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13章 歪な三角星
9-1 封じられた記憶
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9-1 封じられた記憶
いつしか俺は、体中から力が抜けてしまっていた。ウィルの体に寄りかかるようにして立っている。それでもウィルは、しっかりと俺の体を抱きとめていてくれていた。
「ウィル……俺は、最低な奴なんだ……だからお前に、こうしてもらえる資格なんて……」
「桜下さん。私は、頼まれても離れる気はありません。あなたの為になるのなら、私はあなたに嫌われてもかまいません」
ウィルは優しい声で、でも力強くそう言い切った。俺は、鼻の奥がつーんと痛くなった。
「ウィル……俺、俺さ。思い出したんだ」
「何を、ですか?」
「ずうっと、当たり前にあったこと……記憶の封印とか、なんにも関係ない。ずっと頭の中にあったのに、今までちっとも気にしなかったんだ」
「それは……桜下さんにとって、とても大切なことだったんですね?」
驚いた。どうしてウィルにはわかるんだろう。びっくりしたせいか、俺は心の中のブレーキを外してしまった。
「家族の、ことなんだ。向こうの世界に置いてきた……俺の、父さんと、母さん」
俺には……家族がいた。そのことは、忘れていたわけではなかった。だけど、今まで一度も、省みることはしなかった。今まで、一度も!
「俺には……家族が、いたんだ。両親がいて、家があって、毎日飯が食えてた。ウィル、俺さ、嘘ついたんだ。死んだのにはそれなりの事情があるだなんて言ってさ、嘘っぱちだ。俺は間違いなく、幸福だったんだよ。ウィルがさっき言ったみたいに」
ウィルはさっき、自分が幸福だったといった。両親に捨てられ、幼いころから神殿で厳しい仕事をこなしてきたウィルが、自分を幸福だったと。なら、俺は?
「笑っちゃうよな。俺は記憶にある限り、生活に関しては何一つ不自由してこなかった。これのどこに、死ぬ理由があるっていうんだ?」
「でも、桜下さんは……」
「この頭の傷か?これはなんの関係もないよ。だってそうだろ?俺はこのことを、“はっきり覚えてる”んだから。もしこれが自殺の原因なら、アニはこの記憶も封印してたはずだ」
「あ……」
俺の三つのトラウマは、はっきりと記憶されている。ならそれは、自殺の原因たり得ない。俺には封印された、四つ目のトラウマがあるのだ。けど、そんなこと今はどうでもいい。
「俺は幸福だった……幸福だった!何一つ不自由がないわけじゃなかったけど、それでも十分幸せだったはずなんだ!それなのに……」
「桜下さんは……そのことを、悔いているんですか?幸せだったはずなのに、死を選んでしまったことを……自らそれを、手放してしまったことを」
「ああ……それもある……」
痛い。胸が張り裂けそうだ。一言話すたびに、罪悪感で体中を切り刻まれている気分になる。体が震え始めて、うまく舌が回らなくなってくる。
だけど、背中を撫でるウィルの手の冷たさが、痛みを癒し、俺に続きを促した。すべての毒を吐いてしまえというように。俺は震える唇で続ける。
「フラン……母親に望まれずに生まれてきた。実の祖母にすら呪いの子と疎まれて……ライラ……母親を理不尽に殺された。残った兄とも、あんな別れ方をして……そして、ウィル……」
「……はい」
「お前が本当に欲しかったものを、俺は生まれた時から、当たり前のように持っていた。そしてそれを、自分から捨ててしまったんだ……どんな顔して、お前たちに話せばいいんだよ?お前が心の底から望んでいたものを、俺は簡単に捨てちまったんだ。そのことを考えると、怖くて、どうしても言い出せなかった……」
ここまで話すだけでも、俺は恐怖で身がすくむ。でも、まだ続きがある。それもすべて、話さなくては。ウィルに、嘘をつくことになるから。
「それなのに、俺……今、すごく……二人に、会いたいんだ。ははは、笑っちゃうよな。自分から捨てておいて、捨てた後で後悔するなんて。ほんと、バカだ……」
俺はようやく、そのことに気が付いた。
「みんなと出会って……みんなの過去を聞いて。そして今になってようやく、父さんと母さんが、とても大切だったんだって気が付いたんだ。どんだけ遅いんだって話だよな……それに、いまさら手遅れだ……」
本当に、どうしようもない大馬鹿だ。今の今まで忘れていたくせに、思い出した途端、こんなに胸が張り裂けそうになるなんて!分かっているけれど、でもどうしようもないんだ。むしろ忘れていたせいで、痛みが新鮮に響いてくる。
(ほんと、どうしようもない……こんな男、誰だって愛想を尽かすな……)
すべてを言い終えたとき、俺はがたがた震えていた。今この瞬間にも、ウィルは俺を突き飛ばして、罵声を浴びせかけるかもしれない。最低だ、お前なんか死んじまえと、俺を殴りつけるかもしれない。
「……ごめんなさい、桜下さん」
ウィルが、俺から体を離した。
「そして、ありがとうございます」
ウィルは俺の頭を引き寄せて、自分の胸に抱いた。冷たくて、やわらかい感触に包まれる。
「辛いことを、話させてしまいましたね。でも、大丈夫。私は、ここにいますから」
ウィルは幽霊だ。心音は聞こえない。はずなのに……俺はウィルの胸の中で、何かがとくとくと鳴っているのを聞いた。これは……ウィルの、魂?
