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12章 負けられない闘い

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「……は?」

自分の耳が信じられなかった。あんなに頑なだったくせに、急にどうしたんだ?

「……どういう風の吹き回しだ?」

「僕だって、現実が見えていない子どもじゃない。この数日間、君たちを見ていたなら、誰だって分かるさ。それに、ノロ様が君を信用しているようだったから」

「ノロ?それが何か関係あるのか?」

「ああ。あの人は無茶苦茶なところもあるけれど、それでもやっぱり皇帝なんだよ。悪人や下心のある人間に向かって、あの人は絶対に“気に入った”なんて言わない。そういう悪意を見抜けるんだ、あの人は」

おっと、それは本当にそうだろうか?だってあいつは、セカンドの裏切りには気付かなかったんだろ?
ノロの年齢は、たぶんロアより十は確実に上、二十くらい上でも全然おかしくない。そうなるとノロは四十代だが、二十年前と言ったら、勇者ファーストやセカンドの時代だ。でも誰も、奴の裏切りには気が付かなかった。
とはいえ、俺への偏見を改めるってんなら、悪い話じゃない。

「よくわかんねえけど、まあ、いいんじゃないか?賢明な判断だと思うぜ」

「ああ。君が悪じゃない以上、僕は君と闘う理由はないんだろう。僕だって本当は不満さ。けれど……」

キシ。クラークがベッドから立ち上がった音だ。

「それでも、僕は闘う。正義を成すためには、犠牲が伴う時もある。それが、今日だ」

「……ああ。正義だなんだに興味はないが、俺もこの試合を経て、取り戻したいものがあるんでね」

「それなら、遠慮はいらないね。ともにベストを尽くそう……それじゃ、僕はそろそろ」

クラークは部屋の出口へと向かっていく。おっと、あと一つだけ。その背中に、俺は声を掛けた。

「なあ。おたくの仲間は、目を覚ましたのか?」

「ん、ああ。コルルだけ、まだふらついているけれど、大したことはないみたいだよ」

「そうか。いや、そんだけだ」

「ああ。それじゃ」

クラークはマントを翻すと、今度こそ控室を出ていった。
あのクラークが、まさか俺への恨みを忘れるとは。もともと覚えのない怨恨ではあったが、それにしても驚きだ。こりゃあ、このあと雨が降るかもしれないな。

『……主様。いよいよですね』

チリン。一人きりの控室に、静かな鈴の音が響き渡る。おっと、俺だけじゃなくて、こいつもいたな。

「アニ。そうだなぁ……」

『緊張されていますか?』

「まあな、さすがに……なあ、なんだか、この世界に来たばかりのころを思い出さないか?あんときも、俺たち二人で強敵に立ち向かったよな」

ふむ。フランなら、クラークに匹敵する強敵と言っても過言じゃないだろう。ははは、本人に聞かれたら怒られそうだ。

『そうでしたね。そして今回もまた、そのようになるのでしょう。まさか、私の助力も拒むとは言いませんよね?』

「あはは、もちろん。大いに頼りにしてるぜ」

『いえ、それは困ります。私は大した魔法は使えないのですから、自分の身は自分で守っていただかないと』

「……」

こいつめ……安心させてくれるつもりじゃないのかよ?ちぇ、このガラスの鈴は、もともとこういうやつだったな。

『ですが、備えあれば憂いなしとも言います。試合が始まるまで、作戦会議でも行いますか?』

「そりゃいいな。どうせ暇だから」

一人で押し黙ってその時を待つよりも、誰かと話していた方が気が楽だ。俺とアニは、なけなしの手札の切り方について、時間ギリギリまであれやこれやと話し合った……



「ん……どうやら、そろそろっぽいな」

俺は伏せていた顔を上げた。外から漏れ聞こえてくる歓声が、一段と大きくなった。たぶん、まもなく試合が開始されるんだろう。ちょうどいい頃合いだな。今まさに、アニと立てた作戦を、頭ん中で整理し終えたところだ。

