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11章 夢の続き
7-1 遺嶺洞
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7-1 遺嶺洞
「ここが、遺嶺洞か……」
俺は馬車の窓から頭を突き出して、目の前に迫って来る遺跡の入り口を見上げている。大きな遺跡だ。両側が切り立った崖になった谷の一番奥に、その洞窟はある。入り口には太い石柱が立ち並び、柱には蛇やドラゴン、ライオンやグリフォンなどのレリーフが彫りつけられていた。多少風雨で劣化しているが、それでも精巧な作りだってことは見て取れる。
「大した技術力だな。こんな立派なモンを作り上げるなんて」
『かつて、この遺跡にはとある部族の王族が住んでいたと言います。そのせいでしょう』
アニの説明に、俺はうなずく。それじゃ、ここは元の世界で言うところの、エジプトの王墓みたいなもんなんだろう。
ついに馬車隊の先頭が、遺跡の中へと入っていく。突入前、部隊長であるヘイズは俺たちの馬車へとやってきた。
「お前たち。協力してくれるんだったな?なら、さっそく頼みたいんだが」
「ああ。どう動けばいい?」
「そうだな……陣の外側は、俺たちで固める。俺たちの方が、ここの地理には詳しいだろう。お前たちは、エドガー隊長の馬車を守ってくれ。あそこが一番、逃げ足が遅いからな」
「わかった。もしなんかあった時は、こっちで勝手に動かせてもらうけど。いいか?」
「了解だ。ただ、でかい魔法を撃つときは言えよ?巻き添えで黒焦げになるだなんて、笑えもしねぇぞ」
ヘイズがちらりとライラに視線を送ると、ライラは挑戦的にその眼を見つめ返した。狭い洞窟じゃ、ライラが使える魔法も限られてくる。そこはちゃんと事前に話し合っていたし、対策も立案済みだ。
「ま、任せとけって。指一本触れさせないどころか、眠りも妨げさせやしないよ」
かくして、俺たちはエドガーの馬車の周りに固まった。馬車の屋根の上に、俺とライラ、そしてフランがよじ登った。前線向きじゃない二人と、目のいいフランが高い所から監視をするわけだ。そのさらに上をウィルが飛ぶ。ウィルは、フランほど夜目は利かないけど、なにより視認されないのが強みだ。エラゼムとアルルカは、それぞれ馬車の両脇を歩いている。
「それでは、前進!」
ヘイズの号令と共に、部隊は真っ暗な洞窟をゆっくりと進み始めた。連なる馬車の周りには、松明を持った兵士が何人も立って、道を照らしている。おかげで洞窟内部の様子は、ある程度見渡せた。
「ふわぁ……」
上を見上げたライラがため息を漏らした。俺もつられて上を向く。
洞窟の天井には。鍾乳洞のような石筍が無数に生えている。高い天井だ……松明の明かりも十分には届かず、その輪郭を照らすのみだ。そして時々、鍾乳石の合間に、巨大な石のレリーフが現れる。天井いっぱいに広がったレリーフには、何かの絵が描かれているようだ。暗くてよく見えないが、あんなに高い所の、さらに石のレリーフに、どうやって天井画を彫りつけたんだろうか。
「ここが恐ろしい場所じゃなければ、本当に壮観な遺跡なんでしょうね……」
ウィルのつぶやきに、俺は無言でうなずいた。
もともとたいして早くなかった馬車の速度は、洞窟に入ったことでさらに半分以下に遅くなってしまった。暗闇に目を凝らすせいで、そろそろとしか進めないんだ。おまけに神経も使うから、休憩も増える。こんな不気味な場所、とっとと通り抜けたい気持ちとは裏腹に、俺たちは実にゆっくりとしか進めなかった。
「耐えねばなりません。浮足立って和を乱せば、たちまちモンスターの襲撃を受けましょう」
休憩中、馬車のそばにやって来たエラゼムが、行く手の闇を見つめながら言った。俺は馬車の上から、恐る恐る訊ねる。
「エラゼム、まさか、気配とか感じるのか……?」
「はっきりと申し上げることはできませぬが。なにやら、じっとこちらの様子をうかがっているような、押し殺したような息遣いを感じております」
うへっ。思わずぶるりと背中が震える。すると、フランもその話にうなずいた。
