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6章 風の守護する都

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「ぞ、ゾンビだ……」

兵士たちが、恐れおののいた様子でささやいた。ゾンビたちは、森の中から次々と現れてくる。数十、いや数百、いやそれ以上……

「どうだ。これでも、俺たちを捻りつぶせると思うか?」

俺は、顔を真っ青にしているジェイに向かってたずねた。

「きっ……貴様、まさか、ネクロマンサーか?」

「その通りだ。そして、あのゾンビたちは、あんたたちが起こした戦いで犠牲になった人たちだ」

俺は、こちらに向かっておぼつかない足取りで歩いてくるゾンビの群れを見た。あの人たちのほとんどは、ここに来る途中で嫌と言うほど見た、戦いの最中に命を落とした兵士たちだ。道端にうち捨てられ、亡霊になってからも無念を嘆いていた兵士たち。町中に散らばっていた彼らを、俺はまとめて仲間にしたんだ。

「あの人たちは、全員あんたらを恨んでる。そしてそれ以上に、この町に暮らす家族を、仲間を、守りたいと思ってるんだ。だから俺は、あの人たちに“魂”を貸してやったんだよ」

「た……魂だと?ふざけるな、貴様の邪悪な術によって、死体を操っているだけだろう!」

「いいや。今ここにいるのは、俺の呼びかけに応じてくれた人だけだ。ほとんどは王国の兵士だけど、街の住人もちらほらいるな。ほんの少しだけど、あんたら側の兵隊もいるんだぜ」

「う、嘘をつくな!デタラメだ!貴様の、醜悪な能力のせいだろうが!」

ところが、本当だ。俺は協力してくれる代わりに、死霊たちに“ある条件”を出した。それを聞いた死霊たちは、ほとんどが協力を申し出てくれたんだ。

「今まで俺の能力は、一人一人にしか使えなかった。だけど力を薄めることで、代わりに広範囲に能力を拡大することができたんだ」

そう。これが、一瞬で人数差を埋める秘策、オーバードライブの種明かしだ。前に俺は、サイレン村で複数の火の玉ヒンキーパンクを仲間にするとき、ディストーションハンドの効果を拡大することで、同時に術をかけることができると気づいた。アニいわく、俺の能力は使えば使うほど効力が増しているらしいから、その賜物だろう。しかし、その後俺はものすごい脱力感に襲われてしまった。そのことについて、アニがしてくれた説明を思い出す。



『あの時、主様はディストーションハンドの効果を百パーセントのまま拡大したので、膨大な魔力を消費する形になってしまったのです。なので、今回のように町中を効果の対象にしたい時に全力のままでやれば、間違いなく魔力切れで死にます』

「うっ……ん、まてよ。だったら、一体一体にかける魔力量を減らせば、範囲を拡大できるんじゃないか?」

『その可能性はあります。そのぶん術の強度は下がってしまいますが、今回のように単なる死体をゾンビに変えることくらいならわけないでしょう……しかし、私もそのような大規模なネクロマンスの術は見たことがありません。試す時間もありませんから、ぶっつけ本番で成功させるしかありません……それでも、やるのですか?』

「おう。心配すんなって……決めてやるよ、必ずな」



結果として、思惑はうまくいったのだった。へへ、ちょっぴり緊張したけどな。だが、実際やってみると、不思議とうまくいく気がしてならなかった。火事場のなんとやらってやつかな。

「効果が薄まっちまったから、俺の呼びかけに応えてくれた人しか仲間にできなかったけど……だからこの人たちは、無理やりじゃなくて、正真正銘俺に力を貸してくれてる人たちだぜ」

「だっ……だぁまぁれええぇぇぇえ!おい、お前たち!ネクロマンサーであれば、術者を殺せばゾンビもただの死体に戻る!やつを殺せ!」

ジェイは近くにいた兵士をほとんど蹴とばすようにして、俺たちの方へ追いやる。ゾンビの出現に怯えながらも、兵士たちは剣を構えた。

「……ようやく、出番が来た」

ジャキン。ドス紫色の鉤爪を抜き、フランが一歩踏み出した。異様な様相の少女に、兵士たちの剣先が震える。

「みんな。後は頼めるか?」

俺は、頼もしい仲間たちに舞台を譲った。ゾンビたちは早くは走れない。ここまで来るのに、もう少し時間が必要だ。

「お任せくだされ。桜下殿には、指一本も触れさせはしませぬ」

エラゼムが大剣をぐるりと回した。全身鎧のエラゼムは、兵士たちに一番恐怖を与えている。

「……」

ピリピリした空気が、辺りを包み込む。一触即発ってやつだな。

「えぇい!かかれぇー!」

先に動いたのは、兵士たちだった。一人の兵士が雄たけびを上げて、フランに切りかかる。その姿に鼓舞されて、他の兵士たちも一斉になだれ込んできた。わああぁぁぁぁ!

「死ねぇー!」

「……それは、無理」

兵士が剣を突き出す。顔面目がけて迫ってくる剣先を、フランは鉤爪で思い切り薙ぎ払った。ガシャーン!剣は、一撃でバラバラに砕けてしまった。

「ふっ!」

ドゴォ!フランの回し蹴りが兵士の胸を直撃する。兵士は仰向けにぶっ飛び、ごろごろ転がって、後ろの兵士も巻き込みながら倒れた。ドガガーン!

