470 / 860
12章 負けられない闘い
8-1 聖女の憂い
しおりを挟む
8-1 聖女の憂い
月の神殿からの使いは、翌日の昼前に来た。
「キサカ様がお待ちです。ご一緒に昼食をとりたい、とご所望でございます」
ふむ、昼飯か。仮面を付けたままだと大変そうだな。あのガラスでできた神殿だと、日が差して暑そうだし。それに清潔すぎて、うっかり食べこぼしたらと考えると、喉を通りづらそうだ……いかん、ネガティブが止まらない。気は滅入るが、断る選択肢は存在しないんだ。
(昨日決めたみたいに、ここが踏ん張りどころだ)
俺は気持ちを切り替えて、使いと共に月の神殿へ向かった。
案内されたのは、前と同じ部屋だ。使いに扉を開けられたので、俺たちだけで中に入る。そこは相変わらず殺風景な、だが光に満ちた空間だった。キサカは、前回と全く同じ体勢、つまり枕元にもたれる形で座っていた。
「ようこそ、みなさん。わがままを聞いてくださって、ありがとうございます」
「いえ……」
キサカは歓迎するように微笑むと、手でベッドサイドを示した。そこには小さなテーブルが置かれ、パンとスープの簡単な昼食が用意されていた。
「ごめんなさい。あまり豪華なものは、この神殿では出せないんです。呼びつけておいて、ほんとうに申し訳ないんですけれど……」
「い、いえ。十分です。ありがとうございます……」
どうにも、この聖女様は腰が低いんだよな。でも考えてみれば、この人も勇者、つまり俺と同じ世界からやってきた人間なんだ。もとは一般人って考えれば、当然かもしれない。
俺たちは用意されたテーブルについた。パンが入ったバスケットは確かに小さかったが、仲間たちは食べる必要はないから、これで十分だろう。
キサカの手元には、カットされたリンゴが数切れ乗った皿が、一枚あるだけだった。
「あの、それしか食べないんですか?」
「ええ。小食なものでして」
えぇ……小食と言うか、それはもう絶食に近い気もするが……だが目の前の少女は、年老いた老婆の姿から、一晩で若返って見せたんだ。この程度、不思議でも何でもないんだろう。
「私には遠慮しないで、召し上がってくださいね」
「それじゃ、遠慮なく……」
俺は仮面を少し浮かせて、もそりとパンをかじった。むぅ、何の味もしない。神殿の料理だから、精進料理みたいな感じなんだろうか?
キサカもリンゴを口にすると(数切れしかないのに、さらに小さく一口だけかじった)、こちらへ顔を向ける。
「それを付けたままだと、食べにくそうですね」
「えっ。あの、すんません。ちょっとこれには、外せない事情がありまして……」
「ああ、ごめんなさい!そういうつもりで言ったわけじゃないんです。全然気にしてないので、お好きなようにしてもらって構いませんから。ただ、もしも何かの配慮とかだったら、私のことは気にしないでくださいって言いたかったんです」
「え?えーっと、何て言うか……」
「あの、私、自分で言うのもなんですけど、結構大事にされているみたいで……もしも神殿の方が何か言ったんだとしたら、本当に申し訳ないです……」
「え?そういうわけじゃないんですけど。どちらかと言うとこれは、こっちの国の問題で」
「まあ、そうなんですか?大変なんですね」
心配されてしまった。大変なのは、むしろそっちだと思うんだけど……どうにも調子狂うな。
「あの……失礼じゃなければ、聞きたいんですけど。どうして俺たちを呼んだんですか?」
「え?ああ、私ったら。すみません、世間話をべらべらと」
「いえ、それはいいんですけど。というか、世間話くらいしかできないと思いますけど……俺、別に何かの専門家とかではありませんから」
「え?うふふ、それはおかしな話ですね」
「はい?」
「だって、あなたは勇者じゃないですか。勇者は、この世界の人たちには無い、異質な能力を持っている。それは専門家と呼んでも、差し支えないのではないですか?」
む……そう言われれば、そうなるのだろうか。俺の能力はネクロマンス。確かに、死霊については専門家みたいなもんか。
「じゃあ、聖女様は俺の能力についての話が聞きたいと?」
「いえ、それも違います。私が聞きたいのは……あなたの話、です」
「俺の……?」
「はい。何でもいいんです。こちらの世界に来て、困ったことはありませんか?それとも、質問したいこととか。いちおう、私は先輩ですから、ある程度の事なら答えられると思います」
「はぁ……」
それじゃまさしく、世間話みたいだが……聖女様は、そんな話がしたくて俺を呼んだのか?まあよくわからないけど、とりあえず適当に話を振ってみるか。
「ええと……さっき、先輩って言いましたけど。確認になりますが、あなたは過去に召喚された勇者ということで、間違いないんですね?」