「うぃる……」
「はい」
「おれ……それだけじゃないんだ。俺……今までだって、一度も。一度も、二人のことを思い出さなかったんだ」
「うん……」
「二人とも……優しかった。勉強もしない、学校にもろくに行かない俺にも、何も言わなったんだ。あの頃は気づかなかったけど……今だからわかる。父さんも母さんも、俺を愛してくれてたんだ」
「うん」
「それなのに、おれ……今までだって、一度も!二人のこと、これっぽっちだって、考えもしなかった……!」
俺はしがみつくように、ウィルの背中に手をまわした。加減ができていなかったから、きっと“痛かった”に違いない。それでもウィルは、文句ひとつ言わずに、それどころか俺の頭を優しく撫でてくれた。
「つらかったね。苦しかったんだよね」
「俺……俺は、最低だ……!」
「そんな風に、自分を責めないで。あなたは悪くないんだよ」
「だって……おれは……」
「もう大丈夫。きっともう、大丈夫だから」
ウィルの声は、俺を安心させると同時に、ひどく心をかき乱した。こらえていたものが、支えを失って、一気にあふれ出してくる。
あれは確か、俺の小学校の時の、誕生日の朝だった。母さんはおめでとうと言って、目覚めた俺の頬にキスをした。父さんは俺と入れ違いに家を出てったが、帰りに大きなイチゴのケーキを買ってきてくれた。
「とおさん……かあさん……!」
俺は、ウィルの胸の中で、この世界に来て初めて、大声をあげて泣いた。
「くっ……ひっく……」
「だいじょうぶ……だいじょうぶだよ……」
俺は涙が枯れて、喉がガラガラになるまで泣き続けた。ウィルはその間、ずっと俺の背中を、ゆっくりさすってくれていた。ウィルの声は聖母のように優しく、彼女が「大丈夫」と唱えるたびに、俺は心の中の何かがガラガラと崩れて、涙になって流れていくのを感じていた。
「ぐず……ウィル、ごめん……」
「謝らないで。私がしたくてしてることなんだから」
「でも……」
「それにね。私、あなたが悪いだなんて、ちっとも思わない。いきなり違う世界に呼び出されて、分からないことだらけで。余裕がなくっても、無理ないよ」
「でも、こっちに来てから、もう何か月も経ってる……」
「それだけあなたが、精一杯頑張ってたんだよ。いっぱいいっぱいで、昔のことを思い出してる余裕がなかったんだね。私、ずっと見てたから。たくさん頑張ってたの、全部知ってるよ」
「そう、なのかな……でも、ちょっとくらいは、気にかけても……」
「もしそうしてたら、きっと悲しくなってたよ。お父さんもお母さんも、そんな事は望まないと思う。だからきっと、許してくれるよ。でも……さみしいね」
「う、う……」
その後も俺は、ぐずる子どものように、ウィルに泣き言を言い続けた。ウィルは嫌がるそぶりもなく、すぐにそんなことないと慰めてくれた。何度も、何度も……俺ってやつは、どうしてこうなんだろう。いつまで経っても、仲間に甘えっぱなしで……主である俺は、みんなを守る立場なはずなのに。
(愛されるのも才能の一つなの)
……!その時俺は唐突に、前にロウランに言われたことを思い出した。彼女の声が、頭の中に響く……彼女は、「愛されることも才能だ」と言った。そして俺に「もう少し愛されることに慣れた方がいい」とも。ロウランはさらに、愛されるためにあらゆる努力を重ねてきたと言った。愛される努力……
(俺は、誰かの愛に、鈍感過ぎたのかもしれないな)
俺はついさっき、フランへの愛情を自覚した。両親が、俺を愛してくれていたことを自覚した。そして……ウィルもまた、俺を愛してくれている。その愛に対して、俺は申し訳なく感じていいのか?彼女の愛で、落ち込んでいいのか?
