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6章 風の守護する都
13-4
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13-4
ロアがティアラを被ると、再び大きな歓声が上がる。ロアはようやく欄干から下り、エドガーは胸をなでおろした。
「ロア様。もう十分でございましょう。一度城内にお戻りくださいませ」
「ん、ああ……」
ロアの声は熱に浮かされたように、どこか夢見心地であった。実を言えば、あの大見得を切った時、ロアの心臓は今にも爆発しそうであったのだ。後さき考えずに言ったわけではなかったが、もう一度同じことをしろと言われても、恐らくできないだろう。緊張と興奮とで、ロアは足先の感覚が無かった。
「……ロア様!やりましたな!」
ロアが城に引っ込むやいなや、エドガーは怪我でやつれた顔を最大限ほころばせた。
「すばらしい演説でございました!これでロア様の地位は確固たるものになったでしょう!」
「……どうかな。結局は、結果次第だ。大変なのはここから……」
そこまで言って、ロアは口をつぐんだ。目の前に、大勢の侍従、侍女、それから兵士たちといった、城の人間たちが集まっていたからだ。先頭にいた一人の侍従が、ロアを前にしてサッとひざまずく。
「ロア王女殿下。まことに素晴らしい内容にございました。我々一同、深く感銘を受けた次第でございます」
「……そうか」
ロアは何とも言えない気持ちでそう言った。城の人間たちは、ロアのことを嫌っている。幼く頼りない王女だと思われていることを、ロアは彼らの態度の節々から感じ取っていた。
「まあ、お前たちにもこの先苦労を掛けることになるだろうとは思う。不本意かもしれないが、これも国のためだと思って、付いて来てくれると……」
「いいえ、王女殿下。我々は不本意などとは、欠片も思ってはおりません」
「……は?」
すると、一人の侍女が、侍従たちの中から前に駆け出してきた。
「お前は……」
この侍女は、一昨日の反乱の夜に、ロアのそばに付いていた侍女だ。
「王女様……先日は王女様をお止めすることができず、大変申し訳ございませんでした……」
「いや、お前が謝ることでは……あれはそもそも、私が突っ走ってしまってせいで……」
「いいえ、ですがあの時、王女様は、わたしたちが王女様を嫌っているとおっしゃっていました。王女様にそんなことを思わせてしまっていた、わたしたちの責任でございます」
「そ、れは……」
本当のことだろう。のど元まで出かかった言葉を、ロアはぐっと押しとどめた。侍女は話を続ける。
「ですが王女様。王女様は、一つ誤解なさっていることがございます」
「なんだと?」
「王女様……私たちは、決して王女様を嫌ってなどおりません。むしろ尊敬し、忠誠を誓っているのです」
「な……」
さすがにおいそれと信じるほど、ロアは幼くはなかった。だがそれは向こうも先刻承知だったようで、侍女に続いて侍従も口を開く。
「信じられないことだとは思います。ですが、これは我々の本心なのです。幼き頃から懸命に努力を重ねてきた王女殿下を、我々は心からお慕いしております」
「ふ……ざけないでくれ。だって、そんなそぶりは一度も……お前たちは、ずっと私に冷たく当たって……!」
「王女殿下……それはわけ合ってのことなのです。王女殿下のお母上、先代のオリシャ様は、お亡くなりになる直前に、我ら臣下の者にこう言いつけました。次の女王、ロア王女に対しては、努めて厳しい態度で接するように、と」
「え……?母上、が……?」
侍従含め、臣下たちはいっせいにうなずいた。
「オリシャ様は、こうおっしゃっていました。ロア王女殿下は、これから大変困難な道を歩むことになる。それは、大人ですら逃げ出したくなるような、つらく厳しい道のりだと。だからもしロア王女を、子どもだから、若いからと甘やかせば、きっとその道から逃げ出したくなってしまう。ロア王女を立派な王女とするためにも、厳しく当たり、逆境に負けない強さを身につけさせてほしい、と……」
