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14章 痛みの意味
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フランに殴られ蹴られ、あざだらけ傷だけらけになった追いはぎたちは、もはや一歩も動けない様子だった。フランは最後に、倒れた彼らを、洞窟の隅にポイポイっと放り投げた。あっと言う間に人間の小山ができあがる。
「死にはしないだろうが、もう動けないだろうな……」
奴らは怪我のダメージというよりは、フランという超常的な存在から受けた、心理的ダメージの方が大きいようだ。
「ま、あいつらは自業自得として、問題はこっちだ」
俺は洞窟の奥へと目を向ける。そこには灰色の影のような亡霊たちが、恨みのこもった目で追いはぎたちを見つめていた。彼らはみな、ここにおびき出されて殺されてしまった旅人たちだ。その中には魔術師も大勢いる。
腕に自信のあった彼らは、追いはぎたちを一度は退けたが、二度目は油断した。詠唱に時間が掛かる魔術師は、奇襲に致命的に弱い。抵抗むなしく、賊の手に掛かってしまったというわけだ。これはみんな、亡霊たちから直接聞いたことだった。
「桜下、あの人たちは何て言っているの?」
ライラが亡霊を遠巻きに見ながら訊ねてくる。
「ああ……復讐したいんだって。追いはぎたちを殺せって、俺にしきりにせがんできてるよ」
「うーん。それは、困ったね」
まったくだ。亡霊になるくらいだから、恨みはさぞ深かろう。しかし彼らは霊としては弱く、人を呪い殺すようなことはできないんだ。同情はするけど、復讐の片棒を担げと言われても困ってしまう。
「しらんぷりして、行っちゃう?」
「ここまで関わっておいて、さすがにそれは忍びないなぁ……しゃあない、ちょっと話し合ってくるよ。話聞いてくれるか分かんないけど」
「だいじょーぶ!いざとなったら、桜下の能力で無理やり従えちゃえばいいんだよ!」
「それはもう、話し合いじゃないな?」
さて。そこから、俺と亡霊との押し問答が始まった。
対話は難航した。連中は半分ほど悪霊化しかけているようで、話がほとんど通じないんだ。頭にきて能力を使ってやろうかとも思ったが、いかんいかん……うちは基本的に、民主主義なのだ。
俺が脳内のリソースをフルに投入し、さらに非凡なる才能と道徳の尊さと溢れる熱意などなどをありったけ動員し……まあつまり、あーだこーだと説き伏せた結果。追いはぎたちは、またしてもアルルカの氷の檻に閉じ込められることになった。
「いいけど、こんなんで納得したわけ?あいつら」
アルルカが杖を振りながら、俺に訊ねる。
「ああ。あの男たちには、今夜一晩の懲役刑に服してもらう」
「たった一晩だけ?」
「そうだ。けど奴らは一晩中、亡霊たちの無言の拳で、殴られ続けることになるけどな」
亡霊たちは、追いはぎたちに直接は手出しできない。だけど、怨みのこもった視線や、無念を嘆くうめき声で、奴らの背筋を凍り付かせることはできるはずだ。
「あいつらには、自分たちが手に掛けた人たちの恨みを、たっぷり味わってもらう。上手くいけば、もう二度とこんなことしようとは思わないはずだ」
己の罪を悔いて、反省してくれればなおのこと良い。その懲罰係を務めてもらうという形で、亡霊たちには納得してもらった。彼らは張り切って鞭を振るってくれることだろう。
「あっははは、そいつはいいわね。ようは、一晩中いたぶり続けるってわけでしょ?あんたもいい趣味してるじゃない」
「おめーと一緒にすんな!」
かくして、追いはぎたちは洞窟に閉じ込められた。本当は警察にでも突き出してやりたいところだけど、あいにくとこの辺に交番はない。完全に無法地帯だからな……
