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13章 歪な三角星

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「え?……なんですって」

「ばかみたいだって。試しにわたしが、あの金髪勇者を誑かしてみようか?」

コルルの目に、本気の殺意がよぎった。

「あんた……っ!」

「上手くいくと思う?」

「え?」

「それで、上手くいくと思うの?」

「……思わないわよ。当たり前じゃない」

「そ。わたしがあなたと全く同じことを、昨晩したとしても。あの勇者はわたしに惚れはしないだろうね。そういう事じゃないの」

コルルはしばらく、フランの横顔を見つめ続けていた。

「……相手があたしだったから、クラークは惚れたってこと?」

「まあ、あなたである必要があるかどうかまでは、分からないけど。行きずりの女なら誰でもいいってタイプなの?」

「クラークが?違うわよ!」

「だろうね。じゃあやっぱり、惚れた理由はあるってことだ」

「……そう、なのかしら。でも、ずるい手を使ったことに、変わりはないじゃない……」

「そう?別にいいんじゃないの。弱みに付け込めるってことは、それだけ相手を理解してるってことだし。何なら、わたしも似たようなことをしたしね」

「えっ。意外ね……」

「あの人は隙だらけだから。後は、そうだね……一時の性欲で、愛が始まるなんてことは絶対にない、ってことくらいかな」

最後の一文を、フランは噛み砕くように言った。望まれずに産まれてきた、フランの境遇が言わせた言葉だった。

「そっか……うん、そうよね。クラークは、そんな人じゃないもの。あたしはもっと、あの人を信じればよかったのね……」

コルルは自分に言い聞かせるようにつぶやくと、ぼそりと付け加えた。

「あ、ありがとう。まさかあなたに励まされるとは思ってなかったわ」

「励ましたつもりはない。思ったことを言っただけ」

「ふふ、そうね。あ、ねえ。それで、あなたたちはどうなのよ。上手くいってるの?」

「べ、別に、どうでもいいでしょ……」

「なによ、あたしだけ聞いてもらうのも悪いじゃない。それとも順風満帆で、悩みの一つも無いって?」

「そうじゃないけど……」

このままではコルルが引いてくれそうにないので、フランは諦めて、ぽつぽつこぼすことにした。

「わたしのとこは……順調、とは言えないかな。そっちみたいに、今すぐ進展はしなさそう」

「そう……辛いわね」

「いや、これがわたしたちだから。わたしたちのペースで、進んでいくつもり」

するとコルルは、穴が開きそうなほどフランの横顔を見つめた。フランは眉を顰める。

「……なに」

「いえ……今の、すっごくいい言葉だなって。なんだかあなた、変わったわね」

「う、うるさいな。仕返しのつもり?」

「バカになんてしてないわよ。だって前のあなたはもっと、余裕のない感じだったもの。卵を守るゴールデンイーグルみたいに、近づくものなら誰でも傷つけてやるって感じで。何があなたを変えたの?」

フランの脳裏に、苦い記憶が蘇った。あの夜、ひび割れた闘技場で起こった事だ。

「……負けたの」

「え?」

「戦って、負けたの。それでわたしは、あの人を自分ひとりだけのものにするのを諦めた。他の誰かが、あの人を好きになることを認めた」

コルルには、すぐにはその言葉の意味が理解できなかった。だが、全く理解できないわけでもなかった。少し間を開けて、頭の中で反芻すると、それはすとんと胸の中に落ちてきた。

「それは、どっちかっていうと一の国流の考え方ね」

「え?そっちの国は、そうなの?」

「ええ。ノロ様の四人の夫を見たでしょう?あたしたちの国じゃ、“両手が使えるのに片手だけで荷物を運ぶ者は愚か者だ”っていう言葉があるの。まあ簡単に言うと、実力を十分に発揮しないのは馬鹿だってことね。つまりね、二人以上を養う力があるのなら、お嫁さんもしくはお婿さんは一人に限らないってことよ」

