上 下
402 / 860
11章 夢の続き

2-1 脱出

しおりを挟む
2-1 脱出

カバネの宿へと戻って来た。俺たちはあたりを注意深く見渡し、追っ手や待ち伏せがいないことを確認してから宿に入った。さっきの男の言っていたことが本当なら、今頃連中は躍起になって俺たちを探しているかもしれない。ビビって諦めてくれたら、一番いいんだけどな。
俺たちの部屋の扉を開けると、エラゼムがすくっと立ち上がって出迎えた。ライラはまだ眠っているようだ。

「皆様、お戻りになられましたか。おや?そちらの子どもは……」

「ああ。なんとか助けることはできたよ」

「おお、左様ですか。やりましたな」

「そうなんだけど……ちょいと面倒なこともあってな」

「はい?」

俺はエラゼムに、女の子を助けた一部始終を話した。

「なるほど……この子は、人攫いから逃げていたのですね」

「ああ。で、そいつらは仲間が大勢いて、これから仕返ししにくるんだってさ」

「ふん、いい度胸です。来るというならば、歓迎する準備はありますが……それでは、少々短楽的すぎますかな?」

「だよな。余計なもめ事は避けたほうがいいだろ」

ここで喧嘩しても、俺たちにメリットはない。女の子は助け出したんだし、後はとんずらしたほうが楽だろう。

「ただ、この子をどうするのかが問題なんだよな……」

俺は、フランに掴まれた腕を振りほどこうともがく女の子を、物憂げに見た。

「そちらの少女は、この国の言語は話せないのでしたな?」

「そうなんだよ。だから名前すらわかんなくて……」

「ぬう。それですと、親元を探すことすらままなりませぬな……」

奴隷商連中の対処より、こちらの方が難題だ。せめて言葉が分かればいいんだけど……俺は英語もからっきしだしなぁ。

「あー……キャンユースピークイングリッシュ?」

「……?」

ダメもとで言ってみたが、怪訝そうな顔をされてしまった。うーん、困った。この世界には、なにか、魔法の翻訳機でもないだろうか?食べると言葉が分かるこんにゃくとか……

「……ん、まてよ。アニ、お前なら海外の言葉もわかるんじゃないか?」

そうだ、この喋るガラスの鈴なら。俺は首元を見下ろす。だがアニは、否定するように左右に振れた。

『いいえ、生憎と私は大陸言語のみの対応なのです。異国の言葉についてのデータは持っていません』

「あぁ……そうなのか」

『ですが……一つ、可能性を上げるとするならば。“パロットパローラ”という魔法があります』

「え?魔法?」

『はい。簡単に言うと、言語を刷り込む魔法です。異国から連れてきた奴隷に言葉を仕込む際に使用されます』

「あ、じゃあそれを使えば、言葉が分かるのか!」

『そういうことになりますが……ただその魔法、恐ろしく高度でして。もちろん私も使えません』

「あちゃ、そうくるか……まあでも、確かに難しそうだよな。言葉を刷り込むなんて……」

魔法に全く知識のない俺からしたら、まさに雲の上の世界の話だ。俺は念のためウィルも見てみたが、彼女も首を横に振った。

「私じゃ、とても。でも、ライラさんなら、もしかしたら……」

魔法と言えば、ライラだ。彼女の類まれなる才能には何度も助けられている。今回はどうだろうか?忍びなく思いながらも、俺は寝ているライラを起こした。どのみち、そろそろ彼女にも話を聞いてもらう必要があるだろう。

「むにゃ……なぁに?まだくらいよ……?」

眠たそうな目をこすって、ライラがむくりと体を起こす。

「ライラ、悪いな。ただ、ちょっと忙しくなりそうなんだ」

「えぇー……?」

俺は手短に事の次第を説明した。ライラは眼をしょぼしょぼさせていたが、とりあえず話は理解してくれたようだ。

「パロットパローラのまほーは、知ってるけど……ごめんね、使い方は知らないの」

「ライラでもダメか……はぁ~」

「でも、でも!使い方を教われば、きっとできるはずだよ?呪文のルーン語が載った本があれば、きっとできるはずだもん!」

ライラは知らない魔法がある事が恥ずかしいのか、慌てて言い添える。うーん。その本を探す手間を考えると、最初から魔法が使える人を訪ねる方が早い気がする。魔法使いを探すとなったら、どこを当たるべきだろうか。

「……一度、王都に戻ってみるか」

「王都?」と、ライラが首をかしげる。

「ああ。俺たちだけじゃ、この子にしてやれることに限界があるよ。王宮に行って、ロアを頼ってみよう。アイツに借りを作るのは癪だけど……王様なら、凄腕の魔法使いの知り合いくらいいるだろう」

