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11章 夢の続き

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「ほっ、本当か!」

俺が了承すると、ロアはガタッと身を乗り出した。

「ああ。だいたい、そのつもりで戻ってきたんだしな」

「そ、そうか!行ってくれるか!ああ、よかった!」

ロアは見たこともないほどの会心の笑みを浮かべ、さらには俺の手をぎゅっと握って、ぶんぶん振った。隣でフランが、むっと眉をひそめたのが分かる……

「ろ、ロア。落ち着いてくれよ」

「ああ、すまない。しかし、感謝するぞ。よくぞ言ってくれた」

ロアはようやく俺の手をはなすと、ソファに戻った。たく、調子いいぜ。どうせノーとは言わせないつもりだったんだろ?

「けどな、ロア。俺たちだって、慈善家じゃないんだ。きっちり報酬は貰うからな」

「ああ、構わん。して、何を望む?金か?それとも旅の装備か?用意できるものならすぐに手配させるが」

「待て、そういう即物的なもんじゃない。とりあえず、話を聞いてくれ。結構ややこしい頼みになると思うから」

「ほう……」

ロアは片眉を上げると、ソファに深く座りなおした。

「では、聞こうか。桜下、お前は私に何を望む?」

「まず一つ。北にずっと行った町に、ミストルティンってとこがあるだろ」

「ミストルティン……ああ、覚えがある。我が国で最北端の漁港だな」

「ああ。俺たち、ここに来る前はあそこに行ってたんだ。で、あの町のくたびれっぷりを目の当たりにした。最初の頼みは、ミストルティンへの支援をしてくれってことだ」

「支援?金か、食料ということか?」

「それも大事だとは思うんだけど……できれば、産業支援みたいなのがいいと思う」

「産業……しかし、あそこには領主がいるだろう。その領主からはここ数年、そういった要請はあがってきていないはずだが」

「あー、うん。町にいたときに、ちょこっと内情を探る機会があったんだけど……あそこの領主、結構ずさんと言うか、テキトーみたいでさ。それが原因で、あんなに町が寂れたみたいなんだ」

俺は北での出来事を、適当にかいつまんでロアに伝える。意図して伏せた部分はあるけど、別に間違っちゃいないよな?ミストルティンでの事をみなまで話すと、俺たちがひと暴れしたことまで話さなきゃいけなくなるからな。
俺のかなりアバウトな説明でも、ロアは俺の言いたいことを汲み取ってくれたみたいだ。

「なるほどな……確かにあの町には、ここしばらく人をやっていなかった。現地で見なければ分からないこともある、ということか。支援の方向性を探るためにも、一度視察団を送った方が良さそうだな。その結果次第で、支援策を練っていくとしよう。そういう段取りでよいか?」

「ばっちりだ。それで頼むよ」

さすがに一国の王女、頭が切れる。よし、これでコルトとの約束も果たせそうだ。王城の人間が着いたら、きっと彼女たちが率先して案を出してくれるだろう。

「それじゃ、二つ目だ。こっちがかなり難題なんだけど……この子の、身元を探ってほしいんだ」

俺は、ソファの端にライラと並んで座る、三つ編みちゃんを指さした。ロアが三つ編みちゃんをしげしげと見つめる。急に注目されて、三つ編みちゃんは居心地悪そうにもじもじしていた。

「その子どもは?確か、前回はいなかったと思うが」

「ああ。ここに来る途中で拾ったんだ」

「はぁ?拾った?」

「おっと、道端に落っこちてたわけじゃないぜ。この子、奴隷商のとこから逃げ出してきたんだ」

ロアの顔色がさっと変わった。

「……なるほどな。北の町に行ってきたと言ったか?あちらには、違法に外国へ船を出す集団が蔓延っている。おおかた、そいつらのしわざであろう」

「ご明察」

「はぁ……まったく、ダニのような連中だ。潰しても潰しても、次から次へと湧いてくる。ということは、その子は海外から来たんだな?」

「ああ。おかげで、言葉が分からないんだ。だから名前すら聞き出せなくって。拾っておいてあれなんだけど、正直どうしていいのか……できれば、家族の所に返してあげたいんだけど」