ロアと、そして隣で聞いていたエドガーは、あんぐり口を開けた。エドガーもまた、このことを知らなかったのだ。侍従がうなずく。
「この事実を知らされていないのは、おそらく王女殿下と、エドガー様だけです」
「なにぃ?な、なぜ私にも知らされていないのだ?」
「エドガー様は、オリシャ様いわく、すぐに顔に出てばれてしまうから、とのことで……」
エドガーは顔をしわくちゃにした。侍従はくすっと笑うと、まじめな顔に戻り、ロアを見つめた。
「いままで私たちはオリシャ様の言いつけの通り、王女殿下に接してまいりました。しかし先日の出来事を受け、私たちの態度が王女殿下に誤解を与えてしまっていることに気付いたのです。お許しください。私たちは先代王女の言葉を重く受け止めるあまり、今のロア殿下のお姿を見ておりませんでした」
侍従が深く首を垂れると、残りの臣下たちも一斉に頭を下げた。
「そしていま、私たちはオリシャ様の命をも反故にしてしまいました。我々一同、どんな罰でも受ける覚悟です。しかしそれでも、王女殿下に我々の真意を知っていただきたかった次第……」
侍従はそこで話を結ぶと、あとはロアの言葉を待った。
ロアは額を抑えると、ふらっと立ちくらんだ。エドガーが慌てて肩を支える。
「なんだ、それは……」
ロアは震える声で、そうつぶやいた。
「今更、そんなこと言われても……どうして、もっと早く!」
声を荒げたロアに、何人かの侍女がびくりと震えた。ロアの発言次第では、彼ら彼女らは城を追放されるか、悪ければ断頭台行きになるかもしれないのだ……
「……」
ロアはしばらく押し黙った後、おもむろに口を開いた。
「お前たちに、伝令を下す……」
「っ」
臣下たちは、きゅっと体をこわばらせた。
「これまでと同じように、仕事を続けろ。私は、これまで以上に険しい道を歩んでいかねばならぬ。母上の思惑は、どうやらこれまではうまくいっていたようだから。それを今更変えることもあるまい」
「……」
「これからも私についてこい。以上だ」
「……はっ!」
臣下たちは、一斉に口をそろえた。ロアが前に一歩踏み出すと、臣下たちは荒波が左右に割れるかのように、ロアのための道を開いた。そこをロアが堂々と、そのあとをエドガーがおずおずとついて歩いていく。その間、臣下たちは誰一人顔を上げることなく、ロアに対する忠誠を示していた。
侍従たちの間を抜け、曲がり角を曲がったところで、エドガーがロアに声をかけた。
「……よかったですな、ロア様。ロア様の立派なお姿は、城の者たちにもしっかり刻まれておったのです」
「……エドガー。昨日、あの者たちに何か話したな?」
「えっ!?」
ぎく!という音が聞こえてきそうな表情で、エドガーがロアをまじまじと見た。
「ど、どうしてそれを……?」
「はぁ……お前に母様が遺言を伝えなかったのは正解だな。昨日の夜、なにやら思いつめた表情をしていたぞ。お前があんな顔をするのは、よほどのことを企んでいる時くらいのものだ」
「な、なんと……いやしかし、私は……」
「大方予想もつく。王女に忠誠を示せだとか、そんなことを言ったのであろう?」
「そんなことは!ええい、わかりました。すべてを白状いたします」
エドガーは咳ばらいをすると、少し気まずそうな声で話した。
「その、昨日私は、城の者どもに、私がどんな目にあったのかを話して聞かせたのです。敵兵に捕らえられ、拷問を受けたこと。そしてそれを、ロア様が危険を顧みずに救い出そうとしてくれたこと。それから、少しだけ、あの勇者たちのことも……」
エドガーはもぞもぞと、太い指の先をこすり合わせた。
「私は、城の者どもがロア様をあまりに誤解していると思ったのです。ロア様がいかに慈悲深く、いかに城の人間を愛しているか、今日の会見の前に改めて認知させておこうと……」
「愛している、か。エドガー、私をそんな風に思っていたのか?」
