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14章 痛みの意味

3-1 二つ目の魔境

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3-1 二つ目の魔境

荒野にぽつんと佇む浮島のような町・アイエダブルに着いたのは、太陽がちょうど真上に来る頃だった。

「……なんだか……」

ウィルは町の入口で、俺の肩をぎゅっと掴みながら、声にならない声を漏らした。続きは言わなくても分かる気がした。俺だって、それなりにあちこち旅をしてきたんだ。だからなんとなく分かるんだけど、この町は“よくない”。
ストームスティードから降りると、俺たちはなるべく固まって、町の中を歩き出した。一つ前のレイブンディーの町は、石造りの遺跡のような町だった。ここは雰囲気が変わって、木造建築が目立つ。開拓期のアメリカのような、煤けた焦げ茶色の家ばかりだ。

「む……」

大通りに出ると、この町がよくないと感じた理由が分かった。通りには酒場がずらずらと並んでいる。酔っ払いが真っ昼間から店先に寝っ転がり、高いびきをかいていた。その店の合間合間に、窓一つない怪しげな店が構えている。あの中では、何が売られているのか……

「さあ!間もなく始まるよォ!」

わっ。大通り全域に響き渡るんじゃないかってくらいの、とんでもないドラ声が聞こえてきた。こんだけ大声だと、嫌でも目が行ってしまう。見れば、通りの一角に、黒山の人だかりができていた。簡素な木組みの舞台を取り囲んで、大勢の男女が集まっている。舞台の上には、黒い暗幕が張り巡らされていた。なんかのステージでも始まるのか?

「今回は美男美女揃いだよ!それも、若い上玉だぁ!旦那様方、奥様方!ご準備はいいですね!」

ドラ声の主は、舞台の上に立っている、もじゃひげ面の男だった。司会役としてはいささか品に欠けるが、ま、路上ステージならこんなものかもしれない。

「どうでもいいや。さ、早く行こ、うぜ……」

とっとと通り過ぎようとした俺の足が、カチンと凍る。
ひげ面の男が暗幕の奥から引っ張り出してきたのは、ボロ布一枚を纏っただけの娘だった。しかも、首と手に、鉄製の枷をはめられている。

「えっ」

「ウオオオー!」

観客が一斉に歓声を上げた。俺たちと違い、少しも驚いていない。てことは、彼らが待ち望んでいたものが出てきたってことだ……

「奴隷市……」

誰がつぶやいたのかは分からない。とにかく俺たちは、その衝撃的な光景から目が離せなかった。

「どうです!この白い肌!とある地方の寂れた村で捕れた田舎もんですが、なかなかのモンでしょう!おら、前に出んか!」

ひげ面の男ががなりたてながら鎖を引くと、娘は首輪を引っ張られ、苦しそうに数歩前進した。顔がよく見えるようになったが、なんだよ……俺とそんなに変わらないくらいじゃないか。そんな若い少女が、売りに出されているのか……? 

「……」

娘はぐっと唇を引き結んで、まぶたも同様に閉じていた。そうすれば、目の前のぎらつく視線を見ずに済むとでも言うかのように。髪は紅花色をしていて、後ろで一括りに結んでいた。俺は少女の赤毛を見て、三つ編みちゃんのことを思い出してしまった。

「五十!五十だ!」

「六十!六十は出すぞ!」

観客は口々に数字を叫び、指を不思議な形にして、腕を振り上げている。

「おやぁ?困りますな、どうにも低いですねぇ。ですが、この娘の体を見ても、同じことが言えますかぁ!?」

「なっ」

ひげ面の男は、あろうことか、娘の纏っているボロ布にまで手を掛けた。俺はとっさに、ライラの目を覆った。そして俺の目は、ウィルが覆った。

「オオオォォォー!いいぞー!」

「百!百だぁ!」

「こっちは百五十だ!おい、お前らすっこんでろ!」

「さぁさぁ、上はいないか!?張った張ったァ!」

真っ暗闇の中で、狂気の熱がこもった声だけが聞こえてくる。どうなっているかなんて、容易に想像ができた。

「……とっとと離れましょう。こんなところ」

ウィルのひどく冷たい声。うなずくと、ウィルの手が外れた。俺は、なるべくステージの方を見ないようにしながら、通りを離れて路地へと移った。

「……驚いたな。ちくしょう、なんて町に来ちまったんだ」

路地をある程度進んでから、俺は苦々しい気分でつぶやいた。みんなは無言でうなずくことで同意したが、アルルカだけは違った。

「そう?奴隷市なんて、この国じゃ珍しくもなんともないわよ」

なに?アルルカはちっともショックを受けていないようだ。素知らぬ顔で、耳元の髪の毛をいじっている。

「ああいいうのは、日常茶飯事って言いたいのか?」

「まあね。あんたも気づいてたはずでしょ?」

「ちっ……ああ。だって、あんな目立つところにステージを構えてたんだぞ。裏路地とか、店んなかとかじゃなく。つまりあれが、日常風景ってことだろ……」

奴隷の存在は、とっくに知っていたさ。大勢を乗せた奴隷馬車を何度も見たんだから。けれど、まさかあんな形で売り買いされているとは思わなかった。あんな大勢の前で……

「それが当たり前ってことが、よりショックなんだよ」

「ああ、そーゆうこと。でもあんなの、まだまだ全然マシな方だと思うわよ?」

ええ?アルルカは涼しい顔で、さらりと言い放つ。

「若い女は、大事に売ってもらえるもの。その後も可愛がってもらえるし。けど男とか、ブサイクなやつは悲惨なもんよ?顔の良い、若い男なら男娼って使い道があるけど、それ以外は単なる労働力よ。それも使い捨ての」

