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16章 奪われた姫君
7-2
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7-2
「さて、そうとなると、まずは敵の正体からだな……」
俺たちはうごめく砂丘の前に並ぶ。背後には万一に備えて、各国の兵士たちが待機してくれている。もしも俺たちがヘマしたら、助けてもらう算段だ。
(つっても、手を借りる気はないけど)
今回の任務の目的は、俺たちの実力を疑う連中の、目ん玉をひん剥いてやることだ。俺たちだけの力で、バシッと決めてやらないと。
「砂の下にいるんだよな?ならまず、そこから引っ張り出さないと」
「何かで脅かしたら、出てくるかなぁ。音とか……」
「音……それなら、私に任せてくれますか?」
おっ。ウィルがすいっと前に進み出た。
「私がちょっかいを掛けてみます。刺激したところを、皆さんで叩くというのはどうでしょう」
異論はなかった。ウィルは幽霊だから、万が一の時にも反撃を喰らう恐れがない。刺激役にはぴったりだ。
「じゃあ、いってきますね」
そう言うとウィルは、なぜかロッドを地面に置くと、砂の下に滑るように潜った。地面の下から、直接ちょっかいを掛けるつもりらしい。
「ごく……よし。後は、ウィルを待とう」
というわけで、俺たちは固唾を飲んでその時を待つ。静かな砂漠に、乾いた風が吹く……さぁぁぁ。砂が舞い、太陽が揺らいだ。汗がつぅと、頬を滑り落ちる。
「ホップフレア!」
地の下から、かすかにウィルの声が聞こえてきた。すると、砂丘がもこっと膨らみ、続いてボンッ!と大きな音を立てて、火柱が上がった。ウィルのやつ、砂の中で爆発でも起こしたのか?
次の瞬間。ザザザアァァ!
「どわぁ!?」
砂丘の中から、予想よりもはるかにでかくて、長い影が飛び出てきた。俺は一瞬、竜の首かと見紛う。だがすぐ、それは違うと分かった。その長い影は、全体が血のような赤色で、ぬめぬめとしたテカリを帯びている。さらに先端には、口と思しき鋭い牙が無数に見えた。ゴカイの口にそっくりだ。
背後から兵士たちの悲鳴が上がる。
「オルゴイコルコイだ!」
オルゴ……なんだって?舌を噛みそうな名前のミミズの化け物は、長い頭をゆらゆらと揺らしている。なかなか不気味なモンスターだな、と思ったその時だ。
ドドドドドド!ザザザザザァ!
「な、なに!?」
砂丘が爆発したかのように湧き立った。砂の下から、次から次へと真っ赤な怪物が姿を現す。
「い、一匹じゃなかったのか!」
巨大な化けミミズは、集団で獲物を待ち構えていた。もしも気付かず、あそこを通っていたら……そう考えるとゾッとする。しかし俺たちは、今からそいつらを相手にしないといけないのだ。
「ひいぃぃぃ!」
ウィルが地面の下から、青い顔をして飛び出してきた。
「と、とんでもないのが出てきちゃいましたぁ」
「あぁ……効果はバツグンだったな。まさかこんなに釣れるとは」
「ど、ど、どうしましょう?」
さて、どうしたらいいだろう。まさかこれほどの大群だったとは、だれも予想していなかった。怪物たちはまだ驚きから立ち直っていないのか、頭を振って右往左往している。少しの間なら、悩むことができそうだ。
「あの数を、一度に相手するとなると……」
「……ねぇ。ライラに、いい考えがあるんだけど」
そう言って、ライラが俺の袖を引いてきた。
「ライラたちなら、あいつらをみんなやっつけられるよ。それも、殺さずにね」
なんだって、そんな方法が?それに、ライラ“たち”だって?
