568 / 860
14章 痛みの意味
7-2
しおりを挟む
7-2
「はあ……はあ……」
もう何時間、こうして暗闇の中を歩き続けているのだろう。ダンジョンの攻略を始めてから、かなりの時間が経ったはずだが……陽の光が一切届かない地下の迷宮では、時間の流れすらも淀んでいるらしい。今が昼なのか、朝なのか……
「……少し休みましょう」
何度目かの角を曲がり、いくつかの罠を避け、何回目か分からない分岐路を行ったり戻ったりした後……広めの空間に出た際に、エラゼムはおもむろに告げた。
「エラゼム、駄目だ。ライラを一秒でも早く迎えに行かないと……」
「いいえ。今優先すべきは、桜下殿。貴殿だとお見受けします。魔導士の狙いがライラ嬢である以上、彼女は最低限、身の安全が保障されます。しかし我々に、容赦はせぬでしょう」
「それは……」
「攻略を始めてから、かなりの時間が経過いたしました。ここで休むことは、今後の攻略の効率を上げることにも繋がるはずです」
エラゼムの意志は揺るがなかった。俺は諦めて肩を落とす。
「……負けた。ここじゃエラゼムがリーダーだもんな。わかったよ」
「申し訳ございません。お気持ちは重々承知しておりますが……」
「何言ってんだよ。ライラを助けたい気持ちはみんな一緒だろ。お前が悪いだなんて思わないさ」
俺はエラゼムの鎧をコンっと手の甲で叩くと、床に腰を下ろそうとした。
「お、お?おっととと……」
な、なんだこれ、膝が震える!後ろ向きに倒れそうになった俺は、そのままヨタヨタと数歩よろめき、後ろにいたアルルカにぶつかってひっくり返ってしまった。
「ぎゃあ!なにすんのよ、このバカ!」
「わ、悪いアルルカ。足が震えて……」
「いーから、さっさとどきなさいよ!どこ座ってると思ってんの!」
俺はうつ伏せになったアルルカの、お尻の上に座っていた。ああ、どうりで痛くなかったわけだ……じゃなくって。慌ててわきによけると、アルルカはプリプリしながらお尻を払った。
「ったくもう……あんよもまともにできないわけ?」
「うるせーな……なんか、思ったより疲れてて」
今もまだ、脚が小刻みに震えている。おかしいな、まだ一日も経っていないと思うのに……
「知らぬ間に、疲労がたまっていたのでしょう」
エラゼムが俺の足下に屈むと、ふくらはぎのあたりをむにっと揉んだ。
「おひっ、あひひっ」
「痛くはありませぬか?」
「あ、ああ。ただ、すげーこそばゆいというか……うひいっ」
「そうでしょう。それだけ疲れていた、ということです」
「で、でも、大した距離は歩いてないぜ?あひ」
「地下だからそう感じるでしょうが、実際はかなりの距離を進んできたはずです。ダンジョンでは方向感覚や体内時間を狂わされますので、ペースを乱されやすくなるのです」
へえ、そうなのか?けど確かに、俺は自分で思っているよりも、だいぶくたびれていた。うーむ。エラゼムが言った理由に加えて、常に罠に怯えていたこと、そしてライラを助けたい一心でがむしゃらに突き進んでいたこと、この二つも影響していそうだな。
「そうだったのか……それじゃあ、この休憩には大いに意味があるな」
「ええ。急がば回れではないですが、ここで英気を養っておきましょう」
エラゼムの言う通りだな。そうと決まれば、全力で休む!