「さてと。んじゃそろそろ……」

「あっ。あのぅ……」

あん?女の子の声がした。このタイミングで来客?俺が部屋の入り口に目を向けると、そこにいたのは小柄なシスター……今はあちこちに包帯を巻いた姿の、ミカエルだった。

「あれ。どうしたんだ?クラークのとこにいなくていいのかよ?」

「えっと、はい、すぐに戻ります。ただ、その前にこれを渡したくって……」

「え?俺に?」

ミカエルは小さくうなずくと、部屋に入ってきた。そしてローブの裾からなにやら、いくつかの小包を取り出し、俺に差し出した。

「なんだ、これ?」

「あの、私が騎士様との試合で使った道具の、余ったものです。もしよろしければ、使っていただけたらと……」

「へ?」

俺は目を丸くした。その顔を見たミカエルは、あわあわと視線をあちこちに泳がせる。

「あぁあ、余りものなんかで本当に申し訳ありません……あの、要らないようでしたら捨てていただいても……」

「いやいや、十分ありがたいよ!けど、どうして?」

まさか、クラークの仲間から選別がもらえるだなんて。ミカエルが使っていた道具って言ったら、あの爆発する黒い粉塵とかだろ?その効果はこの目でしっかり見ているし、十分使い物になりそうだ。けどこれじゃ、まさしく敵に塩を送る構図に……

「えっと……あの、お気を悪くされたら、申し訳ないんですが……もしかしたら、二の国の勇者様も、お困りなんじゃないかって……いえ、私なんかよりも、勇者様の方がよっぽどお強いのは承知の上なんですが……」

「いやいやいや、その通りだから、別に構わないって。それに、勇者様ってのもやめてくれ。俺はしょせん元勇者に過ぎないんだから。けどありがとう、助かるよ。正直、藁にもすがりたくてしょうがない気分なんだ」

俺がそう言うと、ミカエルは少し表情をやわらげた。

「お役に立てたようでしたら……使い方は中に書いてあるので、そちらを参考にしていただければ」

「そうか。なあ、けどいいのか?俺、いちおうクラークの敵なんだぜ?」

「えっと、それは……私たちは、勇者さ……じゃなかった、えっと、桜下様たちのことを、敵だとは思っていません。あくまで、試合相手の方たち、ですから。それと、このことはクラーク様も承知しているんです。むしろ、ぜひそうしたほうがいいとおっしゃったくらいで」

「へえ、あいつが?意外だな……」

「私たちは陣営こそ別ですが、この大会を無事に終わらせるという意味では、目的は同じです。そのお手伝いをさせていただいた、と考えてもらえたら……」

なるほどな。クラークも承知の上ということなら、手品の種も知っているってことだろう。それなら、遠慮はいらないな。

「わかった。ありがたく使わせてもらうよ」

「はい。えっと、では……頑張ってください」

ミカエルは勢いよく頭を下げると、ぱたぱたと小走りで廊下を駆けていった。
思わぬ陣中見舞いだったな。けどありがたい。俺もミカエル同様、できる限り粘って、試合を盛り上げる必要があるからな。もしも秒殺なんかされてみろ、不満を抱いた客たちがまた騒ぎかねない。「こんな試合は無効だ、後日再試合をすべきだ!」なんてな。冗談じゃないぜ……ミカエルは、そういう境遇を察してくれたのかもしれないな。

「どれどれ、中身は……」

小包の中には、見覚えのある黒い粉の入った瓶や、何かの液体の入ったガラス玉、石ころなんかが入っていた……うーむ、見た感じ、ガラクタにしか思えない。使い方を調べようと、そのわきに添えられていた、おそらくミカエルの手書きであろうメモを手に取ったその時。

「二の国の勇者様。まもなく、第四試合を始めさせていただきます」

げっ。まさにそのタイミングで、さっきのターバンを巻いた臣下がやって来てしまった。あちゃー、間が悪いな、ったく。

「ご準備はよろしいでしょうか?リングまでご案内いたします」

丁寧だが、有無は言わさない口調だ。しょうがない、とりあえず俺は小包をポケットに詰め込むと、臣下のあとに続いて廊下を歩きだした。

「お待たせして大変申し訳ございません、整備に少々時間を取られてしまいまして。ですがご安心ください、完ぺきではないにせよ、上々の仕上がりでございます。お二人には、万全の状態で試合に臨んでいただければと……」

臣下の男が何かべらべらと喋っていたが、あいにく俺はミカエルのメモを読み漁るのに必死で、一言も聞いちゃいなかった。そのせいか、観客の声がいよいよ近くなって、そろそろかと俺が顔を上げるころには、臣下の顔はぶすっとしたものになっていた。

(……ん?)