「むぅ……ほんとは、ライラだって使えるはずなんだからね?」

「わかってるって。お前も十分凄腕だよ」

頬を膨らませたライラの頭をぽんぽんと撫でると、俺はみんなの顔を見る。

「みんなも、それでいいかな?」

フランがうなずく。

「いいんじゃない。ドワーフんとこに寄った後の予定は、特に決めてなかったし」

ウィルも賛同した。

「こんなに小さな子どもを放っておくなんてできませんよ。王都には大きな神殿もありますし、だめならそこを頼ってみましょう」

ここまで話を聞いていたエラゼムも、特に意見はないようだった。最後のアルルカは聞いているのか分からないが、有無を言わせるつもりもない。

「じゃ、そういう方向性で行くか。後は、いつここを出るかだけど……」

なるべく早い方がいいだろうなと続けようとした、その時だ。トントンと、扉が小さくノックされた。俺たちは一斉に固まって、扉の方を見る。

「……私が、見てきましょうか?」

ウィルがそう言って扉の方へ向かおうとするが……

「……いや。あいつらだったら、律儀にノックなんかしないはずだ。てことは……」

俺の予想は的中した。ドアの向こうから聞こえてきたのは、主人のじいさんの声だった。

「おーい。お前さんたち、起きとるんか?ずいぶんドタバタしとるようだが、寝るならもう少し静かに寝とくれんか」

「あー、ごめん。ていうか、ちょうどよかった。ちょっと話したいことがあるんだ」

「なんじゃと?」

俺が扉を開けると、ランタン片手にナイトキャップを被ったじいさんが、白い髭面をのぞかせた。俺が彼を中に通すと、じいさんは女の子を見て、顔をしかめた。

「おいおい。一人増えとるじゃないか。困るよ、きちんと言ってもらわにゃあ」

「あ、ごめん。ていうか、今しがた増えたばかりというか」

「うん?どういうことじゃ?」

「どこから話したもんか……いいや、頭から話すか」

この宿からは引き払うことになるだろうから、理由を説明しないわけにはいかないだろう。俺が事情を簡潔に説明すると、じいさんは弛んだまぶたをかっと見開いた。

「なんじゃと。それじゃお前さんたち、マスワニットファミリーに手を出したっちゅうことか?」

「マス……何ファミリーだって?」

「知らんのか?マスワニットファミリー。この町で最大手の商人ギルドじゃよ。まさか、よりにもよってあそこに……」

「商人ギルドだって?じいさん、そりゃ間違ってるぜ。あそこが真っ当な商人だとは思えないよ」

「んなこと、百も承知しておるわ!悪人が大っぴらに悪事を働くわけがなかろう。あいつらに掛かれば、たとえどんなもの・・・・・であろうと商品になってしまうんじゃ。“マスワニットファミリーに売れぬものなし“とは、この町の人間ならだれでも知っとる」

ははぁ。なるほど、その通りだ。人間さえ売りさばく連中だから。

「じいさんたちは、連中のこと知ってるんだな。そいつら、そんなにヤバイ奴らなのか?」

「うぅむ……お前さんたちのような冒険家から見たらどうかわからんが、わしら一般市民にとっては恐ろしい存在じゃよ。大勢の手下がおるし、復讐には手段を選ばん連中じゃからな」

うーん、あの男の言っていたことは本当みたいだな。じいさんはゆるゆると首を振りながら続ける。

「お前さんたちは旅立っちまえばそれまでじゃろうが、わしに余計な置き土産は残さんでくれ。面倒ごとはごめんじゃ。悪いが、出て行ってもらうぞい」

じいさんはきっぱりと言った。ま、こればっかりは、じいさんが正しいだろう。

「わかってる。勝手に首を突っ込んだのは俺たちだからな。すぐに出発するよ。その事を相談しに行こうと思ってたところだったんだ」

俺があっさりとうなずくと、じいさんは拍子抜けしたような顔をした。俺が一晩分の宿代をきっちり払うと、じいさんはコインを受け取った手に視線を落として、ふぅとため息をついた。

