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6章 風の守護する都

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王都の宿、という響きに、俺はひそかに期待を募らせていたのだけれど、結局その期待は裏切られた。昨晩の戦いと火事のせいで、王都は華やかさとはとても無縁の騒々しさだったからだ。幸いにも消火隊と町民が火消しに奔走し、火事はおさまっていたが、失われた者は戻ってこない。家族を失ったものはむせび泣き、家を失ったものは呆然と焼け跡を見つめていた。その光景に胸が痛んだが、だからといってどうすることもできない。俺たちは人気の多い大通りを避け、町はずれの寂れた一角に営業中の宿を見つけ、そこに転がり込んだのだった。

「ふぅ……人心地ひとごこちだな。表はずいぶん騒がしかったし」

「なんだか、兵士のかたも多く見かけましたね。みんな怖い顔して走り回ってましたけど……」

「あんだけの戦いの後だからな。いろいろとまだゴタついてるのかも……」

俺はうーんと腕を伸ばすと、ベッドの上に座り込んだ。こじんまりした部屋は、仲間たちが全員入るとかなり窮屈だ。受付のしょぼくれたじいさんは、一部屋でと言うと見るからに嫌そうな顔をしていた。

「さて。じゃあ、ロアに渡されたお土産を開けてみるか」

俺はあらためて、カバンから小包を取り出した。ウィルがごくりと唾をのむ。

「ほ、ほんとに大丈夫ですよね?まさか、開けた途端にドカンなんてことは……」

「や、やめろって!開けづらくなるだろ!」

「だ、だってぇ……」

「ええい、もう開けるぞ!うりゃ!」

がば!俺は包みの布を勢いよく引きはがした。幸い爆発は起きず、中からいくつかの物が転がり出ただけだった。

「ん……?なんだこりゃ」

俺はその中の一つを拾い上げた。金属製のプレートみたいな物だ。表面には矢が何本も組み合わさった文様が刻まれている。

「桜下、手紙がついてるよ」

ライラが散らばった中身の中から、乱雑に折りたたまれた紙を取りあげた。俺はそれを受け取って広げる。かなり急いで殴り書きしたのか、あちこちにインク染みのある手紙だ。どうやら俺宛に、ロアがしたためたものらしい。

(……あれ?)

俺は、ふと違和感を覚えた。俺はどうして、この手紙を読めるのだろう。だって、ここに書かれている文字はどう見ても日本語じゃない……

「どうしたの桜下?早く読んでよ」

「あ、ああ」

ライラにせっつかれて、俺は意識を目の前の手紙に戻した。俺はこの時の違和感をすっかり忘れてしまい、当面の間思い出さないことになる……

「えーっと。元勇者、オウカ・ニシデラどの……“元”ってところが、めちゃくちゃ太く強調されてるな……ごほん。えー、此度は私からの直々の頼みをお断りいただき、誠にはらわたが煮えくり返る思いです……今度ヒーラーに診てもらう際は、その空っぽの頭の中を診てもらうことをお勧めします……」

…………

「わー!桜下さん、読まずにやぶいちゃだめですよ!フランさん、押さえて!」

「うおぉ!はなせフラン!あの高慢オンナぁ!」

俺が落ち着きを取り戻すまで、一分かかった。

「はぁ、はぁ……続きを読むぞ。えっと……冗談はさておき、お前に贈り物と、頼みごとがある……渡した荷物の中に、“特殊通行許可紋ファインダーパス”が入っている……」

ファインダーパス?さっきの、金属のプレートのことか?

「それは、国境を越える際に必要になるものだ。本来は留学生や研究者、学者などに与えられるものだが、特別にお前たちに賜与する……へー!なかなか気前がいいじゃんか」

これがあれば、よその国にも自由に行けるってことだろ?活動範囲がぐっと広がるぜ。

「でも、タダより怖いものはないって言うよ」

フランがじと目でプレートを睨む。

「まあ、確かにな……なになに。それを渡したのは、お前たちに頼みごとがあるからだ。というのも、できる限りお前たちには、他国へ顔を出してもらいたいからだ……」

よその国に行ってこいだって?どういうつもりだろう。

「……本来であれば、お前には勇者として、その国の王に謁見をして欲しいところだが、それはあまり期待できんだろう……代わりにお前たちには、今回の反乱の裏にいたと思しき人物……あの、仮面をつけた人間を探してほしい……」