「ええ。あなたと同じ世界、日本から呼び出されました」
ニホン……もはや、懐かしい響きに感じてしまう。そうか、この人も日本人か。クラークといい俺といい、やたらと日本から召喚されるやつが多いな。
「俺たち、同じ出身だったんですね」
「ええ。ですから……だから、堅苦しい言葉遣いは、もうやめにしない?私たち、同じ出身のよしみで。ね?」
「そうすか?……じゃあ、お言葉に甘えて」
「ええ。うふふ、周りからは聖女だなんて呼ばれているけれど。私ほんとは、そんなにいい子じゃないのよ。言葉遣いだって、ちゃんと敬語が使えている自信もないもの」
「ははは。そりゃ、俺も一緒だ。言葉なんて、伝わりゃ十分だって思っちゃうよ」
「うふふ、ほんとにね」
俺がにやりと笑うと、キサカもころころと笑った。ふむ、なんだかぐっと親近感を感じるようになったな。
キサカは改めて自己紹介をする。
「私の本名は、来境姫といいます。こちらの世界の人たちには、あんまり馴染みのない響きだったみたいで、縮めてキサカと呼ばれているけれど。あなたのお名前は?」
「あ、そういやまだ名乗ってもいなかったな。えー……」
どうしよう、名乗ってもいいかな。うーむ、相手は勇者で、しかもかなり物腰やわらかだ。こちらの事情も、話せばわかってくれるだろう。うん、ならいいな。
「失礼。俺は西寺桜下だ。それと、旅の仲間たち。多いから省略するけど」
「桜下くんね。よろしくお願いします。それとお仲間さんたちも、どうぞよろしく」
みんなは軽く会釈だけした。さっきから向こうの世界についての話題が飛び交うので、みんなは戸惑っているように見える。だよなぁ、違う世界の話なんかされたら、俺だって困惑する。
「それで、話を戻すと……えーっと、ヒメさんって呼んだ方がいいか?それとも、キサカさん?」
「キサカ、で構わないわ。もうずいぶん長くその名で呼ばれてるから、そっちのほうが慣れてしまって」
「へぇ、そんなに。キサカさんって、こっちに来てどれくらい経つんだ?」
「そうね、もうかれこれ、四十年は経つかしら」
「よ、四十年!?」
じゃあ、キサカはこう見えて六十歳に近いのか……?脳みそが混乱するが、キサカは老人の姿から若返る能力を持っているんだ。不可能じゃないんだろう。
「すっげぇ、大ベテランなんだな……キサカも勇者ってことは、能力を持ってるんだよな。それが、この前のやつなのか?確か、光の魔力って……」
「ええ、その通りよ。私の力は、人の怪我を治したり、呪いを解いたり、そんな感じの能力なの」
「へー。回復系か。ゲームならヒーラーって感じだな」
「げーむ……?ひーらー……?」
え?おっと、そうか。キサカは若く見えるけど、実際は四十年前の時代から召喚されているんだった。その当時は、まだゲームもろくに出回ってなかったんだろう。
「ごめん、なんでもないんだ。とにかく、すごい能力だな。あんたなら解けない呪いも、治せない病気もないんだろ?」
「うぅーんと……あんまり偉そうなことは言いたくないんだけど、ええ。実際、治せなかった人はいないわ」
「うわ!すげー。そりゃ、聖女様だなんて呼ばれるわけだ。俺とは大違いだな」
「桜下くんの能力は、どんななの?」
「え?あー……」
俺は言い淀むと、仲間たちの方を向いて目配せした。みんなが小さくうなずいたのを確認して、俺はキサカに向き直る。
「俺は、死霊術師なんだ」
「死霊……?えっ。じゃあ、まさか……」
キサカは目を丸くして、みんなを穴が開くほど見つめている。俺は慌てて手を振った。
「あの、誤解しないでくれ。みんないい奴らだし、間違っても人を襲うようなことはしない。絶対だ」
「え、ええ……あなたが術者で、その方たちが眷属、という事なの?」
「いいや。こいつらは、仲間だ。俺と一緒に旅をしてくれる友達だよ」
俺の友達という言葉に、キサカはオッドアイの目をぱちくりさせ、やがてふわりとほほ笑んだ。
「ふふ。ともだち、か。わかったわ。それを聞いて、安心しました」
「悪いな。ちょっと言い出しづらくて。ほら、死霊術って聞くと、あんまりいいイメージないだろ。この仮面も、そういう理由さ」
「そう……苦労してるのね」
「そうでもないよ。いつもはもっと気楽だし。なんだけど、今回は人命が掛かってたからな」
「私が治した、あの兵士さんね」
「そういうこと。だからこんな格好なわけだな。で、もう一つ頼みなんだけど、俺の名前はあんまり大っぴらにしないでくれないか?色々あってさ、正体を隠さなきゃなんだ」
キサカは憐れむような視線を俺に向けると、しっかりとうなずいてくれた。
「わかったわ。ここであったことは、誰にも話しません。だから安心して。聞きにくい事でも、なんでも相談に乗るからね」
ありがたいな。にしても、ずいぶんこっちの事を心配してくれるな。同郷のよしみ故だろうか?