「ライラ、どうするつもりなんだ?」
「うん。おねーちゃん、この前話してたやつ、試してみよーよ」
ライラはウィルの方を向いた。ウィルは目を丸くする。
「え?あれをですか?」
「そう。あれならぴったりじゃないかな」
「ですが、まだ一回しか……」
「それだけでも十分だよ。ライラたちならやれるよ!」
ライラはキラキラした瞳で、ウィルを見つめる。その輝きに、ウィルも背中を押されたらしい。
「そうですね。ライラさん、やりましょうか!」
「うん!」
二人は固くうなずき合うと、俺の方を見る。
「桜下、いい?」
「もちろんだ。そんな方法があるなら、こっちから頼みたいくらいだよ。手伝えることはあるか?」
「ありがと!少し時間が必要なの。それまで稼いで!」
「よしきた!」
言うが早いか、ウィルとライラは準備に取り掛かり始めた。ライラはその場で詠唱を開始し、ウィルは上空に浮かび上がる。空から呪文を?
「時間稼ぎなら、わたしがやるよ」
フランが一歩前に進み出る。
「あいつらの気を引けばいいんでしょ」
「フラン、一人でおとりをやるのか?」
「うん。ちょうどいい機会だ。わたしのスピードでどこまでできるのか、試してみたい」
フランはつま先で砂をザリザリと蹴ると、地面の具合を確かめるように、ぐっと踏み込んだ。どうやらフランは、この前話した戦い方を試すつもりのようだ。
「よ、よし。わかった。頼むぞ、フラン」
フランはこくりとうなずくと、銀色の髪をひるがえして走り出した。不安もあるが……彼女は、殻を一枚やぶろうとしているんだ。なら俺は、それを信じる。
戦闘、開始だ。
フランは、怪物ミミズどもの中心へと駆けこんだ。ウィルの魔法で混乱していたミミズたちは、自分たちの縄張りに獲物が迷い込んだことを察知したらしい。牙を剥くと、シューシューという不気味な音を発しながら、フランに襲い掛かり始めた。
「ザシャアァァァ!」
一体のミミズが、砂をかき分けながら突進していく。奴の牙の先で砂が弾け飛び、もうもうと砂煙が起こる。フランは軽く跳躍して、化けミミズの牙をかわした。だが、そこへすぐさま別のミミズの牙が迫る。フランはその牙を蹴飛ばすと、反動で後ろにぴょんと跳んだ。だがすぐに第三、第四のミミズがのたうちながら飛び込んだ。フランの姿はあっという間に、赤いミミズの体と黄色い砂煙で見えなくなってしまった。
「ヒートアナナス!」
「スフィアリウム!」
と、同時に魔術師二人の呪文が轟いた。が、俺は一瞬、二人の呪文が失敗したんじゃないかと思ってしまった。だって、何も起こらなかったから。火花が散るわけでも、爆発が起こるわけでもない。
「これは……?」
ライラを見ても、取り乱した様子はない。魔法はきちんと発動しているようだ。でもなら、どんな効果なんだろう?
ザザザァァァ!
「っ」
砂が掻き分けられる音がして、俺は目の前に意識を戻す。ちょうど一匹の化けミミズが砂に頭を突っ込み、砂煙をもうもうと巻き上げたところだった。その陰に、小さな銀色の影をようやく捉えた。フランは無事だ!
「いいぞ、フラン!」
四方八方から化けミミズが食いつこうとしてくるのを、フランは紙一重でかわし続けている。攻撃を一切放棄し、回避に専念することで、化けミミズたちを完全に翻弄しているんだ。
(すごい……知らなかった。本気を出せば、あんなに動けるのか)
化けミミズの牙が迫ると、フランはくるりと足を抱えて宙返りして、ミミズの頭に着地した。以前なら高々と跳躍してから反撃に移っていたが、今は必要最低限で、動きに無駄がない。フランはそのまま、ミミズの体の上を走り出した。別のミミズが食らいつこうと飛び掛かってくるが、その直前、とんっと一歩だけのバックステップをする。ミミズのあぎとは空を切り、フランが上を走っていたミミズとぶつかってもんどりうった。
砂の上に着地すると、フランは別のミミズの頭に飛びついた。そいつは頭を激しく振り回してフランを振り落とそうとするが、牙をしっかり掴んで放さない。そうしているうちに、何匹ものミミズが噛みつこうと突進してくる。頃合いを見てパッと手を放すと、フランは振り回される勢いに乗って離脱した。残されたミミズには、同胞の熱い口づけが寄せられる。ミミズはみにくい悲鳴を上げた。
「すごい……すごい、フラン!」
手に汗握りながらも、俺は興奮していた。
獲物に群がるだけで、統率なんてまるでないミミズどもは、フランに触れることすらできないでいる。フランが走れば、化けミミズの群れはいっせいにそちらへ移動する。右へ行けば右へ、左へ行けば左へ。ザザザと砂をかき分ける様は、海原を船団が進むかのようだ。連中は、フランに釘付けになっていた。
「いいぞ!このままいけ!」
かなりの時間を稼げている。きっと、もうあと少しで……その時だ。
「っ!?」
ザザァ!突如、フランの足下から砂が吹き上がった。ミミズが一匹、まだ隠れ潜んでいたんだ!
