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14章 痛みの意味
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「え……?すべ、ての?」
「そう。今回俺たちが助けたのは、ほんの一部だ。きっと三の国には、もっとたくさんのヤーダラ族が取り残されてる……その人たちを、救ってやってほしい」
俺たちが助けたのは、たかだか数百人ぽっちだ。あの広い国に、それだけしか奴隷がいないわけがない。
「ああもちろん、二人でだけでやれなんて言わないぜ。邦に帰ったら、信用できる人を集めてくれ。で、そん時の活動資金として、そいつを使ってくれないか。絶対信用できる人にだけ、そいつの事を教えるんだぞ」
「信用できる人……」
「ああ。俺は、マリカとトネリコなら信用できると思った。だから、お前にそれを託したんだ。その後のことは、お前たちに任せっぱなしになっちゃうけど……」
ばつの悪い俺がぽりぽり頬をかくと、続きをフランが引き継ぐ。
「わたしたちは、他に目的がある。悪いけど、あなたたちのことだけに構っているわけにはいかないの。その宝石は、そのお詫びも兼ねてるから」
お、おおう。フランの物言いは、相変わらずストレートだ。けどずばり、そういうことだった。
「て、ことなんだけど……やっぱり、荷が重いか?嫌なら無理にとは……」
これは、俺が勝手にお願いしただけだ。マリカにもトネリコにも、そんな義務はない。断られる可能性は、十分にあったが……
「……ううん。そんなことないわ」
マリカは、ふるふると首を横に振った。トレードマークの三つ編みが左右に揺れる。
「むしろ、願ったり叶ったりよ。連れ去られたヤーダラ族を取り戻せるなら、きっとみんなも力を貸してくれるわ。任せて。必ずわたしたちで、成し遂げて見せるから」
「ほんとか?あはは、よかった」
「でも、一つだけ訂正させて」
「え、ん?」
「助けるのは、全ての奴隷たちよ。ヤーダラ族も、それ以外の人も、全員ね」
お、それは……今回の旅、助けた奴隷はほとんどがヤーダラ族だったけれど、何人かはそうじゃない人たちもいた。そういう人たちは、三の国の田舎から攫われてきた人だとか、旅の途中で人攫いに遭った人だとかだ。彼らとは一足早く別れて、今頃は故郷に帰っていることだろう。
「わたし、今回の旅で、思ったの。やっぱり人が人を所有するなんて、間違ってるって。わたしたちみたいな目に遭うのは、ヤーダラ族でも、ほかの部族の人でも、もう二度と出したくないわ」
「……うん。その通りだな。やっぱ俺、マリカを信用してよかったよ」
「ううん、まだ早い。どれくらい掛かるか分からないけど、きっと成し遂げてみせるから。その時まで、ね?」
マリカは挑戦的に微笑んで、右手を差し出した。俺もニヤッと笑うと、その手を取って握手を交わす。今話した内容を、マリカがトネリコにも伝えると、彼女も大いに賛成してくれていた。うん、この二人なら、任せても大丈夫だろう。
「じゃ、俺からは以上だ。それじゃあ最後に……ライラ?」
俺は、ずーっと背中に隠れていたライラに振り返って、その腕を軽く叩いた。
「ほら、ライラ。そろそろ、マリカも行かないと。挨拶はしといたほうがいいだろ?」
「……」
ライラは背中に顔をうずめてぐずっていたが、俺がもう一度腕を叩くと、ようやくとぼとぼと前に出てきた。
「ライラ……」
「マリカちゃん……」
マリカがライラの手を、ぎゅっと握る。
「ライラ。今までありがとう。あなたがいたおかげで、わたし、楽しかったわ。無理やり連れてこられたことは嫌な思い出だけれど、ライラと出会えたことは、決して忘れないから」
「うん……ライラも、マリカちゃんのこと忘れないよ」
「ほんとう?嬉しいわ……わたし、ライラのこと、本当の妹みたいに思ってた」
「え?ライラがおねーちゃんじゃなくて?ライラは、マリカちゃんが妹だと思ってたよ」
「ええぇ?だって、どう見てもわたしがお姉さんじゃない!」
「どこが!ライラの方が、ずっとおねーさんしてたよ!」
「そんなことないわよ!」
「そんなことある!」
お、おいおい……これが最後だってのに、しょうもないことでケンカして。俺が肩をすくめると、珍しくエラゼムが、わっはっはと声を上げて笑った。ウィルは半泣き半笑いで、すごい顔になっている。みんなの笑い声に釣られてか、いがみ合っていた二人も、くすっとふき出した。
「あはは……どっちでもいいや。マリカちゃんは、ライラの大事な友達だよ。どこに行ったって、いつまでもずーっとね」
「ええ、そうね。しばらくは会えなくなるけれど、いつかまた、必ず会いに来るわ。だから……またね」
ライラとマリカは、最後にぎゅっと抱き合った。
