上 下
366 / 860
10章 死霊術師の覚悟

6-2

しおりを挟む
6-2

「オヤジ、またこんなに散らかして。少しは片付けろよな」

大量のガラクタに顔以外すべて埋もれるドワーフと言う、俺たちからしたらかなりショッキングな光景にも、若いドワーフはさほど驚いていない様子だった。どうやら、これでも平常運転らしい。

「オヤジ、久々にでかい仕事だぜ。純アダマンタイト製の大剣だとよ」

若いドワーフは俺たちに振り返って、剣をよこせと手招きした。エラゼムが大剣を差し出すと、若いドワーフはそれを受け取って、ガラクタの山の髭もじゃの顔に近づけた。よく見てみると、ガラクタはどれもこれも、いちおう武器のようだ。二目と見られないキテレツな形状のせいで、使用方法はさっぱりわからないが。あの髭もじゃの作品だろうか?

「見ろよ、こんなアダマンタイト見たことねぇ……信じられないくらい鍛えこまれてる。百年か、それ以上だぜ……」

どきり。俺とエラゼムは、そろって体を固くした。エラゼムは百年近く前の時代の人だから、当たっている。さすがドワーフ、見ただけでわかるのか……

「な、驚きだよな。この剣にひびを入れるなんて。どうだ?いけそうか?」

「……」

「へー、さすがオヤジ。でも、なんだって?」

「……」

「あー、そっか」

なんだろう。さっきから、若いドワーフばっかり喋っている気がするんだけど?オヤジさんは相当声が小さいのだろうか?かろうじて髭が動いているように見えるが、声までは聞こえてこない。

「うーん……だよなぁ。わかった」

しばらくの奇妙なやりとりののち、若いドワーフは俺たちに向き直った。

「あのな、たぶん直せはするってさ。オヤジは昔、これに似た剣を打ったことがあるんだ」

「へぇ、そうなのか。けど、なんか引っかかる言い方だな?」

「ああ。なんだけども、どれくらいで直せるのか……金はいくらか、時間はどんくらいかかるのかっていうもろもろが、ちょっと即答できないんだ。悪いけど、ちっと時間をくれないか?」

「ああ、そう言うことか。わかった、構わないよ」

「よしきた。たぶん、明日には答えられると思うぜ。だよな、オヤジ?」

オヤジさんは、ほんのわずかにだが、首を動かしたようだ。ガラクタの山が、カランと音を立てたから。

「そんじゃ、今日一日、こいつを預からせてもらうな」

若いドワーフは、エラゼムの大剣をガラクタの山に立て掛けた……な、なんか急に不安になってきた。明日になったら、エラゼムの剣に足でも生やされてないだろうな?エラゼムもどことなく不安そうだったが、今更断れないだろう。
若いドワーフが戻ろうと言ったので、俺たちはガラクタだらけの部屋をしぶしぶ後にした。

「あの……オヤジさんって、すごい職人なんだよな?」

帰り道、俺は恐る恐る若いドワーフに訊ねた。

「すごいなんてもんじゃねぇよ。あの屑鉄の山を見たろ?イカれてんのさ」

俺の顔から血の気が引いた。エラゼムにも首があったら、同じ顔色になっていただろう。

「や、やっぱり頼むの、やめとこうかな……」

「んぇ?ああ、違う違う。イカれてるほど、腕が立つって意味さ。あんなに金属を自在に操る人、この五十年間で他に見たことねぇよ」

ああ、そういう……ていうか、このドワーフ五十歳以上かよ。だめだ、ドワーフは見た目と年齢がまったく一致しない。けど、五十歳が大丈夫だというんだから、信頼してもいいだろう……いいよな?

「じゃ、じゃあ安心だな」

「もちろん。まあ、最近ちっとは、マジでイカれてるかもしんないけど……」

前言撤回!信頼できないっ!!!

