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11章 夢の続き
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「ん……」
ロウランの記憶から戻ってきた俺は、ゆっくり目を開くと、ぱちぱちと数度しばたいた。どうやら、また意識を失っていたらしい。仲間たちが見下ろしているのを見るに、俺はまた倒れたんだろう。
ここでいつもなら、フランが膝枕をしてくれているのだが……今回は床にじかに寝っ転がされていた。ぬう、別にそう頼んだわけではないけれど、ないとないで寂しいもんだな……
「あ。目、覚めた?大丈夫?」
俺の傍らにいたフランが、いやに心配そうに顔をのぞき込んでくる。
「ああ……どうした?別に、いつものことだろ」
「いや、今回はそうじゃないっていうか……」
んん?どういうことだ?とにかく、体を起こそう。俺は手をついて、起き上がろうとし……
すかっ。うわ!手をついた床が、急に沈み込んだ。視界ががくっと傾く。なんだなんだ、底が抜けたのか?俺が手元を見ると、手が床にめり込んでいた。
「うえぇ?」
俺の手は、床を貫通していた。そう、まるで幽霊みたいに、手が床に触れないんだ。今気づいたけれど、俺の体も、床より少しだけ沈んでいる。
「な、な……」
俺は、自分の手を目の前にかざした。こちらを心配そうに見ているフランの姿が、うっすらと透けて見えている……
「ど、ど、ど……」
「気付いた?これ、どうなってるの」
「いや、俺も、さっぱり……」
フランはため息をついて、こちらに手を差し出してきた。俺はその手に触れようとしたが、やっぱりするりとすり抜ける。
「桜下さん、私はどうですか?」
今後はウィルが手のひらをこちらに向ける。俺がそこへ手を伸ばすと、ひんやりとしたウィルの手の感触が伝わって来た。
「おお、ウィルには触れるんだな」
「私には触れて、他のものには触れない……桜下さん、これって、まさか。そういうことなんですか?」
「え?」
「だから、桜下さん自身も、霊体化してるってことですよね?」
霊体化……?なるほど、それなら触れないのも納得だ。
「……でも、なんでだ?」
「さあ、それはさっぱり……桜下さんが能力を使って、意識を失ったあとに、気が付いたらそうなっていたんです」
じゃあ、原因はネクロマンスなのか?でもそういえば、いつもよりもディストーションハンドの震えが大きかったな。ファルマナにツボを押されてから魔力の出がいいので、それのせいかとも思ったが……
そう言えば、ファルマナはこんなことも言っていた。
(死霊に近づくということは、死に近づくということ……魂が重なることはあっても、混じり合ってはいけない……)
「あ。まさか、俺の体まで、死霊になりかけてるのか……?」
「えぇ!」
俺の能力は、自分の魂と死霊の魂とを同調させる術だ。度重なる同調で、俺の魂まで死霊の側に染まってきたのかもしれない。前にアニが言っていたっけ。死の気配に長く触れていると、死に惹かれやすくなるとか……
「たたた、大変じゃないですか!桜下さんまで、アンデッドになっちゃったってことですか!?」
ウィルは血相を変えて、俺の手を掴んで必死に擦る。そうすれば俺が実体を取り戻すとでもいうように。だが結果的には、俺の手がヒリヒリしただけだ。
「うぃ、ウィル。落ち着けって。まだ完全に染まったわけじゃない……たぶん。前に会ったネクロマンサーに言われたんだ。今後、こういうこともあるかもしれないから注意しろって」
「と、ということは、対処法もあるってことなんですね?」
「ああ、うん。対処法……」
ファルマナはなんて言っていたかな。確か、自分の魂を見失わないようにしろだとか……でも、それってどうすりゃいいんだ?とりあえず、それっぽい事を意識してみるけど……
果たして、俺が自分の魂を見つけられたのか、はたまた時間経過で収まったのか。それから数分ほどたつと、俺の体は元に戻ってくれた。ケツが床について、その感触が伝わってくる。
「ああよかった、元に戻ったぞ」
「ほっ……」
ウィルは胸を押さえて、ため息をついた。みんなも肩の力が抜けた表情をしているとりあえず、一安心だな。
「でも、どうして突然……」
っと、待てよ。そういや最近、能力を使う時、俺の右手がめり込むことが増えた気がする。もともとディストーションハンドを使う時には、右手の実体を失っていた。その効果が、じわじわと全身に及ぶようになっていったってことか……?