ヤーダラ族のみんなを乗せた船が、港を離れて行く。
「じゃあねー!またねー!」
ライラが大きく腕を振る。手首に結んだグラデーションの入った薄布が、風に乗ってはためいていた。
船の上からは、ヤーダラ族の人たちが、こちらに手を振っている。その中に混じって、マリカも手を振っていた。彼女の三つ編みが海風になびき、編み込まれたお揃いの薄布までもが、別れを惜しんでいるみたいだった。
「きっとまた会えるよな」
二人の間を結ぶ……半分に裂かれた薄布が、二人の絆の証なんだ。
「行っちゃった……」
船が水平線上に消えて行くまで、ライラは手を振り続けていた。
「そうだな……俺たちの役目は終わったけれど、マリカたちの仕事は始まったばかりだ。けっこう重たいこと、頼んじゃったしなぁ」
「だいじょーぶだよ。マリカちゃんたちなら、きっとうまくいくもん」
ライラの声は、ここ最近聞いた中で、一番明るい声だった。よかった、ちょっとずつ調子を取り戻してきたみたいだ。
「でもさぁ、結局あたしたちが得たものって、なーんにもないじゃないの」
アルルカが、近くに積んであった樽の上に、ひょいとお尻を乗せると、手をひらひらさせた。
「あんだけあった金も、根こそぎ使っちゃって。骨折り損のくたびれ儲けってやつじゃない。そんなだから、いつまで経ってもビンボー臭さが抜けないのよ」
すると、みんなとの別れにポロポロ涙を流していたウィルが、水を差されたようにむっとする。
「お金よりも、ずっと大事なものをたくさん得たじゃないですか、ぐすん。アルルカさんの方が、よっぽど心が貧乏なんじゃないですか?」
「なぁ、なぁんですって!あたしほどロイヤルが似合うヴァンパイアもいないわよっ!ド田舎育ちの芋娘が、よく言うわっ」
「だっ、誰が芋娘ですか!そっちこそコウモリの一夜干しのくせに!」
「きぃー!どこがよ!ピチピチよ、あたしは!」
あーあー、まーたケンカが始まってしまった。フランは呆れているし、エラゼムはやれやれと首を振っている。
「ねぇねぇ」
ん?揉めている連中をよそに、ライラが小声で、俺の袖を引いている。なんだろ?
「どうした、ライラ?」
俺が中腰の姿勢になると、ライラは口元に手を添えて、ひそひそ声で話しかけてきた。
「あのね、実はマリカちゃんから、教えてもらったことがあるの」
「へぇ。なんだ、それって?みんなにはナイショのことか?」
「うん、ちょっと……だから、こっち来てくれる?」
ふむ。ライラはついついと袖を引っ張って、それとなく仲間たちから離れた。なんだろう?俺とライラは波止場のふちに並んで立った。水面が朝日を反射して、キラキラ光っている。
「あのね……この前、しんぞうが痛くなるって話したでしょ?」
「ん。あ、ああ」
あの日の夜のことか。もちろん覚えている。
「ライラ、あれからずっと考えてたんだ……今もね、ちょっと痛むの。でもこれは、マリカちゃんとさよならしたから。お別れが悲しいのはいい事だって、桜下言ってたもんね」
「うん、そうだな。マリカとそれだけ仲良くなれた証だ」
「うん。けどね、やっぱり違うの。桜下のことを考えた時の痛みは、もう少し……酷い事された時の痛さとも違う。不思議な、特別な痛さ」
ライラはそう言って、自分の服の胸のあたりをギュッと握り締めた。
「やっぱりこれの意味を探すのは、とってもむずかしいな……」
「そうだなぁ。けど、そんなに焦らなくてもいいじゃないか。時間を掛ければ、いつかは分かるさ」
「分かるかな?」
「おう。ライラは賢いからな。きっと大丈夫だよ」
するとライラは、照れ臭そうにはにかんだ。
「そうだといいな……けど、一つだけ試せることもあって。それが、マリカちゃんが教えてくれたことなんだけど。桜下にも手伝ってほしくて」
「へ?俺にも?」
ライラの痛みは、心の痛みだ。それの意味は、ライラ本人にしか分からないと思うんだけど……
「マリカちゃんが、言ってたの。桜下のことを考えたら痛くなるんだったら、桜下といっしょに、その痛みを感じてみたらいいって」
「ん、んん?ライラの痛みを、か?」
「うん。それで、桜下にも痛みの意味を考えてもらいなさいって……ダメ、かな?」
「ダメじゃないけど……そんなこと、どうやってするんだ?」
「簡単だよ。ライラと一緒に居て、いろんなことをすればいいの。そうすれば、そのうち二人の間にあるいろんなものが無くなって、同じ痛みを感じられるようになるんだって」
おお……抽象的に思えて、意外と具体的だな。二人一緒に過ごせば、いつかお互いの気持ちを理解し合えるってことだ。マリカのやつ、ほんとうに大人な考えをする……
「でもそれじゃあ、普段と変わんないな」
「そうなんだよ。でも、それが一番の近道だって……あ。あとね?」
するとライラは、ちょいちょいと手招きをした。屈めってことか?
