにか大きなものが一斉に飛び立った。
「あれは……!王都で城を襲った奴だ!」
巨大なコウモリの翼、黒い羽毛の生えた体。手足と顔は人間の女性のそれだが、鱗に覆われた首は異様に長く、蛇の体の先端に頭がくっついているようだ。確か、ヴィーヴルとか言う名前のモンスターだったか。
「くっ、まだ伏兵がいたか!」
「ちぃ、ライラ!お前の魔法で……」
「いいや、その必要はない!勇者は君一人ではないということを、今ここに証明しよう!」
なに?クラークは白く輝く剣を、ヴィーヴルの舞う空へと掲げた。やつの剣に、光が集まっていく。
「いくぞ!ボルテック・ターミガン!」
ジジジジ!クラークの掲げた剣先に、雷の玉が出現した。それは風船のように膨らんでいき、あるところでパーンとはじけた。
はじけた電撃は無数の弾丸となって、空を覆い尽くすヴィーヴルに雨脚の如く降り注いだ。翼を撃ち抜かれ、体に電撃を浴びたヴィーヴルたちは、蚊トンボみたいにボトボトと墜落した。
「見たか!これが勇者の力だ!はははは!」
クラークは得意げに剣を振り回している。後ろからは兵士たちの歓声が聞こえてきた。けっ、おいしい所を持っていかれたみたいで釈然としないが、まあいい。これでついに、魔王軍を突破し……
「ははは、は……?」
「なんだ……?どうして、急に暗く……」
太陽に雲が重なったみたいに、ふっとあたりが暗くなった。でもおかしいな、雲なんて出ていたっけ……?
「え……お、おい!あ、あれ!」
俺は目を見開いた。空が、巨大な影で覆われている。い、一体いつの間に?今さっきまで、こんな影どこにも……
「いや、それよりも。あれは、なんだ!?」
いままで見たこともない、奇妙な形だ。生き物、なのか?前後にひょろりと細長く、左右に三枚ずつ、計六枚の巨大な翼が生えている。
「あ、あれは……!ワイバーンだ!」
「わ、ワイバーン?んな馬鹿な、あいつらは二枚羽じゃなかったか?」
「間違いない!僕は一度戦ったことがあるんだ!だけど、あれほど巨大じゃなかった……むしろあれは、通常のワイバーンを越える、ハイワイバーンなんじゃ……」
ハイワイバーンだって?そんな奴が、急に俺たちの頭上に出現した。……少なくとも、吉兆の表れとかではないだろうな。ていうか、間違いなく。
「ギャララララララララ!」
ハイワイバーンの口から、かみなりのような咆哮が轟いた。どう考えても、友好的な吠え方じゃない!
「くっ……!レイライトニング!」
クラークは迷わず剣を空に突き立てた。剣の表面にバチバチと雷が迸り、切っ先に光の槍が作り出される。バシッ!鋭い破裂音と共に、槍がまっすぐ、ハイワイバーンに向かって飛んだ。
「アオォーン!」
はっ!この声は!どこからともなく遠吠えが聞こえた途端、ハイワイバーンは六枚の翼を振り下ろし、激烈に旋回した。雷の槍はハイワイバーンの翼を掠めて外れ、巻き起こした風が地上の俺たちに吹き付けた。
「くそ!かわされたか!」
「あの子だ!あの子が、魔法を察知してるんだ!」
さっきから姿が見えないと思っていたが、まさか、あのハイワイバーンと一緒にいるのか?
「桜下!あいつ、なんか変だよ!」
ライラが俺の背中で叫んだ。なんだって?ハイワイバーンは旋回した先で、俺たちを鋭く睨みつけている。その胸元には、オレンジ色に輝く、三つの球体のような器官が見て取れた。と、そのうちの一つが、みるみる膨らみ始めた。
「な、なんだ?」
「まさか……!まずい!ブレスだ!」
ブレス?クラークがひどく慌てている。
「回避を!いや、待て、ダメだ!こんな狭いところじゃ……」
「お、おい!落ち着けよ!ブレスが来るからよければいいのか?」
「だから、ダメなんだ!ワイバーンのブレスは、この谷全てを火の海に変えるほどの威力があるんだよ!」
なぁ、なんだって!?それじゃ、逃げ場がないじゃないか!