「はあー。……しっかし、こうしてると、ロウランとこの遺跡攻略を思い出すなぁ」
あの時もまた、地の底を駆けずり回る羽目になったっけ。罠や仕掛けと格闘して……あの時の俺は、度重なる戦闘で疲労困憊していた。今は、いくらかましだな。量は多くはないが、水も食料も、エラゼムが担いでいる荷袋の中に入っている。老魔導士の屋敷に足を踏み入れた時から警戒していた彼は、荷物を片時も離さなかったのだ。
「あの遺跡よりも、ここの方がよっぽど殺意は高いですけどね」
ウィルは苦笑いしながら、荷袋から食べ物を渡してくれた。地下だから火は起こせないので、丸いパンに干した果物を挟んだだけの簡単なものだったが、それのうまいのなんのって。うーむ、疲れた体に、果物の甘さが染みわたる……
「もぐもぐ。ふぉういや、ロウランは今もいるのかな」
「いるの~」
「うお!?」
いきなり隣に女の子が現れたので、俺はむせてしまった。
「ごほ、ごほごほ。ろ、ロウラン!せめて前触れくらいよこせよな。びっくりした……」
「むぅ~、ダーリンは難しいこと言うの。今から出ますよーって言えば、アタシがパッと出てきても驚かないの?」
それは……驚くかもなぁ。確かに、難しいかも。
「それに今は、ダーリンの方から呼んだんだよ?」
「あ、ごめんごめん。何の気なしだったもんだから」
「いいよ♪ダーリンがアタシの話してくれて、嬉しくなって出てきちゃったの♪」
そう言ってロウランは、ごく自然に首に腕を回してきた。だぁー、くっつくなって!ただでさえ疲れているのに、もっとくたびれる!
「ごっほん!ロウランさん、今は桜下さんには休息が必要なんです!疲れさすようなことはしないでください!」
ウィルが腰に手を当てて睨むと、ロウランはぶーぶーと唇を尖らせた。
「けち臭いこと言わないでほしいの。めったにない機会なのに。ま、でも長居はしないよ」
ロウランはようやく俺から離れると、ふわりと宙に立った。
「アタシがずっと具現化してると、ダーリンの魔力を吸い尽くしちゃうからね。あんまり危なっかしかったら出るつもりしてたけど、鎧さんが結構しっかりしてるっぽかったから。順調そうで安心したの」
ほう、地下遺跡の姫君からのお墨付きをいただいたな。
「そいつはありがたいな。この調子で行けってことだろ?」
「ううーんと……アタシね、一つだけ言いに来たんだ。警告でもあるし、励ましでもあるの」
な、なんだ?前か後ろかで、印象がガラリと変わりそうだが。
「たぶんこのダンジョン、ここからが本番なの」
「え?じゃあ、今までは?」
「んー、前座?」
ぜ、前座……
「このテのダンジョンは、奥に進むほど手ごわくなっていくパターンだと思うの。ちょっとずつ相手をいたぶるのが好きな、イヤーな性格のやつが作りそうなダンジョンだよ。気づいた時には、戻ることも進むこともできなくなってるの」
「う。い、嫌なこと言うなよ。それでも俺たちは、進むしかないんだからな」
「うん。だから、励ましなの。ダーリンたちは、ちゃんと前座は突破したんだよ。けど、ここから先も同じだと思っちゃダメ。ここからは、ダンジョンも本気を出してくるよ」
むぅ……俺は今までを思い出した。せり出す壁、箱に隠れたミミック、数々の分かれ道と罠……あれらが、全て前座だったって?
「まあけど、ダーリンなら大丈夫なの♪鎧さんのサポートもあるし、きっとなんとかなるよ」
「だといいがな……まあ、忠告は胸に刻んどくよ。ありがとな」
「うん!頑張ってね、ダーリン♪」
ロウランはにこっと笑うと、出た時と同じように、唐突にパッと消えてしまった。
「なんだかロウランさん、もとの調子に戻ったみたいですね」
ロウランが消えたあたりを見ながら、ウィルが安心した様子で言う。
「元の調子?あいつ、どっか変だったか?」
「桜下さん……」
ウィルがじとーっとした目でこちらを見る。な、なんだよ?
