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10章 死霊術師の覚悟

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陽が傾くと、俺たちは簡単な夕食を取った。コルトの晩御飯は、干からびた小枝のような、魚の干物が数匹だった。俺は、ウィルの作ってくれた飯を半分コルトに分けてやった。

「あ、ありがとう……で、でもね!僕の家だって、意外と豪華なところもあるんだよ!」

そもそもここは、コルトの家ではないだろう……という野暮なことは言わないが。コルトは意気揚々と、小屋の裏手に俺を連れ出した。

「じゃじゃーん!なんと、お風呂付なんだ!」

俺は、おぉーと歓声を上げてやった。砂利と粘土を混ぜたもので形作られたそれは、俺の見立てが正しければ、本来は生け簀として利用されていたような気がするが……だがまあ、風呂として使えないこともないだろう。この寒い中じゃ、湯につかれるだけでもありがたい。
熱した石をいくつも突っ込んでお湯を沸かすと(ちなみに海水だ。塩ゆでになりそうだな……)、コルトはしきりに俺が先に入るよう勧めてきた。

「いいのか?一番風呂で」

「いいよいいよ。お客様だもの。ほら、遠慮しないで」

まあ、そこまで言うなら。コルトがそそくさと小屋に戻ったのを確認すると、俺は服を脱いで、湯につかった。

「うーむ。ぬるい……」

コルトが入るときには、“追い石”をした方がいいだろうな。俺は湯冷めしないうちに、さっと体を洗って、風呂から上がった。

「コルト。出たぜ」

「あ、は、早かったね」

「ああ。早くしないと水に戻っちまうからな。だいぶぬるくなってきてたから、もういくつか石を入れたほうがいいと思うぞ」

「あ、そ、そっか。わかったよ……」

「うん。……入らないのか?」

「へ?ああ、いくいく。行ってくるよ」

コルトはばたばたと小屋から出ていった。なんだろう、いやに落ち着きがないな?

「腹でも痛いのかな。なんか変なもんでも食ったか?」

「……桜下さん。それ、どういう意味ですか……?」

へ?あっ。コルトに晩飯を分けたんだったっけ。拗ねたウィルはベッドの下から出てこなくなってしまい、俺は腰をかがめて、床との隙間に声を掛け続ける羽目になった。

「……っと」

ぶるり。ようやくウィルが出てきたころ(ベッドの下に、死んだフナ虫の死骸があったらしい)、俺は背筋が震えるのを感じた。これは……用足しのサイン、だな。さっき飲んだお茶が、下まで降りてきたらしい。

(あれ?でもこの小屋、肝心のトイレがなくないか?)

ワンルームの小屋には、かわやらしきものは備え付けられていない。当然、裏にもないのは確認済みだ。周りに他の家もないし、その辺で適当に用を足してもいいのだろうけど……

(いちお、家主に確認したほうがいいか)

断りもなくするのは、さすがになぁ?俺は仲間にちょっと出てくると声を掛けると、入浴中であろうコルトのもとへ向かう。こういう時、男同士は気楽だよな。

「おーい。コルトー」

ひょいっと、小屋の裏をのぞき込む。ちょうど、コルトが風呂からあがろうとしているところだった。おや、帽子をかぶっていたから気付かなかったけど、コルトって結構髪長いんだな……そんなことを考えていた俺と、コルトの目とが、ばっちりと合った。コルトの目がまん丸くなる。

「えっ!きゃあ!」

「えっ。きゃあ?」


前者がコルトで、後者が俺の声だ。コルトは自分の体を抱くと、浴槽に屈みこんでしまった。
って、ちょっと待て。なんだって?まるで、女の子みたいな声を……いやいや、おかしいぞ。俺の網膜に残っている、コルトの白い体の残像。正面からばっちり見てしまったソコには、男の象徴たるアレが、付いていたっけか……?

「え……コルト、お前……?」

「みっ、みないでっ!」

「は、はい!」

俺は両手を腿に張り付けると、ぎゅるんと回れ右をした。いや、まて、どういうことなんだ。頭がこんがらがっているぞ。

「あの……コルトで、間違いないんだよな?」

「……」

「お前……水をかぶると、女になるのか?」

「えっ?」

「あいや、なんでもない」

いくら魔法が存在する世界でも、それはさすがに無いか。水じゃなくてお湯だし。

「……どうして、覗きに来たのさ」

「のっ、覗くつもりじゃないぞ!その、トイレはどこかなって聞こうと思ったら……」

「……はぁ~。偶然か、僕も運が無いな……トイレなんて、海にすれば勝手にきれいにしてくれるよ」

「あ、そ、そうか。あの、それで……」

「……言っておくけど、趣味じゃないよ。この町では、男ってことにしておいた方が、何かと便利なんだ」

「わ、わかった。その、とやかく言うつもりはないから。そ、それじゃ!」

俺は一目散に、その恐ろしい場から逃げ出した。

「うわー、びっくりした……」

当たり前だけど、全然心構えがなかったぜ……フランやアルルカで多少慣れたかと思ったが、俺もまだまだらしいな。ううぅ、バッチリ見ちゃったよ……俺は熱を持った頬を冷まそうと、吹き付けてくる海風に向かって、顔をぶんぶん振った。

