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14章 痛みの意味
14-2
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14-2
「まったく、ウィルのやつめ……」
俺はぶちぶち言いながら、並んだ馬車の間を歩いていた。元奴隷のみんなは外で食事中だから、馬車はしんと静まり返っている。馬たちもゆっくりと休んでいるのか、鼻音も聞こえてこない。さて、俺がここに来たのは、ウィルから逃げる以外に、もう一つ目的があった。
「たぶん、この辺に……」
お、いたいた。近くの馬車の御者席に、小さな人影が二つ、並んで座っている。
「よ。ライラ、マリカ」
声を掛けると、二人ともこちらに気付いた。そっくりな赤毛の二人が並ぶと、本当の姉妹のように見える。マリカは皿とスプーンを持っているから、こっちで食事を取っていたようだ。
「あ、桜下」
「こんばんは、桜下。……ライラ、じゃあわたし、食べ終わったから行くわね」
マリカは御者席からすとっと降りると、食器を持ってそそくさと行ってしまった。去り際、ライラへ意味深に微笑みかけていたのが気になるが……
「あー、邪魔しちまったか?」
ぽりぽりと頬をかく。するとライラは、赤毛をふりふりと左右に揺らした。
「ううん、そんなことないよ。たぶん、マリカちゃんは……」
「……その先は?」
「う、ううん!なんでもない……」
うん?ライラはもにょもにょと唇をつぼめてしまった。よく分かんないけど……
「まあいいや。ライラ、隣、いいか?」
「うん!きてきて」
ライラは自分の隣をぽんぽんと叩く。俺が御者席に上がって腰を下ろすと、ライラはすぐに腕を絡めてきた。
「んふふ。ねえ桜下、みんなの故郷まで、あとどれくらいかなぁ」
「そうだなぁ。奴隷商からぶんどった地図だと、この先のレイブンディーの町で、密航船が出てるって話なんだけど」
元奴隷たちの故郷は、海を渡った北の大陸にあるらしい。そこに最も近い港は、一の国にある。俺たちが目指しているのは、その港だ。今いるのは三の国だから、俺たちは都合二回、国境を越えなきゃならないんだ。
だけど、さすがに数百人の元奴隷を連れているんじゃあ、国境で目立たないのは難しい。いつもの言い訳も通用しないだろう。まともに通過するのは難しそうだ。
そこで役に立つのが、先日奴隷商から頂戴した、秘密の地図。なんとその地図には、連中が利用する秘密の裏ルートが示されていた。けど、考えてみれば当然だ。三の国以外じゃ、奴隷所持は認められていない。なのに商売が成り立つということは、それを可能にするルートがあって然るべきってわけだな。火のないところに何とやら、だ。
「裏ルートを通れば、面倒な検閲を避けられるらしいから……順調に進めば、あと二週間くらいか?」
「そっかぁ。まだまだ掛かりそうだね」
「だな。まあけど、なるべく急いでやりたいな。みんなだって、早くふるさとに帰りたいだろうし」
「そうだね……」
ライラは会話を区切ると、俺の腕に頬をくっつけ、すりと擦った。
「ライラ?眠いのか?」
「ううん。そーじゃないよ。ただ、みんなや、マリカちゃんの生まれたところのことを考えてたの……」
「そっか」
元奴隷や、マリカたちの故郷とはすなわち、ライラの母親の故郷でもある。
このことは、マリカから聞いた。けど、聞かなくてもさすがに分かる。攫われてきた人のほとんどは、真っ赤な赤毛をしていたから。赤毛は、彼らヤーダラ族の特徴だ。そしてライラの赤毛は、親譲りだという。
「……」
ちらりとライラの表情を伺う。けれど彼女は、遠くを見るような目で、夜の闇を見つめているだけだ。