「結局は、フランが最初に言ってたことが正しかったな。悪いなフラン。いまさらだけど」
「それはいい。けど、この後どうする?町に戻るの?」
「そうするつもりだ。依頼をこなしたんだから、報酬をもらわないとな」
俺は手にした緑柱石をぽーんと投げ上げると、カバンにしまった。
「……素直に金を出すとは思えないけど」
「そうか?まあ何にしても、追いはぎたちがここに閉じ込められてるってのは伝えておかないとな。野垂れ死なれても困るし」
アルルカの氷の檻は、一日経てば溶けるだろう。けど一晩中亡霊たちと缶詰めになった男たちに、町まで戻る気力が果たして残っているだろうか。
「こいつらに仲間を思いやる気持ちがあれば、きっと助けを寄越すだろ」
「じゃあ、それがなかったら?」
「そん時はそん時だ。俺はそれくらいの情けがある事に賭けるよ」
「……じゃあわたしは、無い方に賭けようかな。分かった、それでいいよ」
フランは残忍な笑みを浮かべると、追いはぎたちが閉じ込められた檻を眺めた。いい気味だとは思うが、流石に死んでほしくはない。けど、どうなるかは彼ら自身の行いに掛かっていると思う。彼らがこれまでの間に、誰かに親切にしていたなら、きっと助けが来るはずだ。
俺は彼らの人間性に委ねた。判決を下す槌は、彼らの過去から振り下ろされることだろう。
「さてと。それじゃ、ぼつぼつ戻るとするか」
予想外のアクシデントで、時間を食ってしまった。そろそろ引き上げないと。っと、その前に……
俺は最後に、緑色の結晶柱が乱立する洞窟を振り返った。
「どうしたの?」
足を止めて俺を見て、フランが振り返る。
「いや……ここって、魔境の一つだろ」
「うん。居たのは凶暴なモンスターじゃなくて、チンケなゴロツキだったけど」
「ああ……俺も、そう思ってた」
「……含みのある言い方だね。何か違うの?」
「違くはないよ。ただ、ちょっと気になるんだ……この洞窟には、深い悲しみと、凝り固まった怨みが渦巻いてる……」
「それは、あの亡霊たちでしょ?追いはぎに殺された」
「そうだ。でも、彼らだけじゃない。もっと深くて、暗いところに……」
「……この洞窟の奥に、何かいるの?」
俺は闇に閉ざされた、洞窟の先を見つめる。緑色の鉱石に包まれた、美しい洞窟。だがその奥には、おぞましい何かが隠されている……そう感じてならないんだ。
「……奥に、行ってみる?」
フランが小さな声で提案してくる。優しいな。きっと心では反対だろうけど、俺が気にしているから、そう言ってくれたんだろう。
「いいや、やめとこう。ここを探検するとなると、一日じゃ済まなそうだ」
俺が首を振ると、フランはホッとしたような顔をした。
「わかった。それじゃ、早く出よう」
「ああ」
俺たちは、洞窟を後にする。俺はなぜか、言いようのない悲しさが、胸一杯に広がるのを感じていた。
(きっとこの場所で、何か悲しい事が起きたんだ……)
俺は、この洞窟の奥に潜むヌシが、それを伝えたがっているような気がした。
「ライラ、ストームスティードは出せるか?魔法を連発したばかりだけど……」
「だいじょーぶだよ。ライラは大まほーつかいだから、これくらいへっちゃらだよ」
ライラの声は少し元気がなかったが、それでも任せておけと、胸をとんと叩いた。
「……本当に大丈夫か?無理はすんなよ」
「無理はしないよ。でも……今は、頑張りたいんだ」
……なるほどな。ウィルの言葉が思い出される。無理をする人を見ると心配になるが、頑張る人を見ると応援したくなるんだな。俺はライラの肩をぽんと叩いた。
「頼んだぜ。お前はすげー魔法使いだよ」
「にひひっ。当たり前でしょ!」
