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14章 痛みの意味
11-3
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11-3
「桜下殿、皆様。お怪我はございませぬか?」
おっと。考え込んでいたところに、しんがりのエラゼムが追い付いてきた。
「ああ、エラゼム。おかげさまで、なんとかだ」
「なによりです。して、何か思案中でしたか。お邪魔をしたようなら、申し訳ない」
「いや、大したことじゃ……なんか、引っかかった気がするんだけどさ。よく分かんなくて」
俺自身、さっきのがひらめきなのか、それとも単なる思い違いなのか、分からなかった。
「けど、桜下さん。さっき何か、言いかけてませんでしたか?」
ウィルにそう訊かれて、思い出した。
「そうだった。一つ思ったことがあったんだ」
すると、エラゼムが後ろを振り返りながら言う。
「それならば、しばしの猶予があるかと。次の攻撃は、今すぐには飛んでこないはずです」
「え?それはどうして」
「先ほどと初めの攻撃、間隔がほぼ同一でございました。おそらく、詠唱の時間ではないかと」
「ああ、なるほど!」
冷静なエラゼムは、あの状況下で、正確に敵を分析していたのか。大したもんだな、まったく。
「それなら、ちょっとの余裕があるな」
あのじじいは今、超巨大な要塞を操っている。それと同時に強力な魔法を撃つのは、かなり難しいに違いない。連発は出来ないんだ。
「よし、じゃあ今のうちに話をまとめよう。俺がさっき思ったのは、あのでかい手もミクロに見れば、パーツの集合体に過ぎないだろってことなんだ」
「……え?みくろが、なんですか?」
む、ウィルには伝わらなかったらしい。それか、ミクロという単位は、こっちの世界には存在しないのか。
「ええっと、つまりだ。前にアイアンゴーレムと戦った時のことを思い出してくれ。あいつはカチカチだったから、足の関節とかを狙ってただろ。そして最後には、核をぶっこわしてとどめを刺した」
「え、ええ……なら今回は、あの大きな手の関節を攻撃するってことですか?」
「それもいいと思ったんだ。アルルカの氷で動けなくすれば、無力化できるんじゃないかって。でも、今は……」
そう。アルルカは連日の奮戦がたたって、魔力が限界寸前だ。事情を把握していないエラゼムが首をかしげていたので、俺はそのことを伝えた。
「そうでしたか……アルルカ嬢も、獅子奮迅の活躍でしたからな。しかし、それではその案は、却下せざるを得ませんな」
「ああ……残りは、核を狙う方法だけど」
「核って、どこになんのよ?」とアルルカ。それに答えたのは、俺が抱いているライラだった。
「……術者。あの魔導士だね」
「その通りだ。あのじじいを直接叩けば、屋敷全体の機能を停止させられる、んだけど……」
「でも、どこにいんのか、わかんないじゃない」
「そこなんだよなぁ」
老魔導士の声は、屋敷そのものから響いている。場所の特定は困難だった。ウィルが自分の唇を引っ張りながらまとめる。
「では、今現状、取り得る案としては……あのおっきな手の、関節部分を狙って攻撃していく、ってところでしょうか。ただそのためには、空を飛びでもしないと届きません。私の炎はほぼほぼ無力ですから、実際はアルルカさんに頼ることになっちゃいますけど……」
(……んん?)