ライラの過去について、何となくの予想はついている。たぶん、ライラの過去には、あの老魔導士が深く関わっているはずだ。老魔道士の異常なまでの執着や、その言動から見ても、間違いないだろう。
けど俺は、それについては訊かないことに決めていた。それは、詮索を避けたというよりは、ライラに老魔導士のことを思い出させたくないのが主な理由だった。
(あんな姿を見た後じゃな)
奴隷たちを救う旅を始めた最初の夜、ライラは発作を起こした。夜中に突然、体の震えが止まらなくなったんだ。俺とウィルでなだめていたら、次第に症状は落ち着いたけれど、その尋常じゃなさは、誰の目にも明らかだった。原因は分かり切っている。あの老魔導士から受けた心の傷が、まだ癒えていないのだ。
(かわいそうに。少しでも、この子の傷が癒せたらいいんだけど)
自惚れかもしれないけど、ライラは俺といると、発作を起こしにくい気がするんだ。だからそれ以降、こうして夜は毎晩、なるべくライラのそばにいるようにしていた。それに、たとえ発作のことが無くても、この子のそばにいてやりたかったのもある。
「……あのね、桜下」
「ん?」
ふいに、ぼうっとしていたライラが、俺を呼んだ。
「桜下に、聞いてほしいことがあるの……あの魔導士が言ってた、ライラと、おかーさんたちのこと」
え……
「ど、どうしたんだよ、いきなり?」
「いきなりじゃないよ。ずっと、考えてた……言ったほうがいいか、言わないほうがいいか」
ライラは俺に絡めていた腕をほどくと、脚を折りたたんで、膝を抱えた。
「でも、ずっと隠したままでいるのも、やだったの。なんだか、ずーっともやもやした、黒い煙に付きまとわれてるみたいで……」
「ライラ……」
一体、ライラは老魔道士に、何を言われたのだろう?言いにくかったってことは、少なくともいい事じゃないんだろうな……
「なあライラ、別に無理には……」
と途中まで言って、口をつぐんだ。今ライラは、自分から口を開いたんだ。ライラ自身が話したいというのなら、俺はそれを聞いてやるべきだ。
「……わかった。聞くぜ、ライラ」
「ありがとう。ふぅ……はぁ……」
ライラは助走をつけるみたいに、小さく息を吸い、小さく吐いた。
「あのね……ライラってね。ニンゲンじゃ、なかったんだって」
「え?」
い、きなり、だな。人間じゃない?
「それは、グールとかいうのじゃなく……?」
「ううん。こうなる前の、生まれた時からってこと。ライラと、それからおにぃちゃんは、魔法で造られたんだって」
魔法で……造られた……?そんな馬鹿な、と言いかけたが、俺はぐっとそれを飲み込んだ。なぜなら俺は、魔法によって生み出された生物の前例を見ているから。おぞましい怪物、マンティコア。あいつは生き物とも呼べないような人造兵器だったが、それでも一応、生きて動いていた。
(この世界の魔法は、命をも生み出せる……)
それなら……人間すらも……?
「……」
俺が絶句していると、ライラが話を続ける。
「あの魔導士は、四属性を生み出そうとしてたんだって。何度も失敗したけど、ついに成功したのが、ライラたちだったの」
「……でも、最初は、ライラは……」
俺はなんとか、それだけ口にした。
「うん。ライラは、初めは二属性しか使えなかった。もう二つは、おにぃちゃんが持ってたから。あいつは、双子を作るつもりじゃなかったみたい。失敗したって思ったらしいけど、それでも諦めなかったんだって。たぶん、だからライラに魔法を教えたんじゃないかな」
「え……?ライラに魔法を教えたのって、あのジジイなのか?」
「そうだと思う。ライラが持ってる教科書って、あいつのだったらしいから」
「そうだったのか……あ!」
そうだ、あの時!俺は老魔導士の書斎に通された時、前にも来たことがあるような気がした。あれは、気のせいなんかじゃない!以前見た、ライラの過去の記憶に出てきた光景だ!
