407 / 860
11章 夢の続き
3-3
しおりを挟む
3-3
剣の修理も無事に済み、いよいよこの地底都市ともおさらばする時が来た。ふーむ、ドワーフたちには悪いけど、名残惜しいよりは清々する気持ちの方が強いな。やっぱり人間、お日様の下が一番だ。
「おぬしら、そろそろ出発かの?」
荷物の整理も終え、そろそろ行こうかと言う時、宿にメイフィールドがやってきた。
「おう、メイフィールド。世話になったな、そろそろ行くよ」
「そうか。それは、ちと残念じゃの。あとほんの少しあれば、珍しいものが見れたのじゃが」
「珍しいもの?」
なんだろう。けど、そう言われると気になってくるよな。
「それ、すごい珍しいものなのか?」
「もちろん。神秘的で、何も意図しておらんように見えるが、しかして寸分の狂いも許されずに行われる事象じゃ。見ておいて損はないと思うがのー」
「へーえ、ずいぶん煽るじゃないか。そんなに言うなら、ぜひ見せてくれよ。別に急ぐ旅じゃないんだし」
「ほいきた。そう言うじゃろうと思って、呼びに来たんじゃよ」
なるほどな。うん、出発の前にちょっとした見物も悪くないだろう。
「ところで、何を見せてくれるんだ?」
「うむ。生命の神秘、新たなる魂の黎明。きら星のような……ようするに、ドワーフの誕生の立ち合いじゃよ。ちょうど今、新しい命が産まれるところなんじゃ」
え、ドワーフの誕生?俺とウィルは、思わず互いの顔を見つめた。確かドワーフは、男しかいないんだったよな?それでどうやって子どもが生まれるんだって、ウィルと話していたのだけれど……ついに、それが分かるのか!うわー、それは興味深いな。
「それなら、早く連れてってくれよ!」
「了解じゃ。それじゃ、そこの四名さん。わしについて来なされ」
あん?四名?俺は仲間たちの人数(幽霊のウィルは除いて、代わりに三つ編みちゃんを含む)を数えた。
「メイフィールド、俺たち六人なんだけど?」
「知っとるわい。わしが言っとるのは、女性の方のことじゃよ」
ああ、なるほど。じゃあ俺とエラゼムをのぞいて四人だ……え?
「ちょ、ちょっと待て。俺たちはついていけないのか?」
「そういうことになるの。ドワーフはみな、とある洞窟で産まれるのじゃが、そこに入れるのはアルバの資格を持つものだけなのじゃ。わしも案内はするが、入った事はないしの」
な、なんだって……アルバってのは、ドワーフの中で“産む力”を持つやつのことだから、俺たちの中だと女しか行けないことになるのか。
「なあぁぁんだよ、期待させるだけさせといて……なんか、急に興味なくなってきたな」
「そうかい?お嬢さん方も同じかの?」
メイフィールドが女性陣の方を見る。
「子どもが産まれるの?ライラ、ちょっと見てみたいな」
ライラは興味津々だった。そしてウィルも、「あの、私もちょっと……」と手を上げた。くっ……メイフィールドはライラを見て(ウィルは見えないから)、満足げに微笑んだ。
「うむ。決まりじゃの。好奇心には素直なことが一番じゃ」
かぁー!このタヌキじじい!俺だって行けるなら……いや、ちょっと待てよ。
「メイフィールド。実は俺。女なんだ。ドワーフ的には分かりづらいかもしれないけどさ」
「うわ、桜下さんそれは……」というウィルのボヤキは無視する。
「ほほう。それは好都合じゃな。実はわし、かねがね人間の女性とねんごろになりたいと思っておったんじゃ」
「え」
「おぬしぐらいガサツなほうがドワーフ好みじゃ。どうじゃ、これからわしの家に来てみんかの?」