む、まただ……なんなんだ、さっきから。今もまた、ウィルの“炎”という言葉を聞いた瞬間、頭の中にノイズのような違和感が走った。
(何に引っかかってるんだ?ウィルは、自分の魔法じゃ歯が立たないって言っただけだろ)
それは、事実なように思える。ウィルは、超高火力の魔法は使えない。ファイアフライで火の玉を出しても、あのウォーターカッターの前じゃ、一瞬でかき消されるだろう。まさに、焼け石に水……
「……焼け石に、水……?」
「え?桜下さん?」
呟いた俺に、ウィルが怪訝そうな顔を向ける。他の仲間も、こっちを向いた。
「焼け石が、どうかしたんですか?」
「……焼けた石に、水をかけるとどうなる?」
「はい?それは、じゅうぅってなるでしょうけど……煙がもわぁって」
ウィルは、ロッドを持っていないほうの手をひらひら動かして、煙が立ち上るジェスチャーをした。煙……水蒸気……
「……あっ!」
「ひゃっ。桜下さんってば、さっきからどうしちゃったんですか?」
「これだ!いけるかもしれない!ああけど、原理がなぁ……」
「???」
ウィルは頭の上にハテナを浮かべている。だけどこの作戦、もし実現可能だとしたら、キーになるのは他でもない、彼女だ。
「確かめてる暇はないか……!よし、ウィル!お前、何か高熱が出せる魔法、持ってないか!?」
「え?え?高熱?えっと……トリコデルマじゃ、ダメですか?」
「いや、できればもっとだ……」
俺にも、具体的な温度は分からない。だけど、生半可じゃ駄目だ。
「もっと高温の……それこそ、溶岩くらいの」
「溶岩……」
ウィルは眉根をぎゅっと寄せている。難しいか……
「……私の魔法では、そこまでの高温はだせません。すみません、私には……」
……ん?そこまで言って、ウィルはぴたっと固まってしまった。ど、どうしたんだろう。するといきなり、ウィルが動いた。手首の内側で、自分の頬をべちっと力強く挟む。
「え?うぃ、ウィル?」
「……メよ、そんなんじゃ……きになってもらえないわよ……」
なにか、小声でぶつぶつ呟いている……なんだなんだ?今度は俺が困惑する番だった。
「……よし。桜下さん」
「は、はい」
「高温の魔法が……いいえ、超高温の魔法がいるんですよね。ごめんなさい、今の私にはそれはできません。でも、少し時間をくれませんか?」
「え?ああ、そりゃいいけど……どうにか、できるのか?」
「絶対の保証は、ありませんが……どうにか、足掻いて見ます。ライラさん?」
「なあに?おねーちゃん」
ウィルが、俺が抱くライラに顔を近づける。
「私が使える魔法の中で、“超過”ができそうなものって、ありますか?」
「えっ。おねーちゃん、まさかオーバーフローを使う気なの?」
ウィルがこくりとうなずく。オーバーフロー?それはなにか訊ねようとしたとき、エラゼムの鋭い警告が聞こえてきた。
「次が来ます!お気を付けを!」
「ええい、くそ!人が話し合ってるってのに!」
巨大な手は、今度は握り拳のような形になっていた。老魔導士の呪文が轟く。
「スパウトホエール!」
くるぞ!……あれ?
「何も、起こらないぞ……?」
失敗した?いや、きっとそれはない。相手はいちおう、熟練の魔導士だ。と、思ったその時、ぐらぐらと足元が揺れ始めた。
「まさか、下から……!」
次の瞬間、地面が割れて、とんでもない勢いの水柱が噴き出してきた!
「ぐぼっ!が、がぼっ!」
ゴボゴボゴボ!視界が一瞬で、白い泡に覆い尽くされる。冷たい水が全身に打ち付け、目にも鼻にも喉にも、水が流れ込んできた。何も見えないし、何も聞こえない。完全に前後不覚となる中で、俺はライラだけは守ろうと、腕に力をこめ続けた。
「げほっ!えほ、えほ」
「桜下……!桜下、しっかり……!」
ライラの苦しそうな声で、俺はようやく冷静さを取り戻し、目を見開いた。そして、自分たちの置かれた状況を認識する。
「なぁ、なんじゃこりゃ!」
俺とライラは、空高くを飛んでいた。屋敷の屋根が眼下に見える。さ、さっきの水流で、上空に吹っ飛ばされてしまったのか!
「くそ……!そうだ、アルルカは!?」
このままでは、俺もライラも助からない。万歩譲って俺だけならともかく、それだけは、絶対にダメだ!
