上 下
666 / 860
16章 奪われた姫君

3-5

しおりを挟む
3-5

城へと向かう間、戦闘の形跡はどこにも見当たらなかった。血も流れていないし、家々は壊されていない。モンスターはかなりの大群に見えたが、城だけを集中砲火したってことか?
やがて、森が見えてくる。城下町と王都の間に広がる森だ。そこ突っ切れば、ついに王城が姿を現す……

「なっ……なんだよ、これ」

俺は思わず、馬を止めてしまった。
王城の一角が、完全に崩落している。
塔は崩れ、屋根は剥がれ、中の構造がむき出しになっている。まるで巨人が、その部分だけをむしり取ったかのようだった。いったいどんな兵器を使えば、石造りの城をこんなにできるんだ?

「ライラ……お前の魔法なら、あれと同じことができるか?」

「ブレス・オブ・ワイバーンなら……でも、一発だけじゃ足りないかも……」

ライラほどの魔術師でも無理なら、誰が……

「っ!気を付けて!」

っ!フランの警告!俺は染み付いた経験則から、鋭敏に反応することができた。

「キシャアアァァァ!」

うわ!空を大きな影がおおう。俺はライラを抱きかかえると、地面にダイブした。その数瞬後に、影が俺たちのいた場所を通過した。

「ちくしょう!挨拶もなしに、失礼なやつだな!」

俺はぱっと起き上がると、不躾な客の姿を拝む。まず目についたのは、大きな翼。アルルカと同じで、コウモリそっくりだ。体は羽毛に覆われていたが、腕と足は人間のそれだった。そして、顔。綺麗な女の人。だが、首が異様に長い。そしてびっちりと鱗で覆われている。蛇の体の先端に、人間の顔がくっ付いているのか……?

『これは、もしや。ヴィーヴル!』

胸元のアニが危険を報せるように揺れる。

『気を付けて下さい!牙と爪に猛毒を持ちます!しかし、これほど大型のはずでは……?』

くそ、最近はそればかりだな!悪態をつきたい気分だったが、そんな暇はないらしい。ヴィーヴルが牙を剥いて、俺たちに襲い掛かってきた!

「キシャアアアァァ!」

「やああぁ!」

飛び掛かってくるヴィーヴルに向かって、フランは真っ向からジャンプした。ヴィーヴルの長い首がしなり、フランに食いつこうとする。人間の女の顔が、歯を剥き出しにして襲ってくる光景に、俺は情けなくも震えてしまった。

「ふん!」

牙が食いつく寸前、フランはアッパーカットを繰り出して、口を無理やり閉じてしまった。舌を噛んだであろうヴィーヴルは、くぐもった悲鳴を上げる。

「ギュウゥ」

怯んだヴィーヴルの長い首を、フランはむんずと掴んだ。そのまま地面に引きずり落とす。フランの攻めは、そこで終わらない。長い首を紐に、体を重り代わりにして、ヴィーヴルをぶんぶんと振り回し始めた。俺、ライラ、ロウランは、慌てて地面に伏せた。じゃないと頭がぶっ飛んでしまう。

「あああぁぁぁ!」

十分な加速が乗ると、フランはヴィーヴルの首を放した。怪物は恐ろしい速度ですっ飛んで行き、放物線を描いて、堀に叩きつけられた。
ダッパーン!ヴィーヴルは堀に沈んで見えなくなった。

「片付いたよ!」

「はっ。よ、よし!このまま城に向かおう!」

俺は跳ね起きると、再びストームスティードにまたがり、堀に掛かった跳ね橋を突っ切る。

「な……何者だ!止ま……ゴホホ!」

うおっと!手綱を引いて、馬を急停止させる。城へと続く門の前に、一人の兵士が立っていた。だが、どう見ても元気そうには見えない。額から血を流しているし、掲げた剣は刃こぼれがひどい。

「おいあんた、大丈夫か?」

「う……うるさい!怪しいやつらめ!今、城に貴様らのようなのを入れるわけには……ごほ、ゴホホ!」

兵士は怒鳴り散らした後に、背中を丸めてむせ込んでしまった。ちっ!そんなにしんどいなら、無理せず安めばいいものを。その上で俺たちを足止めするんだから、無駄骨もいいところだ。