「あ、い、いや、決して変な意味ではございませんぞ。その、勝手な真似をしたことは謝ります。しかし、さっきの彼らの意見は、誰かに言わされたものではございません。彼らが自分たちで考え、出した答えなのです。そのことだけは、どうか信じていただきたいと……」
エドガーがぼそぼそといい終わってからも、ロアは無言でつかつかと歩き続けていた。その沈黙が不安になって、エドガーはちらりとロアの横顔を見た。そして、その不安が杞憂であったと悟った。
「……馬鹿者が。まったく、余計な真似を」
「……はい」
「これから忙しくなるぞ。きっちりついてこい、エドガー」
「もちろんです、ロア様!」
ロアはふと、どこか虚空を見つめて、ふっと微笑んだ。その眼尻には、きらりと光る真珠のような涙が、一粒だけ浮かんでいた。
ロアの微笑みを最後に、水晶玉の中の映像は途切れ、次の瞬間にはピシリと、蜘蛛の巣のようなヒビが入ってしまった。ヒビだらけの水晶にきらりと反射する陽の光が、ロアの目元に浮かんでいたしずくのようだと、俺は思った。
「……とりあえず、一件落着ってことかな」
俺はやれやれと腰に手を当てると、ライラの方へ振り返った。
「ありがとな、ライラ。タイミングばっちりだったぜ」
「ふふん。とーぜんでしょ」
ライラは王都へ向けて掲げていた腕を下ろした。
「けど、こんなにサービスしてよかったの?わざわざ風まで吹かせてあげるなんてさ」
そう。俺はライラに頼んで、ロアのもとまで風を届けてもらったのだ。果たして、その効果はテキメンだったみたいだ。
「いい演出だっただろ?ロアの株が上がれば、俺たちのイメージも良くなりそうだったしな」
「キャハハ!見てた?あの時の大人たちの顔!ぽかーんとしちゃって、風の精霊がいるー、だって」
自分の魔法が大いに驚かれたとあって、ライラは上機嫌だった。
「……これで、王都の情勢は落ち着くんでしょうか?」
ウィルが王都を振り向きながら言う。俺もつられて、背後にそびえる王都の町並みを眺めた。
「さてな。ここからは、王女さまの頑張り次第だろ」
「……けど、その大部分が桜下さんの肩にかかってますよね?」
「ま、そうなんだけども」
俺が罪を犯せば、今度こそロアはオシマイだろう。ロアが俺に中継用の水晶玉を渡したのも、それをこの目で見させるためだったような気もする。したたかなやつだよ、全く。俺がぽいと水晶を投げ捨てると、地面に当たって粉々に砕けてしまった。
「だいたい、町の人たちも忠誠を誓ったんでしょうか?私には、あの竜巻をおそれて王女さまに賛同したようにも見えたんですけど」
「あ~。そうだなぁ」
実際、直前までは文句をいう町民も大勢いたくらいだしな。それに俺たちが町を出てくるとき、大勢の兵士たちが、いくつかの建物に詰めかけているのを見た。アニが言うには、あそこは魔術師ギルドだったらしい。どうやら、先の戦いの際、ギルドは王家に手を貸すことを拒んだようなのだ。
おそらく、彼らの忠誠は脆い。砕けたガラス玉のように、ヒビだらけだ。
「……これからは、ずいぶん国中がごたごたするだろうなあ。反抗勢力が完全にいなくなったとは限らないだろうし」
「そうですよねえ。あの王女様は、少し頼りないような気もします」
「あはは……そこはもう、ロアに頑張ってもらうしかないな」
俺がロアの名前を出すと、ウィルの隣にいたフランは、嫌なものでも見たかのように顔をしかめた。はは、ずいぶん嫌っちまったみたいだな。
「けど、まあどうにかなるだろ。なんたって……ここは風が守る町なんだからな」
俺たちのいる草原を、心地よいそよ風が吹き抜けていく。風は俺たちを通り過ぎ、その先の王都まで流れていくようであった。
ヒビがあるなら、埋めればいい。一つずつ丁寧に埋めていけば、それはいつしか綺麗な玉になるかもしれない。どうなるかは、王女次第だ。
「さあ、そろそろ行こうか」
俺は仲間たちに声をかけると、くるりと反転して街道を歩き始めた。王都での戦いは終わったが、俺たちの旅はまだ始まったばかりだ。
(さーて、次はどんなところだろうな)