メイフィールドがぬっと手を伸ばしてきたので、俺は稲妻のごとく後ろに跳び退った。メイフィールドは青くなった俺を見て髭を震わせて笑い、ウィルとライラもくすくす笑っている。
「わっはっは!このわしをからかおうなんて、百年は早いのぉ。けしからん小僧め、このわしが人間の性別程度、区別できんと思ったか?ドワーフのそれより、ずっと分かりやすいというのに?」
ああ、そうだった……ドワーフは、ぱっと見じゃ全く分からないアルバの資質を見抜けるんだっけ?くそ、はじめから分かった上でからかっていたのか。相手の方が一枚上手だ……
「それじゃあ、行ってきますね、桜下ちゃん?」
「じゃあね、桜下ちゃん!」
行きがけにウィルとライラが俺を茶化していく。くそ、子どもみたいなことしやがって……あ、本当に子どもなのか。フランとアルルカ、三つ編みちゃんもついていき、残されたのはぶすっとした俺と、エラゼムだ。
「……」
「……あー、桜下殿。観光でもいたしましょうか?」
「……いや、いい。それより体を動かそうぜ。なんだか無性に剣を振りたい気分だ」
「ははは、左様ですか。では、お付き合いさせていただきます」
それからしばらくして、女性勢とメイフィールドは戻ってきた。時間にして、三十分経つか経たないかくらいだろうか。意外と早かったな。
「おう、みんなおかえり」
「……」
「……?」
みんなはまさに、すごいものを見たという顔をしていた。ぼーっとしていて、誰も言葉を発さない。アルルカだけは、行きと変わらぬ様子だったが。
「ほっほ。命の誕生とは、まことに神秘的なものじゃからな。いちおう、あそこで見たことは他言無用でお願いしますぞ。説明したくてもできんじゃろうが」
女性陣はこくりとだけうなずいた。メイフィールドがそう言うくらいだから、よっぽどのものだったんだろう。うーん、想像もつかないな。
メイフィールドは町の入り口まで見送ってくれた。
「それではの。地上までの道は分かっておろうな?」
「ああ、大丈夫だ。いろいろありがとな」
「うむ。おぬしはからかいがいがあって、なかなか楽しかったぞい」
さいですか……ったく、最後まで食えない爺さんだ。俺はメイフィールドにさよならと手を振って別れた。さて、町を出たとは言え、地上まではまだまだ遠い。ここから狭い横穴を通って、あの大穴のふちをぐるぐる登って……ひい、外に出るだけでも一苦労だ。
「なあ、ところでさっきのやつ、俺にも教えてくれよ」
歩きながら、俺は気になっていたことを訊いてみた。すると女性陣はさっと視線を交わし、代表してウィルがおずおずと口を開く。
「あの……メイフィールドさんが言っていたこと、覚えていますか?門外不出がどうこうって」
「ああ。だから話せない?」
「いえ、そうではなく。私たちも詳細を見せては貰っていないんです。詳細っていうのは、どうやって産まれてくるだとか、産まれる瞬間だとかってことですけど」
「あ、なんだ。じゃあ、みんなは何を見たんだ?」
「えっと、それの準備だとか、道具の説明だとか……あとは、アルバのドワーフさんにお話を伺いました。ただ、それが……」
それが、なんなんだろう。ウィルはちらりと、フランを見る。
「すごかった、としか言いようがなくて……」
「……うん。なんか、すごかった」
「はぁ……?」
どうやら二人とも、うまく説明できないらしい。なんかこの感じ、学校で受けた保険体育の授業を思い出すな。男子が内容を訊いても、女子は一切教えてくれなかった気がする。
(……あんまり触れないほうがいいのかな)
気になりはするが、説明できないものを聞いてもしょうがないだろう。俺は話題を変えることにした。