「ダーリン!」
はっとして、振り返る。アドリアの馬が俺たちのすぐ後ろに付け、彼女の背後から、ロウランが俺に呼びかけていた。
「話はだいたい聞いたの!アタシが何とかしてみる!」
「な、なんとかって、大丈夫なのか!?」
「たぶん!」
た、たぶん?いや、こんな状況じゃ、絶対大丈夫なんて誰も保証できないだろ。他の誰でもない、ロウランが任せろと言うんだ。信じてみよう!
「よーし、頼むぞロウラン!」
「はい!」
話が済むと、ロウランはアドリアの耳元に何かをささやき、俺たちから離れていった。
「桜下!本当に大丈夫なんだろうな!?」
クラークが余裕のない表情で振り返る。
「聞いただろ、たぶんって!」
「くっ!あの馬には、アドリアも乗っているんだ!何かあったら承知しないぞ!」
「うるせー!そんなのこっちも同じだ!でも俺は、仲間を信じてる!」
「~~~ッ!ああ、わかったよ!アドリアもきっと、そう判断したんだろう!」
そのアドリアたちが乗った馬は、騎馬隊から少し離れて、単騎で疾走していた。と、ロウランの全身から、包帯がゆらゆらと解け、後方に帯のように漂い始めた。それはどんどん伸び(もともと体に巻いてあったにしては、明らかに長い)、さらに金色の糸のように伸びた合金が、ロウランの周りにグルグルと渦を巻いて、金の繭を形作っていた。
「っ!来るぞ!」
はっ。ハイワイバーンの胸元の球体は、いまや気球ほどに膨れ上がっていた。中では炎のような光が、ちらちら瞬いているように見える。と、その袋が、急激にしぼんた。ハイワイバーンががぱっとあぎとを開く。
「いけぇー!」
ロウランが叫んだのは、それとほぼ同時だった。包帯がクモの糸のように、四方八方にビューっと飛んで行く。伸びた包帯は、崖際の岩や突起にギュっと結びつけられた。さらに合金が、包帯のすき間を埋めるように、伸び、絡まり、結びつき、巨大な円盤になっていく。
ロウランが作り出したのは、俺たちをすっぽりと覆ってしまえるほどの、バカでかい盾だった。だが、ただの一枚板の盾ではない。中心が凹んだおわん型で、ちょうどハイワイバーンに向けられたパラボラアンテナのようだ。
「ギアアアアアアアアア!!!」
そして、来るぞ!ワイバーンのブレスが!
大きく開けられたあごの奥から、青く光り輝く火球が吐き出された。火球はまっすぐ、ロウランの盾へと吸い込まれる。
ズガガガアアアァァァァァン!