「なんでもかぁ。あ、じゃあさ。聞きたいんだけど、あんたのアレ。この前の、転生?ってやつについて、聞いてもいいかな」
「え?いいけれど……大したものじゃないのよ」
「えぇ?だって、若返りの術なんだろ。すごい能力じゃないか。それがあれば、実質不老不死みたいなもんだろ」
不老不死。夢みたいな話だ。しかし、キサカの顔色は曇っている。
「……本当に、そんなにいいものじゃないの。確かに私の力……光の魔法は、他の魔法ではできないことができるけれど。だからといって、万能なわけじゃないのよ」
万能じゃない?確か、光の魔法は奇跡に例えられるらしいが……その時、俺の背後から、控えめなライラの声が聞こえてきた。
「……光のまほーは、まだ全然研究が進んでいないから。詳しい事はちっともわかってないんだよ」
俺とキサカが、ライラの方を向く。ライラはフランの後ろに隠れながらも、瞳をキラキラと輝かせていた。人見知ってはいるけれど、好奇心を抑えきれないようだ。
「けど、若返りなんてことができるまほー、聞いたことない。まほーは、時の流れには干渉できないんだ。まほーはマナを動かして発動する、流動的概念だけど、時間はマナを含まない、絶対的概念だから。それこそ、奇跡でも起きないかぎり……」
な、なるほど……?とりあえず、最後の部分だけは理解できた。キサカは薄く微笑む。
「あなたは、魔法のことをとてもよく知っているのね。お名前はなんていうの?」
「……ライラ」
「ライラちゃん。かわいい名前ね。ライラちゃんは、私の魔法のことを奇跡って言ったわね。けど、さっきも言ったみたいに、私の能力は万能じゃないわ。奇跡って言うのは、なんの制限もなく、それこそ何でもできることを言うんじゃないかしら」
「……違うの?」
「ええ。分かりやすい例えで言えば……ライラちゃんは、魔法が使えるの?」
「え。うん、使えるよ。ライラは大まほーつかいだから」
「そう、すごいのね。なら、強い魔法も使えるのかしら?」
「うん。もちろんだよ」
調子に乗ったライラは、偉そうにふんぞり返った。キサカは微笑みながら続ける。
「すごいわ。きっとあなたなら、魔物の大群だってやっつけられるのでしょうけれど……私の力では、小さなねずみ一匹だって、倒すことはできないの」
え?ああ、回復魔法だからってことか?
「私にできることは、傷を治すとか、そんなことばかり。戦うことは何一つできやしないわ。それこそ、誰かに守ってもらわないと、たった一匹の魔物にすら殺されてしまうくらい。こんな融通の利かない力を、奇跡だなんて呼べないでしょう?」
「え……?」
話しがおかしな方向に流れてきて、ライラは困惑しているようだ。代わりに俺が口を開く。
「キサカさんは、回復系の魔法しか使えないのか?」
「そう。より正確にいえば、光の魔法自体が、攻撃に全く転用できないの。光の魔法は全部で七つあるらしいけれど、そのどれも、戦いでは役にたたないわ」
「そう……なのか。けど、それでもすごい力じゃないか。怪我をすぐ治せるなら、戦いで役に立たないってこともないだろ?」
それでもキサカは、ゆるゆると首を横に振るばかりだ。
「治せると言っても、同時に何人もとか、次々に治療するとか、そういうことはできないの。それに、私自身もどんくさいから、最前線に出ることもできない。安全な後ろで、ただ守ってもらうばかり……本当に、役立たずで、卑怯な能力だわ。ごめんなさい。こんな私を、責めないでもらえるかしら」
俺は何も言えなくなってしまった。困ったな、そんなに卑下することもないだろうに。なんて言えばいいんだよ?俺が言葉に詰まっていたその時、また別の声が、するどく聞こえてきた。
「それ、嘘でしょ」
口を開いたのは、フランだった。嘘?