「いやぁ、それにしても、なかなか濃い所だったな、カムロ坑道。正直居心地がいいとは言えないけど、とりあえずエラゼムの剣が直せてほんとによかった」
それが第一目標だったのだし、目的は無事達成した。いやー、ここまで長い道のりだった。何かをやり遂げるってのは、なかなか気分がいいもんだな。
「桜下殿、それに皆様。改めまして、ありがとうございました」
エラゼムがきっちりと礼をする。みんなには言わないけど、今回の一件で、彼との絆が深められたのもよかったよな。
「それで、これから王都まで戻って、三つ編みちゃんのことをロアに相談して……その後はどうしようか?」
今までは何となく目的があったけど、ここにきてそれがさっぱりなくなってしまった。俺の目標の事や、みんなの未練探しを考えると、あちこち旅したほうがいいんだけどな。
「うーん……」
「……でも、それなら」
ライラが、腕をさすりながら、ぽつりとこぼす。
「次行くとこは、あったかいとこだといいなぁ」
「あはは……同感だ」
北部の寒さは身に染みた。いっそ南の島にバカンスに行くのもいいかもしれない。
ぐるぐると螺旋の通路を上る長い道のりも、ぼつぼつ終わりが見えてきた。頭上にぽつりと浮かんでいた円形の空は、今や見渡すほどに大きくなっている。もうそろそろ大穴のふちに出られるだろう。空模様は晴れ。よかった、吹雪の中を下山しなくてすみそうだ。
「三つ編みちゃん、大丈夫?」
「ソリティアス、エス?グラティア」
ライラは三つ編みちゃんが歩きやすいように、手を握ってあげている。いつもなら、ライラだってとうにへばっていてもおかしくないんだけど。妹分ができたことで、いいとこ見せようとしているみたいだ。
そしてついに、地上へと頭が出る時がやってきた。
「ふ、ぅわ~。はぁ、陽の光があたたかいぜ」
穴の外に出ると、顔いっぱいにお日様の明かりを感じる。まぶしいと感じることがずいぶん久々に思えるぜ。あはは、たった数日、地の底に潜っていただけなのにな。エラゼムがそんな俺を気遣う。
「桜下殿、お疲れではありませぬか?山は下山時がもっとも注意すべきだと聞きます。無理せず、適度に休息を入れていきましょう」
「へ?登るより、下りるときの方が危険なのか?」
「ええ。下りは足腰への負担が大きいそうです。それに加え、登るときは気を張っていますが、一度山頂についてしまうと、それが緩むのが原因だとか」
「なるほどなぁ、油断大敵ってわけだ。俺は、まだ平気だけど……今は小さい同行者もいるしな。少し休んでいこうか」
三つ編みちゃんとは相変わらずコミュニケーションが取れないから、俺たちが様子を見てやらないといけない。ライラも見た目は元気だが、無理してそうだしな。俺たちはドワーフの町の市場で見つけた、油が無くても火が付く携帯コンロに火を灯した。面倒な火おこしが必要ないので、こういう野火では便利な代物だ。現地価格で安く買えたのもグッドポイントだな。
「せっかくですし、あったまるものでも淹れましょうか」
ウィルはお湯を沸かすと、中にハチミツを溶かしたお茶を淹れてくれた。それを飲むと、じんわりとした熱が広がって、腹の底から温まることができた。ライラと三つ編みちゃんの顔色もずいぶん良くなったな。
そして、後になって思えば、ここで一息ついていたのは大いに正解だった。なぜなら……この後に思いもよらない相手との再戦となったからだ。
つづく
====================
投稿2倍キャンペーン中!
お盆の間は、毎日0時と12時の二回更新!