「なるほどな……」

ロアは腕を組んで、思案するようにうつむく。

「……奴隷商による拉致被害は、正確に把握しきれてはいないが、かなりの人数に及ぶだろう。その子の容姿だけで捜索をするのは、現実的ではないだろうな」

「ああ……せめて、言葉が話せれば……」

「ならば、話せるようにするまでだ。少々荒っぽいが、魔法で刷り込ませるのが一番早いな」

「あ、それ、あれだろ?なんだっけ、パラリラパラリラみたいな」

「パロットパローラだよ!」と、ライラに訂正されてしまった。

「そう、それだ。あれって、めちゃくちゃ難しい魔法なんだろ?それとも、王城の魔術師は使えるのか?」

「いいや、城の長老たちでもできん。我が国におけるあの魔法の習得者は、非常に少ない。おそらく一の国でも似たようなものだろうが」

「うん?なんでそんなことわかるんだ?」

「わからぬか?一と二が駄目だということは、残るは三の国のみだ。どんな技術であろうと、独占ができれば、それは確かな力となる」

「……まさか。三の国が、出し惜しみをしてるのか?」

「そういうことだ。大っぴらにはしていないが、我々の中ではよく知られた話だ」

なーるほど、難しいから使用者が少ないのかと思っていたけど、それに加えて、門外不出だったのか。そりゃ、ライラも使い方を知らないわけだ。

「三の国では奴隷制が生きている。そして一の国も、表向きには奴隷制廃止を唱えているが、実に怪しいところだ」

「怪しいところ?」

「ああ。かの国には、おおっぴらな奴隷はいない。だが、ヒューマンビジネスは古くから根付いている。一の国は海にひらけているから、他大陸の部族をさらってきて、三の国に売りつけるわけだ。そうして仕上がった人間を、一の国が秘密裏に買い戻す。無論、三の国内で流通することも多いだろうが」

「むうう、なるほど……」

ロアは当たり前のように話すけど、恐ろしい話だ。人が、その辺で採れた特産品みたいに扱われているなんて。

「となれば、言語を一瞬で刷り込める魔法は、ヒューマンビジネスにおいて極めて重要なピースになる。三の国が秘匿するのも分かるな。おかげで国内から使い手を探すのは難しいが、三の国まで行けば、そこまで難しい事ではなかろう」

「ああ、そういうこともできるのか」

「以前も何度か、似たような事案があったはずだ。国からの正式な依頼という形にすれば、三の国も断りはせんだろう」

よかった、それなら何とかなりそうだな。俺はロアの目を見つめてうなずく。

「なら、それを頼んでいいか?」

「わかった。しかし、すぐにとは行かぬぞ。小難しい手続きを経てになるから、かなり先になるだろう」

「そうか……でも、しょうがないな。わかった」

国同士のやり取りだもんな、致し方ない。けどそうなると、三つ編みちゃんとは、ここで別れるしかなさそうだ……俺たちは一の国に行かなきゃならないし、幼い三つ編みちゃんを連れ回すことはできない。時にはかなり危険な目にあうのも、旅というもんだから。俺はちらりと、事態が飲み込めていなさそうな三つ編みちゃんを見た。お別れとなると、ライラが悲しみそうだな……

「じゃあ、俺からの頼みは以上だ」

「うん?これだけか?」

「だけって、かなりややこしい頼みだと思うけど……」

「ああ、それはそうなのだが。お前自身の頼みはないのか?先の二つは、どれも誰かの頼みではないか」

「え?そうか?」

誰かの為ではあるけれど、それは結局、俺がしたいことだしな……かといって、俺が頼みたいことも特にない。しいて言えば旅費くらいだが、俺はロアには借りを作りたくないのだ。金を要求したら、その分の働きを期待されそうだろ?便利屋扱いはごめんだ。

「うーん……」

首をひねる俺を見て、ロアは呆れたようにくすりと笑った。

「くす。まあ、お前らしいと言えばらしいか。わかった、ではその二つは、必ず成し遂げて見せよう。だがその前に、こちらの仕事を果たしてもらうぞ」

「わかってるよ。いつ出発だ?早い方がいいんだろ?」

「無論だ。いつでも出立できるように、兵の準備は済ませてある。今日はもう日没だが、明日の早朝には出てもらうだろう。補給品もすべてこちらが出すが、何か準備をすることはあるか?」