「ふ、フラーン!」
ミミズは砂ごとフランを突き上げた。小さなフランの体が、高々と宙を舞う。その下では、無数のミミズどもが口を広げていて……
「や、やばい!」
俺は我も忘れて走り出そうとした。だがその時、奇妙なことが起こった。
ドサッ。ドサドサドサ!なぜかミミズどもが、バタバタと折り重なって倒れていく。連中はぬらぬらした体をピクピクと痙攣させて、気を失っているようだ。
「なんだ、こりゃ……」
「桜下、危ないよ!あんまり近づかないで」
おっと!ライラの注意を受けて、俺は慌てて後ろに下がった。けど、いまだにさっぱり分からないんだけど……これは、ライラたちの魔法のせいってことなのか?
ミミズの群れが集団失神したので、飛ばされたフランはそのままストンと着地した。周囲を一瞥して、ミミズが完全に動かないのを確認すると、こちらへ戻ってくる。
「フラン、無事でよかった。けど、何が何だか……」
「あつい」
「へ?ああうん、そりゃ砂漠だからな」
「そうじゃなくて、あのミミズの近くだけ、とんでもなく熱い」
お、お?それは、どういうことだ?フランは困惑する俺をよそに、ライラの方を見た。
「そういうことでしょ?」
「ふふふん。そのとーり!」
ライラは得意げに胸を逸らした。上空にいたウィルも、するすると降りてくる。我慢できずに、俺は二人に訊ねた。
「な、なあ。一体全体、何をしたんだ?」
「ライラたちはね、あつーい空気を閉じ込めてたの。ライラが風のまほーで空気を閉じ込めて、おねーちゃんが空から空気を熱してたんだよ」
「空気を、閉じ込めた?」
ウィルがうなずく。
「そうです。いわば私たちは、見えない温室を作り上げたんです。私が使ったヒートアナナスの魔法は、普段は暖房に使われるだけの魔法です。けど加減を誤ると、熱し過ぎた空気から有毒なガスが発生して、とても危険になります。今回は、それを故意に起こしてみました」
ああ、なるほど!閉め切った部屋のストーブ、あれと同じ原理か。
「すると、あの化けミミズたちは……蒸し風呂の中で、暴れまわってたことになるのか。そりゃあ倒れるわけだ」
「ええ。重症の熱中症みたいなものですね。たぶん二、三時間は動けないと思いますよ」
ウィルはさらりと言ったが、けっこう恐ろしいぞ……砂漠の暑さがへっちゃらなモンスターでさえ、バタバタと倒れるほどなんだ。もしさっき、俺が足を踏み入れていたら……きっと一歩で卒倒していただろう。
「すごいな、二人とも。よくこんなの考えついたよ」
するとウィルが、目をぱちくりさせた。
「何言ってるんですか、桜下さんが言ったことでしょう?」
「え?俺?」
「そうです。この前、言ってくれましたよね。何も魔法は、爆発だけに限らないって。あれがあったから、こういう攻撃の仕方を思いつけたんですよ」
「まあ、そんなようなことは言ったけれど……」
「それに、私だけじゃありません。ライラさんに相談に乗ってもらって、二人で編み出したんですよ。ね、ライラさん?」
「うん!へへへ」
にこにこと笑いあう二人。はぁー、大したもんだな。俺は改めて、二人の魔術師のすごさを実感したのだった。
つづく
====================
投稿順を間違えていました!すみません……
昨日投稿した分が7-3、本日分が7-2となります。