「そうか……昔のライラが暮らしてたのって、あの書斎だったんだな」
「そう、だったのかな。もうほとんど覚えてないけど……」
「でも、だとすると……その、あのジジイが言ったことって、本当に正しいのか?ライラがよく覚えていないのをいい事に、適当言ってただけじゃ……?」
「ううん、たぶん違うと思う。だって、やっぱりおかしいよ。属性は、生まれた時から変わらないはず。それができたなんて、変だもん……」
ライラは背中を丸めて、顔をうずめてしまった。
「ライラは、まともじゃないんだ。あんなやつに造られた、実験動物だったんだよ……」
実験動物……けど、確かにライラは、色々と常識外れなところが多い。魔法の才能しかり、四属性を持つ事しかり、それに生きたままアンデッドになるっていうのも、飛びぬけて異質だ。これらを繋げていくと、やっぱり老魔導士の話が真実だと考えるほうが、妥当なのかな……
「そっか……ライラは、人の手で造られた存在だったのか」
「うん……」
「なら、俺と同じだな」
「え?」
ライラが顔を上げた。
「だって、そうだろ。俺たち勇者も、造られた体に魂だけ突っ込んだ存在だ。おんなじだよ」
「でも、だって……!」
「それとも、何か違うかな?」
「……」
ライラはぐっと口をつぐんだ。俺はうなずく。
「な?案外、探せばたくさんいるのかもしれないぞ。少なくとも、ここに一人はいる。そんなに気にすること、ないんじゃないかな」
「でも……」
「ん?」
なおも不安そうに、ライラはうつむきがちに言う。
「……桜下は、平気なの?」
「ライラの事か?それとも、俺自身のこと?どっちにしても、俺は気にしないよ」
「……なんで?」
「俺は俺だし、ライラはライラだから。みんなは、俺の過去を知っても、受け入れてくれただろ。それと同じだ。過去のライラがどうあれ、俺は今のライラが好きだよ」
「……ほんとう?」
「ああ。なんだよ、俺が手のひら返して、さようなら~なんてやると思ってたのか?心外だなぁ」
俺が腕を組んでむくれて見せると、ライラは慌てて言い訳した。
「ち、違うよ!桜下のことは、信じてたもん……きっと、不安だったのは、ライラのほうだ」
「お前が?」
「うん……ライラは、桜下みたいに強くないから。自分がまほーで造られただなんて、すぐ受け入れられないよ」
おっと、そいつは……誤解があるな。俺だって、初めて知った時は盛大に落ち込んだ。それをウィルが、一生懸命慰めてくれたんだ。
「俺だって、すぐには受け入れられなかったさ」
「そう、なの?」
「ああ。どうしたって、時間が掛かるさ。焦らなくっていいよ。もしもしんどくなったら、誰かを呼んでくれていいし。俺とか、ウィルとかさ」
その時は精いっぱい、ライラを励まそう。お前を嫌うなんて、万に一つもあり得ないって、何度でも伝えよう。
「桜下……」
ライラはようやく、こちらをまっすぐ見てくれた。
「桜下……じゃあね、お願い、してもいい?」
「おう。何でも言ってくれ」
「うん……ライラのこと、慰めてほしい。ライラね、いっぱい、いっぱい酷い事されたんだ。あの時のことを思い出すと、今でも怖くてたまらないの。だから……」
それって……俺はきゅっと、身を硬くした。ライラはぽつぽつと、自身が受けた拷問について、語り始めた……
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「まったく、ウィルのやつめ……」
俺はぶちぶち言いながら、並んだ馬車の間を歩いていた。元奴隷のみんなは外で食事中だから、馬車はしんと静まり返っている。馬たちもゆっくりと休んでいるのか、鼻音も聞こえてこない。さて、俺がここに来たのは、ウィルから逃げる以外に、もう一つ目的があった。
「たぶん、この辺に……」
お、いたいた。近くの馬車の御者席に、小さな人影が二つ、並んで座っている。
「よ。ライラ、マリカ」
声を掛けると、二人ともこちらに気付いた。そっくりな赤毛の二人が並ぶと、本当の姉妹のように見える。マリカは皿とスプーンを持っているから、こっちで食事を取っていたようだ。
「あ、桜下」
「こんばんは、桜下。……ライラ、じゃあわたし、食べ終わったから行くわね」
マリカは御者席からすとっと降りると、食器を持ってそそくさと行ってしまった。去り際、ライラへ意味深に微笑みかけていたのが気になるが……
「あー、邪魔しちまったか?」
ぽりぽりと頬をかく。するとライラは、赤毛をふりふりと左右に揺らした。
「ううん、そんなことないよ。たぶん、マリカちゃんは……」
「……その先は?」
「う、ううん!なんでもない……」
うん?ライラはもにょもにょと唇をつぼめてしまった。よく分かんないけど……
「まあいいや。ライラ、隣、いいか?」
「うん!きてきて」
ライラは自分の隣をぽんぽんと叩く。俺が御者席に上がって腰を下ろすと、ライラはすぐに腕を絡めてきた。