「桜下さんってば、気が付かなかったんですか?さっき出てきたロウランさん、とっても取り乱していたじゃないですか」
「え?あ、ああ……確かにそうだったか。でも、さっきはいきなりダンジョンに転移させられたんだぜ?誰だって驚くだろ」
「そうですけど、それ以上に、桜下さんが心配だったんですよ。きっと」
「む……そう、なのかな」
「ええ。ロウランさんって、いつも軽いノリですけど、やっぱり不安になることもあるんですね」
うーん……俺のイメージするロウランは、いつもベタベタくっついてきて、にこにこ笑っていて……そういう意味では、さっきの取り乱したロウランは、確かに珍しかったのかもな。ロウランも人間、ってことか。
「それで、エラゼムさん。さっきロウランさんが言ってたことって……」
ウィルは俺から、エラゼムへと顔を向けた。エラゼムはガシャリと腕を組む。
「うむ……ロウラン嬢のおっしゃっていたことは、間違いではありませぬ。ダンジョンは“迷宮”と、そして侵入者を待ち受ける“仕掛け”によって構成されるといいます。多少差はあれど、基本的にはギミックがいくつか点在し、それをメイズが繋ぐという構造です」
「えっと、メイズと、ギミック……?」
「難しければ、ギミックが大部屋、メイズが通路と思ってください。大部屋同士をつなぐ無数の通路、その全体をまとめてダンジョンと呼びます」
なるほど。RPGなんかのダンジョンは、まさにそういう形だな。ウィルも納得したようだ。
「そして、今まで吾輩たちが通ってきた部分は、その中のメイズに該当するでしょう」
ええ?俺は思わず口を挟んでしまった。
「だって、今までも迷路だけってことはなかったろ?罠やモンスターもいたじゃないか」
「あれは、言うならば……小手調べ、と言ったところでしょうか。おそらく作成者も、そこまで罠としての効果は期待していなかったはず。回避も容易でしたし、発見もたやすいものばかりでした」
そうかなぁ?フランの目と、エラゼムの注意力があったからどうにかなった気がするけど。ウィルがエラゼムに問いかける。
「じゃあ、これから行くところは、大部屋……ギミックってことになるんですか?」
「恐らくは。ロウラン嬢も、それが分かっていて警告を発したのでしょう」
「……やっぱり、危険なところなんですね?」
「ええ。メイズは侵入者を分断、もしくは疲労させる、ある種の時間稼ぎとしての役割を持ちます。ここで倒れるようなひ弱な侵入者相手に、大掛かりなギミックを動かすのは割に合わないのでしょうな。ですが、メイズを突破できる実力者相手には、いよいよ肝煎りの仕掛けで迎撃をするというわけです」
肝煎りの仕掛け……さっきまでのシンプルな仕掛けじゃないってことだな。
「それって、どんな……?」
「わかりません」
エラゼムは、兜を横に振った。
「こればかりは、実際に目にしてみるまでは。そしておそらく、避けては通れんでしょう。大方のメイズは、ギミックに至るように設計されています。通路が交わる要所だからこそ、凝った仕掛けを施すわけですな」
「じゃあ、罠だと分かってて飛び込まなきゃいけない場合も……?」
「十分ありえます」
う、うーむ……俺もウィルも、顔がより一層こわばってしまった。俺は肩をぐりぐりと回す。
「ふぅー。今休んどけって言われた意味が分かったよ」
「はい。ですが、ご安心を。ことはそう難しくはありません」
「え?」
さっきと言っていることが矛盾してないか?俺がエラゼムを見ると、彼はしっかりとうなずき返した。
「今までは、見えない罠に怯えながら進んでおりました。桜下殿の疲弊も多かったことでしょう。しかしここからは、見えている罠に飛び込んでゆけばよいだけです。危険はもちろんございますが、ずいぶん単純になったとは思いませぬか?」
俺はぽかんと彼を見た。彼の兜の中は、真っ黒で見えない。だけど、もしそこに顔があったとしたら、にやりと笑っている気がした。
「は……あはは!まったく、その通りだな。正面突破なら、俺たちの得意技じゃないか」
「ええ。いつも通り、十分に気を付けてまいりましょう。特別なことは何もいりません」
おお、なんだ、すっごく簡単なことに思えてきたぞ。もちろん、実際はそうじゃないんだろうけど、さっきまでの恐れは無くなった。心なしか、体も軽くなった気がする。隣ではウィルが、今の会話の内容でどうして元気になれるの?という顔をしていた。なぁに、俺はウィルと違って馬鹿なのさ。あれこれ考えるよりも、一直線に突っ走っていくほうが俺好みだ。