「おい!これを見ろ!」

らちが明かないと判断した俺は、奥の手を使う。アニを掴むと、兵士によく見えるように掲げて見せた。青い光が兵士の顔を照らす。兵士の目が丸くなった。

「これが何だか、わかるな!?」

「そっ……それはまさか、エゴバイブル……!」

兵士がつぶやくのを聞くと、俺は返事を待たずに馬の腹を蹴った。兵士の顔が恐怖に引きつる。

「イヒヒィーン!」

「うわぁ!」

ふわりと、ストームスティードが跳躍する。尻もちをついた兵士を飛び越して、俺たちは城へと入った。
城内の庭園は、前回とは打って変わって、荒れ果てていた。あちこちにがれきが散乱し、さっきのヴィーヴルの死骸や、倒れた人の姿があちこちに転がったままにされている。遺体の収容もままならないってことか。

「くっ……結構派手にやり合ったみたいだな」

「いちばん酷くやられてたのは、城の上の方だったよ!」

フランが玄関へと走って行く。玄関ホールの扉は開けっ放しで放置されていた。

「よし、このまま突っ込むぞ!」

うりゃ!俺は馬に乗ったまま、玄関前の階段を駆け上った。
ホールの中は、もぬけの殻だった。女中も執事も見当たらない。フランは早くも、上へと続く階段を駆け上がっていた。

「頼むぜ、ストームスティード!みんな、よく掴まってろ!」

ヒヒーン!ストームスティードは任せろとばかりにいななくと、階段へ突入した。こんなところを走るのは初めてだったが、さすがは風の馬。力強く、危なげなく上っていく。

「こっちだ!」

何フロアか上ると、フランが廊下へと折れた。俺もその後に続く。この階の廊下は、特に損傷が激しい。窓ガラスは粉々に割られて散乱し、床は所々血のようなもので汚れている。
廊下を中ほどまで進むと、フランが急に足を止めた。

「フラン、どうした?」

「さっきのやつらだ!」

なに?すると、前方、廊下に面した部屋から、ヴィーヴルがぞろぞろと這い出してきた。ちぃ、城の中にまで!

「あたしに任せなさい!ゼロ・アベーテ!」

アルルカが杖を突き出す。ジャシャアァァー!杖から冷気が噴き出すと、行く手を瞬く間に凍結させていく。ヴィーヴルたちは這い出して来る恰好のまま固まり、廊下はすっかり静かになった。

「いいぞ、アルルカ!突っ切ろう!」

凍った道も、風の馬は全く関係なく駆け抜ける。フランはスケートのように、凍結した床を滑りながらついていた。
やがて俺たちは、一つの部屋の前で止まった。

「行き止まりか……」

廊下の先は、崩れたがれきで塞がれてしまっていた。俺たちが外から見た、酷く損壊していた部分は、この辺りだろうか。

「それに、この部屋」

「どうしたの?」

「見覚えがないか?」

フランと俺は扉を見つめる。ずいぶんと豪華な扉だ。布張りで、細かな刺繍が施されている。

「この部屋……女王の部屋!」

「ああ……」

ロアの部屋のギリギリ手前までが、激しい攻撃を受けている。言い換えれば、ロアの部屋は攻撃をされなかった形だ。これが偶然の幸運なら、いいのだが。

「みんな、馬はここで降りよう。さすがに部屋には入れない」

俺たちがストームスティードから降りると、風の馬は消えてしまった。俺は前に一歩進み出て、ごくりと喉を鳴らす。そして扉の取っ手に手を掛けた。

「……開くぞ」

みんなは無言でうなずいた。よぅし……ギイィ。重厚な扉が開かれた。
目に飛び込んできた光景に、俺は唖然とした。
そこには、青空が広がっていた。何で空が……?いや、そうじゃない。天井が、壁が、跡形もなく破壊されているんだ。そこはもはや、部屋と呼べる空間ではなくなっていた。

「これは、一体……?」

後から入ってきた仲間たちも、ぽかんと口を開けている。いったいここで、何があったんだ……?