「わたしも。何かに、ずっと見られてる。洞窟に入った時から、ずっと」
「……」
休憩中だというのに、ちっとも休まらない。この洞窟を抜けるまで、俺は後ろを振り向けないだろう……その“何か”と目が合いでもしたら、卒倒しそうだ。
「……フラン。その視線、実は俺がずっと見てたんだって言ったらどうする?」
「は、はあ!?くだらない冗談言わないで!」
フランは頬を赤らめると、噛みつかんばかりにこちらを睨んだ。はは……こんな冗談を言っても、ちっとも気分が晴れない。
その時だった。
「みぃーつけた……♪」
ぞわわっ。全身の毛が逆立つ。右耳に、何かが擦れるようなカサカサした音。俺は飛び上がった。
「うわあああぁぁぁ!」
「きゃああぁあああああ!?」
俺の絶叫よりも、ウィルの悲鳴の方が大きかった。ライラはびっくりして、馬車の屋根から転げ落ちそうになった。
「っ!敵!?」
「桜下殿、どうかなされたか!」
フランとエラゼムが、即座に臨戦態勢に入る。だがすぐに、二人とも困惑した表情になった。
「……何も、見えないけど」
フランが、注意深くあたりを睨みながらも言う。俺は恐る恐る、右後ろを振り返った。何もいない……厳密には、胸を押さえて荒い息をするウィルがいたけど、それ以外には誰もいなかった。
「ばかぁ!桜下さんのバカバカ!心臓が止まるかと思いましたよ!」
涙目になったウィルに襟首を掴まれ、俺はがくがく揺さぶられた。
「……まさか、また冗談だったの」
フランの冷ややかな視線。さっきとは違って、はっきりと嫌悪感が見て取れる。俺は慌てて釈明した。
「ち、ちが……ええい、ウィル!ちょっと放してくれ!俺だって、驚いたんだってば」
ウィルの拘束から逃れると、俺は改めて、みんなの顔を見回した。
「みんな……誰も、聞こえなかったのか?」
「何が?」とフラン。
「声だよ。俺の耳元で、ただ一言だけ、“みぃつけた”って……」
「耳元……」
フランは、べそをかくウィルを見つめる。ウィルはその視線に気づくと、ぶんぶんと首を振った。
「ま、まさか!私じゃありません!」
「だよね。そんなに取り乱してるし」
うん。確かにウィルなら、俺の背後に忍び寄ることはできるだろうけど。流石に、空気の読めない悪ふざけをする奴じゃないことくらい分かる。
「耳のいいフランにも聞こえなかったのか……けど、絶対聞き間違いじゃないぞ。それくらいはっきり聞いたんだ。ウィル、何か見たりしなかったか?」
「い、いいえ……ずっと桜下さんの背後を見ていたわけではありませんが……けど、誰かが忍び寄ってたとかは、ないと思います」
「だ、よな……」
なんせ、俺が今いるのは馬車の屋根の上だ。誰かがよじ登ってきたら、一発で分かる。
「すると、声だけが聞こえたことになるのか……?」
どうしよう、だんだん不安になってきた。俺にしか聞こえていないとなると、空耳や幻聴の可能性も出てくるじゃないか。
「でも、そんなまさか……だって、あんなにはっきり聞こえたのに……」
『あるのではないですか。主様にしか聞こえない声、という可能性も』
え?だしぬけに、シャツの下からアニの声が聞こえてきた。
「アニ?そりゃ、一体……」
『主様は、ここに居る全員とも異なる点があるでしょう』
異なる点……
「……あ!まさか、ネクロマンスか!?」
なるほど、そういうことか。みんなも納得したようにうなずく。
「そっか、私たちに聞こえなくても、ネクロマンサーである桜下さんになら……って、ことですよね?」
小首をかしげるウィルに、俺はうなずく。
「ああ。それでもって、姿が見えない事にも説明がつきそうだ。もしも霊魂タイプのアンデッドだったら、瞬時に姿を消せそうだしな」
「なら、桜下さんは、幽霊の声を聞いたってことですか……?」
う、そう言われると、かなり不気味に聞こえるな。ウィルも幽霊だから、日常茶飯事っちゃそうなんだけど……
「さすがに、場所が、場所だしな……」
よりにもよって、いわくつきの遺跡の中で聞こえたなんて。しかも、内容が“みぃつけた”だ……
「……ここから先は、姿の見えない敵にも気を付けたほうがいいかもね」