それから、俺たちはゆっくり休み、少しだけ眠った。休息の効果は抜群で、俺はすっかり元気を取り戻した。さあ、攻略再開だ。
じきに、ロウランやエラゼムが言っていた通り、ぐねぐねした迷路は終わりを告げた。今、俺たちの前には、巨大な扉がそびえている。それ以外に道は見当たらない。つまり、ここに入るしかない。
「……いっちょ、行ってみるか」
エラゼムが扉を押し開く。いよいよ、このダンジョンの本気の姿とご対面だ。
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
====================
Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、
作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。
よければ見てみてください。
↓ ↓ ↓
https://twitter.com/ragoradonma
「はあ……はあ……」
もう何時間、こうして暗闇の中を歩き続けているのだろう。ダンジョンの攻略を始めてから、かなりの時間が経ったはずだが……陽の光が一切届かない地下の迷宮では、時間の流れすらも淀んでいるらしい。今が昼なのか、朝なのか……
「……少し休みましょう」
何度目かの角を曲がり、いくつかの罠を避け、何回目か分からない分岐路を行ったり戻ったりした後……広めの空間に出た際に、エラゼムはおもむろに告げた。
「エラゼム、駄目だ。ライラを一秒でも早く迎えに行かないと……」
「いいえ。今優先すべきは、桜下殿。貴殿だとお見受けします。魔導士の狙いがライラ嬢である以上、彼女は最低限、身の安全が保障されます。しかし我々に、容赦はせぬでしょう」
「それは……」
「攻略を始めてから、かなりの時間が経過いたしました。ここで休むことは、今後の攻略の効率を上げることにも繋がるはずです」
エラゼムの意志は揺るがなかった。俺は諦めて肩を落とす。
「……負けた。ここじゃエラゼムがリーダーだもんな。わかったよ」
「申し訳ございません。お気持ちは重々承知しておりますが……」
「何言ってんだよ。ライラを助けたい気持ちはみんな一緒だろ。お前が悪いだなんて思わないさ」
俺はエラゼムの鎧をコンっと手の甲で叩くと、床に腰を下ろそうとした。
「お、お?おっととと……」
な、なんだこれ、膝が震える!後ろ向きに倒れそうになった俺は、そのままヨタヨタと数歩よろめき、後ろにいたアルルカにぶつかってひっくり返ってしまった。
「ぎゃあ!なにすんのよ、このバカ!」
「わ、悪いアルルカ。足が震えて……」
「いーから、さっさとどきなさいよ!どこ座ってると思ってんの!」
俺はうつ伏せになったアルルカの、お尻の上に座っていた。ああ、どうりで痛くなかったわけだ……じゃなくって。慌ててわきによけると、アルルカはプリプリしながらお尻を払った。
「ったくもう……あんよもまともにできないわけ?」
「うるせーな……なんか、思ったより疲れてて」
今もまだ、脚が小刻みに震えている。おかしいな、まだ一日も経っていないと思うのに……
「知らぬ間に、疲労がたまっていたのでしょう」
エラゼムが俺の足下に屈むと、ふくらはぎのあたりをむにっと揉んだ。
「おひっ、あひひっ」
「痛くはありませぬか?」
「あ、ああ。ただ、すげーこそばゆいというか……うひいっ」
「そうでしょう。それだけ疲れていた、ということです」
「で、でも、大した距離は歩いてないぜ?あひ」
「地下だからそう感じるでしょうが、実際はかなりの距離を進んできたはずです。ダンジョンでは方向感覚や体内時間を狂わされますので、ペースを乱されやすくなるのです」
へえ、そうなのか?けど確かに、俺は自分で思っているよりも、だいぶくたびれていた。うーむ。エラゼムが言った理由に加えて、常に罠に怯えていたこと、そしてライラを助けたい一心でがむしゃらに突き進んでいたこと、この二つも影響していそうだな。
「そうだったのか……それじゃあ、この休憩には大いに意味があるな」
「ええ。急がば回れではないですが、ここで英気を養っておきましょう」
エラゼムの言う通りだな。そうと決まれば、全力で休む!
「はあー。……しっかし、こうしてると、ロウランとこの遺跡攻略を思い出すなぁ」
あの時もまた、地の底を駆けずり回る羽目になったっけ。罠や仕掛けと格闘して……あの時の俺は、度重なる戦闘で疲労困憊していた。今は、いくらかましだな。量は多くはないが、水も食料も、エラゼムが担いでいる荷袋の中に入っている。老魔導士の屋敷に足を踏み入れた時から警戒していた彼は、荷物を片時も離さなかったのだ。
「あの遺跡よりも、ここの方がよっぽど殺意は高いですけどね」
ウィルは苦笑いしながら、荷袋から食べ物を渡してくれた。地下だから火は起こせないので、丸いパンに干した果物を挟んだだけの簡単なものだったが、それのうまいのなんのって。うーむ、疲れた体に、果物の甘さが染みわたる……
「もぐもぐ。ふぉういや、ロウランは今もいるのかな」
「いるの~」
「うお!?」
いきなり隣に女の子が現れたので、俺はむせてしまった。
「ごほ、ごほごほ。ろ、ロウラン!せめて前触れくらいよこせよな。びっくりした……」
「むぅ~、ダーリンは難しいこと言うの。今から出ますよーって言えば、アタシがパッと出てきても驚かないの?」
それは……驚くかもなぁ。確かに、難しいかも。
「それに今は、ダーリンの方から呼んだんだよ?」
「あ、ごめんごめん。何の気なしだったもんだから」
「いいよ♪ダーリンがアタシの話してくれて、嬉しくなって出てきちゃったの♪」
そう言ってロウランは、ごく自然に首に腕を回してきた。だぁー、くっつくなって!ただでさえ疲れているのに、もっとくたびれる!
「ごっほん!ロウランさん、今は桜下さんには休息が必要なんです!疲れさすようなことはしないでください!」
ウィルが腰に手を当てて睨むと、ロウランはぶーぶーと唇を尖らせた。
「けち臭いこと言わないでほしいの。めったにない機会なのに。ま、でも長居はしないよ」
ロウランはようやく俺から離れると、ふわりと宙に立った。
「アタシがずっと具現化してると、ダーリンの魔力を吸い尽くしちゃうからね。あんまり危なっかしかったら出るつもりしてたけど、鎧さんが結構しっかりしてるっぽかったから。順調そうで安心したの」
ほう、地下遺跡の姫君からのお墨付きをいただいたな。
「そいつはありがたいな。この調子で行けってことだろ?」
「ううーんと……アタシね、一つだけ言いに来たんだ。警告でもあるし、励ましでもあるの」
な、なんだ?前か後ろかで、印象がガラリと変わりそうだが。
「たぶんこのダンジョン、ここからが本番なの」
「え?じゃあ、今までは?」
「んー、前座?」
ぜ、前座……
「このテのダンジョンは、奥に進むほど手ごわくなっていくパターンだと思うの。ちょっとずつ相手をいたぶるのが好きな、イヤーな性格のやつが作りそうなダンジョンだよ。気づいた時には、戻ることも進むこともできなくなってるの」
「う。い、嫌なこと言うなよ。それでも俺たちは、進むしかないんだからな」
「うん。だから、励ましなの。ダーリンたちは、ちゃんと前座は突破したんだよ。けど、ここから先も同じだと思っちゃダメ。ここからは、ダンジョンも本気を出してくるよ」
むぅ……俺は今までを思い出した。せり出す壁、箱に隠れたミミック、数々の分かれ道と罠……あれらが、全て前座だったって?
