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11章 夢の続き

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「それに……みんなも。よく戻ってきてくれたよ」

俺は視線を上げた。仲間たちが、次々と意識を取り戻して、体を起こしていた。

「お……おぉ、桜下殿!ご無事でしたか」

「ああ。見ての通りさ」

「桜下!ほんものの、桜下だよね?あの、ドロドロになっちゃってたりは……?」

「ははは、大丈夫だよ。あれは正真正銘、俺の偽物だ。俺はずーっと、最初からここにいたんだ」

あの時、霧に飲まれてから。この部屋の中で、俺は最初に目が覚めた。正確かは分からないけれど、たぶんほんの一瞬だけ気絶していたんだと思う。あまり時間が経っていたら、それこそ空腹で、立ち上がる事すらできなかっただろう。
目が覚めた俺は、みんなが気を失ったように動かなくなっていることに気付いた。アンデッドは眠らないはずなのに、幽霊であるウィルも、ヴァンパイアのアルルカも、まったく目を覚まさない。まるで、魂が吸い取られてしまったように思えて、一人でめちゃくちゃ焦ったもんだ。
そんな事をかいつまんで説明すると、エラゼムが信じられないとばかりに首を振った。

「なんと……吾輩たちは、幻の中に閉じ込められていたのですか。どうりで、摩訶不思議なことが次々と……桜下殿は、吾輩たちの置かれていた状況を把握されているのですか?」

「ああ。ほら、そこにでっかいガラス盤があるだろ。そこにみんなのことが映ってたんだ」

俺が指さした先には、楕円形をした、大きなガラスのモニター(っぽいもの)が置かれていた。霧が晴れると、いつの間にかそこにあったんだ。慌てふためいていた俺は、そこに映しだされたものを見て、ようやく事態を把握できたのだった。

「たぶんあれが、最後の試練だったんだろうな。本来は俺も囚われていたのかもしれないけど、俺が招かれているからか、あるいは一人が偽物役として残されるのか……とにかく、画面の前で念を送り続けてたよ。たのむ、気付いてくれー!って」

まるで、自分の進退がかかった裁判を傍聴している気分だった。手に汗握るとは、まさにあのことだろう。

「あの……桜下さんは、ほんとに何ともなかったんですよね?つまり、あの、偽物の桜下さんが現れても……」

ウィルが、おずおずと訊ねる。言い淀むのもわかるな。俺だって、“奴”のことを思い出すのは、いい気分じゃない。

「もちろん俺に影響はなかったけど……自分で言うのもなんだけど、すっげー気味悪かったよ。あいつ、本当に俺にそっくりだった」

「……はい」

ウィルは瞳を伏してうなずく。

「あいつは……これは、完全に予想なんだけど。あいつは、あの一瞬だけは、俺自身だったんだと思うんだ」

「それは……?」

「つまり、俺と同じ体、同じ記憶、同じ思考回路を持つ、幻。俺という人間を、完璧にコピーした偽物。俺じゃないという点を除いては、条件的にはあいつは、俺と何もかも同じだった。ただ、さすがに疲れ具合と、胃袋の中身まではコピーできなかったみたいだけどな」

あいつは、偽物だ。だが、生物学的には、俺とあいつは同一の存在だったんじゃないかと思う。俺という人間をよく知らない人が見たなら、全く区別がつかないほどに。

「たぶんあいつは、自分が偽物だってことも自覚していなかったんじゃないか。あの時、あの場では、あいつは自分が本物だと思い込んで思考し、発言し、行動していた……ずっと見ていたけど、そんな風に感じだよ」

少なくとも俺の目には、あいつがみんなを欺こうとしているようには映らなかった。本当に自然体で、俺とそっくりで……だからこそ、すさまじい嫌悪感を覚えたんだけど。

「……じゃあ」

ん?ウィルが、顔を真っ青にしてぼそりとつぶやく。

「じゃあ……まさか、私たちは……幻とは言え、桜下さん自身を……?」

「……それは違うよ」

のそり。俺の腹に顔をうずめていたフランが、ゆっくりと体を起こした。

「ウィル。違う。あれは、幻だったんだ」

「フランさん……でも」

「確かにあれは、この人にそっくりだった。でも、決定的に違うところがあった。体力とか、そういうんじゃなくて。もっと最初に気付くべきだった。みんなも、なんとなく分かってたんじゃない?」

