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7章 大根役者

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それからもリンとローズは、町の家々を回り続け、太陽が真上に来る頃、ようやく全ての家を訪ね終わった。その後、俺たちはリンの誘いに乗って、行きつけだという食堂で、一緒にトウモロコシ粥を食べることにした。そこのおばちゃんも親切で、俺たちが旅人だと知ると、お粥を大盛りにしてくれた。
飯を食べながら、俺はどうしても気になっていた、リンの手首に巻かれていた包帯について聞いてみる事にした。

「ああ、これ?これは聖痕の跡を隠しているの」

「聖痕?」

「そうよ。血の杯の儀式が無事に完了すると、翌朝手首に浮かんでいるの。私、お酒強くなくって、儀式の後はほとんど記憶が無いんだけれど……失敗したことは今まで一度もないわ。だって必ず、聖痕が残っているもの」

「ふーん……」

聖痕、ねぇ……どうやら跡を他人に見せることは禁止されているらしく、直接見ることはできなかった。しかし、神様がそんなものをわざわざ残していくだろうか?リンは祝福ができないほど、神様の意思を理解できていないのに、だぜ?

食堂を出ると、リンとローズは、この後に用事があると言った。

「午後はお勤めに行かなきゃならなくって。桜下さんたちは、たしかマーステンの宿に泊まっているのよね?」

「そうだけど」

「だったら申し訳ないけど、しばらくは宿に戻らないでくれる?一緒にお勤めする神父様たちが、あの宿にいらっしゃることになってるの」

「え?神父って、クライブ神父か?」

「いいえ、クライブ神父とは別の方よ。クライブ神父はこの町に常駐されているけど、みんながみんなそうではないから」

「へー……そのお勤めってのには、ついてったらまずいのか?」

「ごめんなさい、お勤めの内容は詳しく言っちゃいけない決まりになっているから。見せることも、話すこともできないわ」

なんだそれ、逆に気になるな。どんな内容なんだろう?けど、リンはこれ以上話してくれそうにないし……あ、そうだ。俺の中に、あるアイデアがピーンと浮かび上がった。

「わかったよ。それじゃあな、リン、ローズ」

俺のあいさつにはリンだけが返事をした。ローズは俺を嫌っているというよりは、リンに近づくヤツを見境なく威嚇しているようだ。

「お勤めって、なにしてんだろーね?」

ライラが去っていく二人の後姿を見ながらつぶやく。

「気になるよな?だったら、ちょっと覗かせてもらおうぜ」

「え?」

ライラがきょとんと首をかしげる。

「遠視魔法は無理だよ?宿のどの部屋にいるか知らないと」

「そうじゃなくてさ。いるだろ、ウチには。偵察のプロが」

俺はそう言うと、とある寂れた酒場に向かって歩き始めた。



「ん……なんだ、またオメエらか。ガキに出すもんはねぇって言っただろうが」

俺がスイングドアをくぐると、開口一番にマスターの爺さんがヤジを飛ばしてきた。

「はは……でも今日は、飲みに来たんじゃないんだ。ある人と待ち合わせをしてて」

俺はそう言うと、酒場の中をぐるりと見渡した……あ、いたいた。部屋の隅っこの席、おっさんたち二人のテーブルのそばに、目を丸くしたウィルが浮かんでいた。

「桜下さん?どうしたんですか?」

「あー、待ち合わせの人はまだだったかなー。いまはいないみたいだー」

俺はウィルにぱちりとウインクすると、店内を探すふりをし、そしてそのまま回れ右して戸口へ歩き出した。ウィルも察してくれたようで、俺たちのほうへ近づいてくる。

「待ちな、てめえら」

えっ。俺がスイングドアをくぐろうとした矢先、マスターが突然背後から声をかけてきた。

「な、なにかな?俺の勘違いだったから、もう失礼したいんだけど……」

「ち、ふざけやがって。ぼうず、ちっとツラ貸しな」

マスターはカウンターから出てくると、つかつかとこちらへ歩いてくる。げ、なんか怒らせちゃったかな。ウィルがあわあわと手を握ったり開いたりする。

「ど、どうするんですか、桜下さんっ」

「桜下殿、ご老人にはお引き取り願いましょうか?」

エラゼムが俺のわきに立つ。しかしマスターは、鎧姿のエラゼムを見ても少しもひるまなかった。

「……んー。いや、いいよ。たぶんケンカしようってつもりじゃないと思うから。聞くだけ聞いてみよう」

老人一人でカチコミってこともないだろう、たぶん……いくら俺がガキとはいえ、一応剣も持ってるしな。マスターは背筋こそしゃんとしているが、筋骨隆々というわけでもない。

「桜下殿がそうおっしゃられるのなら……承知しました」

エラゼムは一歩引いて、俺とマスターが話せるようにした。マスターは俺の目の前まで来ると、俺の首にがっと腕を回した。

「うわ、とと。な、なんだよ」

「いいから、ちょっとこっちに来い」

マスターは俺を店の隅っこまで引っ張っていく。後ろでウィルがあわわと声を漏らすのが聞こえた。

「……おい、このクソガキ。お前、いつまでこの町にいるつもりだ」

周りに人がいないのを確認すると、マスターは声を潜めてそうささやいた。

「え?」

「すっとぼけんじゃねえっ。一泊して出ていくんじゃなかったのか。あんな臭え宿になんざ、何日も泊まりたかねぇだろっ」

「臭い宿って、マスターがおすすめしてくれたんじゃないか……」

「だからだよ。とっととここを離れるかと思ったら、今日の午後になっても居やがるじゃねえか。ぐずぐずしてねぇで、とっとと出ていけ!」

「なんでそんなに嫌うんだよ?そりゃ、よそ者は気に食わないのかもしれないけど……」

「バカヤロウ、そんなこと言ってんじゃねぇっ。いいか、この町は見かけほどのどかな田舎町じゃねぇんだ。これは、忠告なんだよ」

え?忠告?マスターの顔には、俺をからかっている様子はかけらも見て取れない。代わりにあるのは、本気で訴えている真剣味と、ほんのすこしの心配だった。

「いいか、悪いこたぁ言わねえ。明日の夜までには、この町を出ていくんだ。早けりゃ早いほどいい」

「明日の夜?」

「そうだ。明日の夜、この町では儀式が執り行われる。そうなると、誰も外を出歩けなくなっちまうんだ。そうなったら、もう町を出ることはかなわねぇぞ。いいか、夜までだ。それまでにはここを離れとけ」

「……なんで、そんなこと教えてくれるんだ?」

「ふん。てめぇみてぇなクソガキがこの町に来るのは珍しいからな。ただそれだけだ」

マスターはそれだけ言うと、ぱっと俺の首を離した。

「いいか、これにこりたら、二度と俺の店によりつくんじゃねぇ!今度その生意気なツラぁ見せたら、切り落として帽子掛けにしてやるからな!」

マスターはわざとらしいほど大声でツバを飛ばすと、どすどすとカウンターへと戻っていった。

「桜下さん、大丈夫でしたか?」

心配そうな顔をしたウィルが駆け寄ってくる。

「ああ、うん……?とりあえず、いったん店を出よう」



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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