上 下
390 / 860
10章 死霊術師の覚悟

14-2

しおりを挟む
14-2

「うーん、見つからないなぁ。エラゼム、どうだ?」

「いえ……こちらも駄目です」

「そうかぁ……ウィル、アルルカ。お前らは?」

「ダメです、ちらとも出てきませんよ」

「ないわね」

「ぬうぅぅ……」

俺たち四人は今、グラスゴウ伯爵の部屋で、一心不乱に本を散らかしまくっていた。もちろん、苛立ち紛れに本棚から引っこ抜いているわけではない。グラスゴウ家に関する本を片っ端から開いて、エラゼムの城主・メアリーさんについての情報を虱潰しに探しているのだ。だが、今のところ成果はない。目を皿のようにしても、メアリー・ルエーガーの名前は、どこにも見つからなかった。

「なあ、ここ以外には、歴史書の類はないんでいいんだよな?」

俺が念を押してたずねると、奴隷の女たちは、部屋の隅でこくこくとうなずいた。彼女たちは、今はちゃんと服を着て、隅で一塊になって、俺たちを遠巻きに見ている。いくつか質問をして分かった事だが、彼女たちは妻に先立たれたグラスゴウ伯爵の、妾のような存在だったらしい。彼女たちの“仕事場”は、主にこの伯爵の寝室で、この部屋に大抵の古い本があると教えてくれたのだ。
ちなみに、俺たちがこれだけ大騒ぎをしても、使用人たちは一人も姿を現さなかった。何度か入り口に人の頭を見た気がしたが、すぐに引っ込んでしまった。彼らもまた、自分の身だけが可愛いらしい。さいあく、この部屋の奴隷がどうなろうと、知ったこっちゃないってわけだ。けっ!

「う~ん……桜下さん、これだけ探してもないのなら、ちょっと希望薄なんじゃないでしょうか」

ウィルはぱたんと本を閉じると、眉をハの字にして言った。

「……そうだな。俺も、そんな気がしてきた所だ」

「でしたら、ここは私とアルルカさんに任せてください。桜下さんとエラゼムさんは、もうお墓の方に行かれたらどうですか?」

「え?俺たちだけ?」

「ええ。もう残りの本も少なくなってきましたし、こっちは二人で十分です。作戦が順調なら、そろそろコルトさんたちの方も片が付くでしょうし」

「……そうだな。あまりのんびりもしていられないか。エラゼム、いいか?」

「承知しました。ウィル嬢、申し訳ありません。頼みます」

俺とエラゼムはさっと立ち上がると、部屋の出口へと走り出した。後ろでアルルカが「あたしにはなんかないの!」と騒いでいたが、忙しいので無視する。
俺たちが廊下に出ると、様子を見ていた何人かの使用人が、急いで部屋に引っ込んで、扉を閉めた。そいつらも無視し、俺たちは屋敷を出て、庭園を駆け抜ける。目的地は、庭のはずれの方に隣接している、霊園だ。

霊園は、かなりの広さがあった。暗くて正確には分からないけど、たぶん俺のいた小学校の校庭より広い。ここにも雪が積もっていたが、伯爵家が管理しているだけあって、最低限の雪かきはされていた。とは言え、この広さを探し回っていたら、朝までかかっても終わらなそうだが……

「確か、ボウエブから聞いた限りじゃ……天使の像があるって言ってたよな?どこだろう?」

「ええ……おそらく、あれではないですか?」

「んー……あ、見えた見えた。うん、だな。行ってみよう」

俺たちは、暗がりにかすかに見えた像らしきものへと、アニの明かりを頼りに進む。
十分ほど前のことだ。ウィルの監視の下、キョンシーのパーツを全部集めたボウエブは、それらをひぃひぃ言いながら、伯爵邸へと引きずってきた。俺はそれを“ファズ”で直し、コルトのもとへ向かうように伝えた。その際、霊園の間取りについても、ついでに聞いていたんだ。

「霊園について、ですか?」

「ああ。俺たちは、グラスゴウ家の先祖にあたる人を探してるんだ。その人の墓があるとして、どうやって探したらいいかなって」

「それでしたら、伯爵様の親族が眠る区画があります。その区画には町民は埋葬されず、代々グラスゴウの血を引く者だけの墓が立っているのです」

「おお、まさにそれだ!それ、どこらへんなんだ?」

「ええと、そうですね……区画の入り口に、大きな天使の像が建っております。それが目印になるかと」

「天使の像だな……わかった」

と、言う具合だ。そして俺たちは、その天使像の足下へとやってきた。なるほど、その区画だけは、鉄柵でほかの墓と仕切られている。この中が、グラスゴウ家の墓ってことだな。霊園全体に比べたら、ぐっと絞り込めた。

「これなら、なんとか調べられそうだな。よし……行こう、エラゼム」

「はい……」

俺たちは静かに鉄柵の内へと踏み入れると、慎重に墓石に刻まれた銘を調べ始めた。俺はアニを高く掲げて、エラゼムが墓石の雪を払う。一つずつ、一つずつ。墓石の数は、そこまで多くなかった。歴史の古い家とは言え、一家系の人数はたかが知れている。
そして、最後の墓石を調べ終わった。メアリー・ルエーガーの名は、どこにもなかった。

「そんな……」

エラゼムが、かすれた声で、小さくつぶやく。しんしんと降り続く雪に吸い込まれてしまいそうなくらい、弱弱しい声だった。
メアリーさんの墓がなかった。てことは、メアリーはこの地で没しなかったことになる。いや、そもそも……?