アイエダブルの町には、なんとか日暮れまでに戻ってこられた。連日の疾走で、俺とライラはぐったりしていたが(精神的疲労、と言う意味ではウィルも)、それでも休んでいる暇はない。早いとこ用事を済ませて、こんな町おさらばだ。俺は疲れた足に活を入れ、足早に町を進み、目当ての大きな宿屋へと向かった。
「ようし。行くぞ……!」
気合一発、スイングドアを胸で押して、店の中へと入る。戸口に立った俺と、カウンターにいた受付嬢の目線がバッチリと合った。
「あっ……!」
受付嬢は、まるで幽霊でも見たような顔をしている。まあ、当然か。俺たちはとっくに始末されたと思っていたんだろう。
「よう。少しぶりだな」
苦々しい気持ちで笑みを浮かべると、つかつかとカウンターへ向かう。
「あ、あんたたち……」
「どうしたんだ?そんな顔してさ。無事に戻ってきたんだから、もう少し喜んでくれてもいいだろ?」
「あ……う……」
「ま、それはいいさ。それより、仕事の話をしようぜ。ほれ」
俺はカバンから緑柱石の欠片を取り出し、ごとりとカウンターに乗っける。
「俺たちはきちんとクエストをこなした。だからあんたには、報酬を支払う義務があるはずだ。だろ?」
受付嬢は緑柱石を凝視して固まっている。まさか、本当に採ってくるとは夢にも思わなかったんだろう。さて、どう出てくるかな?金なんか払えるかとゴネてくるだろうか?それとも改めて俺たちを始末しようと、店の裏から屈強な男どもが出てくるかな?
だが結果として、俺の二択はどちらも外れた。受付嬢はあっさりと、報酬であった金貨十枚をカウンターに乗せたのだ。
「へ?」
「……なに。あんたが出せって言うから、報酬を出したんでしょうが。要らないんなら貰ってあげるけど?」
「い、いや。貰う貰う」
受付嬢の手が再びコインに伸びたので、俺は慌てて金貨をかっさらった。まさか、すんなり出してくれるなんて。予想外だな、まだ何か裏があるのか……?
ええい、考えすぎてもしょうがない。俺はコインを、財布代わりの巾着にしまった。何にしても、結果オーライだ。これで当面は旅費の心配をしなくて済むぞ。俺はずしりと重くなった巾着を、急いでカバンに戻した。
「……まさか、あんたたちみたいなのがコレを採ってくるなんて、正直思ってなかったよ」
受付嬢は緑柱石を手に取りながら、いぶかしげに言った。なんだ、そいつが偽物だと思っているのか?それとも、追いはぎたちの魔の手を逃れたことがまだ信じられないのか。
「ふん。あいにくと、俺たちには優秀な魔術師が一緒なんだよ」
「みたいだね。あんたじゃないでしょ?そこの鎧の人とか?」
むっ、どうして俺じゃないんと思うんだよ。事実だけど……
「んなこと、どうでもいいだろ。ちゃんと取ってきたんだから」
「ふーん。その鎧じゃないみたいだね?じゃあ誰だろ」
なんだ、ずいぶん食い下がってくるな。けど、この受付嬢にはあまり仲間のことを話したくない。罠に嵌められたばかりだからな。それに、レイブンディーの町で見た負の遺産のことが、どうにも頭から離れないんだ。もしもライラが四属性持ちだってことが知れたら、どんな悪い虫がたかってくることか……
「さあ、もう行くからな!」
「あ、ひょっとして。そこの、小っちゃい女の子とか?」
「……っ」
図星を突かれて、俺は一瞬固まってしまった。が、すぐに平然を装う。
「……さてな。あ、そうだ。俺からも一つ、言伝があったんだ」
「は?」
「あんたの“お友達”と、あの洞窟で会ったぞ。なんだか調子が悪そうだったから、迎えに行ってやれよな」
受付嬢は今度こそ顔をしわくちゃにしたから、言いたいことはだいたい伝わっただろう。
「じゃ、そういうことで」
俺たちはさっと踵を返すと、出口に向かって早足で歩いて行った。たぶん、うまいこと誤魔化せたよな……?
