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12章 負けられない闘い

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「……そろそろ、いいかな?」

うん?なんだ、なかなか一人で感傷に浸れないな。へへ、そういう渋いのは、俺には似合わないか。

「誰だ?」

「僕だよ……クラークだ」

そう言って、クラークが部屋の入り口から、半身をのぞかせた。

「ああ、お前か。どうしたんだよ、こそこそ隠れるみたいに」

「なっ、君なあ!君たちが話しているみたいだから、水を差さないように待っていたんじゃないか!」

「あ、そうだったの?悪いわるい。もう終わったから」

クラークは不満そうな顔で入ってくると、部屋をキョロキョロ見渡した。

「……君は、誰と話していたんだい?僕が来てから、誰も部屋を出て行かなかったと思うけれど」

「ん?ああ、俺たちには幽霊の仲間がいるんだよ。だからだろ」

「幽霊……そうか、君はネクロマンサーだものな」

「そういうこった。んで、ノロには?」

「伝えてきたよ……ノロ様は、大そう喜んでいたさ」

クラークは疲れた声で言うと、いくつもあるベッドの一つに腰かけた。

「リングが整い次第、試合を開始するそうだ。ただ、前の試合で派手に壊されたから、少し時間が掛かりそうだったけど」

「さいで。いっそのこと、フランに二度と使えないくらい粉々にしてもらえばよかったな」

「……僕としても、あまり気乗りはしない。だけど、こうなった以上、僕もベストを尽くすつもりだ。君もそのつもりで来てくれよ?」

「言われなくても、そのつもりだ」

会話が途切れる。クラークは腰を上げようとしない。言うことを言ったなら、とっとと自分の控室に戻ればいいのに。

「……君は、あの銀髪の女の子と、付き合っているのかい?」

「はぁ?」

俺はあんぐりと口を開けて、クラークを見た。なんだなんだ、だしぬけに?

「いきなりなんだよ?生憎だけど、今恋バナで盛り上がる気分じゃないんですけど?」

「う。僕だって、お前とそんな話をする気はない!ただ、あの子があんまり君の事ばかり言うもんだから……」

「お前……まさか、フランを狙ってんのか?」

「なっ、ちっ、違うぞ!」

クラークは顔を赤らめると、ぶんぶんと手を振った。別にフランとは、まだそういう関係ではないけれど……なんか、ちょっとイラっとしたな。

「はぁ。だいたい、おたくにはもう彼女がいるだろうが。あの赤髪の」

「こ、コルルのことかい?コルルと僕は、別にそういうんじゃ……」

「なんだ、そうだったのか?俺から見たら、お前らの方がよっぽどお熱く見えたけどな」

「そ、そうかな?僕は、君たちの方がよほどだと思ったんだけど」

なんだ、なんだ?俺たちは、お互いをそういう目で見ていたのか。まあけど、今はそんなことどうでもいいな。

「で?なんなんだよ、それが?」

「いや、特にどうというわけではないけれど……僕たちと似たような関係なのかな、と思っただけだよ」

はあ……?この緊迫したタイミングで、世間話を?こいつの神経が相当図太いのか、そもそも俺相手じゃ緊張もしないのか。俺がむすっとした顔をすると、クラークは少し慌てたように付け足した。

「ええっと、なんというか。今まで、近い歳の男子と話すことがなかったから、気になって」

「あぁ?俺たちくらいの歳のやつなんて、いくらでもいるだろ」

「そうじゃなくて、向こうの世界出身だ、って言う意味だよ」

「ああ。そっちか」

ふむ、考えてみれば、こうしてクラークとゆっくり話すのは初めてだな。この世界においては、ほぼ唯一と言ってもいい、同郷の、しかも歳も性別も同じ人間なのに。出会い方が違っていれば友達になれたかもしれないが、その出会いが最悪だったのが問題だな。

「不思議なことだよな。たまたま同じ時代、同じ国に生まれた男が、そろって勇者として召喚されるだなんて。しかも同じ病院に通ってた」

「そうだね……正直、まだ実感が湧いていないところもあるんだ。自分が勇者だなんて。実はこれは、向こうの世界の僕が見ている夢なんじゃないかって、時々思うことがあるよ」

それはそうだ。俺だって、まだ驚くことの方が多いから。俺たちがこの世界に馴染むには、それこそファーストみたいに、何十年も過ごさないといけないんだろう。

「……ひょっとして」

「ん?」

「ひょっとして君は、僕と同じ……」

そこまで言って、クラークは言葉を止めてしまった。

「同じ、なんだよ?」

「……いや、いい。忘れてしまった」

はぁ?ベタな言い訳だな。けど、こっちから無理に追及する気もない。
俺たち二人は、それぞれ思いを馳せながら、だまって床を見つめていた。遠くから、観客たちの歓声がぼんやりと、ここまで伝わってくる。ちっ、ずいぶん大盛り上がりだな。人の気も知らないでよ。

「……なあ、君。もう一つ聞いてもいいかな」

口を開いたのは、またクラークのほうだった。

「今度はなんだ?」

「君が、勇者は道具だと言っていた意味。それを教えてくれないか」

「え?」

その話は、確か……勇演武闘の開催が宣言された、あの夜のことか。

「ああそういや、その話をしようとしたところで、ノロが演説を始めたんだっけか」

「ああ。それどころじゃなくなってしまって、聞きそびれていたけれど。どういうことだったんだい?」

「えっと、あの日俺たちは、キサカに会って話を聞いてたんだ」

「キサカ?ひょっとして、光の聖女のこと?」

「お前も会ったことあるんだ?そうだよな。キサカはお前にも話したって言ってたぞ。この世界に召喚された勇者は、所詮戦争の道具みたいなもんなんだって」

確かキサカは、クラークがまるで聞き耳を持たなかったって言っていた。やつはどういうリアクションをするだろう?
クラークは眉間にしわを寄せて、昔のことを思い出しているようだった。

「……確かに……そんなようなことを、話した記憶がある。こっちの世界に来たばかりの時で、あまりよく覚えてはいないけれど」

「そんでお前は、キサカになんて言ったんだ?」

「……否定をしたと思う。そんな事はないと」

「え?でも、聞いたんだよな?過去の勇者が、どんな扱いを受けてきたのかを。戦いを強要されて、逃げることもできずに……」

「ああ、聞いたよ。でも、それは当然のことじゃないか?」

なんだと?俺はクラークの方を見た。やつもまた、こちらを向いている。

「勇者の役目は、魔王を倒し、この世界に平和を成すことだ。その役目を求められることは、至極当然のことだよ」

「じゃあお前は、かつての勇者の苦しみは当然であって、気にすることなんてないって言いたいのか?」

「いいや、同情はするよ。でも、だからって勇者が道具のように扱われたとは思えないんだ。こう考えてみてくれ。サラリーマンは社会の歯車だなんて言うけれど、彼らは会社の道具か?人を治す医者は、医療の道具かな?なにかの役割をこなす人を、道具と呼ぶと思うかい?」

サラリーマン、ときたか。こっちじゃとんと聞かない単語だ。こういう時、同郷の相手と話しているって実感するよ。

「……そうは思わねえよ。けどな、サラリーマンも医者も、人としての尊厳を守られてこそ、人間扱いされているって言えるんだ。ブラック企業に使い潰された人は、自分を道具扱いされたと感じるんじゃないか」

「それは、そうかもしれない……だけど、勇者はどうだったろう。過去の勇者は苦しんだかもしれないけど、働く人は誰だって、それなりに苦しいものじゃないかな。戦場へ送られた勇者は、なにも丸腰で魔物の相手をさせられたわけじゃないんだろう?たくさんの仲間によるバックアップがあって、なにより強力な勇者の能力があったからこそ、より戦いの激しい前線へ行かされたんだ。どうだい?」

「……勇者の苦しみは、生きてく上では当然のもので、とりたてて不幸だとは思わない。そういうことか?」

「僕はそう思う。君は?」

「俺?あいにく、おたくの言ってることにはこれっぽっちも共感できないよ。俺はお前と違って、真面目な勇者じゃないんでね」

勇者は苦しんで当然だと?こちらから望んでもないのに、かってに神輿に担がれて、あげく苦しみまで押し付けられてたまるかってんだ。クラークは苦笑いをした。

「……はぁ。君と僕は、つくづく考えが合わないらしいね」

「奇遇だな。俺もそう思ってたところだ」

まったく。今日ここでやつと闘うことになったのは、ある意味必然だったのかもしれないな。

「ふん。それならおたくは、勇者になれてさぞかし幸せなんじゃないか?苦しみも当然として受け入れられるんなら、悩むこともないだろ」

「僕か、そうだね……正直、勇者になれたことは幸運だと思っているよ。この力のおかげで、僕は正義を貫くことができるようになったんだから」

「正義、ねえ。お前はほんとに、それにこだわるよな」

「当たり前だろ。正義がなければ、秩序は存在しないんだ。この世の何よりも大事なのは、公明な正義だ」

クラークはきっぱりと言い切った。こいつのこだわりも尋常じゃないな。それにも、何か理由があるんだろうけど……ま、今は知りたいとも思わないな。いずれ知る機会もあるだろう。こいつが、また俺を悪の勇者だなんだと言い出さなければ、の話だが……

(こいつとの一時休戦も、いつまで続くか分かったもんじゃないしな)

もともと俺とクラークは犬猿の仲だ。どちらかと言えば、向こうがこちらを毛嫌いしているんだけど。俺だって、自分を嫌っている人間と、わざわざ仲よくしようとは思わないし。そんな事を考えていたので、次にクラークが口にした言葉は、俺を大いに驚かせた。

「……その信念のもとに、僕は今まで、君を悪の存在だと思っていたけれど。だけど、それは今日で撤回するよ」



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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