空が一瞬、真っ青に染まった。響き渡る轟音。鐘の中に閉じ込められて、思いっきりぶん殴られた気分だ。
凄まじい爆風と共に、ハイワイバーンのブレスが炸裂した。ロウランの盾はそれの直撃を受けたわけだが、ここでその形状が活きた。爆風は湾曲した盾によってすっぽりと包み込まれ、跳ね返ってハイワイバーンを襲ったのだ。それを避ける為に、ハイワイバーンは追撃を諦めなければならなかった。
「た、助かった……」
ここまで完璧に計算されたロウランの盾だったが、それでも一発受け止めるのが限界だった。ブレスの高温で、合金が真っ白に熱され、ドロドロと溶けてしまっている。張り巡らされた包帯からは火が出ていた。
「な、なんつー威力だ……」
「だ、だから言っただろう。ここ一帯を火の海にできると……だけど、なんとかしのぎ切った!これで安心だ」
なに?クラークはすっかり安堵した声で、剣をだらりと下ろしてしまった。
「バカ、どこがだ!次が来たらまずいだろ!」
「いいや、次は来ないよ。なぜならあれは、ワイバーンにとって切り札であり、同時に最終手段だからさ」
「さ、最終手段?」
「あのブレスを吐くと、ワイバーンは飛ぶことができなくなるんだ。それに、そう何度も連射できるものでもない。つまり、一回きりの大技ってことさ」
「なんだと?……おい、だけど。あいつ、まだ空を飛んでるぞ?」
「えっ」
クラークは慌てて、再び空に視線を戻した。跳ね返った爆風をかわしたハイワイバーンは、力強く翼をはためかせて旋回している。今すぐに墜落しそうな様子はかけらもない。
「な、なぜだ!?確かに僕らが戦ったワイバーンは、一度ブレスを吐いたら……」
「それ、さっき自分で言ってたじゃないか!」
「は?」
「だから、あれはただのワイバーンじゃなくて、ハイワイバーンなんだろ!ブレスだってきっと、一度じゃないんだ!」
「な、なんだって!」
ちくしょう、最悪だ!俺はハイワイバーンの姿を脳内に描く。六枚の羽根に、胸には三つの球体。あの一つが、ブレスの前には急激に膨らんだ。もしあれの中身が、ブレスの素なんだとしたら?あいつはまだ、あと二回のブレスを残していることになるじゃないか!
「やべーぞ!ロウランの盾も、二度目は無理だ!」
「くっ!こうなったら僕が、ありったけの雷を……」
「まって!」
ぐいっと、背中が引っ張られた。ライラが、俺の上着を掴んでいる。
「桜下、次はライラが、みんなを守る!」
「ら、ライラ……できるのか?」
「ロウランが時間を稼いでくれた!きっと行ける!」
「よ、よし!頼むライラ!他に手は無い、お前が頼りだ!」
もう四の五の言ってはいられない。それに、あの威力の攻撃に対抗するには、ライラの火力でないと無理だ。
ハイワイバーンの方は、さすがにあれだけのブレスをホイホイ連発することはできないのか、様子を見るように俺たちの前方を旋回している。だが長い首は、逃がさないとばかりにしっかりこちらに向けられていた。どのみちこの谷じゃ、逃げ場はない。真っ向から打ち破るしかないんだ!
「はじめるよ!」
ワイバーンが次のブレスを準備する中、ライラの静かな詠唱が始まった。
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「道だって?」
「前を見てみろ!分かるだろ!」
アルルカの魔法によって、氷漬けにされた魔王軍。だが、全てが凍ってしまったわけではない。右翼、および左翼の魔物は動けなくなっていたが、中央の魔物はまだ動いていた。だが。これも狙いの内だ。アルルカはあえて、真ん中には魔法を撃たなかった。そうすることで、俺たちが通るための“道”、それに必要な場所を確保したのだ。
「なるほど、あそこか!」
「そうだ!左右には構うな、どうせ動けやしない!一点突破で、突き破るんだ!」
「君に命令されるまでもないよ!」
クラークは馬の鼻先を、魔王軍の中央に定めた。するとその前を、ぐっと早い速度で、一人の少女が駆け抜けていく。
「なっ!?おい、今の、君の仲間じゃないか!」
「なに、道案内が必要かと思ってな!」
フランがどの馬よりも早く、氷漬けにされたギガースのわきを駆け抜け、魔王軍に接敵する。フランの銀色の後姿が、魔物の陰に隠れて見えなくなった途端、黒い点が無数に宙を舞った。魔物が、フランによって吹き飛ばされているのだ。