「あっ!桜下さん、あそこに人が!」

ウィルが鋭い声で指をさす。その方向へ顔を向けると、崩れたがれきの下敷きになって、二本の足が見えていた。

「っ!助けないと!」

「どいてて!わたしがやる!」

フランはがれきの側に屈みこむと、両手をその下に差し込んだ。彼女が力を籠めると、がれきがわずかに持ち上がる。フランが持ち上げてくれている間に、俺とロウランが、その人を引っ張り出した。

「おい、大丈夫か!?」

幸い、まだ息はあるようだ。ゼイゼイと喘いでいる。とにかく様子を診ようと、顔の横に屈む。って、この顔は!

「エドガーじゃないか!」

そいつは、騎士団長のエドガーだった。なんでこいつが、ロアの部屋に……?
エドガーは激しく咳をすると、ようやく俺がそばにいることに気が付いたらしい。目をしばたいたかと思うと、いきなり胸倉に掴みかかってきた。

「うわ!おい、何のつもりだ!」

「早く!急がねば、駄目だ……!」

「おい、落ち着け!とにかく、今は安静にしろよ」

「おち、ついてなど……いられるか……!」

エドガーの手は鋼のように、俺の服を放そうとしない。しょうがなく、フランが無理やり引っぺがし、ロウランが包帯でやつを押さえつけた。まったく、恩人に対して、なんて男だ。

「いいから、今は寝てろよ。体に響くぞ」

俺は乱れた襟元を正しながら言った。だがエドガーは、ロウランの包帯を引きちぎらん勢いで、抵抗を続けている。

「聞けっ!私の話を……聞くんだっ……!」

……なんだよ。エドガーの声は、まるで懇願しているかのようだ。やつの目は飛び出さんばかりに見開かれているが、同時に泣くのを堪えているようにも見える。なんだか、様子がおかしいぞ。

「……ロウラン。放してやってくれないか」

「ダーリン?いいの?」

「ああ」

ロウランは一瞬渋ったが、素直に包帯をほどいた。その瞬間、エドガーが俺に飛び掛かってくる。フランが身構えたが、エドガーは胸倉を締め上げたりはしなかった。ただ俺の服を掴んで、すがり付いた、と言ったほうが正しいかもしれない。

「……何があった?」

俺は一言、そう訊ねた。エドガーはうつむいたまま、歯を食いしばっている。俺が黙って待っていると、歯のすき間から絞り出すように、こう言った。

「ロア様が……攫われた……!」



つづく
====================

読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

====================

Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、
作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。
よければ見てみてください。

↓ ↓ ↓

https://twitter.com/ragoradonma
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

ハクスラ異世界に転生したから、ひたすらレベル上げしながらマジックアイテムを掘りまくって、飽きたら拾ったマジックアイテムで色々と遊んでみる物語

ヒィッツカラルド
ファンタジー
ハクスラ異世界✕ソロ冒険✕ハーレム禁止✕変態パラダイス✕脱線大暴走ストーリー=166万文字完結÷微妙に癖になる。 変態が、変態のために、変態が送る、変態的な少年のハチャメチャ変態冒険記。 ハクスラとはハックアンドスラッシュの略語である。敵と戦い、どんどんレベルアップを果たし、更に強い敵と戦いながら、より良いマジックアイテムを発掘するゲームのことを指す。 タイトルのままの世界で奮闘しながらも冒険を楽しむ少年のストーリーです。(タイトルに一部偽りアリ)

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

オタクおばさん転生する

ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。 天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。 投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双

たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。 ゲームの知識を活かして成り上がります。 圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【短編】冤罪が判明した令嬢は

砂礫レキ
ファンタジー
王太子エルシドの婚約者として有名な公爵令嬢ジュスティーヌ。彼女はある日王太子の姉シルヴィアに冤罪で陥れられた。彼女と二人きりのお茶会、その密室空間の中でシルヴィアは突然フォークで自らを傷つけたのだ。そしてそれをジュスティーヌにやられたと大騒ぎした。ろくな調査もされず自白を強要されたジュスティーヌは実家に幽閉されることになった。彼女を公爵家の恥晒しと憎む父によって地下牢に監禁され暴行を受ける日々。しかしそれは二年後終わりを告げる、第一王女シルヴィアが嘘だと自白したのだ。けれど彼女はジュスティーヌがそれを知る頃には亡くなっていた。王家は醜聞を上書きする為再度ジュスティーヌを王太子の婚約者へ強引に戻す。 そして一年後、王太子とジュスティーヌの結婚式が盛大に行われた。

処理中です...