用を足して戻ってくると、風呂から上がって、きちんと服を着たコルトが、小屋の外で待っていた。

「う……」

ぎくりと足を止める。コルトはほんのりと頬を赤く染めて、こちらをじとりと睨んでいる。あのぬるい風呂で温まるわけないから、恥ずかしがっているんだろう……くそ、また顔が赤くなりそうじゃないか。
コルトは近くに来いと、指をくいくい曲げた。行くしかないか……

「あっと……コルト?どうしたんだ、湯冷めしちまうぜ?今夜はそのままあったかいベッドに入って、ぐっすり眠るのが最高だと思わないか?」

俺はなんとかごまかそうと、ベラベラと舌を回してみた。

「……僕のハダカを見ておいて、言うことがそれなのかな?」

「……すみません」

ぐうの音も出なかった。深々と謝罪。

「……いいけどさ。僕も、ちょっと油断してたよ。」

顔を上げると、不貞腐れた顔のコルトが、唇を尖らせていた。よかった、怒ってはいないみたいだ。それに、こうしてみると、やっぱり男の子にしか見えない。

「けど、できれば秘密にしてもらえるとありがたいかな。いちいち説明するのも面倒だしさ」

「あ、ああ。さすがに、言いふらしたりはしないよ」

「そっか。あ、ねえ。せっかくだから、もう一つ聞いてもいいかな?」

「うん?」

俺の返事にほっとしたのか、すっかりいつもの調子に戻ったコルトが、だしぬけにそう言った。

「気になっていたんだ。桜下。君は、あの女の子とどうやって仲良くなったんだい?」

「女の子って、フランのことか?どうやってって言われても……」

まさか、ネクロマンスの能力で、とは言えないしな。

「えっと……」

「もう少し具体的に聞くとね。君は、セカンドミニオンは悪者じゃないって言ってくれたね。あの女の子がいい子だから、僕もそうだろって。でもさ、あの子と最初に出会った時は、いったいどういう風に思ったのかな。つまり、君が初めて、セカンドミニオンに出会った時は」

あー、なるほど……「一番最初は、お前も偏見を持ってたんじゃないか?」て言いたいわけだ。

「そういうことか。実は俺、フランに会ったときは、セカンドミニオンのことを知らなかったんだ」

「えぇ?珍しいね。そんな人いるんだ……」

「まあ、ちと世間知らずでな。ただ、それを知ってからも、フランにどうこう思ったことはないぜ。だって、フランはフランだろ。俺は血なんかより、そいつの中身の方がよっぽど気になるだけさ」

「へー……やっぱり珍しいね、桜下って。この国にも、そんな風に考える人がいるんだなぁ……」

まあ、俺は二の国の生まれじゃない、別世界から来た人間だしな。セカンドミニオンについても、実際にセカンドの所業を見てないから言えるのかもしれない。けど、だからといって、フランやコルトを悪く言う気にはなれなかった。

「ま、俺は変わりものなんだよ」

「へへへ。確かにそうだね。僕も変わり者だから、君みたいなのは結構好きだよ」

どきっ。おっと、“好き”という言葉に、心臓が勝手に反応してしまった。いかんいかん、コルトは女の子だけど、そういうつもりで言ったんじゃないぞ……ち。フランに告白されてから、ちょっと敏感になっているな。

「は、はっくち!うぅ、冷えてきちゃった。そろそろ戻ろっか」

コルトは小さくくしゃみをして鼻をすすると、寒そうに腕を抱えて、一足先に小屋の中へ戻っていった。俺もその背中を追おうとして、ふと立ち止まる。

「男だと偽り、町中から嫌われながらも、日々を生き抜く女の子、か……」

俺は振り返って、夜の海を眺める。たくましいよな。でも、そのたくましさは、ひょっとするとセカンドの血によるものなのかもしれない。セカンドの血は、尋常ならざる力を、その血を引くものにもたらすという。コルトはその血によって迫害され、だがその血によって生かされている……
俺は無性に何かを罵りたくなったが、何を罵ればいいのか、肝心なものが分からなかった。

「はっくしょん!」

今夜は冷える。俺も中に入ろう。
明日は、この町の町長の家を訪ねるんだ。交渉かぁ……今まで、うまくいった試しがないんだよな。不安だなぁ。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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