(アルルカが道を作った後は、フランがそこを切り拓く。ここまでは作戦通りだ)
一騎当千のフランなら、邪魔な魔物をぶっ飛ばして道を空けることができる。騎馬隊は安全に通り抜け、ついでに殺しもしなくて済むって寸法だ。後は、俺たちが追い付くまでに、フランがどこまで掃除できるかだが……
しかし、戦況は俺の予想よりいい方向へ転んだ。フランのモンスター顔負けの暴れっぷりに恐れをなしたのか、それとも大地を揺るがせ迫る騎馬の群れに恐れをなしたか、あるいはその両方か。俺たちが眼前に迫るころには、魔王軍はしっぽを巻いて逃げ始めていた。
「よし、いいぞ!敵が逃げていく!」
クラークは勝ち誇った声で言った。魔王軍が撤退したことで、陣の中央にはぽっかりと巨大な道を開いた。騎馬隊はわき目もふらず、そこを駆け抜ける。横目にちらりと見ると、軍を構成している魔物は、この前俺たちを奇襲した、ライカンスロープとルーガルーたちだということが分かった。
ほどなく俺たちは、敵軍の中から飛び出した。
「突破した!あとは、このまま谷を抜ければ……」
「……!待て、クラーク!まだ終わってないぞ!」
「えっ?」
「上だ!」
クラークがばっと空を見上げる。左右の崖の上から、翼を持った、なにか大きなものが一斉に飛び立った。
「あれは……!王都で城を襲った奴だ!」
巨大なコウモリの翼、黒い羽毛の生えた体。手足と顔は人間の女性のそれだが、鱗に覆われた首は異様に長く、蛇の体の先端に頭がくっついているようだ。確か、ヴィーヴルとか言う名前のモンスターだったか。
「くっ、まだ伏兵がいたか!」
「ちぃ、ライラ!お前の魔法で……」
「いいや、その必要はない!勇者は君一人ではないということを、今ここに証明しよう!」
なに?クラークは白く輝く剣を、ヴィーヴルの舞う空へと掲げた。やつの剣に、光が集まっていく。
「いくぞ!ボルテック・ターミガン!」
ジジジジ!クラークの掲げた剣先に、雷の玉が出現した。それは風船のように膨らんでいき、あるところでパーンとはじけた。
はじけた電撃は無数の弾丸となって、空を覆い尽くすヴィーヴルに雨脚の如く降り注いだ。翼を撃ち抜かれ、体に電撃を浴びたヴィーヴルたちは、蚊トンボみたいにボトボトと墜落した。
「見たか!これが勇者の力だ!はははは!」
クラークは得意げに剣を振り回している。後ろからは兵士たちの歓声が聞こえてきた。けっ、おいしい所を持っていかれたみたいで釈然としないが、まあいい。これでついに、魔王軍を突破し……
「ははは、は……?」
「なんだ……?どうして、急に暗く……」
太陽に雲が重なったみたいに、ふっとあたりが暗くなった。でもおかしいな、雲なんて出ていたっけ……?
「え……お、おい!あ、あれ!」
俺は目を見開いた。空が、巨大な影で覆われている。い、一体いつの間に?今さっきまで、こんな影どこにも……
「いや、それよりも。あれは、なんだ!?」
いままで見たこともない、奇妙な形だ。生き物、なのか?前後にひょろりと細長く、左右に三枚ずつ、計六枚の巨大な翼が生えている。
「あ、あれは……!ワイバーンだ!」
「わ、ワイバーン?んな馬鹿な、あいつらは二枚羽じゃなかったか?」
「間違いない!僕は一度戦ったことがあるんだ!だけど、あれほど巨大じゃなかった……むしろあれは、通常のワイバーンを越える、ハイワイバーンなんじゃ……」
ハイワイバーンだって?そんな奴が、急に俺たちの頭上に出現した。……少なくとも、吉兆の表れとかではないだろうな。ていうか、間違いなく。
「ギャララララララララ!」
ハイワイバーンの口から、かみなりのような咆哮が轟いた。どう考えても、友好的な吠え方じゃない!
「くっ……!レイライトニング!」
クラークは迷わず剣を空に突き立てた。剣の表面にバチバチと雷が迸り、切っ先に光の槍が作り出される。バシッ!鋭い破裂音と共に、槍がまっすぐ、ハイワイバーンに向かって飛んだ。
「アオォーン!」
はっ!この声は!どこからともなく遠吠えが聞こえた途端、ハイワイバーンは六枚の翼を振り下ろし、激烈に旋回した。雷の槍はハイワイバーンの翼を掠めて外れ、巻き起こした風が地上の俺たちに吹き付けた。
「くそ!かわされたか!」
「あの子だ!あの子が、魔法を察知してるんだ!」
さっきから姿が見えないと思っていたが、まさか、あのハイワイバーンと一緒にいるのか?