「……でもそれ、嫌じゃないの?」

「ぜんぜん。……ってほどでもないけどね。十分な財力がないのに二人と結婚したり、片方の配偶者をないがしろにするのは、単なる浮気以上の不貞行為とみなされるわ。後から入ってきたコが気に入らなくて刃傷沙汰なんて、よくある話だし」

コルルの返事を聞いて、フランは露骨に肩を落とした。コルルはなんとなく、フランの悩みが分かった気がした。

「簡単なことじゃないわ。二人を同じくらい愛するのは大変なことだし、ましてやノロ様みたいに四人ともなると、苦労も四倍よ。でもね、それでもあたしはこう思うの。もし、二人でも三人でも愛をそそげる、器の大きい人なら、どうせ誰か一人のものにはならないって。だってその人は、一人じゃ収まりきらないほどの大きな愛を持っているんだもの」

「大きな、愛……」

フランは目の前の水がめを見つめた。水がめには澄んだ水がなみなみとたたえられている。

「……それって、逆もあると思う?」

「え?逆?」

「そう。誰か一人を、ものすごい愛を持った何人もが好きになった場合。その人が誰か一人に捕まると、その人は大きすぎる愛に溺れてしまう」

「それは、そういう事もあるかもしれないけど……でもその場合、その人はどうあがいても溺れちゃわない?一人だろうが四人だろうが、その人は愛の濁流に飲み込まれる運命だわ」

「……やっぱり、そうかな」

「ああけど、こういう考え方もできるかも。確かに一人の愛だったら、その人は重みに耐えかねて潰れてしまう。けれど、逆側から同じくらいの愛にぶつかられれば、結果的に支えられることになるんじゃない?」

コルルの突拍子もない例えに、フランは呆れた。

「わたしたち、砂浜で棒倒しをしてるんだっけ?」

「なっ、違うわよ!真面目に言ってるの!その人は、一人じゃダメなんでしょう?けど複数人の恋愛で、愛の大きさに差があると良くないわ。さっきも言ったけど、どちらか片方に入れ込むようなことはあってはならないの。重心が複数ある分、バランスが崩れるとあっという間よ」

むう、とフランは口の中で唸った。さすがハーレムが公認されている国家の出なだけある、言葉に説得力があった。

「肝心なのは、平等よ。キスの数も、デートの頻度も、贈り物の値段も、かならず平等じゃなきゃダメ。誰か一人が抜け駆けしたり、誰か一人が遠慮したりすると、途端にギスギスしだすんだから。あたしのおじさまの家がそうだったから、間違いないわ」

どうりで説得力があるわけだ。フランは深く納得した。

「……やっぱり、大変なんだね」

「そりゃあね……普通の夫婦だって、もめ事は絶えないんだから。人数が増えれば、その分ケンカの種も倍々よ。でもね、あたしのおじさまは、とっても幸せそうだったわ。二人の奥さんもすごく仲が良くって、子どもなんて七人もいるの」

「え、そうなんだ。さっきの口ぶりからして、てっきり」

「ええ。けど三人は、それを乗り越えたのよ。……ここだけの話ね。おじさまと奥さんの一人は、許嫁いいなずけ同士だったの。もう一人はその妹。けど妹さんの方は嫁ぎ先が見つからなくて、そんな時にお父様が亡くなられたものだから、性悪の豪商の家にめかけとして贈られそうになってたのよ。おじさまはそれが見過ごせなくって、二人ともまとめて結婚しちゃったの」

「……素敵な話だね」

「ふふっ、ええ。大変なことも多いだろうけど、嫌なことばかりじゃないわ。その選択で幸せになれる人が増えるのなら、とっても素敵なことだとあたしは思う。……応援してる、頑張ってね」

「……ありがと」

フランはつぶやくように言い、コルルはにっこり笑った。
ちょうどその時、二人の少女の想い人たちが、なにやら言い合いをしながら庭園を歩いてくるのが見えた。帽子の少年は肩を落とし、金髪の少年はぷりぷり肩を怒らせている。少女二人は顔を見合わせると、くすっと笑って、少年たちを迎えに歩き出した。



つづく
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