「お、オヤジさんって、ちょっと変わった人……じゃなくてドワーフだよな?オヤジってことは、あんたの父親なのか?」

「ぅん?ちちおや?」

若いドワーフは、意味が分からないとばかりに首を傾げている。あれ、伝わらなかったのか?

「あの、だから、父さんなのかってことだよ。あんたとあの人は親子なのか?」

「ああ、生みの親って意味か。違うよ、そう呼んでるだけさ。あの人は、昔っからああなんだよ……なあ、ところでなんだけど。親と言えばさぁ」

今度は逆に、若いドワーフがこちらに訊ねてくる。ドワーフはくるりと顔の向きを変えると、なぜかフランをしげしげと見つめた……にしては、視線が低いな。顔と言うより、胸を見ているような……?フランが露骨に顔をしかめる。

「あのさ、あんたって、女ってやつなんだよな?」

フランは警戒しながらも、いちおう返事をする。

「……そう、だけど」

「やっぱりか!すげぇなぁ、あんたも“アルバ”なのかぁ……じゃあじゃあ、そこについてるのって、おっぱいってやつだろ?なぁ、ちょこっと見せてくれないか?」

……は?フランは胸を両腕で隠すと、すごい勢いでドワーフから遠ざかった。

「あっ。ダメなのか?じゃあ、下の方でもいいんだけど。たしか、×××って言うんだよな。そっちは?」

フランは無言で、ぐっと右足を後ろに引いた。俺が慌てて飛びつかなかったら、足元の鉄床を思い切り蹴飛ばしていたに違いない。

「あ、あのなぁ!」

俺はフランの足首にかじりつきながら、声を張り上げる。

「ドワーフがどうかは分からないけど、人間はそうほいほい体を見せたりはしないんだよ!」

すると若いドワーフは、きょとんと目をしばたかせ、ヒゲで覆われたアゴをガシガシとかいた。

「そうなのか。そりゃ悪かったな。そこのお仲間がそういう恰好をしてるから、てっきり」

彼はアルルカを指さした。アルルカは全身にフックが刺さっているせいで、マントを留めずに肌をさらけ出していた。そういやこいつ、まだこの格好だったのか。

「ああ……そいつは、例外なんだ。いるだろ、一人や二人、頭のネジが飛んでるやつって」

若いドワーフは深々とうなずくと、「オヤジみたいなもんだな」とつぶやき、それを聞いたアルルカは大いに憤慨した。



「ふぁっふぁっふぁ!そんなことがあったのか」

鍛冶場を出た帰り道、俺がさっきの出来事を話すと、たっぷり昼寝したメイフィールドは快活に笑った。

「いやぁ、すまんすまん。わしらドワーフは、人間の流儀には疎いのじゃ。わしみたいな仕事ならともかく、他の連中は穴に潜ってばかりで、外との交流を持たんからのう」

「まあ、怒ってるわけじゃないんだけど……」

嘘だった。フランは明らかに怒気の残った顔で、どすどすと足を踏み鳴らしている。

「……なんだけど、ちょっと驚いたというか。ドワーフって、みんなああってわけじゃないよな?」

「おっと、誤解しないでくだされよ。わしらは、おぬしら人間でいうところの色情狂とは全く違う。その若造も、色欲に駆られて質問したわけではあるまい。まぁいうなれば、憧れと好奇心によるものじゃったのじゃろう」

「憧れと、好奇心?」

「そうじゃ。おぉ、そう言えば話してなかったのぉ。なぁお前さん、ここまで何人かのドワーフに出会ったと思うが、何か気付いたことはないかの?」

気付いたことだって?俺はメイフィールドの顔を見つめると、今まであったドワーフたちを思い出した。

「って言われてもな……みんな、髭が生えてるくらいか?あはは、関係ないよな」

「いやいや、そんなことはないぞ。実に的を射ている」

「え?」

「わしらは、みなああなのじゃ。生まれたときから髭を持ち、ただの一人も例外はない。それがドワーフなんじゃよ」

「えっと……みんな髭がある?それは、女のドワーフでもってことか?」

「そこが肝じゃな。わしらは大なり小なり個人差があれど、皆一様に髭を持ち、背は低く筋肉質で、低い声をしておる。気づいたかの?ドワーフと言う種族は、おぬしら人間でいう所の男しかいないんじゃ」