「えっと……あなたは……?」
「フランセス。それより、今の話。怪我を治せる魔法が、戦いで役に立たないはずがない。そうでしょ」
そう言ってフランは、エラゼムの方を向いた。エラゼムは少し慌てたが、それでも歴戦の騎士らしくしっかりと答える。
「そうですな。戦場において、治癒や補給といった後方支援はどれだけあっても困りません。後方という土台が無ければ、前線を積み上げることもままなりませぬから。戦いにおいて最も重要なことは、鍛え抜かれた軍隊よりも、切れることのない補給線です」
フランはうなずくと、視線をキサカに戻す。
「たとえあなた自身が非力でも、その力を使えば何人も助けることができるんだ。役に立てないはずがない。それなのに、ただ守られてたってことは、あなたにやる気がなかったからだとしか思えないんだけど」
う、うわ。フランの赤い視線が、キサカを射抜くように睨む。
「わたしたちを……この人を、あなたの慰めの道具にしないで」
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
====================
Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、
作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。
よければ見てみてください。
↓ ↓ ↓
https://twitter.com/ragoradonma
月の神殿からの使いは、翌日の昼前に来た。
「キサカ様がお待ちです。ご一緒に昼食をとりたい、とご所望でございます」
ふむ、昼飯か。仮面を付けたままだと大変そうだな。あのガラスでできた神殿だと、日が差して暑そうだし。それに清潔すぎて、うっかり食べこぼしたらと考えると、喉を通りづらそうだ……いかん、ネガティブが止まらない。気は滅入るが、断る選択肢は存在しないんだ。
(昨日決めたみたいに、ここが踏ん張りどころだ)
俺は気持ちを切り替えて、使いと共に月の神殿へ向かった。
案内されたのは、前と同じ部屋だ。使いに扉を開けられたので、俺たちだけで中に入る。そこは相変わらず殺風景な、だが光に満ちた空間だった。キサカは、前回と全く同じ体勢、つまり枕元にもたれる形で座っていた。
「ようこそ、みなさん。わがままを聞いてくださって、ありがとうございます」
「いえ……」
キサカは歓迎するように微笑むと、手でベッドサイドを示した。そこには小さなテーブルが置かれ、パンとスープの簡単な昼食が用意されていた。
「ごめんなさい。あまり豪華なものは、この神殿では出せないんです。呼びつけておいて、ほんとうに申し訳ないんですけれど……」
「い、いえ。十分です。ありがとうございます……」
どうにも、この聖女様は腰が低いんだよな。でも考えてみれば、この人も勇者、つまり俺と同じ世界からやってきた人間なんだ。もとは一般人って考えれば、当然かもしれない。
俺たちは用意されたテーブルについた。パンが入ったバスケットは確かに小さかったが、仲間たちは食べる必要はないから、これで十分だろう。
キサカの手元には、カットされたリンゴが数切れ乗った皿が、一枚あるだけだった。
「あの、それしか食べないんですか?」
「ええ。小食なものでして」
えぇ……小食と言うか、それはもう絶食に近い気もするが……だが目の前の少女は、年老いた老婆の姿から、一晩で若返って見せたんだ。この程度、不思議でも何でもないんだろう。
「私には遠慮しないで、召し上がってくださいね」
「それじゃ、遠慮なく……」
俺は仮面を少し浮かせて、もそりとパンをかじった。むぅ、何の味もしない。神殿の料理だから、精進料理みたいな感じなんだろうか?