夏の休みに、小説はいかがでしょうか。
読了ありがとうございました。
====================
Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、
作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。
よければ見てみてください。
↓ ↓ ↓
https://twitter.com/ragoradonma
剣の修理も無事に済み、いよいよこの地底都市ともおさらばする時が来た。ふーむ、ドワーフたちには悪いけど、名残惜しいよりは清々する気持ちの方が強いな。やっぱり人間、お日様の下が一番だ。
「おぬしら、そろそろ出発かの?」
荷物の整理も終え、そろそろ行こうかと言う時、宿にメイフィールドがやってきた。
「おう、メイフィールド。世話になったな、そろそろ行くよ」
「そうか。それは、ちと残念じゃの。あとほんの少しあれば、珍しいものが見れたのじゃが」
「珍しいもの?」
なんだろう。けど、そう言われると気になってくるよな。
「それ、すごい珍しいものなのか?」
「もちろん。神秘的で、何も意図しておらんように見えるが、しかして寸分の狂いも許されずに行われる事象じゃ。見ておいて損はないと思うがのー」
「へーえ、ずいぶん煽るじゃないか。そんなに言うなら、ぜひ見せてくれよ。別に急ぐ旅じゃないんだし」
「ほいきた。そう言うじゃろうと思って、呼びに来たんじゃよ」
なるほどな。うん、出発の前にちょっとした見物も悪くないだろう。
「ところで、何を見せてくれるんだ?」
「うむ。生命の神秘、新たなる魂の黎明。きら星のような……ようするに、ドワーフの誕生の立ち合いじゃよ。ちょうど今、新しい命が産まれるところなんじゃ」
え、ドワーフの誕生?俺とウィルは、思わず互いの顔を見つめた。確かドワーフは、男しかいないんだったよな?それでどうやって子どもが生まれるんだって、ウィルと話していたのだけれど……ついに、それが分かるのか!うわー、それは興味深いな。
「それなら、早く連れてってくれよ!」
「了解じゃ。それじゃ、そこの四名さん。わしについて来なされ」
あん?四名?俺は仲間たちの人数(幽霊のウィルは除いて、代わりに三つ編みちゃんを含む)を数えた。
「メイフィールド、俺たち六人なんだけど?」
「知っとるわい。わしが言っとるのは、女性の方のことじゃよ」
ああ、なるほど。じゃあ俺とエラゼムをのぞいて四人だ……え?
「ちょ、ちょっと待て。俺たちはついていけないのか?」
「そういうことになるの。ドワーフはみな、とある洞窟で産まれるのじゃが、そこに入れるのはアルバの資格を持つものだけなのじゃ。わしも案内はするが、入った事はないしの」
な、なんだって……アルバってのは、ドワーフの中で“産む力”を持つやつのことだから、俺たちの中だと女しか行けないことになるのか。
「なあぁぁんだよ、期待させるだけさせといて……なんか、急に興味なくなってきたな」
「そうかい?お嬢さん方も同じかの?」
メイフィールドが女性陣の方を見る。
「子どもが産まれるの?ライラ、ちょっと見てみたいな」
ライラは興味津々だった。そしてウィルも、「あの、私もちょっと……」と手を上げた。くっ……メイフィールドはライラを見て(ウィルは見えないから)、満足げに微笑んだ。
「うむ。決まりじゃの。好奇心には素直なことが一番じゃ」
かぁー!このタヌキじじい!俺だって行けるなら……いや、ちょっと待てよ。
「メイフィールド。実は俺。女なんだ。ドワーフ的には分かりづらいかもしれないけどさ」
「うわ、桜下さんそれは……」というウィルのボヤキは無視する。
「ほほう。それは好都合じゃな。実はわし、かねがね人間の女性とねんごろになりたいと思っておったんじゃ」
「え」
「おぬしぐらいガサツなほうがドワーフ好みじゃ。どうじゃ、これからわしの家に来てみんかの?」
メイフィールドがぬっと手を伸ばしてきたので、俺は稲妻のごとく後ろに跳び退った。メイフィールドは青くなった俺を見て髭を震わせて笑い、ウィルとライラもくすくす笑っている。
「わっはっは!このわしをからかおうなんて、百年は早いのぉ。けしからん小僧め、このわしが人間の性別程度、区別できんと思ったか?ドワーフのそれより、ずっと分かりやすいというのに?」
ああ、そうだった……ドワーフは、ぱっと見じゃ全く分からないアルバの資質を見抜けるんだっけ?くそ、はじめから分かった上でからかっていたのか。相手の方が一枚上手だ……
