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15章 燃え尽きた松明

3-1 旅の一座

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3-1 旅の一座

サーカスだって?
俺たちがその奇妙な集団に近づいていくと、その手前でアルアが馬を止めていた。

「アルア嬢、こちらの方々は?」

エラゼムが問いかけると、アルアは煩わしそうな顔で、その一行を見回す。

「流れの芸人たちです。劇団旅烏たびがらす、と言うそうで」

流石に年長のエラゼムには敬意を払っているのか、アルアはきちんとした受け答えをした。

「ほう、旅芸人の方たちですか。ですが、なぜこのような道端に?この花畑は美しい場所ですが、往来が多いとは言えますまい。大した来客は見込めないでしょう」

「この先に一つ、村があるんです。おそらくはそこが目当てでしょう。本公演の前に、最後の予行練習といったところではないですか」

「なるほど……」

へーえ、サーカスか。前にテレビじゃ見たことあるけど、本物を見るのは初めてだった。ウィルは俺の背中で、うきうきとはしゃいでいる様子だ。

「すごーい、いつ以来かしら!」

「ウィルは、サーカスを見たことあるんだ?」

「ええ。一度だけ、コマース村に一座の方がいらしたことがあるんです。私が子どものころでしたから、もう何年も前になりますね」

「ふーん。ここと同じとこか?」

「いえ、たぶん違います。もっとこじんまりした感じでした。この劇団は、結構大きいと思いますよ」

そうなのか。確かに、ずいぶんと人が多い。それによく見てみると、劇団員だけじゃなくて、見物人っぽいのもちらほらといるみたいだ。早くも噂を聞きつけた村人か、じゃなきゃ俺たちみたいな旅人が足を止めているのだろう。
俺たちの話を聞いていたエラゼムが、アルアへと話しかける。

「アルア嬢。旅程についてですが、今晩はこの先にあるという村で、宿をとるおつもりか?」

「……ええ、まあ。そのつもりでしたけれど」

「では、少し時間がありますな。よろしければ、この一座を見学してもよろしいでしょうか。なにぶん、物珍しいものですから」

おお、エラゼム!気が利くな。背後でウィルも喜んでいるのが分かる。アルアはかなり渋い顔をしていたが、断る理由が見つからなかったのか、最終的には首を縦に振った。

「……まあ、結構です。日没までに村に着けば、旅程は変わりませんから」

「そうですか。ありがとうございます」

エラゼムが礼をする。やったぜ、そうと決まれば、善は急げだ!俺はするりと馬から下りた。

「あ、まって桜下。ライラも行きたい!」

おっと。ライラがこちらに腕を伸ばしている。俺はライラのわきの下に手を突っ込むと、抱っこするように下ろしてやった。

「よし、早速行こうぜ。ウィル、ライラ。あ、フランも来るか?」

「ん、じゃあ」

「オッケー。行こう行こう!」

俺はライラと手を繋いで、旅団の下へと早足で歩いて行った。



「行ってしまわれましたな」

桜下達の背中を見送って、エラゼムは微笑ましいものを見る声で言った。彼はそのまま、頭上を見上げる。太陽に重なるようにして、アルルカが空で円を描いていた。どうやら興味が無いのか、下りてくる気配はなさそうだ。

「さて……時に、アルア嬢?」

自身もストームスティードから下りたエラゼムは、未だ馬上にいるアルアに声を掛けた。

「はい?」

「もしよろしければ、アルア嬢も見物に行かれたらいかがですか。馬は吾輩が見ておりますので」

「いえ、私は……」

「む、これは申し訳ない。要らぬおせっかいでしたかな」

「そういうわけでは……そこまで言うのでしたら、少しだけ足を伸ばしてきます」

アルアは渋々と言った様子で、鞍から下りた。

「では……すみませんが、よろしくお願いいたします」

アルアは手綱をエラゼムに渡す。それをエラゼムが受け取った後も、アルアはしばらくじっとしていた。ふいに口を開く。

「……あなたは」

「はい?なんでしょう」

「……いえ。なんでも、ありません」

アルアはゆるく首を振ると、とつとつと歩いて行った。その背中を見送りながら、エラゼムはあごのあたりを撫でる仕草をした。

「ふむ……」



「おおー。これは……」

なかなかすごいな。俺はサーカスを見学しながら唸る。
やっていることは、結構オーソドックスだ。ジャグリングとか、玉乗りとか。ただ、ジャグリングしているお手玉が燃えていたり、乗っている玉がでっかいアルマジロだったりするのは、全然オーソドックスじゃない。やっぱり、こっちの世界仕様にローカライズされているんだなぁ。