「アルルカー!」
「わぁーってるわよ!」
おっと。声は思ったよりも近くで聞こえた。アルルカのやつ、ずいぶんそばまで飛んできていたらしい。アルルカは俺のシャツの首根っこを摑まえると、ぐいぃっと引っ張り上げた。ぐえ、く、首が……
「まったくもう、吸血鬼使いが荒いわね!」
「わ、悪い、げほ。助かっ……!!!」
「あん?なんで変なとこで区切るのよ……って」
俺とライラとアルルカは、そろって青ざめた。老魔導師の操る巨大な手が、握り拳を作って、こちらにぐんぐん迫ってくる!
「物理攻撃までできるのかよ……!」
ちくしょう!ライラは小柄とは言え、俺と合せて二人分の重さを抱えたアルルカに、瞬時の方向転換は無理だ。完全に捉えられた!
「アルルカ嬢ー!」
大きな叫び声で、俺とアルルカは我に返った。見れば、すぐ隣を、エラゼムが落っこちていくところだった。彼も吹き上げられていたのか。
「吾輩をそこへ!」
エラゼムが手を伸ばす。アルルカは無我夢中と言った様子で、杖をそちらに差し向けた。エラゼムが杖の先端を掴む。それと同時に、アルルカは体ごと振り回すように、彼をぶぅんと引っ張った。大きな半円を描き、エラゼムが迫りくる拳の方へと飛んでいく。逆に俺たちは、反動で少し後ろに下がった。
「ぬぅりゃああ!」
エラゼムの雄たけび。ガイイィィィィン!
「エラゼム!うわっ」
拳がこちらにも迫り、俺はライラを抱き込んだ。ドゴッ!肩のあたりに強い衝撃を受け、体がすごい勢いですっ飛ばされる。自動車に追突された気分だ……ぐんぐん地面が近づいてくるのが見えたが、叩きつけられる寸前、アルルカが翼をひるがえした。俺たちの体は一瞬だけふわっと浮かび上がり、そのままずじゃじゃぁっと、びしょびしょになった大地を滑った。
「っつつつ……」
長い滑走の後、ようやく体が制止した。くうぅ、体の半分が、あちこち痛い。拳で殴られたり、地面で擦れたりしたからだろう。見れば、右腕が血で真っ赤になっていた。
「うぅ……は!桜下、大丈夫!?」
胸の中にいたライラが、俺の腕を見てぎょっとする。
「ああ、見た目ほどひどかないさ」
「ほ、ほんとに?よかった……」
腕はチクチクと痛むが、動けないほどじゃない。それよりも、みんなの方が心配だ。
「ライラは、大丈夫か?」
「うん。桜下が守ってくれたから」
ライラはぐしょぬれだったが、それ以外に怪我はなさそうだった。ふぅ、一安心だ。
「ならなによりだ。アルルカは?いるか?」
「いるわよ、ここに」
アルルカは、俺たちの少し後ろにいた。泥だらけでボロボロの格好だが、割かし元気そうだ。
「あの鎧が、ギリギリで勢いを殺したからね。じゃなかったら、あたしもあんたもヤバかったわ」
「そうだったのか……あれ?でも、エラゼムは?」
俺はきょろきょろとあたりを見回す。その時だった。
「エラゼムさん!しっかりしてください!」
ウィルの悲鳴のような声に、背筋がぶるりと震えた。声のした方を向くと、ウィルが何かの傍らに屈みこんでいる。あれって……エラゼムの、鎧?だが、明らかにサイズが小さい……というより、パーツが足りていない……?