「さて、そうとなると、まずは敵の正体からだな……」
俺たちはうごめく砂丘の前に並ぶ。背後には万一に備えて、各国の兵士たちが待機してくれている。もしも俺たちがヘマしたら、助けてもらう算段だ。
(つっても、手を借りる気はないけど)
今回の任務の目的は、俺たちの実力を疑う連中の、目ん玉をひん剥いてやることだ。俺たちだけの力で、バシッと決めてやらないと。
「砂の下にいるんだよな?ならまず、そこから引っ張り出さないと」
「何かで脅かしたら、出てくるかなぁ。音とか……」
「音……それなら、私に任せてくれますか?」
おっ。ウィルがすいっと前に進み出た。
「私がちょっかいを掛けてみます。刺激したところを、皆さんで叩くというのはどうでしょう」
異論はなかった。ウィルは幽霊だから、万が一の時にも反撃を喰らう恐れがない。刺激役にはぴったりだ。
「じゃあ、いってきますね」
そう言うとウィルは、なぜかロッドを地面に置くと、砂の下に滑るように潜った。地面の下から、直接ちょっかいを掛けるつもりらしい。
「ごく……よし。後は、ウィルを待とう」
というわけで、俺たちは固唾を飲んでその時を待つ。静かな砂漠に、乾いた風が吹く……さぁぁぁ。砂が舞い、太陽が揺らいだ。汗がつぅと、頬を滑り落ちる。
「ホップフレア!」
地の下から、かすかにウィルの声が聞こえてきた。すると、砂丘がもこっと膨らみ、続いてボンッ!と大きな音を立てて、火柱が上がった。ウィルのやつ、砂の中で爆発でも起こしたのか?
次の瞬間。ザザザアァァ!
「どわぁ!?」
砂丘の中から、予想よりもはるかにでかくて、長い影が飛び出てきた。俺は一瞬、竜の首かと見紛う。だがすぐ、それは違うと分かった。その長い影は、全体が血のような赤色で、ぬめぬめとしたテカリを帯びている。さらに先端には、口と思しき鋭い牙が無数に見えた。ゴカイの口にそっくりだ。
背後から兵士たちの悲鳴が上がる。
「オルゴイコルコイだ!」
オルゴ……なんだって?舌を噛みそうな名前のミミズの化け物は、長い頭をゆらゆらと揺らしている。なかなか不気味なモンスターだな、と思ったその時だ。
ドドドドドド!ザザザザザァ!
「な、なに!?」
砂丘が爆発したかのように湧き立った。砂の下から、次から次へと真っ赤な怪物が姿を現す。
「い、一匹じゃなかったのか!」
巨大な化けミミズは、集団で獲物を待ち構えていた。もしも気付かず、あそこを通っていたら……そう考えるとゾッとする。しかし俺たちは、今からそいつらを相手にしないといけないのだ。
「ひいぃぃぃ!」
ウィルが地面の下から、青い顔をして飛び出してきた。
「と、とんでもないのが出てきちゃいましたぁ」
「あぁ……効果はバツグンだったな。まさかこんなに釣れるとは」
「ど、ど、どうしましょう?」
さて、どうしたらいいだろう。まさかこれほどの大群だったとは、だれも予想していなかった。怪物たちはまだ驚きから立ち直っていないのか、頭を振って右往左往している。少しの間なら、悩むことができそうだ。
「あの数を、一度に相手するとなると……」
「……ねぇ。ライラに、いい考えがあるんだけど」
そう言って、ライラが俺の袖を引いてきた。
「ライラたちなら、あいつらをみんなやっつけられるよ。それも、殺さずにね」
なんだって、そんな方法が?それに、ライラ“たち”だって?