苦々し気にフランがつぶやく。俺は肩を落とすことしかできなかった。
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「ここが、遺嶺洞か……」
俺は馬車の窓から頭を突き出して、目の前に迫って来る遺跡の入り口を見上げている。大きな遺跡だ。両側が切り立った崖になった谷の一番奥に、その洞窟はある。入り口には太い石柱が立ち並び、柱には蛇やドラゴン、ライオンやグリフォンなどのレリーフが彫りつけられていた。多少風雨で劣化しているが、それでも精巧な作りだってことは見て取れる。
「大した技術力だな。こんな立派なモンを作り上げるなんて」
『かつて、この遺跡にはとある部族の王族が住んでいたと言います。そのせいでしょう』
アニの説明に、俺はうなずく。それじゃ、ここは元の世界で言うところの、エジプトの王墓みたいなもんなんだろう。
ついに馬車隊の先頭が、遺跡の中へと入っていく。突入前、部隊長であるヘイズは俺たちの馬車へとやってきた。
「お前たち。協力してくれるんだったな?なら、さっそく頼みたいんだが」
「ああ。どう動けばいい?」
「そうだな……陣の外側は、俺たちで固める。俺たちの方が、ここの地理には詳しいだろう。お前たちは、エドガー隊長の馬車を守ってくれ。あそこが一番、逃げ足が遅いからな」
「わかった。もしなんかあった時は、こっちで勝手に動かせてもらうけど。いいか?」
「了解だ。ただ、でかい魔法を撃つときは言えよ?巻き添えで黒焦げになるだなんて、笑えもしねぇぞ」
ヘイズがちらりとライラに視線を送ると、ライラは挑戦的にその眼を見つめ返した。狭い洞窟じゃ、ライラが使える魔法も限られてくる。そこはちゃんと事前に話し合っていたし、対策も立案済みだ。
「ま、任せとけって。指一本触れさせないどころか、眠りも妨げさせやしないよ」
かくして、俺たちはエドガーの馬車の周りに固まった。馬車の屋根の上に、俺とライラ、そしてフランがよじ登った。前線向きじゃない二人と、目のいいフランが高い所から監視をするわけだ。そのさらに上をウィルが飛ぶ。ウィルは、フランほど夜目は利かないけど、なにより視認されないのが強みだ。エラゼムとアルルカは、それぞれ馬車の両脇を歩いている。
「それでは、前進!」
ヘイズの号令と共に、部隊は真っ暗な洞窟をゆっくりと進み始めた。連なる馬車の周りには、松明を持った兵士が何人も立って、道を照らしている。おかげで洞窟内部の様子は、ある程度見渡せた。
「ふわぁ……」
上を見上げたライラがため息を漏らした。俺もつられて上を向く。
洞窟の天井には。鍾乳洞のような石筍が無数に生えている。高い天井だ……松明の明かりも十分には届かず、その輪郭を照らすのみだ。そして時々、鍾乳石の合間に、巨大な石のレリーフが現れる。天井いっぱいに広がったレリーフには、何かの絵が描かれているようだ。暗くてよく見えないが、あんなに高い所の、さらに石のレリーフに、どうやって天井画を彫りつけたんだろうか。
「ここが恐ろしい場所じゃなければ、本当に壮観な遺跡なんでしょうね……」
ウィルのつぶやきに、俺は無言でうなずいた。
もともとたいして早くなかった馬車の速度は、洞窟に入ったことでさらに半分以下に遅くなってしまった。暗闇に目を凝らすせいで、そろそろとしか進めないんだ。おまけに神経も使うから、休憩も増える。こんな不気味な場所、とっとと通り抜けたい気持ちとは裏腹に、俺たちは実にゆっくりとしか進めなかった。
「耐えねばなりません。浮足立って和を乱せば、たちまちモンスターの襲撃を受けましょう」
休憩中、馬車のそばにやって来たエラゼムが、行く手の闇を見つめながら言った。俺は馬車の上から、恐る恐る訊ねる。
「エラゼム、まさか、気配とか感じるのか……?」
「はっきりと申し上げることはできませぬが。なにやら、じっとこちらの様子をうかがっているような、押し殺したような息遣いを感じております」
うへっ。思わずぶるりと背中が震える。すると、フランもその話にうなずいた。