「……っ!くそっ!」
二人の下へと走り出す。アルルカも後について来た。
「ウィル!何が、あって……」
「桜下さん……エラゼムさんが……!」
ウィルが潤んだ瞳で、こちらを振り返る。地べたに力なく倒れたエラゼムの体は、バラバラになってしまっていた。兜と胴体の上半分は無事だが、下は無い。そして右腕は肘までは残っているが、その先がない。
「エラゼム……!」
「桜下殿……申し訳ない。この体たらくです……」
「何言ってんだ……!お前が防いでくれなかったら、俺たちがこうなってた」
「ならば、こうなったのはむしろ、喜ばしいことです。吾輩の鎧はどれだけ砕けようとも、それで命を落とすことはないのですから」
それは、そうだが……俺はあたりを見回す。エラゼムの鎧のパーツが残っていないかと思ったんだ。けどそれらしきものは、さっぱり見当たらない。いくつか、鎧の留め具のようなものは落ちているけど、それだけあっても意味ないだろ。残りは遠くに転がってしまったのか、ひょっとしたら渦の中かも……
「これじゃあ、“ファズ”を使っても直せないな……くそ。すまん、エラゼム」
「桜下殿が謝ることなど。むしろ謝罪しなければならないのは、吾輩の方です。この重要な局面で、足手まといになり下がるとは……」
エラゼムは心底悔しそうに、低く唸った。足手まといとは思わないけど、確かにこれじゃあ、戦うのは無理だ。
(まずいな……エラゼムの守りまで失った)
ライラは弱っている。アルルカは魔力切れ。フランは別行動だ。そして、エラゼムも……正直、かなり厳しくなってきたぞ。俺とアニは論外、あとはロウランか。あいつも、さすがにきついだろうな……となると、もうこいつしかいない。
「ウィル……さっきのやつ、どうなんだ」
俺は祈る思いで、ウィルを見つめる。彼女だけが、最後の望みの綱だ。
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「桜下殿、皆様。お怪我はございませぬか?」
おっと。考え込んでいたところに、しんがりのエラゼムが追い付いてきた。
「ああ、エラゼム。おかげさまで、なんとかだ」
「なによりです。して、何か思案中でしたか。お邪魔をしたようなら、申し訳ない」
「いや、大したことじゃ……なんか、引っかかった気がするんだけどさ。よく分かんなくて」
俺自身、さっきのがひらめきなのか、それとも単なる思い違いなのか、分からなかった。
「けど、桜下さん。さっき何か、言いかけてませんでしたか?」
ウィルにそう訊かれて、思い出した。
「そうだった。一つ思ったことがあったんだ」
すると、エラゼムが後ろを振り返りながら言う。
「それならば、しばしの猶予があるかと。次の攻撃は、今すぐには飛んでこないはずです」
「え?それはどうして」
「先ほどと初めの攻撃、間隔がほぼ同一でございました。おそらく、詠唱の時間ではないかと」
「ああ、なるほど!」
冷静なエラゼムは、あの状況下で、正確に敵を分析していたのか。大したもんだな、まったく。
「それなら、ちょっとの余裕があるな」
あのじじいは今、超巨大な要塞を操っている。それと同時に強力な魔法を撃つのは、かなり難しいに違いない。連発は出来ないんだ。
「よし、じゃあ今のうちに話をまとめよう。俺がさっき思ったのは、あのでかい手もミクロに見れば、パーツの集合体に過ぎないだろってことなんだ」
「……え?みくろが、なんですか?」
む、ウィルには伝わらなかったらしい。それか、ミクロという単位は、こっちの世界には存在しないのか。
「ええっと、つまりだ。前にアイアンゴーレムと戦った時のことを思い出してくれ。あいつはカチカチだったから、足の関節とかを狙ってただろ。そして最後には、核をぶっこわしてとどめを刺した」
「え、ええ……なら今回は、あの大きな手の関節を攻撃するってことですか?」
「それもいいと思ったんだ。アルルカの氷で動けなくすれば、無力化できるんじゃないかって。でも、今は……」
そう。アルルカは連日の奮戦がたたって、魔力が限界寸前だ。事情を把握していないエラゼムが首をかしげていたので、俺はそのことを伝えた。
「そうでしたか……アルルカ嬢も、獅子奮迅の活躍でしたからな。しかし、それではその案は、却下せざるを得ませんな」
「ああ……残りは、核を狙う方法だけど」
「核って、どこになんのよ?」とアルルカ。それに答えたのは、俺が抱いているライラだった。
「……術者。あの魔導士だね」
「その通りだ。あのじじいを直接叩けば、屋敷全体の機能を停止させられる、んだけど……」
「でも、どこにいんのか、わかんないじゃない」
「そこなんだよなぁ」
老魔導士の声は、屋敷そのものから響いている。場所の特定は困難だった。ウィルが自分の唇を引っ張りながらまとめる。
「では、今現状、取り得る案としては……あのおっきな手の、関節部分を狙って攻撃していく、ってところでしょうか。ただそのためには、空を飛びでもしないと届きません。私の炎はほぼほぼ無力ですから、実際はアルルカさんに頼ることになっちゃいますけど……」
(……んん?)