「それじゃあ、行ってきますね、桜下ちゃん?」
「じゃあね、桜下ちゃん!」
行きがけにウィルとライラが俺を茶化していく。くそ、子どもみたいなことしやがって……あ、本当に子どもなのか。フランとアルルカ、三つ編みちゃんもついていき、残されたのはぶすっとした俺と、エラゼムだ。
「……」
「……あー、桜下殿。観光でもいたしましょうか?」
「……いや、いい。それより体を動かそうぜ。なんだか無性に剣を振りたい気分だ」
「ははは、左様ですか。では、お付き合いさせていただきます」
それからしばらくして、女性勢とメイフィールドは戻ってきた。時間にして、三十分経つか経たないかくらいだろうか。意外と早かったな。
「おう、みんなおかえり」
「……」
「……?」
みんなはまさに、すごいものを見たという顔をしていた。ぼーっとしていて、誰も言葉を発さない。アルルカだけは、行きと変わらぬ様子だったが。
「ほっほ。命の誕生とは、まことに神秘的なものじゃからな。いちおう、あそこで見たことは他言無用でお願いしますぞ。説明したくてもできんじゃろうが」
女性陣はこくりとだけうなずいた。メイフィールドがそう言うくらいだから、よっぽどのものだったんだろう。うーん、想像もつかないな。
メイフィールドは町の入り口まで見送ってくれた。
「それではの。地上までの道は分かっておろうな?」
「ああ、大丈夫だ。いろいろありがとな」
「うむ。おぬしはからかいがいがあって、なかなか楽しかったぞい」
さいですか……ったく、最後まで食えない爺さんだ。俺はメイフィールドにさよならと手を振って別れた。さて、町を出たとは言え、地上まではまだまだ遠い。ここから狭い横穴を通って、あの大穴のふちをぐるぐる登って……ひい、外に出るだけでも一苦労だ。
「なあ、ところでさっきのやつ、俺にも教えてくれよ」
歩きながら、俺は気になっていたことを訊いてみた。すると女性陣はさっと視線を交わし、代表してウィルがおずおずと口を開く。
「あの……メイフィールドさんが言っていたこと、覚えていますか?門外不出がどうこうって」
「ああ。だから話せない?」
「いえ、そうではなく。私たちも詳細を見せては貰っていないんです。詳細っていうのは、どうやって産まれてくるだとか、産まれる瞬間だとかってことですけど」
「あ、なんだ。じゃあ、みんなは何を見たんだ?」
「えっと、それの準備だとか、道具の説明だとか……あとは、アルバのドワーフさんにお話を伺いました。ただ、それが……」
それが、なんなんだろう。ウィルはちらりと、フランを見る。
「すごかった、としか言いようがなくて……」
「……うん。なんか、すごかった」
「はぁ……?」
どうやら二人とも、うまく説明できないらしい。なんかこの感じ、学校で受けた保険体育の授業を思い出すな。男子が内容を訊いても、女子は一切教えてくれなかった気がする。
(……あんまり触れないほうがいいのかな)
気になりはするが、説明できないものを聞いてもしょうがないだろう。俺は話題を変えることにした。
「いやぁ、それにしても、なかなか濃い所だったな、カムロ坑道。正直居心地がいいとは言えないけど、とりあえずエラゼムの剣が直せてほんとによかった」
それが第一目標だったのだし、目的は無事達成した。いやー、ここまで長い道のりだった。何かをやり遂げるってのは、なかなか気分がいいもんだな。
「桜下殿、それに皆様。改めまして、ありがとうございました」
エラゼムがきっちりと礼をする。みんなには言わないけど、今回の一件で、彼との絆が深められたのもよかったよな。
「それで、これから王都まで戻って、三つ編みちゃんのことをロアに相談して……その後はどうしようか?」
今までは何となく目的があったけど、ここにきてそれがさっぱりなくなってしまった。俺の目標の事や、みんなの未練探しを考えると、あちこち旅したほうがいいんだけどな。
「うーん……」
「……でも、それなら」
ライラが、腕をさすりながら、ぽつりとこぼす。
「次行くとこは、あったかいとこだといいなぁ」
「あはは……同感だ」
北部の寒さは身に染みた。いっそ南の島にバカンスに行くのもいいかもしれない。
ぐるぐると螺旋の通路を上る長い道のりも、ぼつぼつ終わりが見えてきた。頭上にぽつりと浮かんでいた円形の空は、今や見渡すほどに大きくなっている。もうそろそろ大穴のふちに出られるだろう。空模様は晴れ。よかった、吹雪の中を下山しなくてすみそうだ。
「三つ編みちゃん、大丈夫?」
「ソリティアス、エス?グラティア」