不安でもあり、楽しみでもある。けど少なくとも、もう背後を気にする必要はない。
俺は意気揚々と、足を踏み出すのだった。
第一部 完
第二部 七章につづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「ロア様。もう十分でございましょう。一度城内にお戻りくださいませ」
「ん、ああ……」
ロアの声は熱に浮かされたように、どこか夢見心地であった。実を言えば、あの大見得を切った時、ロアの心臓は今にも爆発しそうであったのだ。後さき考えずに言ったわけではなかったが、もう一度同じことをしろと言われても、恐らくできないだろう。緊張と興奮とで、ロアは足先の感覚が無かった。
「……ロア様!やりましたな!」
ロアが城に引っ込むやいなや、エドガーは怪我でやつれた顔を最大限ほころばせた。
「すばらしい演説でございました!これでロア様の地位は確固たるものになったでしょう!」
「……どうかな。結局は、結果次第だ。大変なのはここから……」
そこまで言って、ロアは口をつぐんだ。目の前に、大勢の侍従、侍女、それから兵士たちといった、城の人間たちが集まっていたからだ。先頭にいた一人の侍従が、ロアを前にしてサッとひざまずく。
「ロア王女殿下。まことに素晴らしい内容にございました。我々一同、深く感銘を受けた次第でございます」
「……そうか」
ロアは何とも言えない気持ちでそう言った。城の人間たちは、ロアのことを嫌っている。幼く頼りない王女だと思われていることを、ロアは彼らの態度の節々から感じ取っていた。
「まあ、お前たちにもこの先苦労を掛けることになるだろうとは思う。不本意かもしれないが、これも国のためだと思って、付いて来てくれると……」
「いいえ、王女殿下。我々は不本意などとは、欠片も思ってはおりません」
「……は?」
すると、一人の侍女が、侍従たちの中から前に駆け出してきた。
「お前は……」
この侍女は、一昨日の反乱の夜に、ロアのそばに付いていた侍女だ。
「王女様……先日は王女様をお止めすることができず、大変申し訳ございませんでした……」
「いや、お前が謝ることでは……あれはそもそも、私が突っ走ってしまってせいで……」
「いいえ、ですがあの時、王女様は、わたしたちが王女様を嫌っているとおっしゃっていました。王女様にそんなことを思わせてしまっていた、わたしたちの責任でございます」
「そ、れは……」
本当のことだろう。のど元まで出かかった言葉を、ロアはぐっと押しとどめた。侍女は話を続ける。
「ですが王女様。王女様は、一つ誤解なさっていることがございます」
「なんだと?」
「王女様……私たちは、決して王女様を嫌ってなどおりません。むしろ尊敬し、忠誠を誓っているのです」
「な……」
さすがにおいそれと信じるほど、ロアは幼くはなかった。だがそれは向こうも先刻承知だったようで、侍女に続いて侍従も口を開く。
「信じられないことだとは思います。ですが、これは我々の本心なのです。幼き頃から懸命に努力を重ねてきた王女殿下を、我々は心からお慕いしております」
「ふ……ざけないでくれ。だって、そんなそぶりは一度も……お前たちは、ずっと私に冷たく当たって……!」
「王女殿下……それはわけ合ってのことなのです。王女殿下のお母上、先代のオリシャ様は、お亡くなりになる直前に、我ら臣下の者にこう言いつけました。次の女王、ロア王女に対しては、努めて厳しい態度で接するように、と」
「え……?母上、が……?」
侍従含め、臣下たちはいっせいにうなずいた。
「オリシャ様は、こうおっしゃっていました。ロア王女殿下は、これから大変困難な道を歩むことになる。それは、大人ですら逃げ出したくなるような、つらく厳しい道のりだと。だからもしロア王女を、子どもだから、若いからと甘やかせば、きっとその道から逃げ出したくなってしまう。ロア王女を立派な王女とするためにも、厳しく当たり、逆境に負けない強さを身につけさせてほしい、と……」