「……聞いているだけで、反吐が出そうだな」

「あたしに当たられても困るわ。この国はもともとそうなんだってば」

そうだった……この国は、三の国。二の国や一の国とは、価値観も考え方も違う……だからって、こんなことがまかり通っていいもんか!とは思うけど……あいにくと今の俺たちには、一国を相手に戦うほどの力はない。それに、暴力で解決できる問題でもないと思う。

(結局、何もできないか……)

俺は肩を落とした。やるせないが、仕方ない、みんなの主としての仕事は、奴隷解放じゃないだろう。

「……お前、ずいぶん詳しいね」

フランがじとりとした目で、アルルカを睨んだ。

「まさか、お前も人間を売り買いしてたんじゃ……」

「はぁ?あたしが?んなことしないわよ、メンドーくさい。それをやってたのは、町の連中よ」

「じゃあ、なんで」

「そんなの簡単よ。実体験だもの。あたしも昔、売られたことあるから」

「……は?」

なに?昔って言うと、昔……まだアルルカが、あの町を支配する前のことか?フランが呆れた顔で訊ね返す。

「ヴァンパイアが、人間の奴隷にされてたの?」

「きゃはは、まっさかぁ。人間風情に従うわけないじゃない。面白そうだと思って、奴隷狩りに捕まったふりをしてみたことがあんのよ。で、実際にああして売られたわけ。あたしは特上の特上だったから、それはそれは高値で売れたわよ」

こ、こいつ……遊び感覚で奴隷商に売り飛ばされたのか?刺激を得るためなら、本当に何でもやる女だな……たぶんこれ以外にも、色々やっていたんだろうな。

「……で、その後は?」

「その後?ああ、あたしを買ったやつ?当然殺したわよ。よだれ垂らしながら飛び掛かってきたから、半殺しにした後で首に噛みついてやったわ」

……誰だか知らないけど、哀れなやつ。いや、人身売買に加担している以上、どうしようもない奴ではあるんだけど……まあしかし、これでアルルカが、やたらにこの国の奴隷事情に詳しい理由が分かったな。まさか、実際に経験済みだったとは。

「こほん!そんなことは、今はどうでもよくてですね」

ウィルが咳払いをして、脱線していた話を戻す。どうでもいい呼ばわりされて、アルルカは少しむっとした。

「今大事なのは、この町に長居をするか、それともさっさと出て行くかってことじゃないですか?」

「おお、確かに」

元々俺たちは、この町に補給のために立ち寄った。寂れたディオの村では、満足な買い物ができなかったからだ。フランが微妙な顔で言う。

「……どうする?さっさと出発する?」

「まあ、のんびりショッピングを楽しむには、ちっとヤバい雰囲気だよな……まだお昼だし、すぐにここを出て、次の町を目指すのもありか?」

だが、ウィルは難しい顔で、首を横に振った。

「そうしたいのは山々ですが……もう食料が、ほとんどないんです。せめて買い物はしないと」

「うーん、無理は禁物か……あ!けど待てよ?確か……!」

俺は大慌てで、カバンの中をゴソゴソやった。しまった、ここんとこ色々あって、すっかり忘れていた。みんなが不思議そうにこちらを見てくる。やがて俺は、財布代わりにしている巾着を取り出した。紐を緩めて、中を見ると……

「あっちゃあ……軽くなってきたとは思ってたけど、やっぱり」

巾着の中には、数枚の銀貨と銅貨が残っているだけだった。まずったな、旅費は一番気にしなきゃいけなかったのに。ライラが巾着の底をぽんぽんと叩いて、重さを確かめる。

「かるーい。お金なくなっちゃったの?」

「ほんのちろっとは残ってるけど……できて、あと一泊だな。全くぜんぜん余裕はない」

「ふーん」

金銭面に頓着の薄いライラは、事の重大さをわかっていなさそうだ。しれっと言い放つ。

「あの女王から、むしっとけばよかったね」

「む、無茶言うなよ……」

ロアからカツアゲ?その場面を想像してみる……うん。あいつなら、数倍にして仕返しをしてくるだろう。そういう女だ。

「金欠、備蓄もなし。ビンボー臭い連中ねぇ。あーやだやだ」

アルルカは他人事のように、マントをひらひらさせている。このヤロウ、オメーもその一員だって教えてやろうか?

「まあとりあえず……ウィルの言う通り、飯だけは確保していこうか。金は……次の町に着いたら考えよう」

なけなしの金で食料を確保して、金はどこかで稼がなくちゃならないだろうな。次の町で、日雇いの仕事が見つかるだろうか?

(どっかに、一攫千金の話でも転がってたらな)

と考えたけど、いやいや、こんな町のうまい話は裏が怖いって。もしそんなのがあっても、騙されないようにしないとな。
今いる路地には、旅人向けの店はないようだった。仕方なく元の大通りに戻る。さすがに、怪しい店しかないってこともないだろう。その予想通り、しばらく進むと、大きな宿屋が見えてきた。客も結構いるぞ。それも、まっとうな客だ。

「あそこにすっか」

あれだけ大きな宿なら、食堂もありそうだ。なら、弁当も買えるかもしれない。店の看板が出ていないのが気になったが……とにかく、俺たちはスイングドアをくぐって、店の中へと入った。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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