「まあけど、ダーリンなら大丈夫なの♪鎧さんのサポートもあるし、きっとなんとかなるよ」
「だといいがな……まあ、忠告は胸に刻んどくよ。ありがとな」
「うん!頑張ってね、ダーリン♪」
ロウランはにこっと笑うと、出た時と同じように、唐突にパッと消えてしまった。
「なんだかロウランさん、もとの調子に戻ったみたいですね」
ロウランが消えたあたりを見ながら、ウィルが安心した様子で言う。
「元の調子?あいつ、どっか変だったか?」
「桜下さん……」
ウィルがじとーっとした目でこちらを見る。な、なんだよ?
「桜下さんってば、気が付かなかったんですか?さっき出てきたロウランさん、とっても取り乱していたじゃないですか」
「え?あ、ああ……確かにそうだったか。でも、さっきはいきなりダンジョンに転移させられたんだぜ?誰だって驚くだろ」
「そうですけど、それ以上に、桜下さんが心配だったんですよ。きっと」
「む……そう、なのかな」
「ええ。ロウランさんって、いつも軽いノリですけど、やっぱり不安になることもあるんですね」
うーん……俺のイメージするロウランは、いつもベタベタくっついてきて、にこにこ笑っていて……そういう意味では、さっきの取り乱したロウランは、確かに珍しかったのかもな。ロウランも人間、ってことか。
「それで、エラゼムさん。さっきロウランさんが言ってたことって……」
ウィルは俺から、エラゼムへと顔を向けた。エラゼムはガシャリと腕を組む。
「うむ……ロウラン嬢のおっしゃっていたことは、間違いではありませぬ。ダンジョンは“迷宮”と、そして侵入者を待ち受ける“仕掛け”によって構成されるといいます。多少差はあれど、基本的にはギミックがいくつか点在し、それをメイズが繋ぐという構造です」
「えっと、メイズと、ギミック……?」
「難しければ、ギミックが大部屋、メイズが通路と思ってください。大部屋同士をつなぐ無数の通路、その全体をまとめてダンジョンと呼びます」
なるほど。RPGなんかのダンジョンは、まさにそういう形だな。ウィルも納得したようだ。
「そして、今まで吾輩たちが通ってきた部分は、その中のメイズに該当するでしょう」
ええ?俺は思わず口を挟んでしまった。
「だって、今までも迷路だけってことはなかったろ?罠やモンスターもいたじゃないか」
「あれは、言うならば……小手調べ、と言ったところでしょうか。おそらく作成者も、そこまで罠としての効果は期待していなかったはず。回避も容易でしたし、発見もたやすいものばかりでした」
そうかなぁ?フランの目と、エラゼムの注意力があったからどうにかなった気がするけど。ウィルがエラゼムに問いかける。
「じゃあ、これから行くところは、大部屋……ギミックってことになるんですか?」
「恐らくは。ロウラン嬢も、それが分かっていて警告を発したのでしょう」
「……やっぱり、危険なところなんですね?」
「ええ。メイズは侵入者を分断、もしくは疲労させる、ある種の時間稼ぎとしての役割を持ちます。ここで倒れるようなひ弱な侵入者相手に、大掛かりなギミックを動かすのは割に合わないのでしょうな。ですが、メイズを突破できる実力者相手には、いよいよ肝煎りの仕掛けで迎撃をするというわけです」
肝煎りの仕掛け……さっきまでのシンプルな仕掛けじゃないってことだな。
「それって、どんな……?」
「わかりません」
エラゼムは、兜を横に振った。
「こればかりは、実際に目にしてみるまでは。そしておそらく、避けては通れんでしょう。大方のメイズは、ギミックに至るように設計されています。通路が交わる要所だからこそ、凝った仕掛けを施すわけですな」
「じゃあ、罠だと分かってて飛び込まなきゃいけない場合も……?」
「十分ありえます」
う、うーむ……俺もウィルも、顔がより一層こわばってしまった。俺は肩をぐりぐりと回す。
「ふぅー。今休んどけって言われた意味が分かったよ」
「はい。ですが、ご安心を。ことはそう難しくはありません」
「え?」
さっきと言っていることが矛盾してないか?俺がエラゼムを見ると、彼はしっかりとうなずき返した。
「今までは、見えない罠に怯えながら進んでおりました。桜下殿の疲弊も多かったことでしょう。しかしここからは、見えている罠に飛び込んでゆけばよいだけです。危険はもちろんございますが、ずいぶん単純になったとは思いませぬか?」
俺はぽかんと彼を見た。彼の兜の中は、真っ黒で見えない。だけど、もしそこに顔があったとしたら、にやりと笑っている気がした。
「は……あはは!まったく、その通りだな。正面突破なら、俺たちの得意技じゃないか」
