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11章 夢の続き

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「ん……」

ロウランの記憶から戻ってきた俺は、ゆっくり目を開くと、ぱちぱちと数度しばたいた。どうやら、また意識を失っていたらしい。仲間たちが見下ろしているのを見るに、俺はまた倒れたんだろう。
ここでいつもなら、フランが膝枕をしてくれているのだが……今回は床にじかに寝っ転がされていた。ぬう、別にそう頼んだわけではないけれど、ないとないで寂しいもんだな……

「あ。目、覚めた?大丈夫?」

俺の傍らにいたフランが、いやに心配そうに顔をのぞき込んでくる。

「ああ……どうした?別に、いつものことだろ」

「いや、今回はそうじゃないっていうか……」

んん?どういうことだ?とにかく、体を起こそう。俺は手をついて、起き上がろうとし……
すかっ。うわ!手をついた床が、急に沈み込んだ。視界ががくっと傾く。なんだなんだ、底が抜けたのか?俺が手元を見ると、手が床にめり込んでいた。

「うえぇ?」

俺の手は、床を貫通していた。そう、まるで幽霊みたいに、手が床に触れないんだ。今気づいたけれど、俺の体も、床より少しだけ沈んでいる。

「な、な……」

俺は、自分の手を目の前にかざした。こちらを心配そうに見ているフランの姿が、うっすらと透けて見えている……

「ど、ど、ど……」

「気付いた?これ、どうなってるの」

「いや、俺も、さっぱり……」

フランはため息をついて、こちらに手を差し出してきた。俺はその手に触れようとしたが、やっぱりするりとすり抜ける。

「桜下さん、私はどうですか?」

今後はウィルが手のひらをこちらに向ける。俺がそこへ手を伸ばすと、ひんやりとしたウィルの手の感触が伝わって来た。

「おお、ウィルには触れるんだな」

「私には触れて、他のものには触れない……桜下さん、これって、まさか。そういうことなんですか?」

「え?」

「だから、桜下さん自身も、霊体化してるってことですよね?」

霊体化……?なるほど、それなら触れないのも納得だ。

「……でも、なんでだ?」

「さあ、それはさっぱり……桜下さんが能力を使って、意識を失ったあとに、気が付いたらそうなっていたんです」

じゃあ、原因はネクロマンスなのか?でもそういえば、いつもよりもディストーションハンドの震えが大きかったな。ファルマナにツボを押されてから魔力の出がいいので、それのせいかとも思ったが……
そう言えば、ファルマナはこんなことも言っていた。

(死霊に近づくということは、死に近づくということ……魂が重なることはあっても、混じり合ってはいけない……)

「あ。まさか、俺の体まで、死霊になりかけてるのか……?」

「えぇ!」

俺の能力は、自分の魂と死霊の魂とを同調させる術だ。度重なる同調で、俺の魂まで死霊の側に染まってきたのかもしれない。前にアニが言っていたっけ。死の気配に長く触れていると、死に惹かれやすくなるとか……

「たたた、大変じゃないですか!桜下さんまで、アンデッドになっちゃったってことですか!?」

ウィルは血相を変えて、俺の手を掴んで必死に擦る。そうすれば俺が実体を取り戻すとでもいうように。だが結果的には、俺の手がヒリヒリしただけだ。

「うぃ、ウィル。落ち着けって。まだ完全に染まったわけじゃない……たぶん。前に会ったネクロマンサーに言われたんだ。今後、こういうこともあるかもしれないから注意しろって」

「と、ということは、対処法もあるってことなんですね?」

「ああ、うん。対処法……」

ファルマナはなんて言っていたかな。確か、自分の魂を見失わないようにしろだとか……でも、それってどうすりゃいいんだ?とりあえず、それっぽい事を意識してみるけど……
果たして、俺が自分の魂を見つけられたのか、はたまた時間経過で収まったのか。それから数分ほどたつと、俺の体は元に戻ってくれた。ケツが床について、その感触が伝わってくる。

「ああよかった、元に戻ったぞ」

「ほっ……」

ウィルは胸を押さえて、ため息をついた。みんなも肩の力が抜けた表情をしているとりあえず、一安心だな。

「でも、どうして突然……」

っと、待てよ。そういや最近、能力を使う時、俺の右手がめり込むことが増えた気がする。もともとディストーションハンドを使う時には、右手の実体を失っていた。その効果が、じわじわと全身に及ぶようになっていったってことか……?

「もしかして、死霊術の使い過ぎ、ってことか……?」

自分の能力にデメリットがあるだなんて、考えたこともなかった。けど、これは……

「あ!でもその前に、みんなの傷を治さないと。特にフラン」

俺の“ファズ”がないと、アンデッドの傷を治せない。しかしフランは、断固とした態度で首を横に振った。

「こんな話をきいて、じゃあお願いなんて言うと思う?このままでいい」

「ばか、いいわけないだろ。そんなボロボロで」

「いい。わたしはほっといても平気なんだから。あなたの方が心配」

「一発くらいどうにかなるって。ほら、腕かせよ」

「い・や!」

「だあぁぁ!」

「……あんたたち、一生やってるつもり?おいてくわよ」

はっ。アルルカの冷静なツッコミで、俺とフランは我に返った。くうぅ、まさか、こいつに諭される日が来るなんて……!

「……けど、まあその通りだ。とりあえず、とっととここを出よう……」

興奮が冷めると、また疲れで頭がぼーっとしてきた。俺がこんなんじゃ、フランを治すどころじゃない。
俺は目をこすりながら、ロウランを見やる。

「ロウラン。何か持ってく物はあるか?そろそろ出発したいんだけど」

「うーん、とくには。しいて言えば、アタシの体くらいなの」

「ああ、そりゃそうだ」

柩の中の恐ろしいミイラが彼女の本体だ。けど、それだとまいったな。

「どうやって連れて行こうか?剥き出しはさすがにだし、かといって棺桶を持ち運ぶわけにもなぁ」

どこぞのRPGならいざ知らず、棺桶を引き摺り回して旅をしていたら正気を疑われるだろう。するとロウランは、「心配ないの♪」と胸を叩いた。

「ちょちょっとすれば、それは解決できると思うよ」

「へぇー。どうやるんだ?」

「えぇっと……それは、ちょっとハズカシイから、見ないでほしいの……」

ロウランは顔を赤らめて、目を伏せながら言った。あ、そ、そうですか。俺が慌てて顔を背けると、ロウランは自分の体に覆いかぶさって、何やらごそごそやっているようだ。しばらくすると、ロウランがこちらに振り返った。

「はい。これで大丈夫なの」

そう言ってロウランが差し出してきたのは、一抱えほどの長方形の箱だった。この部屋の床や壁と同じ、群青色をしている。

「なんだ、その箱?」

「んーと、簡易ベッドってところかな。この中にアタシの体が入ってるの」

「え!?」

そんな、まさか。箱は大きく見積もっても三十センチ程度しかないぞ。

「え、まさか砕いて詰めたのか……?」

「えぇ~?自分のカラダだよ?そんなことしないの」

「だ、だよな。でも、どうやって……?」

「うふふ。女の子には、いろいろ秘密があるの♪」

そう言われちゃ、もう何も言えない。俺はおとなしく、その箱を受け取った。恐ろしく軽い……水筒くらいにしか感じないぞ。俺は不気味に感じながらも、その箱を自分のカバンに詰めた。

「よし……じゃあ、これでオッケーだな」

いよいよ、この死者の都からおさらばする時が来た。どれくらいの時間が経ったのか……見当もつかないな。短くはないだろうが。

「それじゃ、とっとと行こう。もう、マジで限界だ……」

「あ。じゃあ、最後に。ちょっとだけ待ってほしいの」

「えぇ?いいけど、手短に頼むぞ……」

「うん。すぐに済むから」

何をする気だ?するとロウランは、棺のそばでひれ伏している……ミイラたちの所へ向かった。

「みんな。アタシ、ここを出ていくことにした」

ロウランが声を掛けると、ミイラたちは顔を上げて彼女を見た。

「ごめんね。アタシは、いいお姫様にはなれなかったの」

「……そんなことは、決してありません。ロウラン様は、間違いなく、我らの最高の姫君です」

「ほんと?だったら嬉しい。でもね、それも今日まででいいの。アタシがここを出ていけば、あなたたちはここに留まる理由はなくなる。アタシは勝手に幸せを探すから、みんなも自由になってほしいな」

「ロウラン様……」

「お願い。アタシの、最後の頼みなの」

ミイラたちは、食い入るようにロウランの顔を見つめた。彼らの顔は、仮面の下に隠れてうかがえない。彼らは今、どんなことを思っているのだろうか……

「……かしこまり、ました。我らは、お先にいとまを頂戴いたします」

「うん。ごめんね、こんなに待たせちゃって。アタシ、あなたたちの名前も知らないのに……」

「とんでもございません。我らは、ロウラン様の副葬品。初めから名などない我らにとって、そのお言葉だけで、十分でございます」

ミイラたちは、また深々と頭を下げた。ロウランは彼ら全員に目を向けると、くるりときびすを返して、こちらにすたすたと歩いてきた。

「行こう」

俺たちのわきを通り過ぎるときに、ロウランはぼそりとつぶやいた。俺たちは顔を見合わせると、彼女の後を追って、出口の扉へと向かう。
しんがりのエラゼムが扉をくぐり終えると、扉は再びずずずとスライドして、その口を閉ざしてしまった。扉が閉まるその瞬間、群青色の壁と床、そしてミイラたちの姿がちらりと見えた……
俺たちの目の前には、上へと続く階段があった。ここを上っていけば、上の遺跡に戻れるんだろう。

「あいつらは、自由になれたのか?」

俺が訊ねると、ロウランが背を向けたまま答えた。

「たぶん、大丈夫だと思うの。アタシがここを離れれば、少なくともあの人たちを縛る拘束力は消えてなくなるはず。その後どうするかは……あの人たちの、自由なの」

「そっか……そうだな。さーって、それじゃ頑張ってコイツを上るかぁ」

先へ続く階段は果てしなく、上の方は闇に閉ざされ見えない。果たして、ゴールは一体どこになるのか……

「これこそ、ほんとの最後の試練だな」

「桜下殿、無理はなさらないでください。フラン嬢よりも具合は悪いでしょうが、吾輩の背にお乗りくだされ」

エラゼムはそう言って背負っていた大剣を下ろすと、俺の前にかがみこんだ。確かに今この状態で、この階段を上り切る自信はないな……フランは片腕がくっついてないから、おんぶ役をエラゼムに譲る形になっている。何となく悔しそうなのは、俺の気のせいだろうか。

「悪いエラゼム、甘えさせてもらうわ」

「はい。せめて上までの間だけでもお休みください」

エラゼムの首に手を回すと、エラゼムは軽々俺を背負いあげた。彼の背中は、俺とライラをかばってできた傷で、ボコボコ凹んでいた。やっぱり早いうちに、直してやりたいな。

「では皆様。行きましょう」

俺たちは、最後の階段を上り始めた。
魔力を使い果たし、体力もとっくに限界のライラは、フランの背中に背負われた。小柄なライラなら、片腕でもなんとかおんぶができたのだ。そのフランは切り落とされた腕を口でくわえて、黙々と先に進んでいる。ウィルもしんどそうだったが、なんたって彼女は空を飛べるからな。逆にアルルカは地を踏みしめて上っている。天井が低いから、翼を広げると頭を打つからだろう。俺?俺はもう、気絶寸前だ。ただ、かっくり舟を漕ぐたんびに、エラゼムの鎧にガツガツ頭をぶつけるので、なかなか寝付くことができずにいた。
そして、ロウラン。彼女は俺たちの先頭に立って、すいすい階段を上っていく。やつもまた霊体だから、足取りは軽やかだ。ただその足取りとは異なり、押し黙った空気からは、少なくともワクワクしているわけじゃないことは伝わって来た。

「ロウラン。緊張してるのか?」

俺は、ロウランの背中に声を掛けてみた。どうせ眠れないからな。

「……してないって言ったら、嘘になると思うの。この上には何度も行ったけど、その外となると、全く知らない世界だから……」

「そっか。それに、時間も経ってるしなぁ……あの、さっきも言ったとは思うけど。上は、ロウランがいたころとは、だいぶ変わってると思うから……」

「うん。大丈夫、ショックを受けたりはしないよ。さすがに、もうみんないなくなっちゃってると思うし……けど」

「けど?」

「ちょびっとだけ、怖い、かな。外の世界には、アタシのことを知ってる人って、誰もいないんでしょ。アタシは、独りぼっちなの……」

そりゃたしかに、不安にもなるだろう。俺だってこの世界に来たての頃は、そうとう絶望的な感じだったし。

「でもさ、それは大丈夫だよ。だって、俺たちがいるからな」

「え?」

初めて、こちらをロウランが振り返った。その表情は、なんだか泣きそうな……けど、絶対に泣くもんかと固く誓っているような、不思議な表情だった。

「言っただろ。お前を手助けするってさ。道に迷うようだったら案内するし、知らないことがあったら教えるよ。だから、大丈夫さ」

「きゅんっ!」

え?ロウランが妙な声を出した。両房の髪を掴んで、頬に押し当てている。

「そ、それって、つまり……」

「ん?まぁなんてーか、お前が成仏できるように導くのが、俺の使命みたいなもんだから」

「使命……あなたは、人助けが趣味の人なの?」

「あはは、まさか。俺はもっと自分勝手な奴だよ。その辺も、あとで詳しく話さないとな……まあとにかく、もっと気楽に行けよ。きっと楽しい事とか嬉しい事も、たくさんあると思からさ」

ロウランは、目をぱちくりさせた。う、ちょっとクサイ台詞だったかな……

「……ふーん。ふふふ、オモシロイ人なの」

ロウランは笑うと、また前を向いた。

「確かに、あなたの言う通りなの。悪い事ばかりじゃない。箱の中で引きこもってるよりは、きっといいこともあるはずなの」

「そう思うぜ」

「うん。それに、これでやっと……夢の続きが、見れそうなの」

夢の続き……生前のロウランが、最期に耳にした言葉だ。それからずうっと、彼女は地の底で眠り続けてきた。自分の目を覚ましてくれる、白馬の王子が現れることを……奇しくもそれは、元勇者というなんとも中途半端な男によって遂げられた。確かにそれじゃ、夢が叶ったとは言い難いよな。

「ふ、ふあぁ……」

喋り疲れたか、強い眠気が襲ってきた。エラゼムの体は相変わらず堅いけど、なんかもう、どうでもよくなってきたかも……上まではまだまだ掛かりそうだ。俺もそろそろ、夢の世界に出向くとしよう。
俺は瞳を閉じた。



十二章へ続く
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