「もしかして、死霊術の使い過ぎ、ってことか……?」
自分の能力にデメリットがあるだなんて、考えたこともなかった。けど、これは……
「あ!でもその前に、みんなの傷を治さないと。特にフラン」
俺の“ファズ”がないと、アンデッドの傷を治せない。しかしフランは、断固とした態度で首を横に振った。
「こんな話をきいて、じゃあお願いなんて言うと思う?このままでいい」
「ばか、いいわけないだろ。そんなボロボロで」
「いい。わたしはほっといても平気なんだから。あなたの方が心配」
「一発くらいどうにかなるって。ほら、腕かせよ」
「い・や!」
「だあぁぁ!」
「……あんたたち、一生やってるつもり?おいてくわよ」
はっ。アルルカの冷静なツッコミで、俺とフランは我に返った。くうぅ、まさか、こいつに諭される日が来るなんて……!
「……けど、まあその通りだ。とりあえず、とっととここを出よう……」
興奮が冷めると、また疲れで頭がぼーっとしてきた。俺がこんなんじゃ、フランを治すどころじゃない。
俺は目をこすりながら、ロウランを見やる。
「ロウラン。何か持ってく物はあるか?そろそろ出発したいんだけど」
「うーん、とくには。しいて言えば、アタシの体くらいなの」
「ああ、そりゃそうだ」
柩の中の恐ろしいミイラが彼女の本体だ。けど、それだとまいったな。
「どうやって連れて行こうか?剥き出しはさすがにだし、かといって棺桶を持ち運ぶわけにもなぁ」
どこぞのRPGならいざ知らず、棺桶を引き摺り回して旅をしていたら正気を疑われるだろう。するとロウランは、「心配ないの♪」と胸を叩いた。
「ちょちょっとすれば、それは解決できると思うよ」
「へぇー。どうやるんだ?」
「えぇっと……それは、ちょっとハズカシイから、見ないでほしいの……」
ロウランは顔を赤らめて、目を伏せながら言った。あ、そ、そうですか。俺が慌てて顔を背けると、ロウランは自分の体に覆いかぶさって、何やらごそごそやっているようだ。しばらくすると、ロウランがこちらに振り返った。
「はい。これで大丈夫なの」
そう言ってロウランが差し出してきたのは、一抱えほどの長方形の箱だった。この部屋の床や壁と同じ、群青色をしている。
「なんだ、その箱?」
「んーと、簡易ベッドってところかな。この中にアタシの体が入ってるの」
「え!?」
そんな、まさか。箱は大きく見積もっても三十センチ程度しかないぞ。
「え、まさか砕いて詰めたのか……?」
「えぇ~?自分のカラダだよ?そんなことしないの」
「だ、だよな。でも、どうやって……?」
「うふふ。女の子には、いろいろ秘密があるの♪」
そう言われちゃ、もう何も言えない。俺はおとなしく、その箱を受け取った。恐ろしく軽い……水筒くらいにしか感じないぞ。俺は不気味に感じながらも、その箱を自分のカバンに詰めた。
「よし……じゃあ、これでオッケーだな」
いよいよ、この死者の都からおさらばする時が来た。どれくらいの時間が経ったのか……見当もつかないな。短くはないだろうが。
「それじゃ、とっとと行こう。もう、マジで限界だ……」
「あ。じゃあ、最後に。ちょっとだけ待ってほしいの」
「えぇ?いいけど、手短に頼むぞ……」
「うん。すぐに済むから」
何をする気だ?するとロウランは、棺のそばでひれ伏している……ミイラたちの所へ向かった。
「みんな。アタシ、ここを出ていくことにした」
ロウランが声を掛けると、ミイラたちは顔を上げて彼女を見た。
「ごめんね。アタシは、いいお姫様にはなれなかったの」
「……そんなことは、決してありません。ロウラン様は、間違いなく、我らの最高の姫君です」
「ほんと?だったら嬉しい。でもね、それも今日まででいいの。アタシがここを出ていけば、あなたたちはここに留まる理由はなくなる。アタシは勝手に幸せを探すから、みんなも自由になってほしいな」