宿を出ようとすると、人相の悪い客たちの横目が、俺たちを追いかけてくるのがわかる。うぅ、気持ち悪いな。さっさと出よう、こんな町。
宿を出たそのままの足で、俺たちはうら寂れた市場へ直行した。さっき稼いだ金で、当面の食料を大急ぎで調達すると、せかせかと町はずれへ向かう。急げ、急げ。なんだか、後をひたひたとついてくる気配がある気が……気にしすぎか?それでも、俺や仲間たちの足は、自然と早足になっていた。
町はずれでストームスティードに乗り込んだところで、ようやく一息付けた。乗ってしまえば、後はこっちのもんだ。普通の馬より何倍も速い風の馬に、追いつけるはずもない。俺は上機嫌で振り返る。
「あばよ、ならず者の町よ!もう二度と寄ることはないだろう!」
「……はい。信じられませんでしたが、そのようです。はい、特徴も一致します……はい、はい……」
桜下達が去った後で、受付嬢は大慌てで店の奥に引っ込むと、ポケットから取り出した小さなものに口を近づけ、一心不乱に語りかけていた。
「そうです……あのクエスト条件を、いとも簡単に……ええ、報酬は払いました。奴ら、きっと油断してますよ。あっさり金を手に入れて、上機嫌なことでしょう」
受付嬢は意地悪く笑うと、確信を持った口調で言う。
「はい。おそらく、そうだと思います。奴らが、四属性持ちの魔術師です……!」
受付嬢はひとしきり話し終えると、ようやく手元から顔を離した。その手の中には、小さな水晶玉が握られていた。その透き通った水晶の向こうで、男の笑い声が聞こえた気がした……
フランに殴られ蹴られ、あざだらけ傷だけらけになった追いはぎたちは、もはや一歩も動けない様子だった。フランは最後に、倒れた彼らを、洞窟の隅にポイポイっと放り投げた。あっと言う間に人間の小山ができあがる。
「死にはしないだろうが、もう動けないだろうな……」
奴らは怪我のダメージというよりは、フランという超常的な存在から受けた、心理的ダメージの方が大きいようだ。
「ま、あいつらは自業自得として、問題はこっちだ」
俺は洞窟の奥へと目を向ける。そこには灰色の影のような亡霊たちが、恨みのこもった目で追いはぎたちを見つめていた。彼らはみな、ここにおびき出されて殺されてしまった旅人たちだ。その中には魔術師も大勢いる。
腕に自信のあった彼らは、追いはぎたちを一度は退けたが、二度目は油断した。詠唱に時間が掛かる魔術師は、奇襲に致命的に弱い。抵抗むなしく、賊の手に掛かってしまったというわけだ。これはみんな、亡霊たちから直接聞いたことだった。
「桜下、あの人たちは何て言っているの?」
ライラが亡霊を遠巻きに見ながら訊ねてくる。
「ああ……復讐したいんだって。追いはぎたちを殺せって、俺にしきりにせがんできてるよ」
「うーん。それは、困ったね」
まったくだ。亡霊になるくらいだから、恨みはさぞ深かろう。しかし彼らは霊としては弱く、人を呪い殺すようなことはできないんだ。同情はするけど、復讐の片棒を担げと言われても困ってしまう。
「しらんぷりして、行っちゃう?」
「ここまで関わっておいて、さすがにそれは忍びないなぁ……しゃあない、ちょっと話し合ってくるよ。話聞いてくれるか分かんないけど」
「だいじょーぶ!いざとなったら、桜下の能力で無理やり従えちゃえばいいんだよ!」
「それはもう、話し合いじゃないな?」
さて。そこから、俺と亡霊との押し問答が始まった。
対話は難航した。連中は半分ほど悪霊化しかけているようで、話がほとんど通じないんだ。頭にきて能力を使ってやろうかとも思ったが、いかんいかん……うちは基本的に、民主主義なのだ。