キサカもリンゴを口にすると(数切れしかないのに、さらに小さく一口だけかじった)、こちらへ顔を向ける。
「それを付けたままだと、食べにくそうですね」
「えっ。あの、すんません。ちょっとこれには、外せない事情がありまして……」
「ああ、ごめんなさい!そういうつもりで言ったわけじゃないんです。全然気にしてないので、お好きなようにしてもらって構いませんから。ただ、もしも何かの配慮とかだったら、私のことは気にしないでくださいって言いたかったんです」
「え?えーっと、何て言うか……」
「あの、私、自分で言うのもなんですけど、結構大事にされているみたいで……もしも神殿の方が何か言ったんだとしたら、本当に申し訳ないです……」
「え?そういうわけじゃないんですけど。どちらかと言うとこれは、こっちの国の問題で」
「まあ、そうなんですか?大変なんですね」
心配されてしまった。大変なのは、むしろそっちだと思うんだけど……どうにも調子狂うな。
「あの……失礼じゃなければ、聞きたいんですけど。どうして俺たちを呼んだんですか?」
「え?ああ、私ったら。すみません、世間話をべらべらと」
「いえ、それはいいんですけど。というか、世間話くらいしかできないと思いますけど……俺、別に何かの専門家とかではありませんから」
「え?うふふ、それはおかしな話ですね」
「はい?」
「だって、あなたは勇者じゃないですか。勇者は、この世界の人たちには無い、異質な能力を持っている。それは専門家と呼んでも、差し支えないのではないですか?」
む……そう言われれば、そうなるのだろうか。俺の能力はネクロマンス。確かに、死霊については専門家みたいなもんか。
「じゃあ、聖女様は俺の能力についての話が聞きたいと?」
「いえ、それも違います。私が聞きたいのは……あなたの話、です」
「俺の……?」
「はい。何でもいいんです。こちらの世界に来て、困ったことはありませんか?それとも、質問したいこととか。いちおう、私は先輩ですから、ある程度の事なら答えられると思います」
「はぁ……」
それじゃまさしく、世間話みたいだが……聖女様は、そんな話がしたくて俺を呼んだのか?まあよくわからないけど、とりあえず適当に話を振ってみるか。
「ええと……さっき、先輩って言いましたけど。確認になりますが、あなたは過去に召喚された勇者ということで、間違いないんですね?」
「ええ。あなたと同じ世界、日本から呼び出されました」
ニホン……もはや、懐かしい響きに感じてしまう。そうか、この人も日本人か。クラークといい俺といい、やたらと日本から召喚されるやつが多いな。
「俺たち、同じ出身だったんですね」
「ええ。ですから……だから、堅苦しい言葉遣いは、もうやめにしない?私たち、同じ出身のよしみで。ね?」
「そうすか?……じゃあ、お言葉に甘えて」
「ええ。うふふ、周りからは聖女だなんて呼ばれているけれど。私ほんとは、そんなにいい子じゃないのよ。言葉遣いだって、ちゃんと敬語が使えている自信もないもの」
「ははは。そりゃ、俺も一緒だ。言葉なんて、伝わりゃ十分だって思っちゃうよ」
「うふふ、ほんとにね」
俺がにやりと笑うと、キサカもころころと笑った。ふむ、なんだかぐっと親近感を感じるようになったな。
キサカは改めて自己紹介をする。
「私の本名は、来境姫といいます。こちらの世界の人たちには、あんまり馴染みのない響きだったみたいで、縮めてキサカと呼ばれているけれど。あなたのお名前は?」
「あ、そういやまだ名乗ってもいなかったな。えー……」
どうしよう、名乗ってもいいかな。うーむ、相手は勇者で、しかもかなり物腰やわらかだ。こちらの事情も、話せばわかってくれるだろう。うん、ならいいな。
「失礼。俺は西寺桜下だ。それと、旅の仲間たち。多いから省略するけど」
「桜下くんね。よろしくお願いします。それとお仲間さんたちも、どうぞよろしく」
みんなは軽く会釈だけした。さっきから向こうの世界についての話題が飛び交うので、みんなは戸惑っているように見える。だよなぁ、違う世界の話なんかされたら、俺だって困惑する。
「それで、話を戻すと……えーっと、ヒメさんって呼んだ方がいいか?それとも、キサカさん?」
「キサカ、で構わないわ。もうずいぶん長くその名で呼ばれてるから、そっちのほうが慣れてしまって」
「へぇ、そんなに。キサカさんって、こっちに来てどれくらい経つんだ?」
「そうね、もうかれこれ、四十年は経つかしら」
「よ、四十年!?」
じゃあ、キサカはこう見えて六十歳に近いのか……?脳みそが混乱するが、キサカは老人の姿から若返る能力を持っているんだ。不可能じゃないんだろう。
「すっげぇ、大ベテランなんだな……キサカも勇者ってことは、能力を持ってるんだよな。それが、この前のやつなのか?確か、光の魔力って……」
「ええ、その通りよ。私の力は、人の怪我を治したり、呪いを解いたり、そんな感じの能力なの」
「へー。回復系か。ゲームならヒーラーって感じだな」
「げーむ……?ひーらー……?」
え?おっと、そうか。キサカは若く見えるけど、実際は四十年前の時代から召喚されているんだった。その当時は、まだゲームもろくに出回ってなかったんだろう。
「ごめん、なんでもないんだ。とにかく、すごい能力だな。あんたなら解けない呪いも、治せない病気もないんだろ?」
「うぅーんと……あんまり偉そうなことは言いたくないんだけど、ええ。実際、治せなかった人はいないわ」
「うわ!すげー。そりゃ、聖女様だなんて呼ばれるわけだ。俺とは大違いだな」
「桜下くんの能力は、どんななの?」
「え?あー……」
俺は言い淀むと、仲間たちの方を向いて目配せした。みんなが小さくうなずいたのを確認して、俺はキサカに向き直る。
「俺は、死霊術師なんだ」
「死霊……?えっ。じゃあ、まさか……」
キサカは目を丸くして、みんなを穴が開くほど見つめている。俺は慌てて手を振った。
「あの、誤解しないでくれ。みんないい奴らだし、間違っても人を襲うようなことはしない。絶対だ」
「え、ええ……あなたが術者で、その方たちが眷属、という事なの?」
「いいや。こいつらは、仲間だ。俺と一緒に旅をしてくれる友達だよ」
俺の友達という言葉に、キサカはオッドアイの目をぱちくりさせ、やがてふわりとほほ笑んだ。
「ふふ。ともだち、か。わかったわ。それを聞いて、安心しました」
「悪いな。ちょっと言い出しづらくて。ほら、死霊術って聞くと、あんまりいいイメージないだろ。この仮面も、そういう理由さ」
「そう……苦労してるのね」
「そうでもないよ。いつもはもっと気楽だし。なんだけど、今回は人命が掛かってたからな」
「私が治した、あの兵士さんね」
「そういうこと。だからこんな格好なわけだな。で、もう一つ頼みなんだけど、俺の名前はあんまり大っぴらにしないでくれないか?色々あってさ、正体を隠さなきゃなんだ」
キサカは憐れむような視線を俺に向けると、しっかりとうなずいてくれた。
「わかったわ。ここであったことは、誰にも話しません。だから安心して。聞きにくい事でも、なんでも相談に乗るからね」
ありがたいな。にしても、ずいぶんこっちの事を心配してくれるな。同郷のよしみ故だろうか?
「なんでもかぁ。あ、じゃあさ。聞きたいんだけど、あんたのアレ。この前の、転生?ってやつについて、聞いてもいいかな」
「え?いいけれど……大したものじゃないのよ」
「えぇ?だって、若返りの術なんだろ。すごい能力じゃないか。それがあれば、実質不老不死みたいなもんだろ」
不老不死。夢みたいな話だ。しかし、キサカの顔色は曇っている。
「……本当に、そんなにいいものじゃないの。確かに私の力……光の魔法は、他の魔法ではできないことができるけれど。だからといって、万能なわけじゃないのよ」
万能じゃない?確か、光の魔法は奇跡に例えられるらしいが……その時、俺の背後から、控えめなライラの声が聞こえてきた。
「……光のまほーは、まだ全然研究が進んでいないから。詳しい事はちっともわかってないんだよ」
俺とキサカが、ライラの方を向く。ライラはフランの後ろに隠れながらも、瞳をキラキラと輝かせていた。人見知ってはいるけれど、好奇心を抑えきれないようだ。
「けど、若返りなんてことができるまほー、聞いたことない。まほーは、時の流れには干渉できないんだ。まほーはマナを動かして発動する、流動的概念だけど、時間はマナを含まない、絶対的概念だから。それこそ、奇跡でも起きないかぎり……」
な、なるほど……?とりあえず、最後の部分だけは理解できた。キサカは薄く微笑む。
「あなたは、魔法のことをとてもよく知っているのね。お名前はなんていうの?」
「……ライラ」
「ライラちゃん。かわいい名前ね。ライラちゃんは、私の魔法のことを奇跡って言ったわね。けど、さっきも言ったみたいに、私の能力は万能じゃないわ。奇跡って言うのは、なんの制限もなく、それこそ何でもできることを言うんじゃないかしら」
「……違うの?」
「ええ。分かりやすい例えで言えば……ライラちゃんは、魔法が使えるの?」
「え。うん、使えるよ。ライラは大まほーつかいだから」
「そう、すごいのね。なら、強い魔法も使えるのかしら?」
「うん。もちろんだよ」
調子に乗ったライラは、偉そうにふんぞり返った。キサカは微笑みながら続ける。
「すごいわ。きっとあなたなら、魔物の大群だってやっつけられるのでしょうけれど……私の力では、小さなねずみ一匹だって、倒すことはできないの」
え?ああ、回復魔法だからってことか?
「私にできることは、傷を治すとか、そんなことばかり。戦うことは何一つできやしないわ。それこそ、誰かに守ってもらわないと、たった一匹の魔物にすら殺されてしまうくらい。こんな融通の利かない力を、奇跡だなんて呼べないでしょう?」
「え……?」
話しがおかしな方向に流れてきて、ライラは困惑しているようだ。代わりに俺が口を開く。
「キサカさんは、回復系の魔法しか使えないのか?」
「そう。より正確にいえば、光の魔法自体が、攻撃に全く転用できないの。光の魔法は全部で七つあるらしいけれど、そのどれも、戦いでは役にたたないわ」
「そう……なのか。けど、それでもすごい力じゃないか。怪我をすぐ治せるなら、戦いで役に立たないってこともないだろ?」
それでもキサカは、ゆるゆると首を横に振るばかりだ。
「治せると言っても、同時に何人もとか、次々に治療するとか、そういうことはできないの。それに、私自身もどんくさいから、最前線に出ることもできない。安全な後ろで、ただ守ってもらうばかり……本当に、役立たずで、卑怯な能力だわ。ごめんなさい。こんな私を、責めないでもらえるかしら」
俺は何も言えなくなってしまった。困ったな、そんなに卑下することもないだろうに。なんて言えばいいんだよ?俺が言葉に詰まっていたその時、また別の声が、するどく聞こえてきた。
「それ、嘘でしょ」
口を開いたのは、フランだった。嘘?
「えっと……あなたは……?」
「フランセス。それより、今の話。怪我を治せる魔法が、戦いで役に立たないはずがない。そうでしょ」
そう言ってフランは、エラゼムの方を向いた。エラゼムは少し慌てたが、それでも歴戦の騎士らしくしっかりと答える。
「そうですな。戦場において、治癒や補給といった後方支援はどれだけあっても困りません。後方という土台が無ければ、前線を積み上げることもままなりませぬから。戦いにおいて最も重要なことは、鍛え抜かれた軍隊よりも、切れることのない補給線です」
フランはうなずくと、視線をキサカに戻す。
「たとえあなた自身が非力でも、その力を使えば何人も助けることができるんだ。役に立てないはずがない。それなのに、ただ守られてたってことは、あなたにやる気がなかったからだとしか思えないんだけど」
う、うわ。フランの赤い視線が、キサカを射抜くように睨む。
「わたしたちを……この人を、あなたの慰めの道具にしないで」
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
====================
Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、
作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。
よければ見てみてください。
↓ ↓ ↓
https://twitter.com/ragoradonma
0
お気に入りに追加
123
あなたにおすすめの小説
魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます
ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう
どんどん更新していきます。
ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。
ハクスラ異世界に転生したから、ひたすらレベル上げしながらマジックアイテムを掘りまくって、飽きたら拾ったマジックアイテムで色々と遊んでみる物語
ヒィッツカラルド
ファンタジー
ハクスラ異世界✕ソロ冒険✕ハーレム禁止✕変態パラダイス✕脱線大暴走ストーリー=166万文字完結÷微妙に癖になる。
変態が、変態のために、変態が送る、変態的な少年のハチャメチャ変態冒険記。
ハクスラとはハックアンドスラッシュの略語である。敵と戦い、どんどんレベルアップを果たし、更に強い敵と戦いながら、より良いマジックアイテムを発掘するゲームのことを指す。
タイトルのままの世界で奮闘しながらも冒険を楽しむ少年のストーリーです。(タイトルに一部偽りアリ)
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
オタクおばさん転生する
ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。
天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。
投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双
たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。
ゲームの知識を活かして成り上がります。
圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる