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9章 金色の朝

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「わかった。なら頼むよ、エドガーさん」

「よし、決まりだ」

エドガーはうなずくと、腰に付けたポーチの中から、黄ばんだ紙と鉛筆を取り出し、なにやらさらさらと書きつけた。

「では、これをもって先に王城へ行け。私たちはくだんのギルドを訪ねなければならん」

「あ、お、おう。でも、その後どうすんだ?」

「そのメモを城の者に見せればわかる。では、後でな」

エドガーはメモを俺の手に押し付けると、部下たちを連れてどかどかと行ってしまった。

「……なんだか、妙なことになったなぁ」

俺は頬をかきながら言う。王都についた途端にこれだ。つくづく、この町とは相性が悪いらしい。

「王城でのお仕事って、いったい何をするんでしょう?」

お説教の途中で乱入があったせいか、ウィルは怒りを忘れ、いつもの調子に戻っていた。

「さてなぁ。戦いでぶっ壊れちゃった城壁の修理とかかな?」

「ああ、そう言われれば。王都の門の一つが壊されていましたね」

アレを直すとなると、確かに人手がいりそうだ。大変そうではあるけど、そのぶん賃金も期待できるかもしれない。

「それじゃあ、王城に行ってみようか。そこで詳しいことを説明してくれんだろ」

またあそこに、しかも今度は仕事をしに行くことになるとは……旅はしてみるもんだな、まったく。



王城正面までやってきた。城下町を抜け、森の中を抜けた先に、その城はそびえ立っている。森の一部は、前回の戦いで俺たちが吹き飛ばしてしまったせいで、丸裸になっている。以前は唯一生き残った巨大なモミの大木だけが、ぽつんとむき出しの大地に根を下ろしていた。しかし今は、その周りに木の苗が植えられ、ボロボロだった地面もきれいに整備がされていた。

「わぁ……まだまだだけど、でもずっとキレイになったね!」

ライラが森の雛を見て、嬉しそうに笑う。王城を出る際、俺はロアに、この森の再生をお願いしていた。どうやら、その約束は守ってくれているようだ。

「時間はかかるだろうけど……きっと、きれいな森になるさ」

「うん。そうなったら、嬉しいな……ありがとね、桜下。それと、ごめんね」

「うん?ここのことか?別に謝られることは……」

「ううん、そじゃなくて、さっきのこと。ライラのせいで、桜下に謝らせちゃって……」

「ああ、気にすんなよ。ウィルの言う通り、ありゃみんなの責任だ。ま、次から気を付けようぜ。ウィルもおっかないしな」

「くすっ。そうだね」

森を抜けると、城を囲むお堀へと出る。対岸の城門からは跳ね橋が掛けられ、そこから城内へと、客人を招いていた。

「城の人にメモを見せろって言われたけど……それって、誰なんだろうな?」

跳ね橋を渡りながら、俺は前方を見つめた。そびえ立つ城壁に、ぽつんと開いた門が迫ってくる。門の手前には、衛兵と思しき兵士二人が槍を構えて立っていた。

「……町の者か。王城に何用か、申せ」

俺たちが近づくと、兵士のうちの一人が固い声でそう告げた。さて、この人たちに話が通じるといいのだけど。俺はメモをポッケから取り出した。

「その、ここの騎士団長さんの紹介で来たんだけど……メモを預かってるんで、見てもらえます?」

「なに?隊長殿の?」

兵士は眉をひそめると、俺の差し出したメモを受け取り、その文面に目を通した。すると兵士の顔がぐにゃりと歪んだ。な、なにが書いてあったんだろう……?

「……まったく、あの人らしい。わかった。付いてきたまえ、案内しよう」

「あ、は、はい」

どうやら、話は伝わったらしい。兵士はもう一人の同僚に声をかけると、俺たちを連れて城内へと歩き出した。

「……あのー。聞いてもいいですか?」

「うん?なんだね」

「その、ここで仕事を紹介してもらえるって聞いたんですけど……」

「ああ、そうだよ。そうするようにと、あの手紙に書いてあったよ、まったく」

「……それって、なんかヤバい仕事とかじゃ、ないっすよね?」

「え?ああ、そうじゃあない。今この王城は、前の戦いでずいぶん傷んでしまったんだ。早急な修復が必要なんだが、うかつに信用のおけない者を雇うことはできない。城の弱点を知らしめるようなものだからな。とくに、まだハルペリンの残党が残っているかもしれない今この時期は」

「あ、そっか。あれ、じゃあ俺たちは、信用の置けるものとして推薦されたってこと?」

なんだ、エドガーのやつ。意外と見る目があるじゃないか。しかし、兵士は笑いながら首を振った。

「いいや。あのメモには、“この者たちは下手な賊よりよっぽど信用できないから、王都で野放しにするより手の届くところで監視したほうがいい”と書かれていたよ」

「……あ、そっすか」

やっぱあいつ、見る目ないわ。

「まあ、隊長殿が城の仕事を紹介したってことは、最低限信用できる者たちだとは思っているんだろう。励んでくれよ」

イマイチ励みにならないことを、兵士は言った。
兵士は城の中へは入らず、城壁との間に設けられた庭を横切っていく。その先には、兵士たちのものだろうか、大きな木製の営舎が立っていた。端には馬の繋がれた厩舎きゅうしゃが建っている。

「さ、入りなさい。ここが君たちのしばらくの家だ」

「え?」

兵士が営舎の前に立って言った。

「仕事の間はここに住み込んでもらうよ。どうせ宿暮らしなんだろう?ここなら宿代は掛からないからな」

「いいのか?助かるけど……」

「ああ。だいぶ欠員が出たからね、部屋は余っている」

欠員……ああ、そういう……前の戦いでの、戦死者のことを言っているんだろう。

「どこか適当な空き部屋を使ってくれ。隊長殿が戻られたら、改めて仕事について説明するそうだから、それまでは自由にしているといい。ただし、あまり城内をうろつくなよ」

「あ、うん。わかった。どうもありがとう」

兵士は片手を上げると、元の持ち場へと戻っていった。

「さて、今日の宿まで決まっちまったな」

王城に泊まるのはこれで二度目だ。ただし、今回は前回と違って、およそ豪華な部屋ではないだろうが……
営舎の中に入ると、やはりというか、質素なつくりになっていた。けどボロかといえばそうでもなく、掃除も行き届いていたし、すき間やふし穴の一つも見当たらなかった。王の住居の手前、あえて質素にしているのかもしれないと、エラゼムは言っていた。

「で、空き部屋っつっても……」

俺たちは、適当に営舎の中を歩いてみた。営舎は二階建てになっていて、一階は食堂や道具置き場などに、二階が住居区になっているようだ。何度も踏まれてすり減った階段を上ると、ずらりと扉の並ぶ廊下へと出た。扉には小さなネームプレートが取り付けられていて、名前がある部屋には、すでに住人がいるようだった。なので、空き部屋はすぐに見つかった。そのプレートの名前が、二重線で消されている部屋を探せばよかったからだ。

「……なんだか、入りづらいな。ほんのちょっと前は誰かの部屋だったんだろ、ここ。なんか出たりするんじゃ……」

「桜下さん……私とずっと一緒にいるのに、それはいまさらでは?」

ふむ、ウィルの言う通りだった。俺は名前の消された住居人に、心の中で断りを入れ、部屋の中へと入った。さすがに持ち物は整理されたようで、部屋はがらんとしていた。ベッドやタンスなんかは、もともと備え付けなんだろう。そんなには広くないけど、今まで泊まったひどい宿に比べれば、全然上出来だ。

「ん~……」

部屋に入るなり、ライラはベッドに腰かけ、目をこすった。

「ライラ?どうした」

「ちょっと、疲れた……さっき、おっきなまほーを使ったから……」

ああ、さっきのカマイタチか。大技を撃った後は、ライラはいつも眠そうにしていたっけ。

「だったら、少し寝てろよ。エドガーが来るまでは好きにしてろって言われたんだから」

「ん……そーする……」

それだけ言い残すと、ライラはぽてっと横になり、すぐにすぅすぅ寝息を立て始めた。この小さな女の子が、つい数十分前には王都をぶっ壊しかけたんだからな。ちょっと信じられないぜ。

「まあいろいろあったけど……結果的には、仕事と宿と、順調に見つかって、ばんばんざいだよな?」

俺は気楽に言う。ウィルは複雑そうな顔をしていたが、あきらめたようにふぅと息をついた。

「まあ、そうですね。結果オーライ、ってことにしときましょうか。これで、賞金も手に入っていればなお、だったんですけど」

「それはしょーがないな。なーに、コツコツやっていけば、そのうち目標金額に……」

ん?俺はそのとき、何かがおかしいことに気付いた。

「……なあ、ウィル。俺たち、なんか忘れてないか?」

「へ?そうですか?」

「うん……なんか、大事なことを……」

はて、なんだったか。俺とウィルは、そろって首をひねった。フランとエラゼムも顔を見合わせている。するとおもむろに、アルルカがぼそりとつぶやいた。

「……鍛冶屋に行ってなくない?そもそも、あそこに行ったのってそのためでしょ?」

………………………………!!!!

「あーーーー!それだーーーー!」

「か、完全に忘れてました……そのあとの出来事が強すぎて……」

「吾輩としたことが……くうぅ。な、情けない」

「なんで早くいわないの!バカ!」

「は、はぁ!?バカはそっちでしょ、この怪力バカ!」

俺たちの部屋は、一瞬で蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。この騒音の中でもすやすや寝ていられるライラは、尊敬に値するぜ……



つづく
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読了ありがとうございました。

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