(違うだろ。そうじゃない)
簡単なことじゃないか。愛には、愛を。俺はただ、喜べばよかったんだ。
「ウィル……もう、平気だ」
俺はウィルの背中から手を放した。俺の嗚咽が止まったのを見てか、ウィルも手を緩める。俺は彼女から少しだけ体を離すと、袖でぐしぐしと目を擦った。まだ視界はにじんでいる。それでも、伝えなくちゃ。
「ウィル」
俺は、顔を上げた。ウィルは優しい瞳で、こちらを見つめている。そんな彼女に、俺は精一杯、微笑んだ。
「ありがとう」
きっと今の俺は、涙でぐしゃぐしゃで、それはもう酷い顔だったはずだ。笑顔だって、酷くぎこちなかっただろう。細めた瞳の端から、涙がほろりとこぼれるのが分かった。
ウィルは、瞳をゆっくりと見開いた。きらりと輝く琥珀のような瞳。至近距離で見つめ合っているから、そこに俺が映り込んでいるのが見える。
「……」
彼女が何か言った気がしたが、吐息のようにかすかで聞き取れなかった。ウィルが近づいてくる。まぶたが閉じられて……
まつ毛、長いな。そう思った時には、俺とウィルの唇は、一つに重なり合っていた。
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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いつしか俺は、体中から力が抜けてしまっていた。ウィルの体に寄りかかるようにして立っている。それでもウィルは、しっかりと俺の体を抱きとめていてくれていた。
「ウィル……俺は、最低な奴なんだ……だからお前に、こうしてもらえる資格なんて……」
「桜下さん。私は、頼まれても離れる気はありません。あなたの為になるのなら、私はあなたに嫌われてもかまいません」
ウィルは優しい声で、でも力強くそう言い切った。俺は、鼻の奥がつーんと痛くなった。
「ウィル……俺、俺さ。思い出したんだ」
「何を、ですか?」
「ずうっと、当たり前にあったこと……記憶の封印とか、なんにも関係ない。ずっと頭の中にあったのに、今までちっとも気にしなかったんだ」
「それは……桜下さんにとって、とても大切なことだったんですね?」
驚いた。どうしてウィルにはわかるんだろう。びっくりしたせいか、俺は心の中のブレーキを外してしまった。
「家族の、ことなんだ。向こうの世界に置いてきた……俺の、父さんと、母さん」
俺には……家族がいた。そのことは、忘れていたわけではなかった。だけど、今まで一度も、省みることはしなかった。今まで、一度も!
「俺には……家族が、いたんだ。両親がいて、家があって、毎日飯が食えてた。ウィル、俺さ、嘘ついたんだ。死んだのにはそれなりの事情があるだなんて言ってさ、嘘っぱちだ。俺は間違いなく、幸福だったんだよ。ウィルがさっき言ったみたいに」
ウィルはさっき、自分が幸福だったといった。両親に捨てられ、幼いころから神殿で厳しい仕事をこなしてきたウィルが、自分を幸福だったと。なら、俺は?