「……もう、死んでるから」

フランの強烈な一蹴りは、敵に大きな影響を与えたらしい。大声を上げて飛び込んできた兵士たちは、恐怖で足を縫い付けられたかのように、ぴたっと動きを止めてしまった。フランは大きく息を吸い込むと、深紅の目を見開き、牙を剥いた。

「ああああぁぁぁぁぁ!!!」

咆哮。フランの姿が一瞬で消えたかと思うと、次の瞬間には兵士の何人かが宙をぶっ飛んだ。フランは銀の髪を振り乱し、大暴れしている。俺は見たことないけれど、実際に夜叉がいたら、あんな姿だろうと思った。

「私も続きます!フレーミングバルサム!」

バチバチバチ!ウィルは呪文を唱え、弾ける火花を生み出した。

「今日の魔法は、いつもと一味違いますよっ!」

ウィルがロッドを振りかざすと、火花は意思を持ったかのように、ふわふわと兵士目がけて追尾を始めた。バチバチ弾ける火花に追い回されて、兵士たちはハチの巣をつついたような有様になった。

「うわあああぁぁ!」「あちちちち!」「ぎゃ!こいつ、鎧の中に!ぐ、ぐああー!」

哀れにも追いつかれてしまった兵士に、火花は容赦なく襲い掛かった。火花は鎧の中に入って爆発したり、開いた口や鼻の穴に飛び込んだりと、手段を選ばない。ひどいものは、ズボンの股にもぐりこんで炸裂したものすらあった。

「くひひひひ!ナニがダメになってしまっても、私はしりませんよ~!」

ウィルは、今まで見た中で一番邪悪な笑みを浮かべている。悪魔みたいなやつだ……
そうしてみんなが時間を稼いでいるうちに、ゾンビたちは兵士たちの目と鼻の先まで迫っていた。

(みんな、頼む!力を貸してくれ、殺さない程度にな!)

俺の心の声に応じるかのように、ゾンビたちが唸りを上げて兵士たちに襲い掛かった。

「ウガアァァァ……」「グガガガガガ……」

「う、うわあああぁ!」「うぎゃあああぁぁ!」

兵士たちは阿鼻叫喚だ。俺たちとゾンビの群れに挟まれ、兵士たちの指揮は完全に崩壊していた。

「この馬鹿ども!落ち着け、冷静になれと言っているのに!」

ジェイは棍棒を振り回しているが、その程度の脅威では兵士たちの混乱はおさまらなかった。それよりもはるかに恐ろしい存在に襲われているんだからな。

「どけ、ジェイ!私が出るっ!」

どんっとジェイを突き飛ばして、巻きひげのハルペリン卿がシュルリと剣を抜いた。

「邪魔をするな、小僧!死ねえぇー!」

「ッ!」

キィン!ハルペリン卿の突き出した剣は、エラゼムの大剣によって阻まれた。

「……吾輩がいる限り、この方には一歩も近づかせぬ。ここを通りたくば、吾輩を退けてみるがいい」

「むぅ……!」

ギギギギ!ハルペリン卿とエラゼムの剣がつばぜり、火花が飛ぶ。ハルペリン卿は顔を赤らめて力んでいるが、それでもエラゼムの大剣はピクリとも動かなかった。

「ッ……~~~!キエェェェエヤッ!」

ハルペリン卿は奇声を上げて剣を引き、そこから目にも止まらぬ速さで斬撃を繰り出し始めた。右に斬り、左に斬り、足元を突き、胸を薙ぎ払う……ダメだ、俺の目にはこれ以上追えない。しかし、エラゼムにはその太刀筋が完璧に見えているようだ。ハルペリン卿の剣舞は、ことごとくエラゼムの大剣にはじき返された。
ガキン、キン、キィン!何回かもわからない応酬の後、ハルペリン卿はばっと距離を置いた。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……馬鹿な、私の剣をことごとく防ぐなど……」

「そう悲観したものでもないぞ、御仁。なかなかの腕前だ。しかし、残念だが吾輩には一歩及ばぬな」

「ぬぉっ……おのれぇ!私を侮辱するかっ!このハルペリン卿を!」

「そうではない。懸命な判断をせよと言っているのだ。このまま斬り合っても、苦しむのはそなただ」

「ふんっ……それは、どうかなぁ!」

ボフン!ハルペリン卿が地面に何かを投げつけると、目の前に突然真っ黒な煙が立ち上った。煙幕だ!

「くらえ!」

声は聞こえても、煙幕に遮られて、ハルペリン卿の姿は見えない。何を仕掛けてくる気だ……?

「っ!」

キン!エラゼムがいきなり腕を振り上げたかと思ったら、小さな金属音が聞こえてきた。エラゼムの鎧に、何か当たった?

「小癪なまねを!」

エラゼムが大剣を大きく振り回す。ブゥーンという風切り音とともに、煙幕が吹き飛ばされた。煙が晴れてみると、ハルペリン卿は剣に代わって、何か細い筒のようなものを持っていた。

「見下げ果てたやからめ!飛び道具で不意を突こうなど!撤回しよう!貴様のような者は、武人の風上にも置けぬ!」

飛び道具?あっ、もしかしてあれ、吹き矢みたいなもんか?さっきの音は、針をエラゼムが防いでくれたものだったんだ。

「うわ、こっすいまねするなぁ。卿、なんて名乗ってるくせに」

「だ、だまれ!戦いにおいて、勝った方が正義なのだ!お前のような尻の青いガキにとやかく言われる筋合いなど……」

「もうよい、黙れ。これ以上喋っても、貴様の格を落とすだけだ」

エラゼムが大剣を大きく横に薙ぐ。ハルペリン卿はとっさに剣の腹でガードをしたが、エラゼムの剛剣は剣ごと砕いて、ハルペリン卿の横っ面をバシッと引っぱたいた。ハルペリン卿は、数メートルは確実に飛び、どさりと地面に落っこちた。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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