「桜下!あいつ、なんか変だよ!」
ライラが俺の背中で叫んだ。なんだって?ハイワイバーンは旋回した先で、俺たちを鋭く睨みつけている。その胸元には、オレンジ色に輝く、三つの球体のような器官が見て取れた。と、そのうちの一つが、みるみる膨らみ始めた。
「な、なんだ?」
「まさか……!まずい!ブレスだ!」
ブレス?クラークがひどく慌てている。
「回避を!いや、待て、ダメだ!こんな狭いところじゃ……」
「お、おい!落ち着けよ!ブレスが来るからよければいいのか?」
「だから、ダメなんだ!ワイバーンのブレスは、この谷全てを火の海に変えるほどの威力があるんだよ!」
なぁ、なんだって!?それじゃ、逃げ場がないじゃないか!
「ダーリン!」
はっとして、振り返る。アドリアの馬が俺たちのすぐ後ろに付け、彼女の背後から、ロウランが俺に呼びかけていた。
「話はだいたい聞いたの!アタシが何とかしてみる!」
「な、なんとかって、大丈夫なのか!?」
「たぶん!」
た、たぶん?いや、こんな状況じゃ、絶対大丈夫なんて誰も保証できないだろ。他の誰でもない、ロウランが任せろと言うんだ。信じてみよう!
「よーし、頼むぞロウラン!」
「はい!」
話が済むと、ロウランはアドリアの耳元に何かをささやき、俺たちから離れていった。
「桜下!本当に大丈夫なんだろうな!?」
クラークが余裕のない表情で振り返る。
「聞いただろ、たぶんって!」
「くっ!あの馬には、アドリアも乗っているんだ!何かあったら承知しないぞ!」
「うるせー!そんなのこっちも同じだ!でも俺は、仲間を信じてる!」
「~~~ッ!ああ、わかったよ!アドリアもきっと、そう判断したんだろう!」
そのアドリアたちが乗った馬は、騎馬隊から少し離れて、単騎で疾走していた。と、ロウランの全身から、包帯がゆらゆらと解け、後方に帯のように漂い始めた。それはどんどん伸び(もともと体に巻いてあったにしては、明らかに長い)、さらに金色の糸のように伸びた合金が、ロウランの周りにグルグルと渦を巻いて、金の繭を形作っていた。
「っ!来るぞ!」
はっ。ハイワイバーンの胸元の球体は、いまや気球ほどに膨れ上がっていた。中では炎のような光が、ちらちら瞬いているように見える。と、その袋が、急激にしぼんた。ハイワイバーンががぱっとあぎとを開く。
「いけぇー!」
ロウランが叫んだのは、それとほぼ同時だった。包帯がクモの糸のように、四方八方にビューっと飛んで行く。伸びた包帯は、崖際の岩や突起にギュっと結びつけられた。さらに合金が、包帯のすき間を埋めるように、伸び、絡まり、結びつき、巨大な円盤になっていく。
ロウランが作り出したのは、俺たちをすっぽりと覆ってしまえるほどの、バカでかい盾だった。だが、ただの一枚板の盾ではない。中心が凹んだおわん型で、ちょうどハイワイバーンに向けられたパラボラアンテナのようだ。
「ギアアアアアアアアア!!!」
そして、来るぞ!ワイバーンのブレスが!
大きく開けられたあごの奥から、青く光り輝く火球が吐き出された。火球はまっすぐ、ロウランの盾へと吸い込まれる。
ズガガガアアアァァァァァン!