「……悪いの。わしじゃって、どちらが悪でどちらが正義なのかはわかっとるつもりじゃ。お前さんたちは正しい事をしたんだろうよ」

「そうか?まあ、そう思ってくれるだけでもありがたいよ」

「うむ……」

じいさんはなおも何か言いたげだったが、悪いがぐずぐずしている暇はない。俺たちは手早く荷物をまとめると、宿の表へと向かった。

「じいさん、見送りはいいから。バタバタしちゃって申し訳ないけど」

じいさんは玄関先までついて来た。不安げな目をして、しきりに視線を泳がせている。

「き、気を付けるんじゃぞ。すでにマスワニットファミリーが待ち構えとるかもしれん。できるだけ急いで町を離れるんじゃ」

「ああ、わかってるよ」

「うむ。それとじゃな……」

「おい、まだなんかあるのか?急げって言ったのはあんただぜ」

「かぁっ!口の減らないガキじゃ!ええい、受け取れ!」

あん?じいさんは殴るようなしぐさで、俺に拳を突き出してきた。怪訝に感じながらも手を出すと、俺の手のひらに数枚の銀貨がチャリンと落とされた。

「え?これ、さっきの宿代じゃないか」

「そうじゃ。そいつは返しておくぞい」

「え。いいのか?」

「いいもなにも、お前さんらはほとんど泊まっとらんじゃろうが。それに……」

じいさんは瞳を伏せると、ぼんやりと遠いまなざしで続ける。

「……昔は、わしもお前さんらのように動いたこともあったんじゃ。わしの発明で、この世から不幸を取り除けると思っとった……ま、若気の至りじゃがな。結局失敗して、今はしがない宿屋のジジイになっちょる」

「じいさん……」

「そいつは、あの頃のわしからの餞別じゃ。わしの夢の続きは、お前たちに託す。その子のこと、頼んだぞい」

「……ああ。任せてくれ」

俺はコインをぎゅっと握ると、ポケットに落とした。たかだか数枚なのに、なぜだかずっしりと重く感じた。

「よっし、ライラ。寝起きで悪いけど、さっそく頼めるか?」

「任せてよ!大まほー使いは、時と場所を選ばないんだから!」

ライラの声は寝起きで少しかすれていたが、それでも淀みなく呪文を詠唱した。

「ストームスティード!」

風があたりに舞い、疾風の体を持つ馬が召喚された。俺たちが透明な馬に乗り込むのを、じいさんはあっけにとられて見つめている。女の子は得体のしれない存在に激しく抵抗したが、俺が無理やり馬上に抱え上げると、逆に怯えておとなしくなった。

「それじゃ、行こう!全速力で町を脱出する!」

「承知!はいやあ!」

騎手のエラゼムが腹を蹴ると、ストームスティードは力強くいななき、猛スピードで町の出口へと駆け始めた。



つづく
====================

読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

====================

Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、
作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。
よければ見てみてください。

↓ ↓ ↓

https://twitter.com/ragoradonma
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

ハクスラ異世界に転生したから、ひたすらレベル上げしながらマジックアイテムを掘りまくって、飽きたら拾ったマジックアイテムで色々と遊んでみる物語

ヒィッツカラルド
ファンタジー
ハクスラ異世界✕ソロ冒険✕ハーレム禁止✕変態パラダイス✕脱線大暴走ストーリー=166万文字完結÷微妙に癖になる。 変態が、変態のために、変態が送る、変態的な少年のハチャメチャ変態冒険記。 ハクスラとはハックアンドスラッシュの略語である。敵と戦い、どんどんレベルアップを果たし、更に強い敵と戦いながら、より良いマジックアイテムを発掘するゲームのことを指す。 タイトルのままの世界で奮闘しながらも冒険を楽しむ少年のストーリーです。(タイトルに一部偽りアリ)

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

オタクおばさん転生する

ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。 天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。 投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双

たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。 ゲームの知識を活かして成り上がります。 圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【短編】冤罪が判明した令嬢は

砂礫レキ
ファンタジー
王太子エルシドの婚約者として有名な公爵令嬢ジュスティーヌ。彼女はある日王太子の姉シルヴィアに冤罪で陥れられた。彼女と二人きりのお茶会、その密室空間の中でシルヴィアは突然フォークで自らを傷つけたのだ。そしてそれをジュスティーヌにやられたと大騒ぎした。ろくな調査もされず自白を強要されたジュスティーヌは実家に幽閉されることになった。彼女を公爵家の恥晒しと憎む父によって地下牢に監禁され暴行を受ける日々。しかしそれは二年後終わりを告げる、第一王女シルヴィアが嘘だと自白したのだ。けれど彼女はジュスティーヌがそれを知る頃には亡くなっていた。王家は醜聞を上書きする為再度ジュスティーヌを王太子の婚約者へ強引に戻す。 そして一年後、王太子とジュスティーヌの結婚式が盛大に行われた。

処理中です...