ロアと、そして隣で聞いていたエドガーは、あんぐり口を開けた。エドガーもまた、このことを知らなかったのだ。侍従がうなずく。
「この事実を知らされていないのは、おそらく王女殿下と、エドガー様だけです」
「なにぃ?な、なぜ私にも知らされていないのだ?」
「エドガー様は、オリシャ様いわく、すぐに顔に出てばれてしまうから、とのことで……」
エドガーは顔をしわくちゃにした。侍従はくすっと笑うと、まじめな顔に戻り、ロアを見つめた。
「いままで私たちはオリシャ様の言いつけの通り、王女殿下に接してまいりました。しかし先日の出来事を受け、私たちの態度が王女殿下に誤解を与えてしまっていることに気付いたのです。お許しください。私たちは先代王女の言葉を重く受け止めるあまり、今のロア殿下のお姿を見ておりませんでした」
侍従が深く首を垂れると、残りの臣下たちも一斉に頭を下げた。
「そしていま、私たちはオリシャ様の命をも反故にしてしまいました。我々一同、どんな罰でも受ける覚悟です。しかしそれでも、王女殿下に我々の真意を知っていただきたかった次第……」
侍従はそこで話を結ぶと、あとはロアの言葉を待った。
ロアは額を抑えると、ふらっと立ちくらんだ。エドガーが慌てて肩を支える。
「なんだ、それは……」
ロアは震える声で、そうつぶやいた。
「今更、そんなこと言われても……どうして、もっと早く!」
声を荒げたロアに、何人かの侍女がびくりと震えた。ロアの発言次第では、彼ら彼女らは城を追放されるか、悪ければ断頭台行きになるかもしれないのだ……
「……」
ロアはしばらく押し黙った後、おもむろに口を開いた。
「お前たちに、伝令を下す……」
「っ」
臣下たちは、きゅっと体をこわばらせた。
「これまでと同じように、仕事を続けろ。私は、これまで以上に険しい道を歩んでいかねばならぬ。母上の思惑は、どうやらこれまではうまくいっていたようだから。それを今更変えることもあるまい」
「……」
「これからも私についてこい。以上だ」
「……はっ!」
臣下たちは、一斉に口をそろえた。ロアが前に一歩踏み出すと、臣下たちは荒波が左右に割れるかのように、ロアのための道を開いた。そこをロアが堂々と、そのあとをエドガーがおずおずとついて歩いていく。その間、臣下たちは誰一人顔を上げることなく、ロアに対する忠誠を示していた。
侍従たちの間を抜け、曲がり角を曲がったところで、エドガーがロアに声をかけた。
「……よかったですな、ロア様。ロア様の立派なお姿は、城の者たちにもしっかり刻まれておったのです」
「……エドガー。昨日、あの者たちに何か話したな?」
「えっ!?」
ぎく!という音が聞こえてきそうな表情で、エドガーがロアをまじまじと見た。
「ど、どうしてそれを……?」
「はぁ……お前に母様が遺言を伝えなかったのは正解だな。昨日の夜、なにやら思いつめた表情をしていたぞ。お前があんな顔をするのは、よほどのことを企んでいる時くらいのものだ」
「な、なんと……いやしかし、私は……」
「大方予想もつく。王女に忠誠を示せだとか、そんなことを言ったのであろう?」
「そんなことは!ええい、わかりました。すべてを白状いたします」
エドガーは咳ばらいをすると、少し気まずそうな声で話した。
「その、昨日私は、城の者どもに、私がどんな目にあったのかを話して聞かせたのです。敵兵に捕らえられ、拷問を受けたこと。そしてそれを、ロア様が危険を顧みずに救い出そうとしてくれたこと。それから、少しだけ、あの勇者たちのことも……」
エドガーはもぞもぞと、太い指の先をこすり合わせた。
「私は、城の者どもがロア様をあまりに誤解していると思ったのです。ロア様がいかに慈悲深く、いかに城の人間を愛しているか、今日の会見の前に改めて認知させておこうと……」
「愛している、か。エドガー、私をそんな風に思っていたのか?」
「あ、い、いや、決して変な意味ではございませんぞ。その、勝手な真似をしたことは謝ります。しかし、さっきの彼らの意見は、誰かに言わされたものではございません。彼らが自分たちで考え、出した答えなのです。そのことだけは、どうか信じていただきたいと……」