「っ!桜下、みてみて!」

ライラが手を引っ張ってくる。そっちの方を見ると、うおお。

「とっ、透明な馬……」

「ね。ストームスティードかなぁ?」

そこには、透明な馬に乗ったピエロがいた。なんで透明なのに分かるのかって?そりゃあ、派手な色の馬鎧バーディングを着ていたからだ。俺から見れば、鎧とピエロが宙に浮かんでいるように見える。奇妙な光景だ……いっつも乗る側だったから分からなかったけど、はたから見れば俺たちもあんな感じなのか……
俺たちがじっと見ていると、おん?透明な馬の表面を、さぁっと波が走ったように見えた。目の錯覚か?いや、そうじゃない。まるでペンキを上から垂らしたように、馬の姿が溶けるようにじわじわ現れた。馬の体は、アクアマリンで作られたような、澄んだ青色だ。

「なんだ、あの馬……氷ででもできてるのか?」

「惜しいね。あれは、水でできてるのさ」

う、お?いつの間にか、俺たちの後ろに女性が立っていた。ライラが驚いて、俺の後ろに隠れる。それを見て、女はケラケラ笑った。悪い人じゃなさそうだ。
女性の髪は鮮やかなオレンジ色で、顔にはハート形のペイントをしている。サーカスの人か。

「えっと……水って?」

「あれはケルピーってんだよ。透明になって、水に溶け込むことができるんだ。そんでもって、普通の馬の何倍も力持ちなのさ」

へえ~。ケルピー、聞いたこともないな。俺がしげしげとそいつを眺めていると、もう一人、別の男がこちらに近づいてきた。こっちの男の髪は緑で、シルクハットを被っている。顔にはひし形の刺青いれずみがしてあった。

「おや、これはこれは、小さなお客様方だ。この辺の村の子かい?よく来たね」

「へ?えっと……」

「楽しんでくれたかな?明日の本公演になると、もっと楽しい出し物がたくさん出るよ。ぜひ、お父さんとお母さんも誘ってきてね」

ははあ、なるほど。こうやって派手にリハーサルをしていたのは、告知も兼ねていたのか。そうなると、ちょっと申し訳なくなるな。俺たちは明日には、村を離れているだろうから。
そんな俺の微妙な表情を、緑髪の男はどう受け取ったのか、困ったように笑った。

「おや?ひょっとすると、まだ楽しめてもらえてないのかな?」

「え?いや、そういうわけじゃ」

「いやいや、子どもが遠慮しちゃあいけないよ。そうだな、なにか……あ、そこのお嬢ちゃん」

ん?男は、フランの方を向いた。するとその時、オレンジ髪の女の人が、なぜか顔をしかめたんだ。どういう意味だろ?俺が訊ねる前に、男はフランの方へと近づいていく。

「お嬢ちゃん、ちょっと失礼。後ろに何か付いてるよ」

「は?」

フランが怪訝そうな顔をする。男はそのまま、ひょいっとフランの腰元あたりに手を伸ばした。

「ほら、これ」

ずるる。男は、黒い布みたいなものを引っ張り出した。おお、さっきまで手には何も持ってなかったのに。この人は、手品師なのかな。けど、布一枚を取り出しただけじゃあ、大した腕じゃあないな。俺が内心で高を括っていると、男は引っ張り出した布を広げて見せた。

「ほらこれ、お嬢ちゃんのじゃない?」

「ぶふっ」

「なぁ!?」



それは、パンツだった。しかも、スケスケの大人パンツだ。フランはばっとスカートを押さえ、俺は茫然とする。フランって、あんなの履いてんのか……

「ちっ、違う!わたしんじゃない!」

フランはばっと腕を振り上げて、男の持つパンツを弾き飛ばした。そして俺の下へ詰め寄ってくる。

「ほら!わたし、ちゃんと履いてるから!」

「うわ、よせ、こんなところで!めくらなくていいから、分かったから!」

今にもスカートの中を晒そうとするフランの手を、必死に押さえつける。オレンジ髪の女性が、眉を吊り上げて男に怒鳴った。

「ちょっと!子ども相手に、恥ずかしくないのかい!」

「なに、ちょっとした余興ですよ、余興。楽しんでいただけたみたいだね。じゃあ、僕はこれで」

男は落としたパンツを拾い上げると、それをひらひらと振りながら去っていった。な、なんだ、あのパンツ自体が仕込みだったのか。それもそうだな、下着を服の上から引き出せるはずがない。

「ごめんね、坊やたち。気を悪くしないでおくれ。あたしたちの一座は、あんなイカサマ師ばかりじゃないからさ」

「ああ、うん。わかってるよ」

オレンジ髪の女性は、申し訳なさそうな顔をして去っていた。俺はフランの肩を叩く。

「災難だったな?」

「……あんなくだらない事に、いちいち腹は立てない」

「お、そうか?」

「でも、あなたに誤解されるのは嫌」

へ?フランはじっと、赤い瞳でこちらを見つめてくる。

「だ、だってあれは、インチキじゃないか。誤解なんて、しないって」

「ほんとう?」

うっ……一瞬、本物だと思ったってことは、黙っといた方がよさそうだな……

「桜下ぁ、手がびちょびちょだよ?」

うわっ。ライラがつないだ手を、にぎにぎしてくる。フランの目が一層険しくなった。

「そ、それよりほら!あっちに、面白そうなもんがあるぞ!行ってみよう!」

「わ、ちょっと桜下!」

その場から逃げ出すように、俺はライラを引っ張って行く。追いかけてきたウィルと、そしてフランに何か言及されるんじゃと冷や冷やしたが、幸いそうはならなかった。もっと珍しいものがあったんだ。

「わ、なんですかこれ……」

俺が向かった先には、羽の生えたライオン、だけど顔は人間の、スフィンクスがいたからだ。物珍しいそのモンスターは、不思議ななぞなぞを見物人に投げかけている。

「朝は十本脚、昼は零本脚、夜は六本脚の生き物は?」

なんだ、そりゃ?この世界には、そんなモンスターがいるのかな?俺たちも見物人に混じって頭をひねってみたが、さっぱり分からない。そんな中、フランがぽつりとつぶやいた。

「……蝶だ」

「へ?蝶?そんなヘンテコな蝶がいるのか?」

「朝昼夜ってのは、その生き物の一生を表しているんでしょ。芋虫は脚がたくさんあるし、蛹に足は無い。蝶になれば、脚は六本だ」

するとスフィンクスは、満足そうに微笑んだ。

「正解だ。知恵ある者よ」

おおーっ。周りから歓声が上がると、フランは照れ臭そうにうつむいた。へー、フランのやつ、生き物に詳しいな。俺なんて、蝶が何本脚かも知らなかったのに。
ガラガラガッシャーン!

「おわっ。な、なんだ?」

突然響いた、何かが崩れるような音。見物人や劇団員、それにスフィンクスまでもが目をしばたいて、辺りを見回している。演奏家も手を止めたのか、楽し気な音楽も止まった。

「いてててて!おい、放せって!」

「黙れ!破廉恥男め、恥を知りなさい!」

んん?この声は、もしや……
声の出所を目で追うと、そこには崩れた木箱の山があった。その山に埋もれるようにして、緑髪の男が倒れている。あいつ、さっきの手品師か?そして、その男をものすごい剣幕で睨みつけていたのは、事もあろうかアルアだった。

「そ、そうかりかりすんなよ。ちょっとしたジョークじゃないか……」

「お前は冗談で、女性にあんなことをするのか!言い訳する前に、少しは反省したらどうなんです!」

アルアが男の手をねじり上げると、男は悲鳴を上げてバシバシとタップした。かなり痛そうだぞ。

「おいおい、マジかよ!」

「桜下さん、あれ、マズいんじゃ……」

「だな。みんな、行こう!」

俺たちは騒然とする見物人たちをかき分けて、アルアのもとへ向かう。

「ひぃー、ひぃー!悪かった、悪かったから、もう勘弁してくれ!」

「謝るときは、きちんと目を見て謝りなさい!」

「おい、アルア!何やってんだよ!」

俺が声を掛けると、アルアは男の腕をひねったまま、ぎろっとこちらを睨む。

「黙れ!お前に口出しされる筋合いはない!」

「ちっ、ああそうかよ!でもな、いちおうあんたは、俺たちの同行者なんだ。そいつがこんな往来でケンカなんて始めちゃ、俺たちもうかうかしてられないんだよ!」

「なにを……!」

アルアはギリギリと歯を剥くばかりで、ちっとも耳を貸そうとしない。

「桜下さん、まずいですよ!」

ウィルが、腕をひねられている男の顔を見て、ばっとこちらに振り返った。確かに男の顔は、土気色になってきている。手品師の腕を折ったとなったら、大事だ。

「フラン!」

「わかった」

フランは二つ返事で、アルアの手を払いのけた。やっと解放された男は、転がるように逃げていく。

「あっ、何をする!」

アルアがフランを睨む。

「バカがこれ以上バカしないよう、止めた」

「なんですって……!なんの事情も知らないくせに!」

「だいたいは想像つくよ。けど、やりすぎ。あれだけやってもいいのは、お前があの男に殺されかかった時くらいだ」

フランの毅然とした態度に、アルアは少し怯んだようだった。何があったのか詳細は知らないけど、勘弁してもらいたいな。この騒動のせいで、この場にいるほとんどがこちらに注目している。楽しげだった雰囲気が一変して、気まずい空気だ。うぅ、視線がチクチク刺さる……ライラは俺の背中に隠れてしまった。

「桜下殿!みなさん!何がありましたか!?」

エラゼムが大慌てで、アルアの馬を引いてやってきた。

「ああエラゼム、ちょうどいいとこに来てくれた。それが、ちょっとトラブルがあってさ。で、ここを離れたほうがよさそうなんだ」

「は、はあ……承知しました。でしたら、すぐにでも出発しましょう」

「ああ。ライラ、頼めるか?」

「ん、わかった」

ライラは素早く呪文を完成させ、風の馬を呼び出した。俺たちとアルアはそそくさと馬に乗り込み、その場から逃げるように出発した。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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