「いいや。できれば、風呂を貸してくれ。ホコリっぽくて死にそうだ」

「よかろう。部屋を用意させる。今夜は城に泊まっていけ、どうせ明日はここから出発だ」

こくりとうなずく。風呂と聞いて、フランが目を輝かせた気がする。あれから結局、走りっぱなしで、町に寄れずじまいだったからな。今夜は覚悟した方がいいだろう……

「では、話は以上だな。エドガーのこと、くれぐれも頼む」

ロアの真剣な瞳を、俺は肩をすくめて見つめ返した。

「やれるだけやってみるよ」



王城での夜は、あっという間に更けていった。俺は風呂で、フランの髪をこれでもかと言うくらい丁寧に洗ってやった。おかげで今、フランは上機嫌でバルコニーに立ち、つやつやの髪を夜風になびかせている。
ベッドの上には、俺とライラ、そして三つ編みちゃんがいた。王城の大きなベッドは、俺たちがまとめて寝られるくらいの広さがある。ライラと三つ編みちゃんは並んで寝そべり、いっしょに魔導書を読んでいた。たぶん三つ編みちゃんは理解できていないだろうが、それでも楽しそうだ。

(……言っておいた方が、いいだろうな)

心苦しいが、心構えはあったほうがいいだろう。

「ライラ。ちょっといいか」

ライラを呼ぶと、本から目を上げて、不思議そうに首をかしげた。

「桜下?なぁに?」

「ああ。少し話したいことがあるんだ。隣、来てくれるかな」

俺が手招きすると、ライラは特に疑いもせずに、俺の隣までハイハイでやってきた。ふと、ライラが笑う。

「へへへ」

「ん?どうかしたか?」

「ううん。なんだか、楽しいね。こうやって三人でベッドに寝るの、すごく懐かしい……」

ああ……ライラは三人家族だったもんな。それなのに、こんなことを言わなきゃいけないだなんて……俺は胃がキュルキュル言うのを感じたが、えいやと気合を入れて、口を開いた。

「ライラ……言いにくいんだけど」

「ん~?」

「その……明日、ここを出るだろ。そこで三つ編みちゃんとは、お別れしなきゃならないんだ……」

「え……」

ライラが目を大きく見開く。ベッドのわきに居たウィルが、はっと息をのんだ。

「ど……どうして!だって、今までずっと一緒に……」

「ああ。けど、さっきのロアの話を聞いたろ?三つ編みちゃんは、王城にいなきゃいけない。俺たちと一緒に、一の国に行くことはできないんだよ」

「そんな……でも、でも!じゃあ、その後は?その後だったら、いっしょにいれるよね?」

「その後は……三つ編みちゃんが三の国に行く準備が、どれくらいで済むかは分からない。それに、俺たちが一の国に行ってる時間も。もしうまく嚙み合えば、また会えるだろうけど……どっちにせよ、かなり先になるだろうな」

俺は外交には詳しくない。けど、行ってすぐ帰って来るというのは、飛行機もないこの世界では難しいだろう。ましてや、今回の俺は大役を背負っているしな。

「……」

「……二度と会えない、ってわけじゃないけど。けどいつかは、さよならしなきゃいけなくなる時が来る。三つ編みちゃんにも、家族がいるからな。帰るのを遅れさすのは、良くないだろ?」

「……」

ライラは顔をうつむかせて、何も言わない。だけど、その大きな瞳が潤んでいるのは分かった。三つ編みちゃんが、どうしたのだろうという顔でこちらを見ている。彼女も悲しむだろうが、真に彼女の幸せを考えるのならば……
俺はライラが、「じゃあ自分だけ残る!」と言い出すのではないかと思っていた。そしてもしそうなったら、きっぱり断ろうとも。ライラは以前、王都で嫌がらせを受けた際、キレて大暴れしかけている。その時はアルルカのおかげで事なきを得たが、だからこそ一人では置いていけない。俺がいないと、ライラを止められないし、守れない。ライラの主として、それはできない。

「……」

しかしライラは、何も言わなかった。ライラは、賢い子だ。きっと俺の言っていることが正しい事も、三つ編みちゃんにとって最善なことも、理解してくれているはずだ。それが分かっているからこそ、俺も何も言わなかった。

そうして、王城での夜が過ぎていった。そしてあっという間に、出発の朝がやって来るのだった。


つづく
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お盆も本日で最終日です。
明日からは、通常通り0時更新に戻ります。
暑い日は続きますが、みなさまご自愛ください。

読了ありがとうございました。

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