俺は、あんぐりと口を開けた。男しかいない?確かにここまで、女性らしいドワーフに出会ったためしがないけれど……

「で、でも!それなら、どうやって子どもが生まれてくるんだよ?」

「早とちりしてはならん。あくまで外見上は、と言う話じゃよ。男しかいないと言うと語弊があるかの、ようはおぬしらほど、性別と言うものがはっきりしてはおらぬのじゃ。おぬしらの女のように、胸が膨らむとか、声が高いだとかは、ドワーフには全く当てはまらん」

「あ、そ、そうなんだ……じゃあ、女のドワーフはどうやって見分けるんだ?」

「それを説明するのは難しいのぉ。わしらは、人間でいう所の“女”のことを、“アルバ”と呼んでおる。子を産む能力を持つもの、と言う意味じゃ。わしらは一目見ればアルバかどうかがはっきりわかるが、人間にはそれが感知できんようでな。知らぬ感覚を、伝えるのは難しい」

ふむ。それもそうかと、俺はうなずいた。一度も見たこともない花の香りを誰かに説明されても、完全に理解することは絶対無理だろう。

「アルバ、か。そういえば、さっきの若いドワーフも、そんなことを言ってた気がするよ」

「そうじゃったか。アルバも、そしてネクロマンサーも、とても希少で、価値ある才能じゃ。きっとその若造も、おぬしらのことを人間版アルバだと思って、ついはしゃいでしまったのじゃろう。今後も似たようなことがあるかもしれんが、どうか大目に見てやってくれ。わしらドワーフは、みな好奇心が強ぉてな」

「あはは、なるほどな。わかったよ」

悪気があるわけじゃないのなら、腹を立てる必要もない。フランも話を聞き終えるころには、ぼつぼつ溜飲が下がったみたいだった。

「さてと、じゃ。確かおぬしら、明日もう一度ホムラに出向くんじゃったな?では、宿に案内するとしようかの。人間にはちと窮屈かもしれんが、ま、そこも大目に見とくれ」

「え、そうなの?」

「安心せい、せいぜいちぃっと、寝るときに足が外にはみ出すくらいじゃ」

「えぇっ」

俺は想像してみた。頭を壁の端にくっつけて、足を扉から外に出して寝る姿を……うん。

「別の宿ってないのかな……?」

「ほっほっほ。冗談じゃよ」

「え?なぁんだ……」

「足じゃなくて、頭がはみ出るだけじゃ」

「……」

「冗談じゃよ」

メイフィールドはウィンクすると、鼻歌まじりに歩き始めた。フランじゃないけど、コイツの尻、蹴っ飛ばしてもいいだろうか?



つづく
====================

読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

====================

Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、
作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。
よければ見てみてください。

↓ ↓ ↓

https://twitter.com/ragoradonma
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

ハクスラ異世界に転生したから、ひたすらレベル上げしながらマジックアイテムを掘りまくって、飽きたら拾ったマジックアイテムで色々と遊んでみる物語

ヒィッツカラルド
ファンタジー
ハクスラ異世界✕ソロ冒険✕ハーレム禁止✕変態パラダイス✕脱線大暴走ストーリー=166万文字完結÷微妙に癖になる。 変態が、変態のために、変態が送る、変態的な少年のハチャメチャ変態冒険記。 ハクスラとはハックアンドスラッシュの略語である。敵と戦い、どんどんレベルアップを果たし、更に強い敵と戦いながら、より良いマジックアイテムを発掘するゲームのことを指す。 タイトルのままの世界で奮闘しながらも冒険を楽しむ少年のストーリーです。(タイトルに一部偽りアリ)

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

オタクおばさん転生する

ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。 天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。 投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双

たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。 ゲームの知識を活かして成り上がります。 圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

処理中です...