「わたしも。何かに、ずっと見られてる。洞窟に入った時から、ずっと」
「……」
休憩中だというのに、ちっとも休まらない。この洞窟を抜けるまで、俺は後ろを振り向けないだろう……その“何か”と目が合いでもしたら、卒倒しそうだ。
「……フラン。その視線、実は俺がずっと見てたんだって言ったらどうする?」
「は、はあ!?くだらない冗談言わないで!」
フランは頬を赤らめると、噛みつかんばかりにこちらを睨んだ。はは……こんな冗談を言っても、ちっとも気分が晴れない。
その時だった。
「みぃーつけた……♪」
ぞわわっ。全身の毛が逆立つ。右耳に、何かが擦れるようなカサカサした音。俺は飛び上がった。
「うわあああぁぁぁ!」
「きゃああぁあああああ!?」
俺の絶叫よりも、ウィルの悲鳴の方が大きかった。ライラはびっくりして、馬車の屋根から転げ落ちそうになった。
「っ!敵!?」
「桜下殿、どうかなされたか!」
フランとエラゼムが、即座に臨戦態勢に入る。だがすぐに、二人とも困惑した表情になった。
「……何も、見えないけど」
フランが、注意深くあたりを睨みながらも言う。俺は恐る恐る、右後ろを振り返った。何もいない……厳密には、胸を押さえて荒い息をするウィルがいたけど、それ以外には誰もいなかった。
「ばかぁ!桜下さんのバカバカ!心臓が止まるかと思いましたよ!」
涙目になったウィルに襟首を掴まれ、俺はがくがく揺さぶられた。
「……まさか、また冗談だったの」
フランの冷ややかな視線。さっきとは違って、はっきりと嫌悪感が見て取れる。俺は慌てて釈明した。
「ち、ちが……ええい、ウィル!ちょっと放してくれ!俺だって、驚いたんだってば」
ウィルの拘束から逃れると、俺は改めて、みんなの顔を見回した。
「みんな……誰も、聞こえなかったのか?」
「何が?」とフラン。
「声だよ。俺の耳元で、ただ一言だけ、“みぃつけた”って……」
「耳元……」
フランは、べそをかくウィルを見つめる。ウィルはその視線に気づくと、ぶんぶんと首を振った。
「ま、まさか!私じゃありません!」
「だよね。そんなに取り乱してるし」
うん。確かにウィルなら、俺の背後に忍び寄ることはできるだろうけど。流石に、空気の読めない悪ふざけをする奴じゃないことくらい分かる。
「耳のいいフランにも聞こえなかったのか……けど、絶対聞き間違いじゃないぞ。それくらいはっきり聞いたんだ。ウィル、何か見たりしなかったか?」
「い、いいえ……ずっと桜下さんの背後を見ていたわけではありませんが……けど、誰かが忍び寄ってたとかは、ないと思います」
「だ、よな……」
なんせ、俺が今いるのは馬車の屋根の上だ。誰かがよじ登ってきたら、一発で分かる。
「すると、声だけが聞こえたことになるのか……?」
どうしよう、だんだん不安になってきた。俺にしか聞こえていないとなると、空耳や幻聴の可能性も出てくるじゃないか。
「でも、そんなまさか……だって、あんなにはっきり聞こえたのに……」
『あるのではないですか。主様にしか聞こえない声、という可能性も』
え?だしぬけに、シャツの下からアニの声が聞こえてきた。
「アニ?そりゃ、一体……」
『主様は、ここに居る全員とも異なる点があるでしょう』
異なる点……
「……あ!まさか、ネクロマンスか!?」
なるほど、そういうことか。みんなも納得したようにうなずく。
「そっか、私たちに聞こえなくても、ネクロマンサーである桜下さんになら……って、ことですよね?」
小首をかしげるウィルに、俺はうなずく。
「ああ。それでもって、姿が見えない事にも説明がつきそうだ。もしも霊魂タイプのアンデッドだったら、瞬時に姿を消せそうだしな」
「なら、桜下さんは、幽霊の声を聞いたってことですか……?」
う、そう言われると、かなり不気味に聞こえるな。ウィルも幽霊だから、日常茶飯事っちゃそうなんだけど……
「さすがに、場所が、場所だしな……」
よりにもよって、いわくつきの遺跡の中で聞こえたなんて。しかも、内容が“みぃつけた”だ……
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