空が一瞬、真っ青に染まった。響き渡る轟音。鐘の中に閉じ込められて、思いっきりぶん殴られた気分だ。
凄まじい爆風と共に、ハイワイバーンのブレスが炸裂した。ロウランの盾はそれの直撃を受けたわけだが、ここでその形状が活きた。爆風は湾曲した盾によってすっぽりと包み込まれ、跳ね返ってハイワイバーンを襲ったのだ。それを避ける為に、ハイワイバーンは追撃を諦めなければならなかった。
「た、助かった……」
ここまで完璧に計算されたロウランの盾だったが、それでも一発受け止めるのが限界だった。ブレスの高温で、合金が真っ白に熱され、ドロドロと溶けてしまっている。張り巡らされた包帯からは火が出ていた。
「な、なんつー威力だ……」
「だ、だから言っただろう。ここ一帯を火の海にできると……だけど、なんとかしのぎ切った!これで安心だ」
なに?クラークはすっかり安堵した声で、剣をだらりと下ろしてしまった。
「バカ、どこがだ!次が来たらまずいだろ!」
「いいや、次は来ないよ。なぜならあれは、ワイバーンにとって切り札であり、同時に最終手段だからさ」
「さ、最終手段?」
「あのブレスを吐くと、ワイバーンは飛ぶことができなくなるんだ。それに、そう何度も連射できるものでもない。つまり、一回きりの大技ってことさ」
「なんだと?……おい、だけど。あいつ、まだ空を飛んでるぞ?」
「えっ」
クラークは慌てて、再び空に視線を戻した。跳ね返った爆風をかわしたハイワイバーンは、力強く翼をはためかせて旋回している。今すぐに墜落しそうな様子はかけらもない。
「な、なぜだ!?確かに僕らが戦ったワイバーンは、一度ブレスを吐いたら……」
「それ、さっき自分で言ってたじゃないか!」
「は?」
「だから、あれはただのワイバーンじゃなくて、ハイワイバーンなんだろ!ブレスだってきっと、一度じゃないんだ!」
「な、なんだって!」
ちくしょう、最悪だ!俺はハイワイバーンの姿を脳内に描く。六枚の羽根に、胸には三つの球体。あの一つが、ブレスの前には急激に膨らんだ。もしあれの中身が、ブレスの素なんだとしたら?あいつはまだ、あと二回のブレスを残していることになるじゃないか!
「やべーぞ!ロウランの盾も、二度目は無理だ!」
「くっ!こうなったら僕が、ありったけの雷を……」
「まって!」
ぐいっと、背中が引っ張られた。ライラが、俺の上着を掴んでいる。
「桜下、次はライラが、みんなを守る!」
「ら、ライラ……できるのか?」
「ロウランが時間を稼いでくれた!きっと行ける!」
「よ、よし!頼むライラ!他に手は無い、お前が頼りだ!」
もう四の五の言ってはいられない。それに、あの威力の攻撃に対抗するには、ライラの火力でないと無理だ。
ハイワイバーンの方は、さすがにあれだけのブレスをホイホイ連発することはできないのか、様子を見るように俺たちの前方を旋回している。だが長い首は、逃がさないとばかりにしっかりこちらに向けられていた。どのみちこの谷じゃ、逃げ場はない。真っ向から打ち破るしかないんだ!
「はじめるよ!」
ワイバーンが次のブレスを準備する中、ライラの静かな詠唱が始まった。
つづく
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王太子エルシドの婚約者として有名な公爵令嬢ジュスティーヌ。彼女はある日王太子の姉シルヴィアに冤罪で陥れられた。彼女と二人きりのお茶会、その密室空間の中でシルヴィアは突然フォークで自らを傷つけたのだ。そしてそれをジュスティーヌにやられたと大騒ぎした。ろくな調査もされず自白を強要されたジュスティーヌは実家に幽閉されることになった。彼女を公爵家の恥晒しと憎む父によって地下牢に監禁され暴行を受ける日々。しかしそれは二年後終わりを告げる、第一王女シルヴィアが嘘だと自白したのだ。けれど彼女はジュスティーヌがそれを知る頃には亡くなっていた。王家は醜聞を上書きする為再度ジュスティーヌを王太子の婚約者へ強引に戻す。
そして一年後、王太子とジュスティーヌの結婚式が盛大に行われた。
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