「ライラ、どうするつもりなんだ?」
「うん。おねーちゃん、この前話してたやつ、試してみよーよ」
ライラはウィルの方を向いた。ウィルは目を丸くする。
「え?あれをですか?」
「そう。あれならぴったりじゃないかな」
「ですが、まだ一回しか……」
「それだけでも十分だよ。ライラたちならやれるよ!」
ライラはキラキラした瞳で、ウィルを見つめる。その輝きに、ウィルも背中を押されたらしい。
「そうですね。ライラさん、やりましょうか!」
「うん!」
二人は固くうなずき合うと、俺の方を見る。
「桜下、いい?」
「もちろんだ。そんな方法があるなら、こっちから頼みたいくらいだよ。手伝えることはあるか?」
「ありがと!少し時間が必要なの。それまで稼いで!」
「よしきた!」
言うが早いか、ウィルとライラは準備に取り掛かり始めた。ライラはその場で詠唱を開始し、ウィルは上空に浮かび上がる。空から呪文を?
「時間稼ぎなら、わたしがやるよ」
フランが一歩前に進み出る。
「あいつらの気を引けばいいんでしょ」
「フラン、一人でおとりをやるのか?」
「うん。ちょうどいい機会だ。わたしのスピードでどこまでできるのか、試してみたい」
フランはつま先で砂をザリザリと蹴ると、地面の具合を確かめるように、ぐっと踏み込んだ。どうやらフランは、この前話した戦い方を試すつもりのようだ。
「よ、よし。わかった。頼むぞ、フラン」
フランはこくりとうなずくと、銀色の髪をひるがえして走り出した。不安もあるが……彼女は、殻を一枚やぶろうとしているんだ。なら俺は、それを信じる。
戦闘、開始だ。
フランは、怪物ミミズどもの中心へと駆けこんだ。ウィルの魔法で混乱していたミミズたちは、自分たちの縄張りに獲物が迷い込んだことを察知したらしい。牙を剥くと、シューシューという不気味な音を発しながら、フランに襲い掛かり始めた。
「ザシャアァァァ!」
一体のミミズが、砂をかき分けながら突進していく。奴の牙の先で砂が弾け飛び、もうもうと砂煙が起こる。フランは軽く跳躍して、化けミミズの牙をかわした。だが、そこへすぐさま別のミミズの牙が迫る。フランはその牙を蹴飛ばすと、反動で後ろにぴょんと跳んだ。だがすぐに第三、第四のミミズがのたうちながら飛び込んだ。フランの姿はあっという間に、赤いミミズの体と黄色い砂煙で見えなくなってしまった。
「ヒートアナナス!」
「スフィアリウム!」
と、同時に魔術師二人の呪文が轟いた。が、俺は一瞬、二人の呪文が失敗したんじゃないかと思ってしまった。だって、何も起こらなかったから。火花が散るわけでも、爆発が起こるわけでもない。
「これは……?」
ライラを見ても、取り乱した様子はない。魔法はきちんと発動しているようだ。でもなら、どんな効果なんだろう?
ザザザァァァ!
「っ」
砂が掻き分けられる音がして、俺は目の前に意識を戻す。ちょうど一匹の化けミミズが砂に頭を突っ込み、砂煙をもうもうと巻き上げたところだった。その陰に、小さな銀色の影をようやく捉えた。フランは無事だ!
「いいぞ、フラン!」
四方八方から化けミミズが食いつこうとしてくるのを、フランは紙一重でかわし続けている。攻撃を一切放棄し、回避に専念することで、化けミミズたちを完全に翻弄しているんだ。
(すごい……知らなかった。本気を出せば、あんなに動けるのか)
化けミミズの牙が迫ると、フランはくるりと足を抱えて宙返りして、ミミズの頭に着地した。以前なら高々と跳躍してから反撃に移っていたが、今は必要最低限で、動きに無駄がない。フランはそのまま、ミミズの体の上を走り出した。別のミミズが食らいつこうと飛び掛かってくるが、その直前、とんっと一歩だけのバックステップをする。ミミズのあぎとは空を切り、フランが上を走っていたミミズとぶつかってもんどりうった。
砂の上に着地すると、フランは別のミミズの頭に飛びついた。そいつは頭を激しく振り回してフランを振り落とそうとするが、牙をしっかり掴んで放さない。そうしているうちに、何匹ものミミズが噛みつこうと突進してくる。頃合いを見てパッと手を放すと、フランは振り回される勢いに乗って離脱した。残されたミミズには、同胞の熱い口づけが寄せられる。ミミズはみにくい悲鳴を上げた。
「すごい……すごい、フラン!」
手に汗握りながらも、俺は興奮していた。
獲物に群がるだけで、統率なんてまるでないミミズどもは、フランに触れることすらできないでいる。フランが走れば、化けミミズの群れはいっせいにそちらへ移動する。右へ行けば右へ、左へ行けば左へ。ザザザと砂をかき分ける様は、海原を船団が進むかのようだ。連中は、フランに釘付けになっていた。
「いいぞ!このままいけ!」
かなりの時間を稼げている。きっと、もうあと少しで……その時だ。
「っ!?」
ザザァ!突如、フランの足下から砂が吹き上がった。ミミズが一匹、まだ隠れ潜んでいたんだ!