あ……あいつか!戦いの最後に現れ、ジェイを刺し殺し、杖を奪って消えた仮面野郎だ。

「……我々の間では、やつを便宜上、“マスカレード”と呼ぶことにするが……あやつの奪っていった“竜木の杖”は、竜の骨から作られる、強力かつ希少な呪術道具だ。あのようなものは、ギネンベルナ国内において流通することは滅多にない……となれば、国外から持ち込まれた。とりわけ魔術大国である三の国・アアルマートが関与している可能性が高いと睨んでいる……」

三の国のことは、前に聞いたな。主産業が魔法っていう、筋金入りの魔法使いの国だ。

「……私たちは、お前たちに自由を約束する。そのかわり、お前たちは旅先でマスカレードの情報を探ってほしい……そしてできれば、たまにでもいいので、我が王城へ立ち寄り、勇者として民の前に顔を出してほしい……って書いてあるけど、この部分は線で消されてるな」

書き直さなかったのは、急いでいたからか、俺への当てつけか。

「……以上が、私からの要請だ。マスカレードが反乱軍に加担していたのならば、放っておくことはできない。それが他国からの差し金ならなおのことだ。一度この国の危機を救ったのだ、乗りかかった舟には最後まで付き合え……ロア・オウンシス・ギネンベルナ」

俺は手紙を読み終えると、ぽいとベッドにほうり投げた。

「だってさ。どう思う?」

「……まあ、それくらいなら、って感じ」

フランがベッドの上の手紙をにらみながら言った。ウィルもうなずく。

「どうせ好き勝手出歩くなら、いっそ思いっきり自由にさせて、情報を集めろって魂胆なんですかね」

「そんなとこだろうな。ちゃっかりしてやがるぜ……でも一応、俺たちの旅は邪魔する気はないみたいだし、それくらいならしてやってもいいかな」

出先でちょこっと聞き込みをすればいい話だ。それにかこつけて外国に行けるのならば、案外いい話かもしれないぞ。フランたちの未練を解消するカギは、この国の中にあるとは限らないからな。

「じゃあ、小包の中身はパスと手紙だけだったんですか?」

「ん、いや。なんかもう一つあるぞ」

俺は包みの布の下に埋もれてしまっていた、最後の中身を取り上げた。それは、小さな巾着袋だった。口をほどいてひっくり返すと、中から金貨が何枚かと、きれいな透明の水晶玉が転がり出た。

「お、おぉ?」

散らばった金貨と一緒に、破られた紙片が添えられている。そこにはシンプルに、“軍資金”とだけ書かれていた。

「なんだ、気前がいいじゃないか」

さっきの山盛りの金貨よりはささやかだが、十分ありがたい。俺は金貨を財布代わりの巾着にしまうと、残った一つ、水晶玉を手に取った。握りこぶしくらいの大きさで、俺の手にすっぽりと収まるサイズだ。

「なんだろう、これ?」

「水晶玉……ですよね。なんでしょう、これも餞別かなにかでしょうか?」

俺とウィルが水晶に顔を近づけていると、ライラがずいっと間に割り込んできた。

「それ、ほんの少しだけど魔力の気配がするよ」

「え?魔法の道具なのか?なんに使うかもわかるか?」

「う~ん……水晶は魔力媒体によく使うって本には書いてあったけど。そのままで使うなんて聞いたことないなぁ」

「そうか……魔法の研究に使えってわけじゃないだろうしなぁ」

いったい何なんだろうか?ロアの意図はわからないが、見た目はきれいだ。もしかすると高値がつくかもしれないし……俺は小包をくるんでいた布で丁寧に水晶玉を包むと、そっとカバンの中にしまった。持っておいて損はないだろう。

「まあでも、呪いの手紙とかが入ってなくてよかったです」

ウィルがほっと胸を撫でる。

「……わかんないぜ?この水晶が、実は夜中になるようめき声をあげるとか……」

「……桜下さん、私のこと馬鹿にしてます?それとも、ほんとに怖い話だと思ってるんですか?」

「はい……すいません……」

俺に創作家の才能はないらしい。結局その日はそれ以上何もせずに、明日の出発に備えて早々に眠りについたのだった。


つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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