俺が脳内のリソースをフルに投入し、さらに非凡なる才能と道徳の尊さと溢れる熱意などなどをありったけ動員し……まあつまり、あーだこーだと説き伏せた結果。追いはぎたちは、またしてもアルルカの氷の檻に閉じ込められることになった。
「いいけど、こんなんで納得したわけ?あいつら」
アルルカが杖を振りながら、俺に訊ねる。
「ああ。あの男たちには、今夜一晩の懲役刑に服してもらう」
「たった一晩だけ?」
「そうだ。けど奴らは一晩中、亡霊たちの無言の拳で、殴られ続けることになるけどな」
亡霊たちは、追いはぎたちに直接は手出しできない。だけど、怨みのこもった視線や、無念を嘆くうめき声で、奴らの背筋を凍り付かせることはできるはずだ。
「あいつらには、自分たちが手に掛けた人たちの恨みを、たっぷり味わってもらう。上手くいけば、もう二度とこんなことしようとは思わないはずだ」
己の罪を悔いて、反省してくれればなおのこと良い。その懲罰係を務めてもらうという形で、亡霊たちには納得してもらった。彼らは張り切って鞭を振るってくれることだろう。
「あっははは、そいつはいいわね。ようは、一晩中いたぶり続けるってわけでしょ?あんたもいい趣味してるじゃない」
「おめーと一緒にすんな!」
かくして、追いはぎたちは洞窟に閉じ込められた。本当は警察にでも突き出してやりたいところだけど、あいにくとこの辺に交番はない。完全に無法地帯だからな……
「結局は、フランが最初に言ってたことが正しかったな。悪いなフラン。いまさらだけど」
「それはいい。けど、この後どうする?町に戻るの?」
「そうするつもりだ。依頼をこなしたんだから、報酬をもらわないとな」
俺は手にした緑柱石をぽーんと投げ上げると、カバンにしまった。
「……素直に金を出すとは思えないけど」
「そうか?まあ何にしても、追いはぎたちがここに閉じ込められてるってのは伝えておかないとな。野垂れ死なれても困るし」
アルルカの氷の檻は、一日経てば溶けるだろう。けど一晩中亡霊たちと缶詰めになった男たちに、町まで戻る気力が果たして残っているだろうか。
「こいつらに仲間を思いやる気持ちがあれば、きっと助けを寄越すだろ」
「じゃあ、それがなかったら?」
「そん時はそん時だ。俺はそれくらいの情けがある事に賭けるよ」
「……じゃあわたしは、無い方に賭けようかな。分かった、それでいいよ」
フランは残忍な笑みを浮かべると、追いはぎたちが閉じ込められた檻を眺めた。いい気味だとは思うが、流石に死んでほしくはない。けど、どうなるかは彼ら自身の行いに掛かっていると思う。彼らがこれまでの間に、誰かに親切にしていたなら、きっと助けが来るはずだ。
俺は彼らの人間性に委ねた。判決を下す槌は、彼らの過去から振り下ろされることだろう。
「さてと。それじゃ、ぼつぼつ戻るとするか」
予想外のアクシデントで、時間を食ってしまった。そろそろ引き上げないと。っと、その前に……
俺は最後に、緑色の結晶柱が乱立する洞窟を振り返った。
「どうしたの?」
足を止めて俺を見て、フランが振り返る。
「いや……ここって、魔境の一つだろ」
「うん。居たのは凶暴なモンスターじゃなくて、チンケなゴロツキだったけど」
「ああ……俺も、そう思ってた」
「……含みのある言い方だね。何か違うの?」
「違くはないよ。ただ、ちょっと気になるんだ……この洞窟には、深い悲しみと、凝り固まった怨みが渦巻いてる……」
「それは、あの亡霊たちでしょ?追いはぎに殺された」