「笑っちゃうよな。俺は記憶にある限り、生活に関しては何一つ不自由してこなかった。これのどこに、死ぬ理由があるっていうんだ?」
「でも、桜下さんは……」
「この頭の傷か?これはなんの関係もないよ。だってそうだろ?俺はこのことを、“はっきり覚えてる”んだから。もしこれが自殺の原因なら、アニはこの記憶も封印してたはずだ」
「あ……」
俺の三つのトラウマは、はっきりと記憶されている。ならそれは、自殺の原因たり得ない。俺には封印された、四つ目のトラウマがあるのだ。けど、そんなこと今はどうでもいい。
「俺は幸福だった……幸福だった!何一つ不自由がないわけじゃなかったけど、それでも十分幸せだったはずなんだ!それなのに……」
「桜下さんは……そのことを、悔いているんですか?幸せだったはずなのに、死を選んでしまったことを……自らそれを、手放してしまったことを」
「ああ……それもある……」
痛い。胸が張り裂けそうだ。一言話すたびに、罪悪感で体中を切り刻まれている気分になる。体が震え始めて、うまく舌が回らなくなってくる。
だけど、背中を撫でるウィルの手の冷たさが、痛みを癒し、俺に続きを促した。すべての毒を吐いてしまえというように。俺は震える唇で続ける。
「フラン……母親に望まれずに生まれてきた。実の祖母にすら呪いの子と疎まれて……ライラ……母親を理不尽に殺された。残った兄とも、あんな別れ方をして……そして、ウィル……」
「……はい」
「お前が本当に欲しかったものを、俺は生まれた時から、当たり前のように持っていた。そしてそれを、自分から捨ててしまったんだ……どんな顔して、お前たちに話せばいいんだよ?お前が心の底から望んでいたものを、俺は簡単に捨てちまったんだ。そのことを考えると、怖くて、どうしても言い出せなかった……」
ここまで話すだけでも、俺は恐怖で身がすくむ。でも、まだ続きがある。それもすべて、話さなくては。ウィルに、嘘をつくことになるから。
「それなのに、俺……今、すごく……二人に、会いたいんだ。ははは、笑っちゃうよな。自分から捨てておいて、捨てた後で後悔するなんて。ほんと、バカだ……」
俺はようやく、そのことに気が付いた。
「みんなと出会って……みんなの過去を聞いて。そして今になってようやく、父さんと母さんが、とても大切だったんだって気が付いたんだ。どんだけ遅いんだって話だよな……それに、いまさら手遅れだ……」
本当に、どうしようもない大馬鹿だ。今の今まで忘れていたくせに、思い出した途端、こんなに胸が張り裂けそうになるなんて!分かっているけれど、でもどうしようもないんだ。むしろ忘れていたせいで、痛みが新鮮に響いてくる。
(ほんと、どうしようもない……こんな男、誰だって愛想を尽かすな……)
すべてを言い終えたとき、俺はがたがた震えていた。今この瞬間にも、ウィルは俺を突き飛ばして、罵声を浴びせかけるかもしれない。最低だ、お前なんか死んじまえと、俺を殴りつけるかもしれない。
「……ごめんなさい、桜下さん」
ウィルが、俺から体を離した。
「そして、ありがとうございます」
ウィルは俺の頭を引き寄せて、自分の胸に抱いた。冷たくて、やわらかい感触に包まれる。
「辛いことを、話させてしまいましたね。でも、大丈夫。私は、ここにいますから」
ウィルは幽霊だ。心音は聞こえない。はずなのに……俺はウィルの胸の中で、何かがとくとくと鳴っているのを聞いた。これは……ウィルの、魂?