「んふふ。ねえ桜下、みんなの故郷まで、あとどれくらいかなぁ」
「そうだなぁ。奴隷商からぶんどった地図だと、この先のレイブンディーの町で、密航船が出てるって話なんだけど」
元奴隷たちの故郷は、海を渡った北の大陸にあるらしい。そこに最も近い港は、一の国にある。俺たちが目指しているのは、その港だ。今いるのは三の国だから、俺たちは都合二回、国境を越えなきゃならないんだ。
だけど、さすがに数百人の元奴隷を連れているんじゃあ、国境で目立たないのは難しい。いつもの言い訳も通用しないだろう。まともに通過するのは難しそうだ。
そこで役に立つのが、先日奴隷商から頂戴した、秘密の地図。なんとその地図には、連中が利用する秘密の裏ルートが示されていた。けど、考えてみれば当然だ。三の国以外じゃ、奴隷所持は認められていない。なのに商売が成り立つということは、それを可能にするルートがあって然るべきってわけだな。火のないところに何とやら、だ。
「裏ルートを通れば、面倒な検閲を避けられるらしいから……順調に進めば、あと二週間くらいか?」
「そっかぁ。まだまだ掛かりそうだね」
「だな。まあけど、なるべく急いでやりたいな。みんなだって、早くふるさとに帰りたいだろうし」
「そうだね……」
ライラは会話を区切ると、俺の腕に頬をくっつけ、すりと擦った。
「ライラ?眠いのか?」
「ううん。そーじゃないよ。ただ、みんなや、マリカちゃんの生まれたところのことを考えてたの……」
「そっか」
元奴隷や、マリカたちの故郷とはすなわち、ライラの母親の故郷でもある。
このことは、マリカから聞いた。けど、聞かなくてもさすがに分かる。攫われてきた人のほとんどは、真っ赤な赤毛をしていたから。赤毛は、彼らヤーダラ族の特徴だ。そしてライラの赤毛は、親譲りだという。
「……」
ちらりとライラの表情を伺う。けれど彼女は、遠くを見るような目で、夜の闇を見つめているだけだ。
ライラの過去について、何となくの予想はついている。たぶん、ライラの過去には、あの老魔導士が深く関わっているはずだ。老魔道士の異常なまでの執着や、その言動から見ても、間違いないだろう。
けど俺は、それについては訊かないことに決めていた。それは、詮索を避けたというよりは、ライラに老魔導士のことを思い出させたくないのが主な理由だった。
(あんな姿を見た後じゃな)
奴隷たちを救う旅を始めた最初の夜、ライラは発作を起こした。夜中に突然、体の震えが止まらなくなったんだ。俺とウィルでなだめていたら、次第に症状は落ち着いたけれど、その尋常じゃなさは、誰の目にも明らかだった。原因は分かり切っている。あの老魔導士から受けた心の傷が、まだ癒えていないのだ。
(かわいそうに。少しでも、この子の傷が癒せたらいいんだけど)
自惚れかもしれないけど、ライラは俺といると、発作を起こしにくい気がするんだ。だからそれ以降、こうして夜は毎晩、なるべくライラのそばにいるようにしていた。それに、たとえ発作のことが無くても、この子のそばにいてやりたかったのもある。
「……あのね、桜下」
「ん?」
ふいに、ぼうっとしていたライラが、俺を呼んだ。
「桜下に、聞いてほしいことがあるの……あの魔導士が言ってた、ライラと、おかーさんたちのこと」
え……
「ど、どうしたんだよ、いきなり?」
「いきなりじゃないよ。ずっと、考えてた……言ったほうがいいか、言わないほうがいいか」
ライラは俺に絡めていた腕をほどくと、脚を折りたたんで、膝を抱えた。
「でも、ずっと隠したままでいるのも、やだったの。なんだか、ずーっともやもやした、黒い煙に付きまとわれてるみたいで……」
「ライラ……」
一体、ライラは老魔道士に、何を言われたのだろう?言いにくかったってことは、少なくともいい事じゃないんだろうな……
「なあライラ、別に無理には……」
と途中まで言って、口をつぐんだ。今ライラは、自分から口を開いたんだ。ライラ自身が話したいというのなら、俺はそれを聞いてやるべきだ。
「……わかった。聞くぜ、ライラ」
「ありがとう。ふぅ……はぁ……」
ライラは助走をつけるみたいに、小さく息を吸い、小さく吐いた。
「あのね……ライラってね。ニンゲンじゃ、なかったんだって」
「え?」
い、きなり、だな。人間じゃない?
「それは、グールとかいうのじゃなく……?」
「ううん。こうなる前の、生まれた時からってこと。ライラと、それからおにぃちゃんは、魔法で造られたんだって」
魔法で……造られた……?そんな馬鹿な、と言いかけたが、俺はぐっとそれを飲み込んだ。なぜなら俺は、魔法によって生み出された生物の前例を見ているから。おぞましい怪物、マンティコア。あいつは生き物とも呼べないような人造兵器だったが、それでも一応、生きて動いていた。
(この世界の魔法は、命をも生み出せる……)
それなら……人間すらも……?