エドガーがぼそぼそといい終わってからも、ロアは無言でつかつかと歩き続けていた。その沈黙が不安になって、エドガーはちらりとロアの横顔を見た。そして、その不安が杞憂であったと悟った。
「……馬鹿者が。まったく、余計な真似を」
「……はい」
「これから忙しくなるぞ。きっちりついてこい、エドガー」
「もちろんです、ロア様!」
ロアはふと、どこか虚空を見つめて、ふっと微笑んだ。その眼尻には、きらりと光る真珠のような涙が、一粒だけ浮かんでいた。
ロアの微笑みを最後に、水晶玉の中の映像は途切れ、次の瞬間にはピシリと、蜘蛛の巣のようなヒビが入ってしまった。ヒビだらけの水晶にきらりと反射する陽の光が、ロアの目元に浮かんでいたしずくのようだと、俺は思った。
「……とりあえず、一件落着ってことかな」
俺はやれやれと腰に手を当てると、ライラの方へ振り返った。
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そう。俺はライラに頼んで、ロアのもとまで風を届けてもらったのだ。果たして、その効果はテキメンだったみたいだ。
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自分の魔法が大いに驚かれたとあって、ライラは上機嫌だった。
「……これで、王都の情勢は落ち着くんでしょうか?」
ウィルが王都を振り向きながら言う。俺もつられて、背後にそびえる王都の町並みを眺めた。
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「……けど、その大部分が桜下さんの肩にかかってますよね?」
「ま、そうなんだけども」
俺が罪を犯せば、今度こそロアはオシマイだろう。ロアが俺に中継用の水晶玉を渡したのも、それをこの目で見させるためだったような気もする。したたかなやつだよ、全く。俺がぽいと水晶を投げ捨てると、地面に当たって粉々に砕けてしまった。
「だいたい、町の人たちも忠誠を誓ったんでしょうか?私には、あの竜巻をおそれて王女さまに賛同したようにも見えたんですけど」
「あ~。そうだなぁ」
実際、直前までは文句をいう町民も大勢いたくらいだしな。それに俺たちが町を出てくるとき、大勢の兵士たちが、いくつかの建物に詰めかけているのを見た。アニが言うには、あそこは魔術師ギルドだったらしい。どうやら、先の戦いの際、ギルドは王家に手を貸すことを拒んだようなのだ。
おそらく、彼らの忠誠は脆い。砕けたガラス玉のように、ヒビだらけだ。
「……これからは、ずいぶん国中がごたごたするだろうなあ。反抗勢力が完全にいなくなったとは限らないだろうし」
「そうですよねえ。あの王女様は、少し頼りないような気もします」
「あはは……そこはもう、ロアに頑張ってもらうしかないな」
俺がロアの名前を出すと、ウィルの隣にいたフランは、嫌なものでも見たかのように顔をしかめた。はは、ずいぶん嫌っちまったみたいだな。
「けど、まあどうにかなるだろ。なんたって……ここは風が守る町なんだからな」
俺たちのいる草原を、心地よいそよ風が吹き抜けていく。風は俺たちを通り過ぎ、その先の王都まで流れていくようであった。
ヒビがあるなら、埋めればいい。一つずつ丁寧に埋めていけば、それはいつしか綺麗な玉になるかもしれない。どうなるかは、王女次第だ。
「さあ、そろそろ行こうか」
俺は仲間たちに声をかけると、くるりと反転して街道を歩き始めた。王都での戦いは終わったが、俺たちの旅はまだ始まったばかりだ。
(さーて、次はどんなところだろうな)
不安でもあり、楽しみでもある。けど少なくとも、もう背後を気にする必要はない。
俺は意気揚々と、足を踏み出すのだった。
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