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15章 燃え尽きた松明

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朝日が高く昇るころ、俺たちはグランテンプルを後にした。
砕けたエラゼムの鎧と、それに彼の大剣は、ステイン牧師に頼み込んで、メアリーのすぐそばに置かせてもらった。

(きっと、そばにいたほうがいい)

ただ、一つだけ。彼の兜だけは、俺が引き取った。
あの兜は、もともとアニが出した魔法の道具だ。だからってことじゃないけど、エラゼムが長年愛用していたもんじゃない。そう、この兜は、俺たちと出会ってから着けていたものだ。

(思い出くらいは、残してもいいよな)

兜を腕に抱えて、グランテンプルから町へと伸びる階段を下りていく。アニが魔法の倉庫にしまおうかと言ってくれたけど、俺は断った。何となくだけど、ちゃんと目に見えるところに持っておきたかったんだ。

「さーてと。ここでやることも、みーんな終わったなぁ」

長い階段を下りながら、俺はかすれた声で言う。さんざん泣いたせいで、喉がヒリヒリするや。

「よかったよな。エラゼムは願いを果たせたし、マルティナたちも守る事ができた。みんな、よくやったよ」

仲間たちはうなずいた。そう、俺たちはハッピーエンドを迎えたんだ。今はまだ悲しいけれど、けして悪い悲しみじゃない。
ウィルがまつ毛を涙で光らせながら、口を開く。

「……エラゼムさんは、最期の最期まで、私たちに余計な悲しみを負わせないようにしていましたね。今朝もそうですし、この町に来てからも、ずっといつも通りで……どこまでも、真面目な人でした」

そうだな。エラゼムは、ずっと真面目だった。それが彼の性格だってこともあるんだろうけど、俺は一つ気付いたんだ。エラゼムが、あれほど色恋沙汰に疎かった理由。それはたぶん、メアリーに悪いと思っていたからなんじゃないかな。

「……最期に、あの人の主が出てきてたけど。あれって、幽霊だったってこと?」

フランが俺に訊ねてくる。俺は首をひねった。

「うーん、見た目はそうだよな。ただ、俺は何にも感じなかったんだ。フランは?」

「うん、わたしも感じなかった。でも、だとすると、なに?」

「わかんねーけど……アンデッドではないんだとしたら、残留思念とかなのかなぁ?けどにしちゃ、俺たちのことまで知ってたのはおかしいし……」

するとライラが、背中で腕を組んで、俺の顔を覗き込んできた。

「なんだ桜下、そんなことも知らないの?」

「へ?ライラ、なんか分かるのか?」

「分かるよぉ。だってさ、あれってお空の上で見守っててくれたってことでしょ?」

「え?空?」

「そうだよ。おかーさんとおにぃちゃんも、ライラのこと見ててくれてるはずだもん。エラゼムのばーいは、あの女の人だったってことだよ」

そ、それは……どうなんだろ?アンデッドが実在するこの世界では、死後の世界というのもまた存在するのか……?うーん、分かんないけど。

「ははは、けどそうだな。そいつは気に入った。うん、きっとそうだ」

「へへへ。でしょ?」

それなら、エラゼムだって、俺たちを見守ってくれているってことだよな。俺は空を見上げた。
そこには数日振りに、すっきりと晴れた青空が広がっていた。



朽ち果てた廃墟。ここは、ルエーガー城。百年余り前に滅び、今は無人と化した古城である。

「―――」

その城内のがれきの上に、かつての城主代行、バークレイ・ルエーガーは腰かけていた。
幽霊となった後も、彼は城の留守を預かり続けていた。たった一人で、果てしない時の中を、ただ一人の男が帰ってくるのを信じて……

カツン。

がらんどうのホールに、足音が響いた。バークレイは顔を上げる。どこぞの旅人でも迷い込んできたのか。幽霊城として有名になったここには、人はめったに立ち寄らない。だとすると、盗人の類だろうか。
バークレイは腰を上げて、侵入者を迎え撃つ心構えをした。

カツン。カツン。

聞こえてくる足音は、二人分だった。やがてバークレイの前に現れた姿を見て、彼は目を見開いた。

「エラゼム、か―――?」

「はい。バークレイ様、ただいま戻りました」

暗がりの中から聞こえてきたのは、間違いなくエラゼム・ブラッドジャマーの声だった。バークレイが帰りを信じ、待ち続けていた男だ。

「戻ったのか、エラゼム―――!」

だがふと、バークレイは違和感を覚えた。エラゼムの姿は暗がりに紛れてよく見えないが、どうにも恰好が変わっている気がする。傷だらけだった鎧は妙に小奇麗だし、それに何より、失くしたはずの首から上が、あるように見えたのだが……