「……」
俺が絶句していると、ライラが話を続ける。
「あの魔導士は、四属性を生み出そうとしてたんだって。何度も失敗したけど、ついに成功したのが、ライラたちだったの」
「……でも、最初は、ライラは……」
俺はなんとか、それだけ口にした。
「うん。ライラは、初めは二属性しか使えなかった。もう二つは、おにぃちゃんが持ってたから。あいつは、双子を作るつもりじゃなかったみたい。失敗したって思ったらしいけど、それでも諦めなかったんだって。たぶん、だからライラに魔法を教えたんじゃないかな」
「え……?ライラに魔法を教えたのって、あのジジイなのか?」
「そうだと思う。ライラが持ってる教科書って、あいつのだったらしいから」
「そうだったのか……あ!」
そうだ、あの時!俺は老魔導士の書斎に通された時、前にも来たことがあるような気がした。あれは、気のせいなんかじゃない!以前見た、ライラの過去の記憶に出てきた光景だ!
「そうか……昔のライラが暮らしてたのって、あの書斎だったんだな」
「そう、だったのかな。もうほとんど覚えてないけど……」
「でも、だとすると……その、あのジジイが言ったことって、本当に正しいのか?ライラがよく覚えていないのをいい事に、適当言ってただけじゃ……?」
「ううん、たぶん違うと思う。だって、やっぱりおかしいよ。属性は、生まれた時から変わらないはず。それができたなんて、変だもん……」
ライラは背中を丸めて、顔をうずめてしまった。
「ライラは、まともじゃないんだ。あんなやつに造られた、実験動物だったんだよ……」
実験動物……けど、確かにライラは、色々と常識外れなところが多い。魔法の才能しかり、四属性を持つ事しかり、それに生きたままアンデッドになるっていうのも、飛びぬけて異質だ。これらを繋げていくと、やっぱり老魔導士の話が真実だと考えるほうが、妥当なのかな……
「そっか……ライラは、人の手で造られた存在だったのか」
「うん……」
「なら、俺と同じだな」
「え?」
ライラが顔を上げた。
「だって、そうだろ。俺たち勇者も、造られた体に魂だけ突っ込んだ存在だ。おんなじだよ」
「でも、だって……!」
「それとも、何か違うかな?」
「……」
ライラはぐっと口をつぐんだ。俺はうなずく。
「な?案外、探せばたくさんいるのかもしれないぞ。少なくとも、ここに一人はいる。そんなに気にすること、ないんじゃないかな」
「でも……」
「ん?」
なおも不安そうに、ライラはうつむきがちに言う。
「……桜下は、平気なの?」
「ライラの事か?それとも、俺自身のこと?どっちにしても、俺は気にしないよ」
「……なんで?」
「俺は俺だし、ライラはライラだから。みんなは、俺の過去を知っても、受け入れてくれただろ。それと同じだ。過去のライラがどうあれ、俺は今のライラが好きだよ」
「……ほんとう?」
「ああ。なんだよ、俺が手のひら返して、さようなら~なんてやると思ってたのか?心外だなぁ」
俺が腕を組んでむくれて見せると、ライラは慌てて言い訳した。
「ち、違うよ!桜下のことは、信じてたもん……きっと、不安だったのは、ライラのほうだ」
「お前が?」
「うん……ライラは、桜下みたいに強くないから。自分がまほーで造られただなんて、すぐ受け入れられないよ」
おっと、そいつは……誤解があるな。俺だって、初めて知った時は盛大に落ち込んだ。それをウィルが、一生懸命慰めてくれたんだ。
「俺だって、すぐには受け入れられなかったさ」
「そう、なの?」
「ああ。どうしたって、時間が掛かるさ。焦らなくっていいよ。もしもしんどくなったら、誰かを呼んでくれていいし。俺とか、ウィルとかさ」
その時は精いっぱい、ライラを励まそう。お前を嫌うなんて、万に一つもあり得ないって、何度でも伝えよう。
「桜下……」
ライラはようやく、こちらをまっすぐ見てくれた。
「桜下……じゃあね、お願い、してもいい?」
「おう。何でも言ってくれ」
「うん……ライラのこと、慰めてほしい。ライラね、いっぱい、いっぱい酷い事されたんだ。あの時のことを思い出すと、今でも怖くてたまらないの。だから……」
それって……俺はきゅっと、身を硬くした。ライラはぽつぽつと、自身が受けた拷問について、語り始めた……
つづく
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