「なん……」
「……」
目を見開く。視界いっぱいが赤になって、それで……
「……こうするのが、一番だって」
「……」
「ライラ、今、すっごくしんぞうが痛い……桜下は、どう?」
「……少し、痛い、かも」
「ほんと?へへへ。これで、ちょこっとだけだけど、お揃いだね」
ライラは嬉しそうに笑った。俺は、遠く海のかなたに去っていったマリカを、少し恨みたい気分だった。あの子はいったい、純粋なライラに何を吹き込んでいったんだろうか……
「……ライラ。さっきみたいなのは、しょっちゅうはしちゃダメだぞ」
「うん、わかった。ライラも、あんまりたくさんすると、息ができなくなっちゃう……でも、たまにならしてもいい?」
「どうかなぁ……ライラがもっと大人になったらいいけれど」
「むっ。ライラはもう大人だよ!」
「そーかなぁ?俺には、マリカのほうがよっぽど大人に見えたけど」
「あー!桜下までー!」
はははは。俺は笑いながら駆け出した。後ろからライラが叫びながら付いてくる。
ライラの中の気持ちについては……今は、そっとしておきたいと思う。だって、ほら。今はまだ、こうして追いかけっこするのが楽しいから。
俺は空を見上げた。いい天気だ。頭上では海鳥たちが、新しい一日の始まりを告げるように鳴いていた。
十五章へつづく
「え……?すべ、ての?」
「そう。今回俺たちが助けたのは、ほんの一部だ。きっと三の国には、もっとたくさんのヤーダラ族が取り残されてる……その人たちを、救ってやってほしい」
俺たちが助けたのは、たかだか数百人ぽっちだ。あの広い国に、それだけしか奴隷がいないわけがない。
「ああもちろん、二人でだけでやれなんて言わないぜ。邦に帰ったら、信用できる人を集めてくれ。で、そん時の活動資金として、そいつを使ってくれないか。絶対信用できる人にだけ、そいつの事を教えるんだぞ」
「信用できる人……」
「ああ。俺は、マリカとトネリコなら信用できると思った。だから、お前にそれを託したんだ。その後のことは、お前たちに任せっぱなしになっちゃうけど……」
ばつの悪い俺がぽりぽり頬をかくと、続きをフランが引き継ぐ。
「わたしたちは、他に目的がある。悪いけど、あなたたちのことだけに構っているわけにはいかないの。その宝石は、そのお詫びも兼ねてるから」
お、おおう。フランの物言いは、相変わらずストレートだ。けどずばり、そういうことだった。
「て、ことなんだけど……やっぱり、荷が重いか?嫌なら無理にとは……」
これは、俺が勝手にお願いしただけだ。マリカにもトネリコにも、そんな義務はない。断られる可能性は、十分にあったが……
「……ううん。そんなことないわ」
マリカは、ふるふると首を横に振った。トレードマークの三つ編みが左右に揺れる。
「むしろ、願ったり叶ったりよ。連れ去られたヤーダラ族を取り戻せるなら、きっとみんなも力を貸してくれるわ。任せて。必ずわたしたちで、成し遂げて見せるから」
「ほんとか?あはは、よかった」
「でも、一つだけ訂正させて」
「え、ん?」
「助けるのは、全ての奴隷たちよ。ヤーダラ族も、それ以外の人も、全員ね」
お、それは……今回の旅、助けた奴隷はほとんどがヤーダラ族だったけれど、何人かはそうじゃない人たちもいた。そういう人たちは、三の国の田舎から攫われてきた人だとか、旅の途中で人攫いに遭った人だとかだ。彼らとは一足早く別れて、今頃は故郷に帰っていることだろう。
「わたし、今回の旅で、思ったの。やっぱり人が人を所有するなんて、間違ってるって。わたしたちみたいな目に遭うのは、ヤーダラ族でも、ほかの部族の人でも、もう二度と出したくないわ」
「……うん。その通りだな。やっぱ俺、マリカを信用してよかったよ」
「ううん、まだ早い。どれくらい掛かるか分からないけど、きっと成し遂げてみせるから。その時まで、ね?」