「はっ。そうだ、エラゼム。戻ったということは、姉さんは―――」

「はい、見つけました。さあ、こちらへ」

すると、エラゼムの背後から、もう一人が近づいてくる。エラゼムよりも前に出たその人物は、バークレイの目にはっきりと見えた。

「姉、さん―――」

「バークレイ。久しぶりね」

メアリーは、バークレイに複雑な顔で微笑みかけた。うれしさと申し訳なさが入り混じったような表情だった。

「姉さん、どうして―――」

「エラゼムが提案してくれたのよ。あなたが帰りを待っているから、いっしょに付いてきてくれって。でも、あなたからしたら、私は憎らしい相手かもしれないわね……」

「そんなことない。そんなことないよ、姉さん―――」

バークレイは、子どものように頭を振った。

「姉さんは、こうして帰ってきてくれたじゃないか―――僕との約束を、果たしてくれた。それだけで、十分さ―――」

「バークレイ……ありがとう」

メアリーが明るい顔で微笑む。バークレイは微笑み返すと、エラゼムの方を向いた。

「エラゼム。ありがとう。よく姉さんを見つけてくれた―――」

「とんでもございません。これは、吾輩の宿願でもありましたので。むしろ今までお待たせしてしまい、大変申し訳ございませぬ」

「そんなことはない。けれど、よかったのか?あの子たちは―――」

エラゼムの姿は暗がりでよく見えなかったが、バークレイの目には、彼が身じろぎしたように見えた。

「……あの方たちは、吾輩を快く送り出してくださいました。吾輩の未練が断たれたことを、祝福すらしていただいて……」

「そうか―――やはりあの子らに、君を託して正解だった。よい旅ができたんだね―――」

「はい……しかし、今更ながら。吾輩には一つ、心残りができてしまいました」

「ほう。なんだい―――?」

「吾輩は、あの方たちに、何か恩を返せたのでしょうか。吾輩はあの方たちに尽くしたつもりですが、吾輩がしていただいたことに比べれば、なんと微々たることか。そう考えてしまたのです……」

エラゼムはうなだれているようだ。バークレイがふと横を見ると、メアリーが困った顔をして笑っていた。まったく、彼の堅物ぶりは相変わらずらしい。

「エラゼム。君は、彼らに何も残せなかったと感じているんだね―――」

「はい……旅の途中、吾輩は復讐に駆られる少女と出会いました。その時吾輩は、その少女を燃え盛る松明だと言いました」

「ほう。松明か―――」

「はい。そしてそれは、吾輩自身を指す言葉でもあったのです。彼女が燃えている最中の松明だとしたら、吾輩は燃え尽きた松明。復讐という業火に焼かれ、そして消し炭となった残りかす……そんな吾輩が、あの方たちに一体、何を残せたというのでありましょう……」

バークレイはあごに手をやって、少し考えた。

「君は―――自分を、松明だと言ったね。燃え尽き、消し炭となった松明だと」

「はい。その通りです」

「だが松明というのであれば、その前は明るく燃えていたんじゃないのかい―――?」

「それは……通常の松明であれば、その通りではありましょうが……」

「なに、簡単なことだ。当てはめてみてごらん―――この城にいた時の君は、確かに燃え尽きた松明だった―――復讐のままに、誰彼構わず斬り捨てる燃え滓だった―――けど君は、彼らと出会って、変わったんじゃないのかい?」

エラゼムが息をのんだ。

「君という燃え滓に、彼らは再び火を灯した―――君は光となって、彼らの行く先を照らしたんじゃないのか。並みいる敵を、その炎で燃やしたんじゃないのか―――違うかい?」

「はい……吾輩は騎士として、その務めを果たさんと……」

「だとしたら―――きっと、君の姿―――君の炎は、彼らの中に受け継がれているはずだ。君の炎は、新たな若きほむらを起こしたんだよ。何かを残したというのなら、それで十分じゃないか―――」

「……はい。おっしゃる、通りです……!」

エラゼムは、目頭を押さえる仕草をした。バークレイは驚いた。彼が涙を流すところは、産まれて初めて見たかもしれない。

「さて、と―――それじゃあ、そろそろ向かうとしようか。姉さんの話も聞きたいけれど、それは長くなりそうだからね―――」

バークレイは歩き出した。メアリーもうなずいて、彼の隣に並ぶ。エラゼムは彼らの一歩後ろを、しっかりとついて行った。
そして、彼らは城を後にした。誰もいなくなったホールは、静けさに包まれていた。

その城に呪いの騎士が現れることは、もう二度となかった。



十六章に続く
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