「うぃる……」
「はい」
「おれ……それだけじゃないんだ。俺……今までだって、一度も。一度も、二人のことを思い出さなかったんだ」
「うん……」
「二人とも……優しかった。勉強もしない、学校にもろくに行かない俺にも、何も言わなったんだ。あの頃は気づかなかったけど……今だからわかる。父さんも母さんも、俺を愛してくれてたんだ」
「うん」
「それなのに、おれ……今までだって、一度も!二人のこと、これっぽっちだって、考えもしなかった……!」
俺はしがみつくように、ウィルの背中に手をまわした。加減ができていなかったから、きっと“痛かった”に違いない。それでもウィルは、文句ひとつ言わずに、それどころか俺の頭を優しく撫でてくれた。
「つらかったね。苦しかったんだよね」
「俺……俺は、最低だ……!」
「そんな風に、自分を責めないで。あなたは悪くないんだよ」
「だって……おれは……」
「もう大丈夫。きっともう、大丈夫だから」
ウィルの声は、俺を安心させると同時に、ひどく心をかき乱した。こらえていたものが、支えを失って、一気にあふれ出してくる。
あれは確か、俺の小学校の時の、誕生日の朝だった。母さんはおめでとうと言って、目覚めた俺の頬にキスをした。父さんは俺と入れ違いに家を出てったが、帰りに大きなイチゴのケーキを買ってきてくれた。
「とおさん……かあさん……!」
俺は、ウィルの胸の中で、この世界に来て初めて、大声をあげて泣いた。
「くっ……ひっく……」
「だいじょうぶ……だいじょうぶだよ……」
俺は涙が枯れて、喉がガラガラになるまで泣き続けた。ウィルはその間、ずっと俺の背中を、ゆっくりさすってくれていた。ウィルの声は聖母のように優しく、彼女が「大丈夫」と唱えるたびに、俺は心の中の何かがガラガラと崩れて、涙になって流れていくのを感じていた。
「ぐず……ウィル、ごめん……」
「謝らないで。私がしたくてしてることなんだから」
「でも……」
「それにね。私、あなたが悪いだなんて、ちっとも思わない。いきなり違う世界に呼び出されて、分からないことだらけで。余裕がなくっても、無理ないよ」
「でも、こっちに来てから、もう何か月も経ってる……」
「それだけあなたが、精一杯頑張ってたんだよ。いっぱいいっぱいで、昔のことを思い出してる余裕がなかったんだね。私、ずっと見てたから。たくさん頑張ってたの、全部知ってるよ」
「そう、なのかな……でも、ちょっとくらいは、気にかけても……」
「もしそうしてたら、きっと悲しくなってたよ。お父さんもお母さんも、そんな事は望まないと思う。だからきっと、許してくれるよ。でも……さみしいね」
「う、う……」
その後も俺は、ぐずる子どものように、ウィルに泣き言を言い続けた。ウィルは嫌がるそぶりもなく、すぐにそんなことないと慰めてくれた。何度も、何度も……俺ってやつは、どうしてこうなんだろう。いつまで経っても、仲間に甘えっぱなしで……主である俺は、みんなを守る立場なはずなのに。
(愛されるのも才能の一つなの)
……!その時俺は唐突に、前にロウランに言われたことを思い出した。彼女の声が、頭の中に響く……彼女は、「愛されることも才能だ」と言った。そして俺に「もう少し愛されることに慣れた方がいい」とも。ロウランはさらに、愛されるためにあらゆる努力を重ねてきたと言った。愛される努力……
(俺は、誰かの愛に、鈍感過ぎたのかもしれないな)
俺はついさっき、フランへの愛情を自覚した。両親が、俺を愛してくれていたことを自覚した。そして……ウィルもまた、俺を愛してくれている。その愛に対して、俺は申し訳なく感じていいのか?彼女の愛で、落ち込んでいいのか?
(違うだろ。そうじゃない)
簡単なことじゃないか。愛には、愛を。俺はただ、喜べばよかったんだ。
「ウィル……もう、平気だ」
俺はウィルの背中から手を放した。俺の嗚咽が止まったのを見てか、ウィルも手を緩める。俺は彼女から少しだけ体を離すと、袖でぐしぐしと目を擦った。まだ視界はにじんでいる。それでも、伝えなくちゃ。
「ウィル」
俺は、顔を上げた。ウィルは優しい瞳で、こちらを見つめている。そんな彼女に、俺は精一杯、微笑んだ。
「ありがとう」
きっと今の俺は、涙でぐしゃぐしゃで、それはもう酷い顔だったはずだ。笑顔だって、酷くぎこちなかっただろう。細めた瞳の端から、涙がほろりとこぼれるのが分かった。
ウィルは、瞳をゆっくりと見開いた。きらりと輝く琥珀のような瞳。至近距離で見つめ合っているから、そこに俺が映り込んでいるのが見える。
「……」
彼女が何か言った気がしたが、吐息のようにかすかで聞き取れなかった。ウィルが近づいてくる。まぶたが閉じられて……
まつ毛、長いな。そう思った時には、俺とウィルの唇は、一つに重なり合っていた。
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