「お墓がない……メアリーさんは、ここに留まらなかったのか?それとも何かの手違いで、この区画にいないのか。エラゼム、念のため他の場所も……」

「いえ……おそらくは、その可能性は低いと思われます」

「え?」

「もしもメアリー様が、ここにお眠りになっているのなら、何がしかの痕跡が必ず残っていたはず。墓の場所を間違えるなど、あるはずがありません」

「……いやにはっきり言い切るな。何か、理由があるのか?」

「はい……実は、メアリー様には、特別な力が宿っていました。光の魔力です」

え?完全に初耳だ。

「光の魔力って……確か、闇の魔力と一緒で、すごく珍しいって言う、あの?」

「はい。メアリー様は、ご自身の力の事を、ごく一部の者にしか明かしていませんでした。皆様に明かさずにいた事、お詫びいたします」

エラゼムは深々と頭を下げた。確かに驚いたけど、怒ってはいない。彼の性格からして、主君が秘密にしていた事をべらべら話すことはしないだろうし。

「でも、それなら……そんだけ珍しい力を持った人なら、何かの記録に残るだろうって?」

「そう、考えております」

「でも、力のことは隠してたんだろ?」

「だとしても、一生涯隠し続けるのは困難かと」

「それもそうか……」

この町には、メアリーの名前も、光の魔力の保持者の記録も無い。

「てことは、やっぱり、ここにはいなかったのか……」

まさかここまで来て、空振りだったなんて。そんなぁ……

「桜下さーん!」

俺たちが茫然と立ち尽くしていると、屋敷の方からウィルが飛んできた。

「ウィル……」

「今、こちらの調べが終わりました。やっぱりメアリーさんらしき人の記録は、どこにも載っていなくて……桜下さんたちは?」

「いや、こっちも見つからなかった……」

「そうでしたか……」

ウィルの方も、ダメだった。どの本にも、彼女のことは記載されていない。そして、墓もない……

「そもそも、メアリーさんは……本当にこの町に来たのか……?」

エラゼムの記憶では、確かにメアリーさんは、北にある母の実家を訪ねると言い残して、城を出ていった。だが歴史は、彼女がここに来たことがないという事実を示している。記録が間違っていたり、なんやかの理由で抹消されている可能性もあるが……

「あの、桜下さん、エラゼムさん」

ウィルが、おずおずと口を開く。

「見つからなかったことは、とても残念です。ただ、フランさんからの伝言が……あちらは、片付いたと」

「そうか……まだ、後始末が残ってるもんな」

いちおう、これで俺たちの作戦は完遂だ。戦いを防ぎ、コルトを調停者へ仕立て上げ、メアリーさんの痕跡を探す。これらのことを、ぜーんぶ一晩でやってのけたわけだな。我ながら、よくやれたもんだ。残念ながら、結果は振るわなかったけども……ただ、だいぶ押せ押せの作戦だったので、まだ粗がいくつか残っている。それを片さないと。

「エラゼム……」

俺とウィルは、立ち尽くすエラゼムを見つめた。生真面目な彼は、これまで何度も落ち込んだり、凹んだりすることがあった。けど今は、何というか……傷ついている、ように見えた。心に深い傷を負ったが、どうやって嘆いたらいいのかすら分からない……そんな風に、見えたのだ。

「……桜下殿、ウィル嬢。コルト殿のもとへ向かいましょう」

「けど……大丈夫か?」

「はい。今はひとまず、なすべきことをなしましょう。考え込むのは、その後でも遅くありません」

「そうか……わかった。行こう」

エラゼムが言うのであれば、何も言うまい。俺たちは、雪の降りしきる静かな墓地を後にした。



つづく
====================

読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

====================

Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、
作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。
よければ見てみてください。

↓ ↓ ↓

https://twitter.com/ragoradonma
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

ハクスラ異世界に転生したから、ひたすらレベル上げしながらマジックアイテムを掘りまくって、飽きたら拾ったマジックアイテムで色々と遊んでみる物語

ヒィッツカラルド
ファンタジー
ハクスラ異世界✕ソロ冒険✕ハーレム禁止✕変態パラダイス✕脱線大暴走ストーリー=166万文字完結÷微妙に癖になる。 変態が、変態のために、変態が送る、変態的な少年のハチャメチャ変態冒険記。 ハクスラとはハックアンドスラッシュの略語である。敵と戦い、どんどんレベルアップを果たし、更に強い敵と戦いながら、より良いマジックアイテムを発掘するゲームのことを指す。 タイトルのままの世界で奮闘しながらも冒険を楽しむ少年のストーリーです。(タイトルに一部偽りアリ)

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

オタクおばさん転生する

ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。 天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。 投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双

たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。 ゲームの知識を活かして成り上がります。 圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...