マリカは挑戦的に微笑んで、右手を差し出した。俺もニヤッと笑うと、その手を取って握手を交わす。今話した内容を、マリカがトネリコにも伝えると、彼女も大いに賛成してくれていた。うん、この二人なら、任せても大丈夫だろう。
「じゃ、俺からは以上だ。それじゃあ最後に……ライラ?」
俺は、ずーっと背中に隠れていたライラに振り返って、その腕を軽く叩いた。
「ほら、ライラ。そろそろ、マリカも行かないと。挨拶はしといたほうがいいだろ?」
「……」
ライラは背中に顔をうずめてぐずっていたが、俺がもう一度腕を叩くと、ようやくとぼとぼと前に出てきた。
「ライラ……」
「マリカちゃん……」
マリカがライラの手を、ぎゅっと握る。
「ライラ。今までありがとう。あなたがいたおかげで、わたし、楽しかったわ。無理やり連れてこられたことは嫌な思い出だけれど、ライラと出会えたことは、決して忘れないから」
「うん……ライラも、マリカちゃんのこと忘れないよ」
「ほんとう?嬉しいわ……わたし、ライラのこと、本当の妹みたいに思ってた」
「え?ライラがおねーちゃんじゃなくて?ライラは、マリカちゃんが妹だと思ってたよ」
「ええぇ?だって、どう見てもわたしがお姉さんじゃない!」
「どこが!ライラの方が、ずっとおねーさんしてたよ!」
「そんなことないわよ!」
「そんなことある!」
お、おいおい……これが最後だってのに、しょうもないことでケンカして。俺が肩をすくめると、珍しくエラゼムが、わっはっはと声を上げて笑った。ウィルは半泣き半笑いで、すごい顔になっている。みんなの笑い声に釣られてか、いがみ合っていた二人も、くすっとふき出した。
「あはは……どっちでもいいや。マリカちゃんは、ライラの大事な友達だよ。どこに行ったって、いつまでもずーっとね」
「ええ、そうね。しばらくは会えなくなるけれど、いつかまた、必ず会いに来るわ。だから……またね」
ライラとマリカは、最後にぎゅっと抱き合った。
ヤーダラ族のみんなを乗せた船が、港を離れて行く。
「じゃあねー!またねー!」
ライラが大きく腕を振る。手首に結んだグラデーションの入った薄布が、風に乗ってはためいていた。
船の上からは、ヤーダラ族の人たちが、こちらに手を振っている。その中に混じって、マリカも手を振っていた。彼女の三つ編みが海風になびき、編み込まれたお揃いの薄布までもが、別れを惜しんでいるみたいだった。
「きっとまた会えるよな」
二人の間を結ぶ……半分に裂かれた薄布が、二人の絆の証なんだ。
「行っちゃった……」
船が水平線上に消えて行くまで、ライラは手を振り続けていた。
「そうだな……俺たちの役目は終わったけれど、マリカたちの仕事は始まったばかりだ。けっこう重たいこと、頼んじゃったしなぁ」
「だいじょーぶだよ。マリカちゃんたちなら、きっとうまくいくもん」
ライラの声は、ここ最近聞いた中で、一番明るい声だった。よかった、ちょっとずつ調子を取り戻してきたみたいだ。
「でもさぁ、結局あたしたちが得たものって、なーんにもないじゃないの」
アルルカが、近くに積んであった樽の上に、ひょいとお尻を乗せると、手をひらひらさせた。
「あんだけあった金も、根こそぎ使っちゃって。骨折り損のくたびれ儲けってやつじゃない。そんなだから、いつまで経ってもビンボー臭さが抜けないのよ」
すると、みんなとの別れにポロポロ涙を流していたウィルが、水を差されたようにむっとする。
「お金よりも、ずっと大事なものをたくさん得たじゃないですか、ぐすん。アルルカさんの方が、よっぽど心が貧乏なんじゃないですか?」
「なぁ、なぁんですって!あたしほどロイヤルが似合うヴァンパイアもいないわよっ!ド田舎育ちの芋娘が、よく言うわっ」
「だっ、誰が芋娘ですか!そっちこそコウモリの一夜干しのくせに!」
「きぃー!どこがよ!ピチピチよ、あたしは!」
あーあー、まーたケンカが始まってしまった。フランは呆れているし、エラゼムはやれやれと首を振っている。
「ねぇねぇ」
ん?揉めている連中をよそに、ライラが小声で、俺の袖を引いている。なんだろ?
「どうした、ライラ?」
俺が中腰の姿勢になると、ライラは口元に手を添えて、ひそひそ声で話しかけてきた。
「あのね、実はマリカちゃんから、教えてもらったことがあるの」
「へぇ。なんだ、それって?みんなにはナイショのことか?」
「うん、ちょっと……だから、こっち来てくれる?」
ふむ。ライラはついついと袖を引っ張って、それとなく仲間たちから離れた。なんだろう?俺とライラは波止場のふちに並んで立った。水面が朝日を反射して、キラキラ光っている。
「あのね……この前、しんぞうが痛くなるって話したでしょ?」
「ん。あ、ああ」
あの日の夜のことか。もちろん覚えている。
「ライラ、あれからずっと考えてたんだ……今もね、ちょっと痛むの。でもこれは、マリカちゃんとさよならしたから。お別れが悲しいのはいい事だって、桜下言ってたもんね」
「うん、そうだな。マリカとそれだけ仲良くなれた証だ」
「うん。けどね、やっぱり違うの。桜下のことを考えた時の痛みは、もう少し……酷い事された時の痛さとも違う。不思議な、特別な痛さ」
ライラはそう言って、自分の服の胸のあたりをギュッと握り締めた。
「やっぱりこれの意味を探すのは、とってもむずかしいな……」
「そうだなぁ。けど、そんなに焦らなくてもいいじゃないか。時間を掛ければ、いつかは分かるさ」
「分かるかな?」
「おう。ライラは賢いからな。きっと大丈夫だよ」
するとライラは、照れ臭そうにはにかんだ。
「そうだといいな……けど、一つだけ試せることもあって。それが、マリカちゃんが教えてくれたことなんだけど。桜下にも手伝ってほしくて」
「へ?俺にも?」
ライラの痛みは、心の痛みだ。それの意味は、ライラ本人にしか分からないと思うんだけど……
「マリカちゃんが、言ってたの。桜下のことを考えたら痛くなるんだったら、桜下といっしょに、その痛みを感じてみたらいいって」
「ん、んん?ライラの痛みを、か?」
「うん。それで、桜下にも痛みの意味を考えてもらいなさいって……ダメ、かな?」
「ダメじゃないけど……そんなこと、どうやってするんだ?」
「簡単だよ。ライラと一緒に居て、いろんなことをすればいいの。そうすれば、そのうち二人の間にあるいろんなものが無くなって、同じ痛みを感じられるようになるんだって」
おお……抽象的に思えて、意外と具体的だな。二人一緒に過ごせば、いつかお互いの気持ちを理解し合えるってことだ。マリカのやつ、ほんとうに大人な考えをする……
「でもそれじゃあ、普段と変わんないな」
「そうなんだよ。でも、それが一番の近道だって……あ。あとね?」
するとライラは、ちょいちょいと手招きをした。屈めってことか?
「なん……」
「……」
目を見開く。視界いっぱいが赤になって、それで……
「……こうするのが、一番だって」
「……」
「ライラ、今、すっごくしんぞうが痛い……桜下は、どう?」
「……少し、痛い、かも」
「ほんと?へへへ。これで、ちょこっとだけだけど、お揃いだね」
ライラは嬉しそうに笑った。俺は、遠く海のかなたに去っていったマリカを、少し恨みたい気分だった。あの子はいったい、純粋なライラに何を吹き込んでいったんだろうか……
「……ライラ。さっきみたいなのは、しょっちゅうはしちゃダメだぞ」
「うん、わかった。ライラも、あんまりたくさんすると、息ができなくなっちゃう……でも、たまにならしてもいい?」
「どうかなぁ……ライラがもっと大人になったらいいけれど」
「むっ。ライラはもう大人だよ!」
「そーかなぁ?俺には、マリカのほうがよっぽど大人に見えたけど」
「あー!桜下までー!」
はははは。俺は笑いながら駆け出した。後ろからライラが叫びながら付いてくる。
ライラの中の気持ちについては……今は、そっとしておきたいと思う。だって、ほら。今はまだ、こうして追いかけっこするのが楽しいから。
俺は空を見上げた。いい天気だ。頭上では海鳥たちが、新しい一日の始まりを告げるように鳴いていた。
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