なんだか、変なにおいがする……?俺たちが歩く廊下は、もう間もなく終わりを迎える。前方からは、大きな歓声と外の光、それに涼しい風が吹いてくる……待った、涼しい風?さっきまで、ぎらつく太陽が外を照らしていたはずだよな?それに、陽の光がずいぶん弱いような……やがて俺は、さっき感じたおかしな匂いの正体に気付いた。これは、雨の匂いだ。

さっきまでは呆れるほど晴れ渡っていた空が、いつの間にか厚い、灰色の雲で覆われている。信じられない、俺が引っ込んでいる間に、天気が急変したようだ。
あ?おい、まさか。さっき雨でも降るんじゃないかって言ったけど、ほんとになったって言うのか……?

「こちらで、しばしお待ちください」

臣下はそっけない声で、俺をリングへと続くゲートの手前で立ち止まらせた。このゲートは、さっきまでさんざん客席から見ていたものだろう。数十分前はここをくぐる仲間たちをハラハラと見守っていたが、立場が逆になってしまった。

「皆様、大変長らくお待たせいたしました!これより、勇演武闘!その第四試合を始めさせていただきます!」

相変わらず馬鹿でかいアナウンスの声が響いたとたん、今でも十分うるさかった歓声が、さらに倍になった気がした。ウワアアアァァァァ!

「それではまず、選手の紹介から!一の国より、その雷は伝説の再来か!?断罪の雷撃が下すは、正義の鉄槌!勇者ぁぁぁぁぁクラアアァァァァァクッ!」

キャアー!黄色い声援に包まれながら、反対側のゲートからクラークが現れた。金色の髪に、碧色のまなこ。その整った顔立ちは、まさに絵にかいた勇者像そのものだ。さらにその実力は折り紙付きときたもんだから、男女問わず喝采が飛び交っている。

「対するは、二の国!仮面の下の素顔は誰も知らない!謎多き勇者がついにヴェールを脱ぐか?二の国のぉぉぉぉ、勇者ぁぁぁぁぁ!」

な、なんて間抜けなリングネームだ……けど実名を出すわけにもいかないから、しかたない。
臣下の男が、俺に出ていくように促した。うぅ、耳のすぐ隣で心臓がドクンドクン言っているようだ。俺は深く息を吸い込むと、ゲートの外へ一歩踏み出した。

ワアアアァァァァァ!

思わず耳をふさぎそうになった。四方八方から聞こえてくる声に、全身を殴られているみたいだ。くそ、みんなよく、こんな中で冷静に闘えたもんだな。
クラークの時と違って、俺の場合は黄色い歓声とは呼べないものが多い。俺の恰好は、みすぼらしい服に、顔には不気味な仮面。体格だってそれほど良くないから、ずいぶんしょっぱく映っていることだろう。さすがに勇者という肩書もあってか、露骨なブーイングはないみたいだけど、あきらかにあざ笑うような声や、同情じみた声援がまずまず聞こえた。ちくしょう、こんなにやかましいのに、どうして悪口だけ正確に耳に入るんだ?
俺とクラークは、数メートルほど間を開けて、リングの中央で向かい合った。リングの整備は相当悪戦苦闘したらしい。壁はあちこちひび割れているし、床に関しては直すことを諦めたのか、ほとんどならしただけの、柔らかい土がむき出しになってしまっていた。けど、あの土……これは、活かせるかもしれないぞ。
俺たちが定位置に付くと、アナウンスはここぞとばかりに、会場を煽りまくった。

「ついに実現した、勇者同士の直接対決!この闘いによって、此度の勇演武闘の勝者が決まります!片時も目を離せないこと間違いなし!会場の皆様、刮目する準備はお済みでしょうか!?」

ちっ、いいから、さっさと始めろよ!俺とクラークは、そろってイライラしながら、その時を待った。

「それでは!運命の試合を、開始したいと思います!カウントダウーーン!三、にぃ、いち……」

ごくり。固いつばを飲み込むと、ふと客席に、見慣れた顔が並んでいるのに気が付いた。仲間たちが、俺をじぃっと見つめている。ふっ、悪いな。今からちょっとカッコ悪いとこを見せるだろうけど、辛抱してくれよな。

「ゼロッ!試合、開始ィィィィィィイィィ!!!」



つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。



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