む、まただ……なんなんだ、さっきから。今もまた、ウィルの“炎”という言葉を聞いた瞬間、頭の中にノイズのような違和感が走った。
(何に引っかかってるんだ?ウィルは、自分の魔法じゃ歯が立たないって言っただけだろ)
それは、事実なように思える。ウィルは、超高火力の魔法は使えない。ファイアフライで火の玉を出しても、あのウォーターカッターの前じゃ、一瞬でかき消されるだろう。まさに、焼け石に水……
「……焼け石に、水……?」
「え?桜下さん?」
呟いた俺に、ウィルが怪訝そうな顔を向ける。他の仲間も、こっちを向いた。
「焼け石が、どうかしたんですか?」
「……焼けた石に、水をかけるとどうなる?」
「はい?それは、じゅうぅってなるでしょうけど……煙がもわぁって」
ウィルは、ロッドを持っていないほうの手をひらひら動かして、煙が立ち上るジェスチャーをした。煙……水蒸気……
「……あっ!」
「ひゃっ。桜下さんってば、さっきからどうしちゃったんですか?」
「これだ!いけるかもしれない!ああけど、原理がなぁ……」
「???」
ウィルは頭の上にハテナを浮かべている。だけどこの作戦、もし実現可能だとしたら、キーになるのは他でもない、彼女だ。
「確かめてる暇はないか……!よし、ウィル!お前、何か高熱が出せる魔法、持ってないか!?」
「え?え?高熱?えっと……トリコデルマじゃ、ダメですか?」
「いや、できればもっとだ……」
俺にも、具体的な温度は分からない。だけど、生半可じゃ駄目だ。
「もっと高温の……それこそ、溶岩くらいの」
「溶岩……」
ウィルは眉根をぎゅっと寄せている。難しいか……
「……私の魔法では、そこまでの高温はだせません。すみません、私には……」
……ん?そこまで言って、ウィルはぴたっと固まってしまった。ど、どうしたんだろう。するといきなり、ウィルが動いた。手首の内側で、自分の頬をべちっと力強く挟む。
「え?うぃ、ウィル?」
「……メよ、そんなんじゃ……きになってもらえないわよ……」
なにか、小声でぶつぶつ呟いている……なんだなんだ?今度は俺が困惑する番だった。
「……よし。桜下さん」
「は、はい」
「高温の魔法が……いいえ、超高温の魔法がいるんですよね。ごめんなさい、今の私にはそれはできません。でも、少し時間をくれませんか?」
「え?ああ、そりゃいいけど……どうにか、できるのか?」
「絶対の保証は、ありませんが……どうにか、足掻いて見ます。ライラさん?」
「なあに?おねーちゃん」
ウィルが、俺が抱くライラに顔を近づける。
「私が使える魔法の中で、“超過”ができそうなものって、ありますか?」
「えっ。おねーちゃん、まさかオーバーフローを使う気なの?」
ウィルがこくりとうなずく。オーバーフロー?それはなにか訊ねようとしたとき、エラゼムの鋭い警告が聞こえてきた。
「次が来ます!お気を付けを!」
「ええい、くそ!人が話し合ってるってのに!」
巨大な手は、今度は握り拳のような形になっていた。老魔導士の呪文が轟く。
「スパウトホエール!」
くるぞ!……あれ?
「何も、起こらないぞ……?」
失敗した?いや、きっとそれはない。相手はいちおう、熟練の魔導士だ。と、思ったその時、ぐらぐらと足元が揺れ始めた。
「まさか、下から……!」
次の瞬間、地面が割れて、とんでもない勢いの水柱が噴き出してきた!
「ぐぼっ!が、がぼっ!」
ゴボゴボゴボ!視界が一瞬で、白い泡に覆い尽くされる。冷たい水が全身に打ち付け、目にも鼻にも喉にも、水が流れ込んできた。何も見えないし、何も聞こえない。完全に前後不覚となる中で、俺はライラだけは守ろうと、腕に力をこめ続けた。
「げほっ!えほ、えほ」
「桜下……!桜下、しっかり……!」
ライラの苦しそうな声で、俺はようやく冷静さを取り戻し、目を見開いた。そして、自分たちの置かれた状況を認識する。
「なぁ、なんじゃこりゃ!」
俺とライラは、空高くを飛んでいた。屋敷の屋根が眼下に見える。さ、さっきの水流で、上空に吹っ飛ばされてしまったのか!
「くそ……!そうだ、アルルカは!?」
このままでは、俺もライラも助からない。万歩譲って俺だけならともかく、それだけは、絶対にダメだ!
「アルルカー!」
「わぁーってるわよ!」
おっと。声は思ったよりも近くで聞こえた。アルルカのやつ、ずいぶんそばまで飛んできていたらしい。アルルカは俺のシャツの首根っこを摑まえると、ぐいぃっと引っ張り上げた。ぐえ、く、首が……
「まったくもう、吸血鬼使いが荒いわね!」
「わ、悪い、げほ。助かっ……!!!」
「あん?なんで変なとこで区切るのよ……って」
俺とライラとアルルカは、そろって青ざめた。老魔導師の操る巨大な手が、握り拳を作って、こちらにぐんぐん迫ってくる!
「物理攻撃までできるのかよ……!」
ちくしょう!ライラは小柄とは言え、俺と合せて二人分の重さを抱えたアルルカに、瞬時の方向転換は無理だ。完全に捉えられた!
「アルルカ嬢ー!」
大きな叫び声で、俺とアルルカは我に返った。見れば、すぐ隣を、エラゼムが落っこちていくところだった。彼も吹き上げられていたのか。
「吾輩をそこへ!」
エラゼムが手を伸ばす。アルルカは無我夢中と言った様子で、杖をそちらに差し向けた。エラゼムが杖の先端を掴む。それと同時に、アルルカは体ごと振り回すように、彼をぶぅんと引っ張った。大きな半円を描き、エラゼムが迫りくる拳の方へと飛んでいく。逆に俺たちは、反動で少し後ろに下がった。
「ぬぅりゃああ!」
エラゼムの雄たけび。ガイイィィィィン!