「ふ、フラーン!」
ミミズは砂ごとフランを突き上げた。小さなフランの体が、高々と宙を舞う。その下では、無数のミミズどもが口を広げていて……
「や、やばい!」
俺は我も忘れて走り出そうとした。だがその時、奇妙なことが起こった。
ドサッ。ドサドサドサ!なぜかミミズどもが、バタバタと折り重なって倒れていく。連中はぬらぬらした体をピクピクと痙攣させて、気を失っているようだ。
「なんだ、こりゃ……」
「桜下、危ないよ!あんまり近づかないで」
おっと!ライラの注意を受けて、俺は慌てて後ろに下がった。けど、いまだにさっぱり分からないんだけど……これは、ライラたちの魔法のせいってことなのか?
ミミズの群れが集団失神したので、飛ばされたフランはそのままストンと着地した。周囲を一瞥して、ミミズが完全に動かないのを確認すると、こちらへ戻ってくる。
「フラン、無事でよかった。けど、何が何だか……」
「あつい」
「へ?ああうん、そりゃ砂漠だからな」
「そうじゃなくて、あのミミズの近くだけ、とんでもなく熱い」
お、お?それは、どういうことだ?フランは困惑する俺をよそに、ライラの方を見た。
「そういうことでしょ?」
「ふふふん。そのとーり!」
ライラは得意げに胸を逸らした。上空にいたウィルも、するすると降りてくる。我慢できずに、俺は二人に訊ねた。
「な、なあ。一体全体、何をしたんだ?」
「ライラたちはね、あつーい空気を閉じ込めてたの。ライラが風のまほーで空気を閉じ込めて、おねーちゃんが空から空気を熱してたんだよ」
「空気を、閉じ込めた?」
ウィルがうなずく。
「そうです。いわば私たちは、見えない温室を作り上げたんです。私が使ったヒートアナナスの魔法は、普段は暖房に使われるだけの魔法です。けど加減を誤ると、熱し過ぎた空気から有毒なガスが発生して、とても危険になります。今回は、それを故意に起こしてみました」
ああ、なるほど!閉め切った部屋のストーブ、あれと同じ原理か。
「すると、あの化けミミズたちは……蒸し風呂の中で、暴れまわってたことになるのか。そりゃあ倒れるわけだ」
「ええ。重症の熱中症みたいなものですね。たぶん二、三時間は動けないと思いますよ」
ウィルはさらりと言ったが、けっこう恐ろしいぞ……砂漠の暑さがへっちゃらなモンスターでさえ、バタバタと倒れるほどなんだ。もしさっき、俺が足を踏み入れていたら……きっと一歩で卒倒していただろう。
「すごいな、二人とも。よくこんなの考えついたよ」
するとウィルが、目をぱちくりさせた。
「何言ってるんですか、桜下さんが言ったことでしょう?」
「え?俺?」
「そうです。この前、言ってくれましたよね。何も魔法は、爆発だけに限らないって。あれがあったから、こういう攻撃の仕方を思いつけたんですよ」
「まあ、そんなようなことは言ったけれど……」
「それに、私だけじゃありません。ライラさんに相談に乗ってもらって、二人で編み出したんですよ。ね、ライラさん?」
「うん!へへへ」
にこにこと笑いあう二人。はぁー、大したもんだな。俺は改めて、二人の魔術師のすごさを実感したのだった。
つづく
====================
投稿順を間違えていました!すみません……
昨日投稿した分が7-3、本日分が7-2となります。
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