ライラは三つ編みちゃんが歩きやすいように、手を握ってあげている。いつもなら、ライラだってとうにへばっていてもおかしくないんだけど。妹分ができたことで、いいとこ見せようとしているみたいだ。
そしてついに、地上へと頭が出る時がやってきた。
「ふ、ぅわ~。はぁ、陽の光があたたかいぜ」
穴の外に出ると、顔いっぱいにお日様の明かりを感じる。まぶしいと感じることがずいぶん久々に思えるぜ。あはは、たった数日、地の底に潜っていただけなのにな。エラゼムがそんな俺を気遣う。
「桜下殿、お疲れではありませぬか?山は下山時がもっとも注意すべきだと聞きます。無理せず、適度に休息を入れていきましょう」
「へ?登るより、下りるときの方が危険なのか?」
「ええ。下りは足腰への負担が大きいそうです。それに加え、登るときは気を張っていますが、一度山頂についてしまうと、それが緩むのが原因だとか」
「なるほどなぁ、油断大敵ってわけだ。俺は、まだ平気だけど……今は小さい同行者もいるしな。少し休んでいこうか」
三つ編みちゃんとは相変わらずコミュニケーションが取れないから、俺たちが様子を見てやらないといけない。ライラも見た目は元気だが、無理してそうだしな。俺たちはドワーフの町の市場で見つけた、油が無くても火が付く携帯コンロに火を灯した。面倒な火おこしが必要ないので、こういう野火では便利な代物だ。現地価格で安く買えたのもグッドポイントだな。
「せっかくですし、あったまるものでも淹れましょうか」
ウィルはお湯を沸かすと、中にハチミツを溶かしたお茶を淹れてくれた。それを飲むと、じんわりとした熱が広がって、腹の底から温まることができた。ライラと三つ編みちゃんの顔色もずいぶん良くなったな。
そして、後になって思えば、ここで一息ついていたのは大いに正解だった。なぜなら……この後に思いもよらない相手との再戦となったからだ。
つづく
====================
投稿2倍キャンペーン中!
お盆の間は、毎日0時と12時の二回更新!
夏の休みに、小説はいかがでしょうか。
読了ありがとうございました。
====================
Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、
作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。
よければ見てみてください。
↓ ↓ ↓
https://twitter.com/ragoradonma
0
お気に入りに追加
123
あなたにおすすめの小説
魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます
ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう
どんどん更新していきます。
ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。
ハクスラ異世界に転生したから、ひたすらレベル上げしながらマジックアイテムを掘りまくって、飽きたら拾ったマジックアイテムで色々と遊んでみる物語
ヒィッツカラルド
ファンタジー
ハクスラ異世界✕ソロ冒険✕ハーレム禁止✕変態パラダイス✕脱線大暴走ストーリー=166万文字完結÷微妙に癖になる。
変態が、変態のために、変態が送る、変態的な少年のハチャメチャ変態冒険記。
ハクスラとはハックアンドスラッシュの略語である。敵と戦い、どんどんレベルアップを果たし、更に強い敵と戦いながら、より良いマジックアイテムを発掘するゲームのことを指す。
タイトルのままの世界で奮闘しながらも冒険を楽しむ少年のストーリーです。(タイトルに一部偽りアリ)
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
オタクおばさん転生する
ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。
天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。
投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双
たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。
ゲームの知識を活かして成り上がります。
圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる