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14章 痛みの意味

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倒したかに思えた老魔導士。だがやつは、俺たちの必殺技すら耐えていた!
老魔導士の突然の復活に、再会を喜んでいたライラと三つ編みちゃんは、きゅっと互いを抱き合った。付き添いの侍女と兵士は、頭を抱えて震えている。

「桜下さん!フランさん!」

ウィルが俺たちのそばにやって来た。損壊したエラゼムと、魔力切れのアルルカは動けないままだ。

「信じられません……!あれだけの魔法を撃って、まだ動けるんですか!?」

ウィルが驚愕した表情で、空に浮かぶ魔導士を見上げる。俺だって、口の中が苦い味でいっぱいだ……

「あいつ、確かさっき、水属性の最強呪文だか何だか、言ってたよな?それを撃って、まだピンピンしてるってか?冗談キツいぜ……」

「……少なくとも、ピンピンはしてないよ」

お?フランは鋭く上空を睨んでいる。彼女には、老魔導士の様子が見えているようだ。どうやら、さすがに無傷ということはないらしいぞ。

「あいつも相当へばってるってことか。ちっ、そんな状態で、何する気だ?」

あの老人が、魔法以外で戦えるとは思えない。まだ何か、奥の手を?

「貴様らっ……!貴様ら如き存在が、儂の崇高なる計画の邪魔を……!儂に残された時間は、貴様ら屑の無為な人生の、何万倍も希少だというのに……!」

老魔導士はゼイゼイした声で、絞り出すように言った。俺は声を張り上げる。

「チッ!てめえ、まだそんなこと言ってやがんのか!老い先短いなら、せめて最期くらい、潔くしたらどうなんだ!」

「最期では、なぁあぁい!儂は、全てを超越するのだ!四属性を手に入れてなぁぁぁぁ!」

老魔導士がしゃがれた声で叫ぶと、何かしらの動きを見せた。くっ、空高くに浮かんでいるせいで、よく見えない!

「フラン!あいつ、何をやる気なんだ?」

「分からない……なんだか、首元に手をやったみたい」

首元……?記憶を手繰る。あの老魔導士の首には、変わった首飾りが掛かっていた。みょうちきりんだったからよく覚えている。大きな、魚の鱗みたいな物だ。

「竜の呪われし逆鱗よ!儂に、力を与えよ!」

老魔導士が叫んだ。逆鱗だと……?

「ッ!」

突然、ウィルがびくりと肩を揺らした。

「ウィル、どうした?」

「桜下さん……!ものすごい、いいえ、とてつもない量の魔力が、あの魔導士の下に集まっています!」

「はぁ!?だって、あいつも魔力切れのはずじゃ……」

「そのはずなんです!むしろ、あの人とは全く別のところから、溢れ出ているみたいで……」

別のところから……?

「まさか……逆鱗って、魔力を回復するアイテムなのか……?」

そんな、バカな!この世界に来てしばらく経つけど、そんなものは見たことが無いぞ!時間経過以外に回復手段がないのが、魔力の定石だろうが!

「おい、てことは。あいつ、また魔法を撃てるってことじゃ……」

その時だ。俺の足下、地面の下で、大量の水がうねるような気配がした。この感覚、少し前にも味わった。老魔導士の最強の魔法。無数の水の竜を呼び出し、津波のような勢いで辺り一帯をことごとく破壊する……

「冗談じゃねえぞ……」

「お、桜下さん。もう一度、さっきのをすることは……」

ウィルは途中まで言いかけて、口をつぐんでしまった。俺の顔を見て、悟ったのだろう……
俺の“ソウル・レゾナンス”は、大量の魔力を消費する大技だ。さっきのウィルとの融合で、俺の魔力はほとんど使い果たしてしまったんだ。仮にもう一度できたとしても、あの必殺技が撃てるかどうか……
冷や汗が額を流れる。俺も、フランも、ウィルも、ただ茫然と、老魔導士が詠唱するのを見上げるしかない。宙に浮かんでいるから手を出すのも困難だし、魔導士の周りにはバリアみたいなものすらある。一縷の奇跡を信じて、もう一度レゾナンスを試してみるか……?

「みんな。だいじょーぶだよ」

え……?俺たちは全員、背後を振り返った。

「ら、ライラ……?」

「桜下。ずっと守ってくれて、ありがとう。今度は、ライラがみんなを守るよ」

俺たち全員が、小柄な幼女に注目する。ライラは、自分に抱き着いている三つ編みちゃんに微笑みかけた。

「安心して、三つ編みちゃん。きっと大丈夫だからね」

「ライラ……?」

戸惑う三つ編みちゃんの手をそっと外して、ライラは俺たちのそばへ来た。

「ライラ……だってお前……」

「へいき。今、みんなを守れるのは、ライラしかいないもん。ここでみんながいなくなっちゃうなんて、そんなの絶対やだ」

俺は驚いた。さっきまでのライラとは、様子が全く違う。いやむしろ、戻ったと言うべきか。いつもの……強いライラに。

「ライラさん……本当に、大丈夫なんですか?」

ウィルが心配そうに、屈みこんでライラと目を合わせる。

「うん。おねーちゃんが、あんなに頑張ったんだもん。次は、ライラの番だ」

「でも……」

「ライラね、おねーちゃんや桜下、フランにエラゼムにアルルカが頑張るのを見て、ここが……胸の奥が、あったかくなるのを感じたの。今、それがどんどん熱くなってる。きっとやれるよ。あいつを、倒してみせる」

「……分かりました。桜下さん、ライラさんなら大丈夫です」

ウィルは顔を上げ、俺を強い瞳で見つめた。

「ライラさんがこう言うってことは、必ず成し遂げてくれるってことです。誇り高き魔術師は、決して自分の言葉をたがえません。私は、ライラさんを信じます」

ウィルはきっぱりと言い切った。ウィルにとって、ライラは可愛い妹分であり、同時に尊敬する師匠でもある。そのウィルが、こう言うのだ。

「……よし。わかった」

そんなの。信じる以外に、ないだろうが!
俺はフランの肩から腕を外し、ライラの小さな双肩に、ぐっと手を置いた。

「よっしゃ!ぶちかましてやれ、ライラ!」

「うんっ!」

ライラはうなずくと、呪文の詠唱を開始した。彼女の口から、歌うような、ささやくような音が流れてくる。そのうちに、ライラの髪がゆらゆらと逆巻き始めた。赤い色も相まって、炎が立ち上っているみたいだ。

「う、わ。上に……」

ウィルがうわ言のように呟く。上?釣られて上を見ると、うわ!いつのまにか、赤く輝く巨大な魔法陣が浮かび上がっている!魔法陣の中心からは、幾何学模様の線が、放射状に広がっている。ときおりその線の上を光が走り、まるで赤い血潮が脈打っているかのようだった。

ドドドド!突如、地面が揺れた。老魔道士の魔法がくる!

「ハイドランジア!」

ドガガーン!大地を突き破って、無数の水竜が首を伸ばす。うおぉ、ちくしょう!敵ながら、相変わらず圧巻だ!何体もの竜の首が見下ろす様は、巨大な瀑布に取り囲まれたようにすら錯覚させる。俺たち小さな人間のことなんて、一瞬で飲み込んでしまいそうだ。

「いくぞぉ!」

一拍遅れて、ライラが気合を入れる。すると、頭上に浮かんでいた魔法陣が、ピカッとまたたいた。中心からオレンジ色の光が広がっていき、炎が燃え広がって行くように見える。魔法陣が全てオレンジに染まった瞬間、ライラが叫んだ。

「ブレス・オブ・ワイバーーーーン!!!」

グアァッ!魔法陣の中から、燃え盛る何かが出現した。

「あれは……!」

「ドラ、ゴン……?」

それは、炎の竜の頭だった。そこから、長くしなやかな首が、翼の生えた体が、鉤爪を備えた脚が、鞭のような尾が順に現れる。
俺たちの目の前には、全身を炎で包まれた、巨大な飛竜が出現した。今この場には、水の竜と、炎の竜が同時に存在している……これ、現実なんだよな?
炎の竜は、自身を取り囲む水の竜の大群を前にしても、全く怯んでいない。どころか、水の竜を睨みつけると、口をガパッと開いて、吠えた。

「ギアアアアアアアア!!!」

ビリビリビリ!うわ、鼓膜が破れそうだ……だがそんな爆音にも、ライラはピクリとも動じない。むしろ、その音色を楽しんでいるようですらあった。

「おのれぇ……奴らを、蹴散らせえぃ!」

老魔道士の掛け声と共に、水の竜たちは、一斉に牙を剥いた。ゴポゴポと、湧き水のような音が鳴り響く。次の瞬間、ジャシャアアアアア!何発もの極太の水ブレスが、真っ直ぐこちらに向かってきた!

「負けるもんか!うて!!!」

ライラが握り拳を、天へと突き上げる。それを合図にしたかのように、炎の竜は一声吠えると、真っ赤に燃える炎のブレスを噴き出した。ゴオオオオ!



水と火のブレスは、空中でかち合った。ダダーン!爆音と共に、水炎が弾け飛ぶ。水が一瞬で蒸発して水蒸気となり、その蒸気すら炎に焼かれて消えてしまう。炎が空気を吸い込んでいるのか、地表ではものすごい風が巻き起こった。

「ハアアアァアアア!」

「やあああああぁぁ!」

二人の魔術師と、そのしもべの竜は、互いに一歩も譲らない。いや、待て……ほんの少しだが、ライラが押し負けている……?

「ううぅ……」

まさか、ライラ!やっぱり、本調子ではないんだ。それに、向こうの水竜は何体もいる。対して、こちらの火竜は一体だ。ライラの突き上げた拳は、重さに耐えかねるかのようにはぶるぶると震えていた。それを見た俺は、とっさに体が動いていた。

「っ」

ライラの腕に、手を添える。ライラが驚いた表情ではこちらを振り返った。多分この行為には、なんの意味もないんだろう。それは分かってる。けど、勝手に動いていたんだ!
すると突然、炎の竜の吐くブレスが、倍ほどの太さになった。え?ライラの震えも止まっている。

「……やああぁぁぁぁ!」

ライラが叫ぶと、ブレスはさらに勢いを増した。徐々にだが、水竜のブレスを押し返してきている!

「なっ、なんじゃ、この力は……!?」

老魔道士の狼狽えた声。

「ライラが、守るんだ!お前を、倒して!」

その時俺は、理解した。どうして、ライラが勢いを取り戻したのかを。ライラの力の源は、魔力の量でも、竜の首の多さでもない。彼女が背に守るものの、多さだ。
俺は確信した。奴の背後には、誰もいない。孤独に宙へ浮かぶ老魔道士に、絶対に勝ち目はない!

「いっけええええぇぇぇぇぇ!」

火竜のブレスが矢のように飛び、一体の水竜を貫いた。バアーン!水竜は一瞬で爆発して、白いもやとなって吹き飛んだ。

「まとめて、薙ぎ払え!」

火竜がギャルンと首を振る。ブレスが水竜どもを一閃し、一拍遅れて、次々と爆散させた。バン!ババババ、バアーン!

「これで、とどめだっ!」

ライラは振り上げていた拳を、まっすぐ老魔道士へと突き付けた。火竜が咆哮し、老魔道士目掛けて飛んでいく。

「ギアアアアアアアア!」

「ひぃ!やっ、やめろおおぉぉぉ!」

炎の竜は、あぎとをガッと開いて、魔道士をバリアごと飲み込んだ。バクン!そして真っ白に燃え上がると、轟音と共に大爆発した。ドガガーーーン!

「……倒したな。今度こそ」

あれで無事だったら、ゴキブリ並みの生命力だ。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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