「そうだ。でも、彼らだけじゃない。もっと深くて、暗いところに……」
「……この洞窟の奥に、何かいるの?」
俺は闇に閉ざされた、洞窟の先を見つめる。緑色の鉱石に包まれた、美しい洞窟。だがその奥には、おぞましい何かが隠されている……そう感じてならないんだ。
「……奥に、行ってみる?」
フランが小さな声で提案してくる。優しいな。きっと心では反対だろうけど、俺が気にしているから、そう言ってくれたんだろう。
「いいや、やめとこう。ここを探検するとなると、一日じゃ済まなそうだ」
俺が首を振ると、フランはホッとしたような顔をした。
「わかった。それじゃ、早く出よう」
「ああ」
俺たちは、洞窟を後にする。俺はなぜか、言いようのない悲しさが、胸一杯に広がるのを感じていた。
(きっとこの場所で、何か悲しい事が起きたんだ……)
俺は、この洞窟の奥に潜むヌシが、それを伝えたがっているような気がした。
「ライラ、ストームスティードは出せるか?魔法を連発したばかりだけど……」
「だいじょーぶだよ。ライラは大まほーつかいだから、これくらいへっちゃらだよ」
ライラの声は少し元気がなかったが、それでも任せておけと、胸をとんと叩いた。
「……本当に大丈夫か?無理はすんなよ」
「無理はしないよ。でも……今は、頑張りたいんだ」
……なるほどな。ウィルの言葉が思い出される。無理をする人を見ると心配になるが、頑張る人を見ると応援したくなるんだな。俺はライラの肩をぽんと叩いた。
「頼んだぜ。お前はすげー魔法使いだよ」
「にひひっ。当たり前でしょ!」
アイエダブルの町には、なんとか日暮れまでに戻ってこられた。連日の疾走で、俺とライラはぐったりしていたが(精神的疲労、と言う意味ではウィルも)、それでも休んでいる暇はない。早いとこ用事を済ませて、こんな町おさらばだ。俺は疲れた足に活を入れ、足早に町を進み、目当ての大きな宿屋へと向かった。
「ようし。行くぞ……!」
気合一発、スイングドアを胸で押して、店の中へと入る。戸口に立った俺と、カウンターにいた受付嬢の目線がバッチリと合った。
「あっ……!」
受付嬢は、まるで幽霊でも見たような顔をしている。まあ、当然か。俺たちはとっくに始末されたと思っていたんだろう。
「よう。少しぶりだな」
苦々しい気持ちで笑みを浮かべると、つかつかとカウンターへ向かう。
「あ、あんたたち……」
「どうしたんだ?そんな顔してさ。無事に戻ってきたんだから、もう少し喜んでくれてもいいだろ?」
「あ……う……」
「ま、それはいいさ。それより、仕事の話をしようぜ。ほれ」
俺はカバンから緑柱石の欠片を取り出し、ごとりとカウンターに乗っける。
「俺たちはきちんとクエストをこなした。だからあんたには、報酬を支払う義務があるはずだ。だろ?」
受付嬢は緑柱石を凝視して固まっている。まさか、本当に採ってくるとは夢にも思わなかったんだろう。さて、どう出てくるかな?金なんか払えるかとゴネてくるだろうか?それとも改めて俺たちを始末しようと、店の裏から屈強な男どもが出てくるかな?
だが結果として、俺の二択はどちらも外れた。受付嬢はあっさりと、報酬であった金貨十枚をカウンターに乗せたのだ。
「へ?」
「……なに。あんたが出せって言うから、報酬を出したんでしょうが。要らないんなら貰ってあげるけど?」
「い、いや。貰う貰う」
受付嬢の手が再びコインに伸びたので、俺は慌てて金貨をかっさらった。まさか、すんなり出してくれるなんて。予想外だな、まだ何か裏があるのか……?
ええい、考えすぎてもしょうがない。俺はコインを、財布代わりの巾着にしまった。何にしても、結果オーライだ。これで当面は旅費の心配をしなくて済むぞ。俺はずしりと重くなった巾着を、急いでカバンに戻した。
「……まさか、あんたたちみたいなのがコレを採ってくるなんて、正直思ってなかったよ」
受付嬢は緑柱石を手に取りながら、いぶかしげに言った。なんだ、そいつが偽物だと思っているのか?それとも、追いはぎたちの魔の手を逃れたことがまだ信じられないのか。
「ふん。あいにくと、俺たちには優秀な魔術師が一緒なんだよ」
「みたいだね。あんたじゃないでしょ?そこの鎧の人とか?」
むっ、どうして俺じゃないんと思うんだよ。事実だけど……
「んなこと、どうでもいいだろ。ちゃんと取ってきたんだから」
「ふーん。その鎧じゃないみたいだね?じゃあ誰だろ」
なんだ、ずいぶん食い下がってくるな。けど、この受付嬢にはあまり仲間のことを話したくない。罠に嵌められたばかりだからな。それに、レイブンディーの町で見た負の遺産のことが、どうにも頭から離れないんだ。もしもライラが四属性持ちだってことが知れたら、どんな悪い虫がたかってくることか……
「さあ、もう行くからな!」
「あ、ひょっとして。そこの、小っちゃい女の子とか?」
「……っ」
図星を突かれて、俺は一瞬固まってしまった。が、すぐに平然を装う。
「……さてな。あ、そうだ。俺からも一つ、言伝があったんだ」
「は?」
「あんたの“お友達”と、あの洞窟で会ったぞ。なんだか調子が悪そうだったから、迎えに行ってやれよな」
受付嬢は今度こそ顔をしわくちゃにしたから、言いたいことはだいたい伝わっただろう。
「じゃ、そういうことで」
俺たちはさっと踵を返すと、出口に向かって早足で歩いて行った。たぶん、うまいこと誤魔化せたよな……?
宿を出ようとすると、人相の悪い客たちの横目が、俺たちを追いかけてくるのがわかる。うぅ、気持ち悪いな。さっさと出よう、こんな町。
宿を出たそのままの足で、俺たちはうら寂れた市場へ直行した。さっき稼いだ金で、当面の食料を大急ぎで調達すると、せかせかと町はずれへ向かう。急げ、急げ。なんだか、後をひたひたとついてくる気配がある気が……気にしすぎか?それでも、俺や仲間たちの足は、自然と早足になっていた。
町はずれでストームスティードに乗り込んだところで、ようやく一息付けた。乗ってしまえば、後はこっちのもんだ。普通の馬より何倍も速い風の馬に、追いつけるはずもない。俺は上機嫌で振り返る。
「あばよ、ならず者の町よ!もう二度と寄ることはないだろう!」
「……はい。信じられませんでしたが、そのようです。はい、特徴も一致します……はい、はい……」
桜下達が去った後で、受付嬢は大慌てで店の奥に引っ込むと、ポケットから取り出した小さなものに口を近づけ、一心不乱に語りかけていた。
「そうです……あのクエスト条件を、いとも簡単に……ええ、報酬は払いました。奴ら、きっと油断してますよ。あっさり金を手に入れて、上機嫌なことでしょう」
受付嬢は意地悪く笑うと、確信を持った口調で言う。
「はい。おそらく、そうだと思います。奴らが、四属性持ちの魔術師です……!」
受付嬢はひとしきり話し終えると、ようやく手元から顔を離した。その手の中には、小さな水晶玉が握られていた。その透き通った水晶の向こうで、男の笑い声が聞こえた気がした……
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