「ロウラン様……」
「お願い。アタシの、最後の頼みなの」
ミイラたちは、食い入るようにロウランの顔を見つめた。彼らの顔は、仮面の下に隠れてうかがえない。彼らは今、どんなことを思っているのだろうか……
「……かしこまり、ました。我らは、お先にいとまを頂戴いたします」
「うん。ごめんね、こんなに待たせちゃって。アタシ、あなたたちの名前も知らないのに……」
「とんでもございません。我らは、ロウラン様の副葬品。初めから名などない我らにとって、そのお言葉だけで、十分でございます」
ミイラたちは、また深々と頭を下げた。ロウランは彼ら全員に目を向けると、くるりと踵を返して、こちらにすたすたと歩いてきた。
「行こう」
俺たちのわきを通り過ぎるときに、ロウランはぼそりとつぶやいた。俺たちは顔を見合わせると、彼女の後を追って、出口の扉へと向かう。
しんがりのエラゼムが扉をくぐり終えると、扉は再びずずずとスライドして、その口を閉ざしてしまった。扉が閉まるその瞬間、群青色の壁と床、そしてミイラたちの姿がちらりと見えた……
俺たちの目の前には、上へと続く階段があった。ここを上っていけば、上の遺跡に戻れるんだろう。
「あいつらは、自由になれたのか?」
俺が訊ねると、ロウランが背を向けたまま答えた。
「たぶん、大丈夫だと思うの。アタシがここを離れれば、少なくともあの人たちを縛る拘束力は消えてなくなるはず。その後どうするかは……あの人たちの、自由なの」
「そっか……そうだな。さーって、それじゃ頑張ってコイツを上るかぁ」
先へ続く階段は果てしなく、上の方は闇に閉ざされ見えない。果たして、ゴールは一体どこになるのか……
「これこそ、ほんとの最後の試練だな」
「桜下殿、無理はなさらないでください。フラン嬢よりも具合は悪いでしょうが、吾輩の背にお乗りくだされ」
エラゼムはそう言って背負っていた大剣を下ろすと、俺の前にかがみこんだ。確かに今この状態で、この階段を上り切る自信はないな……フランは片腕がくっついてないから、おんぶ役をエラゼムに譲る形になっている。何となく悔しそうなのは、俺の気のせいだろうか。
「悪いエラゼム、甘えさせてもらうわ」
「はい。せめて上までの間だけでもお休みください」
エラゼムの首に手を回すと、エラゼムは軽々俺を背負いあげた。彼の背中は、俺とライラをかばってできた傷で、ボコボコ凹んでいた。やっぱり早いうちに、直してやりたいな。
「では皆様。行きましょう」
俺たちは、最後の階段を上り始めた。
魔力を使い果たし、体力もとっくに限界のライラは、フランの背中に背負われた。小柄なライラなら、片腕でもなんとかおんぶができたのだ。そのフランは切り落とされた腕を口でくわえて、黙々と先に進んでいる。ウィルもしんどそうだったが、なんたって彼女は空を飛べるからな。逆にアルルカは地を踏みしめて上っている。天井が低いから、翼を広げると頭を打つからだろう。俺?俺はもう、気絶寸前だ。ただ、かっくり舟を漕ぐたんびに、エラゼムの鎧にガツガツ頭をぶつけるので、なかなか寝付くことができずにいた。
そして、ロウラン。彼女は俺たちの先頭に立って、すいすい階段を上っていく。やつもまた霊体だから、足取りは軽やかだ。ただその足取りとは異なり、押し黙った空気からは、少なくともワクワクしているわけじゃないことは伝わって来た。
「ロウラン。緊張してるのか?」
俺は、ロウランの背中に声を掛けてみた。どうせ眠れないからな。
「……してないって言ったら、嘘になると思うの。この上には何度も行ったけど、その外となると、全く知らない世界だから……」
「そっか。それに、時間も経ってるしなぁ……あの、さっきも言ったとは思うけど。上は、ロウランがいたころとは、だいぶ変わってると思うから……」
「うん。大丈夫、ショックを受けたりはしないよ。さすがに、もうみんないなくなっちゃってると思うし……けど」
「けど?」
「ちょびっとだけ、怖い、かな。外の世界には、アタシのことを知ってる人って、誰もいないんでしょ。アタシは、独りぼっちなの……」
そりゃたしかに、不安にもなるだろう。俺だってこの世界に来たての頃は、そうとう絶望的な感じだったし。
「でもさ、それは大丈夫だよ。だって、俺たちがいるからな」
「え?」
初めて、こちらをロウランが振り返った。その表情は、なんだか泣きそうな……けど、絶対に泣くもんかと固く誓っているような、不思議な表情だった。
「言っただろ。お前を手助けするってさ。道に迷うようだったら案内するし、知らないことがあったら教えるよ。だから、大丈夫さ」
「きゅんっ!」
え?ロウランが妙な声を出した。両房の髪を掴んで、頬に押し当てている。
「そ、それって、つまり……」
「ん?まぁなんてーか、お前が成仏できるように導くのが、俺の使命みたいなもんだから」
「使命……あなたは、人助けが趣味の人なの?」
「あはは、まさか。俺はもっと自分勝手な奴だよ。その辺も、あとで詳しく話さないとな……まあとにかく、もっと気楽に行けよ。きっと楽しい事とか嬉しい事も、たくさんあると思からさ」
ロウランは、目をぱちくりさせた。う、ちょっとクサイ台詞だったかな……
「……ふーん。ふふふ、オモシロイ人なの」
ロウランは笑うと、また前を向いた。
「確かに、あなたの言う通りなの。悪い事ばかりじゃない。箱の中で引きこもってるよりは、きっといいこともあるはずなの」
「そう思うぜ」
「うん。それに、これでやっと……夢の続きが、見れそうなの」
夢の続き……生前のロウランが、最期に耳にした言葉だ。それからずうっと、彼女は地の底で眠り続けてきた。自分の目を覚ましてくれる、白馬の王子が現れることを……奇しくもそれは、元勇者というなんとも中途半端な男によって遂げられた。確かにそれじゃ、夢が叶ったとは言い難いよな。
「ふ、ふあぁ……」
喋り疲れたか、強い眠気が襲ってきた。エラゼムの体は相変わらず堅いけど、なんかもう、どうでもよくなってきたかも……上まではまだまだ掛かりそうだ。俺もそろそろ、夢の世界に出向くとしよう。
俺は瞳を閉じた。
十二章へ続く
「ん……」
ロウランの記憶から戻ってきた俺は、ゆっくり目を開くと、ぱちぱちと数度しばたいた。どうやら、また意識を失っていたらしい。仲間たちが見下ろしているのを見るに、俺はまた倒れたんだろう。
ここでいつもなら、フランが膝枕をしてくれているのだが……今回は床にじかに寝っ転がされていた。ぬう、別にそう頼んだわけではないけれど、ないとないで寂しいもんだな……
「あ。目、覚めた?大丈夫?」
俺の傍らにいたフランが、いやに心配そうに顔をのぞき込んでくる。
「ああ……どうした?別に、いつものことだろ」
「いや、今回はそうじゃないっていうか……」
んん?どういうことだ?とにかく、体を起こそう。俺は手をついて、起き上がろうとし……
すかっ。うわ!手をついた床が、急に沈み込んだ。視界ががくっと傾く。なんだなんだ、底が抜けたのか?俺が手元を見ると、手が床にめり込んでいた。
「うえぇ?」
俺の手は、床を貫通していた。そう、まるで幽霊みたいに、手が床に触れないんだ。今気づいたけれど、俺の体も、床より少しだけ沈んでいる。
「な、な……」
俺は、自分の手を目の前にかざした。こちらを心配そうに見ているフランの姿が、うっすらと透けて見えている……
「ど、ど、ど……」
「気付いた?これ、どうなってるの」
「いや、俺も、さっぱり……」
フランはため息をついて、こちらに手を差し出してきた。俺はその手に触れようとしたが、やっぱりするりとすり抜ける。
「桜下さん、私はどうですか?」
今後はウィルが手のひらをこちらに向ける。俺がそこへ手を伸ばすと、ひんやりとしたウィルの手の感触が伝わって来た。
「おお、ウィルには触れるんだな」
「私には触れて、他のものには触れない……桜下さん、これって、まさか。そういうことなんですか?」
「え?」
「だから、桜下さん自身も、霊体化してるってことですよね?」
霊体化……?なるほど、それなら触れないのも納得だ。
「……でも、なんでだ?」
「さあ、それはさっぱり……桜下さんが能力を使って、意識を失ったあとに、気が付いたらそうなっていたんです」
じゃあ、原因はネクロマンスなのか?でもそういえば、いつもよりもディストーションハンドの震えが大きかったな。ファルマナにツボを押されてから魔力の出がいいので、それのせいかとも思ったが……
そう言えば、ファルマナはこんなことも言っていた。
(死霊に近づくということは、死に近づくということ……魂が重なることはあっても、混じり合ってはいけない……)
「あ。まさか、俺の体まで、死霊になりかけてるのか……?」
「えぇ!」
俺の能力は、自分の魂と死霊の魂とを同調させる術だ。度重なる同調で、俺の魂まで死霊の側に染まってきたのかもしれない。前にアニが言っていたっけ。死の気配に長く触れていると、死に惹かれやすくなるとか……
「たたた、大変じゃないですか!桜下さんまで、アンデッドになっちゃったってことですか!?」
ウィルは血相を変えて、俺の手を掴んで必死に擦る。そうすれば俺が実体を取り戻すとでもいうように。だが結果的には、俺の手がヒリヒリしただけだ。
「うぃ、ウィル。落ち着けって。まだ完全に染まったわけじゃない……たぶん。前に会ったネクロマンサーに言われたんだ。今後、こういうこともあるかもしれないから注意しろって」
「と、ということは、対処法もあるってことなんですね?」
「ああ、うん。対処法……」
ファルマナはなんて言っていたかな。確か、自分の魂を見失わないようにしろだとか……でも、それってどうすりゃいいんだ?とりあえず、それっぽい事を意識してみるけど……
果たして、俺が自分の魂を見つけられたのか、はたまた時間経過で収まったのか。それから数分ほどたつと、俺の体は元に戻ってくれた。ケツが床について、その感触が伝わってくる。
「ああよかった、元に戻ったぞ」
「ほっ……」
ウィルは胸を押さえて、ため息をついた。みんなも肩の力が抜けた表情をしているとりあえず、一安心だな。
「でも、どうして突然……」
っと、待てよ。そういや最近、能力を使う時、俺の右手がめり込むことが増えた気がする。もともとディストーションハンドを使う時には、右手の実体を失っていた。その効果が、じわじわと全身に及ぶようになっていったってことか……?
「もしかして、死霊術の使い過ぎ、ってことか……?」
自分の能力にデメリットがあるだなんて、考えたこともなかった。けど、これは……
「あ!でもその前に、みんなの傷を治さないと。特にフラン」
俺の“ファズ”がないと、アンデッドの傷を治せない。しかしフランは、断固とした態度で首を横に振った。
「こんな話をきいて、じゃあお願いなんて言うと思う?このままでいい」
「ばか、いいわけないだろ。そんなボロボロで」
「いい。わたしはほっといても平気なんだから。あなたの方が心配」
「一発くらいどうにかなるって。ほら、腕かせよ」
「い・や!」
「だあぁぁ!」
「……あんたたち、一生やってるつもり?おいてくわよ」
はっ。アルルカの冷静なツッコミで、俺とフランは我に返った。くうぅ、まさか、こいつに諭される日が来るなんて……!
「……けど、まあその通りだ。とりあえず、とっととここを出よう……」
興奮が冷めると、また疲れで頭がぼーっとしてきた。俺がこんなんじゃ、フランを治すどころじゃない。
俺は目をこすりながら、ロウランを見やる。
「ロウラン。何か持ってく物はあるか?そろそろ出発したいんだけど」
「うーん、とくには。しいて言えば、アタシの体くらいなの」
「ああ、そりゃそうだ」
柩の中の恐ろしいミイラが彼女の本体だ。けど、それだとまいったな。
「どうやって連れて行こうか?剥き出しはさすがにだし、かといって棺桶を持ち運ぶわけにもなぁ」
どこぞのRPGならいざ知らず、棺桶を引き摺り回して旅をしていたら正気を疑われるだろう。するとロウランは、「心配ないの♪」と胸を叩いた。
「ちょちょっとすれば、それは解決できると思うよ」
「へぇー。どうやるんだ?」
「えぇっと……それは、ちょっとハズカシイから、見ないでほしいの……」
ロウランは顔を赤らめて、目を伏せながら言った。あ、そ、そうですか。俺が慌てて顔を背けると、ロウランは自分の体に覆いかぶさって、何やらごそごそやっているようだ。しばらくすると、ロウランがこちらに振り返った。
「はい。これで大丈夫なの」
そう言ってロウランが差し出してきたのは、一抱えほどの長方形の箱だった。この部屋の床や壁と同じ、群青色をしている。
「なんだ、その箱?」
「んーと、簡易ベッドってところかな。この中にアタシの体が入ってるの」
「え!?」
そんな、まさか。箱は大きく見積もっても三十センチ程度しかないぞ。
「え、まさか砕いて詰めたのか……?」
「えぇ~?自分のカラダだよ?そんなことしないの」
「だ、だよな。でも、どうやって……?」
「うふふ。女の子には、いろいろ秘密があるの♪」
そう言われちゃ、もう何も言えない。俺はおとなしく、その箱を受け取った。恐ろしく軽い……水筒くらいにしか感じないぞ。俺は不気味に感じながらも、その箱を自分のカバンに詰めた。
「よし……じゃあ、これでオッケーだな」
いよいよ、この死者の都からおさらばする時が来た。どれくらいの時間が経ったのか……見当もつかないな。短くはないだろうが。
「それじゃ、とっとと行こう。もう、マジで限界だ……」
「あ。じゃあ、最後に。ちょっとだけ待ってほしいの」
「えぇ?いいけど、手短に頼むぞ……」
「うん。すぐに済むから」
何をする気だ?するとロウランは、棺のそばでひれ伏している……ミイラたちの所へ向かった。
「みんな。アタシ、ここを出ていくことにした」
ロウランが声を掛けると、ミイラたちは顔を上げて彼女を見た。
「ごめんね。アタシは、いいお姫様にはなれなかったの」
「……そんなことは、決してありません。ロウラン様は、間違いなく、我らの最高の姫君です」
「ほんと?だったら嬉しい。でもね、それも今日まででいいの。アタシがここを出ていけば、あなたたちはここに留まる理由はなくなる。アタシは勝手に幸せを探すから、みんなも自由になってほしいな」
「ロウラン様……」
「お願い。アタシの、最後の頼みなの」
ミイラたちは、食い入るようにロウランの顔を見つめた。彼らの顔は、仮面の下に隠れてうかがえない。彼らは今、どんなことを思っているのだろうか……
「……かしこまり、ました。我らは、お先にいとまを頂戴いたします」
「うん。ごめんね、こんなに待たせちゃって。アタシ、あなたたちの名前も知らないのに……」
「とんでもございません。我らは、ロウラン様の副葬品。初めから名などない我らにとって、そのお言葉だけで、十分でございます」
ミイラたちは、また深々と頭を下げた。ロウランは彼ら全員に目を向けると、くるりと踵を返して、こちらにすたすたと歩いてきた。
「行こう」
俺たちのわきを通り過ぎるときに、ロウランはぼそりとつぶやいた。俺たちは顔を見合わせると、彼女の後を追って、出口の扉へと向かう。
しんがりのエラゼムが扉をくぐり終えると、扉は再びずずずとスライドして、その口を閉ざしてしまった。扉が閉まるその瞬間、群青色の壁と床、そしてミイラたちの姿がちらりと見えた……
俺たちの目の前には、上へと続く階段があった。ここを上っていけば、上の遺跡に戻れるんだろう。
「あいつらは、自由になれたのか?」
俺が訊ねると、ロウランが背を向けたまま答えた。
「たぶん、大丈夫だと思うの。アタシがここを離れれば、少なくともあの人たちを縛る拘束力は消えてなくなるはず。その後どうするかは……あの人たちの、自由なの」
「そっか……そうだな。さーって、それじゃ頑張ってコイツを上るかぁ」
先へ続く階段は果てしなく、上の方は闇に閉ざされ見えない。果たして、ゴールは一体どこになるのか……
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「桜下殿、無理はなさらないでください。フラン嬢よりも具合は悪いでしょうが、吾輩の背にお乗りくだされ」
エラゼムはそう言って背負っていた大剣を下ろすと、俺の前にかがみこんだ。確かに今この状態で、この階段を上り切る自信はないな……フランは片腕がくっついてないから、おんぶ役をエラゼムに譲る形になっている。何となく悔しそうなのは、俺の気のせいだろうか。
「悪いエラゼム、甘えさせてもらうわ」
「はい。せめて上までの間だけでもお休みください」
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魔力を使い果たし、体力もとっくに限界のライラは、フランの背中に背負われた。小柄なライラなら、片腕でもなんとかおんぶができたのだ。そのフランは切り落とされた腕を口でくわえて、黙々と先に進んでいる。ウィルもしんどそうだったが、なんたって彼女は空を飛べるからな。逆にアルルカは地を踏みしめて上っている。天井が低いから、翼を広げると頭を打つからだろう。俺?俺はもう、気絶寸前だ。ただ、かっくり舟を漕ぐたんびに、エラゼムの鎧にガツガツ頭をぶつけるので、なかなか寝付くことができずにいた。
そして、ロウラン。彼女は俺たちの先頭に立って、すいすい階段を上っていく。やつもまた霊体だから、足取りは軽やかだ。ただその足取りとは異なり、押し黙った空気からは、少なくともワクワクしているわけじゃないことは伝わって来た。
「ロウラン。緊張してるのか?」
俺は、ロウランの背中に声を掛けてみた。どうせ眠れないからな。
「……してないって言ったら、嘘になると思うの。この上には何度も行ったけど、その外となると、全く知らない世界だから……」
「そっか。それに、時間も経ってるしなぁ……あの、さっきも言ったとは思うけど。上は、ロウランがいたころとは、だいぶ変わってると思うから……」
「うん。大丈夫、ショックを受けたりはしないよ。さすがに、もうみんないなくなっちゃってると思うし……けど」
「けど?」
「ちょびっとだけ、怖い、かな。外の世界には、アタシのことを知ってる人って、誰もいないんでしょ。アタシは、独りぼっちなの……」
そりゃたしかに、不安にもなるだろう。俺だってこの世界に来たての頃は、そうとう絶望的な感じだったし。
「でもさ、それは大丈夫だよ。だって、俺たちがいるからな」
「え?」
初めて、こちらをロウランが振り返った。その表情は、なんだか泣きそうな……けど、絶対に泣くもんかと固く誓っているような、不思議な表情だった。
「言っただろ。お前を手助けするってさ。道に迷うようだったら案内するし、知らないことがあったら教えるよ。だから、大丈夫さ」
「きゅんっ!」
え?ロウランが妙な声を出した。両房の髪を掴んで、頬に押し当てている。
「そ、それって、つまり……」
「ん?まぁなんてーか、お前が成仏できるように導くのが、俺の使命みたいなもんだから」
「使命……あなたは、人助けが趣味の人なの?」
「あはは、まさか。俺はもっと自分勝手な奴だよ。その辺も、あとで詳しく話さないとな……まあとにかく、もっと気楽に行けよ。きっと楽しい事とか嬉しい事も、たくさんあると思からさ」
ロウランは、目をぱちくりさせた。う、ちょっとクサイ台詞だったかな……
「……ふーん。ふふふ、オモシロイ人なの」
ロウランは笑うと、また前を向いた。
「確かに、あなたの言う通りなの。悪い事ばかりじゃない。箱の中で引きこもってるよりは、きっといいこともあるはずなの」
「そう思うぜ」
「うん。それに、これでやっと……夢の続きが、見れそうなの」
夢の続き……生前のロウランが、最期に耳にした言葉だ。それからずうっと、彼女は地の底で眠り続けてきた。自分の目を覚ましてくれる、白馬の王子が現れることを……奇しくもそれは、元勇者というなんとも中途半端な男によって遂げられた。確かにそれじゃ、夢が叶ったとは言い難いよな。
「ふ、ふあぁ……」
喋り疲れたか、強い眠気が襲ってきた。エラゼムの体は相変わらず堅いけど、なんかもう、どうでもよくなってきたかも……上まではまだまだ掛かりそうだ。俺もそろそろ、夢の世界に出向くとしよう。
俺は瞳を閉じた。
十二章へ続く
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マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。
天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。
投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
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貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
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この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
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お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
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注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
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若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双
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事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。
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【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
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克全
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「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
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