「え……?」

決定的に違う?なんだろう。元気かフラフラかっていう、あれ以外でか?フランが続きを口にする。

「魂だよ。アレには、魂が宿っていなかった。一番最初にあの場に来た時、わたしはそれを感じたんだ。まさかと思って、勘違いだと決めつけちゃったけど」

ああ。そういや、フランはあのガラス張りの所に来た時、不思議そうに首をかしげていたっけ。あれは、そういうことだったのか。ウィルも思い当たる節があるらしい。

「あ……確かに、言われてみれば。いつもあったものが、なかったような……そんな感じがしたかも……」

「そうでしょ。どんなに精巧なコピーを用意したって、そこに魂が宿っていないなら……そんなの、本物じゃない。だってわたしたちは、魂で繋がってるんだから」

そう言ってフランは、赤い瞳をこちらに向けた。そうでしょう?とでも言いたげな、拗ねたような、甘えたような瞳。俺は思わず、くすりとほほ笑んだ。

「そうだな。どんなにすごい仕掛けでも、魂までは真似できなかったってことか……あいつはやっぱり、偽物だったんだ」

俺がそう言うと、ウィルの表情はいくばくか和らいだ。ま、気持ちは分かるな。俺だって、仲間の誰かを偽物だと糾弾するなんて、やりたくもないさ。

「……っと。そうだそうだ、みんな。次への扉が開いてるんだぜ。ほら」

俺は振り返って、後方を見る。そこには、透明なガラスの階段が……あまりにも透明度が高くて、まるで光の階段のようだが……上へと続いていた。

「俺の偽物が消えるのと同時に、あれが現れたんだ。たぶんあそこを登れば、お姫さまのいるところに行けるはずだ」

俺たちはついに、すべての試練を突破したのだ。あの光の階段の先に、お姫さまが……そして、地上への出口が待っている。

「いよいよですね……!」

ウィルが気合を入れる。うん、もうすっかり立ち直った様子だ。俺はフランの背中をぽんぽんと叩くと、立ち上がるよう促した。

「さ、そろそろ行こうぜ。お姫さまがお待ちだし……いい加減、腹ペコなんだ」

まだ俺は、なんとか自分の足で歩けるが……たぶんそれも、そう長くはないだろう。

(きっちぃなぁ。けど、もうひと踏ん張りだ)

光の階段は、例にもよって天井の縦穴へと向かって伸びている。すでに足元がおぼつかない俺は、フランに肩を借りながら、それを登っていった。足を乗せるたびに、階段はポーンと、鉄琴のような音を発した。上へと昇るにつれて、その音が次第に高くなってくる。次のフロアの入り口が見えてくる頃には、ガラスを弾いた様な甲高い音になっていた。キー……ン。

「ここが……とうとう着いたみたいだな」

ついに、最後のフロアへとたどり着いた。最後かどうかは俺の勘だけど。お姫さまのいるところなら、普通は最上階なんじゃないか?
ともかく、そこはこれまでのだだっ広い部屋よりもはるかに小さい、ドーム型の空間だった。床も天井も、きらきらとしたスパンコールを散りばめた、群青色のガラスでできている。まるで星空のようで、天球儀プラネタリウムの中にいるみたいだと、俺は思った。

「やっと、来てくれた……♪」

ぞわわっ。俺の背中に震えが走る。また、あの声だ!今度は耳元ではなく、真正面から聞こえてきた。俺は声の方へ目を向ける。
部屋の中央には、大きな箱が置かれていた。色とりどりの宝石で装飾された、美しい縦長の箱……棺だ。俺は、直感的にそう思った。その棺の上に、誰かが腰かけている。

「待っていたの……アタシの、旦那様……♪」

そいつは、狂気をたたえた目で、笑った。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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