「エラゼム!うわっ」
拳がこちらにも迫り、俺はライラを抱き込んだ。ドゴッ!肩のあたりに強い衝撃を受け、体がすごい勢いですっ飛ばされる。自動車に追突された気分だ……ぐんぐん地面が近づいてくるのが見えたが、叩きつけられる寸前、アルルカが翼をひるがえした。俺たちの体は一瞬だけふわっと浮かび上がり、そのままずじゃじゃぁっと、びしょびしょになった大地を滑った。
「っつつつ……」
長い滑走の後、ようやく体が制止した。くうぅ、体の半分が、あちこち痛い。拳で殴られたり、地面で擦れたりしたからだろう。見れば、右腕が血で真っ赤になっていた。
「うぅ……は!桜下、大丈夫!?」
胸の中にいたライラが、俺の腕を見てぎょっとする。
「ああ、見た目ほどひどかないさ」
「ほ、ほんとに?よかった……」
腕はチクチクと痛むが、動けないほどじゃない。それよりも、みんなの方が心配だ。
「ライラは、大丈夫か?」
「うん。桜下が守ってくれたから」
ライラはぐしょぬれだったが、それ以外に怪我はなさそうだった。ふぅ、一安心だ。
「ならなによりだ。アルルカは?いるか?」
「いるわよ、ここに」
アルルカは、俺たちの少し後ろにいた。泥だらけでボロボロの格好だが、割かし元気そうだ。
「あの鎧が、ギリギリで勢いを殺したからね。じゃなかったら、あたしもあんたもヤバかったわ」
「そうだったのか……あれ?でも、エラゼムは?」
俺はきょろきょろとあたりを見回す。その時だった。
「エラゼムさん!しっかりしてください!」
ウィルの悲鳴のような声に、背筋がぶるりと震えた。声のした方を向くと、ウィルが何かの傍らに屈みこんでいる。あれって……エラゼムの、鎧?だが、明らかにサイズが小さい……というより、パーツが足りていない……?
「……っ!くそっ!」
二人の下へと走り出す。アルルカも後について来た。
「ウィル!何が、あって……」
「桜下さん……エラゼムさんが……!」
ウィルが潤んだ瞳で、こちらを振り返る。地べたに力なく倒れたエラゼムの体は、バラバラになってしまっていた。兜と胴体の上半分は無事だが、下は無い。そして右腕は肘までは残っているが、その先がない。
「エラゼム……!」
「桜下殿……申し訳ない。この体たらくです……」
「何言ってんだ……!お前が防いでくれなかったら、俺たちがこうなってた」
「ならば、こうなったのはむしろ、喜ばしいことです。吾輩の鎧はどれだけ砕けようとも、それで命を落とすことはないのですから」
それは、そうだが……俺はあたりを見回す。エラゼムの鎧のパーツが残っていないかと思ったんだ。けどそれらしきものは、さっぱり見当たらない。いくつか、鎧の留め具のようなものは落ちているけど、それだけあっても意味ないだろ。残りは遠くに転がってしまったのか、ひょっとしたら渦の中かも……
「これじゃあ、“ファズ”を使っても直せないな……くそ。すまん、エラゼム」
「桜下殿が謝ることなど。むしろ謝罪しなければならないのは、吾輩の方です。この重要な局面で、足手まといになり下がるとは……」
エラゼムは心底悔しそうに、低く唸った。足手まといとは思わないけど、確かにこれじゃあ、戦うのは無理だ。
(まずいな……エラゼムの守りまで失った)
ライラは弱っている。アルルカは魔力切れ。フランは別行動だ。そして、エラゼムも……正直、かなり厳しくなってきたぞ。俺とアニは論外、あとはロウランか。あいつも、さすがにきついだろうな……となると、もうこいつしかいない。
「ウィル……さっきのやつ、どうなんだ」
俺は祈る思いで、ウィルを見つめる。彼女だけが、最後の望みの綱だ。
つづく
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続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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【短編】冤罪が判明した令嬢は
砂礫レキ
ファンタジー
王太子エルシドの婚約者として有名な公爵令嬢ジュスティーヌ。彼女はある日王太子の姉シルヴィアに冤罪で陥れられた。彼女と二人きりのお茶会、その密室空間の中でシルヴィアは突然フォークで自らを傷つけたのだ。そしてそれをジュスティーヌにやられたと大騒ぎした。ろくな調査もされず自白を強要されたジュスティーヌは実家に幽閉されることになった。彼女を公爵家の恥晒しと憎む父によって地下牢に監禁され暴行を受ける日々。しかしそれは二年後終わりを告げる、第一王女シルヴィアが嘘だと自白したのだ。けれど彼女はジュスティーヌがそれを知る頃には亡くなっていた。王家は醜聞を上書きする為再度ジュスティーヌを王太子の婚約者へ強引に戻す。
そして一年後、王太子とジュスティーヌの結婚式が盛大に行われた。
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