「ええ。いつも通り、十分に気を付けてまいりましょう。特別なことは何もいりません」
おお、なんだ、すっごく簡単なことに思えてきたぞ。もちろん、実際はそうじゃないんだろうけど、さっきまでの恐れは無くなった。心なしか、体も軽くなった気がする。隣ではウィルが、今の会話の内容でどうして元気になれるの?という顔をしていた。なぁに、俺はウィルと違って馬鹿なのさ。あれこれ考えるよりも、一直線に突っ走っていくほうが俺好みだ。
それから、俺たちはゆっくり休み、少しだけ眠った。休息の効果は抜群で、俺はすっかり元気を取り戻した。さあ、攻略再開だ。
じきに、ロウランやエラゼムが言っていた通り、ぐねぐねした迷路は終わりを告げた。今、俺たちの前には、巨大な扉がそびえている。それ以外に道は見当たらない。つまり、ここに入るしかない。
「……いっちょ、行ってみるか」
エラゼムが扉を押し開く。いよいよ、このダンジョンの本気の姿とご対面だ。
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
====================
Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、
作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。
よければ見てみてください。
↓ ↓ ↓
https://twitter.com/ragoradonma
0
お気に入りに追加
123
あなたにおすすめの小説
魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます
ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう
どんどん更新していきます。
ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。
ハクスラ異世界に転生したから、ひたすらレベル上げしながらマジックアイテムを掘りまくって、飽きたら拾ったマジックアイテムで色々と遊んでみる物語
ヒィッツカラルド
ファンタジー
ハクスラ異世界✕ソロ冒険✕ハーレム禁止✕変態パラダイス✕脱線大暴走ストーリー=166万文字完結÷微妙に癖になる。
変態が、変態のために、変態が送る、変態的な少年のハチャメチャ変態冒険記。
ハクスラとはハックアンドスラッシュの略語である。敵と戦い、どんどんレベルアップを果たし、更に強い敵と戦いながら、より良いマジックアイテムを発掘するゲームのことを指す。
タイトルのままの世界で奮闘しながらも冒険を楽しむ少年のストーリーです。(タイトルに一部偽りアリ)
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
オタクおばさん転生する
ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。
天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。
投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双
たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。
ゲームの知識を活かして成り上がります。
圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
【短編】冤罪が判明した令嬢は
砂礫レキ
ファンタジー
王太子エルシドの婚約者として有名な公爵令嬢ジュスティーヌ。彼女はある日王太子の姉シルヴィアに冤罪で陥れられた。彼女と二人きりのお茶会、その密室空間の中でシルヴィアは突然フォークで自らを傷つけたのだ。そしてそれをジュスティーヌにやられたと大騒ぎした。ろくな調査もされず自白を強要されたジュスティーヌは実家に幽閉されることになった。彼女を公爵家の恥晒しと憎む父によって地下牢に監禁され暴行を受ける日々。しかしそれは二年後終わりを告げる、第一王女シルヴィアが嘘だと自白したのだ。けれど彼女はジュスティーヌがそれを知る頃には亡くなっていた。王家は醜聞を上書きする為再度ジュスティーヌを王太子の婚約者へ強引に戻す。
そして一年後、王太子とジュスティーヌの結婚式が盛大に行われた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる