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6章 風の守護する都

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王都へと続く隠し通路は狭く、照明も松明掛けもない簡素な作りだった。

「やっぱり暗いな……アニ、道明かりを頼めるか?」

『承知しました』

アニから差す明かりを頼りに、俺たちは一列になって通路を進んだ。先頭を行くエラゼムは慎重に歩を進めていったが、幸い罠の類は見当たらなかった。そのまま俺たちは、地下水道らしきところへ抜けた。レンガ造りのトンネルにはさらさらという水音と、湿った臭いが充満している。さらにそこを進むと、やがて一つの鉄扉が見えてきた。

「あ。みろよ、ここ。扉が開きっぱなしだ」

『前にここを通ったものは、よほど慌てていたようですね……』

その扉を抜けると、地上への階段が見える。そこを上って、俺たちは町の一角にこっそりと紛れ込むことに成功した。俺はあたりを見回す。

「ここが、王都……」

俺からしたら、ほとんど初めてみたいなものだ。誰一人姿はなく、空気は乾いて焦げ臭い。いつもであれば賑やかで、あのラクーンに負けないくらい活気に満ちた町なんだろう。しかし、今は……

「なあ、アニ。きっと普段は、ここはすごく華やかな町なんだろうな?」

『ええ。なんといっても、華の王都ですから……今は夜ですが、日中はそれは多くの人が行き交うのですよ』

「でも、今はだれもいないな……みんな、どこに行ったんだろう」

『家にこもっているのではないですか?外は危険でしょう』

アニの意見に、エラゼムが一言付け加える。

「それに加えて、どこか安全な場所に避難しているのやもしれません。火の手が上がっていますから、どこかで火災が起きているのでしょう」

「火災……ちっ、サイレン村に引き続いてだな。どうしよう、火事を消すのを手伝おうか?」

しかしウィルが、俺に待ったをかけた。

「でも、桜下さん。私たちはいちおう、この反乱の結末を見に来たんじゃないですか。ぼやぼやしてると、王城が落とされてしまいますよ」

「そうだけど。正直、俺は今の王家が倒されようが、知ったこっちゃないというか……あんまりいい思い出もないし」

どちらかというと、まだ敵愾心てきがいしんのほうが強い。ただ戦いの余波で、町の人が犠牲になるのは見過ごせないだけで……

「っ!見て!」

突然、フランが鋭い声を上げた。フランが指さしているのは、道に面した家と家の間の隙間だ。一見何も見えないが、よーく目を凝らすと、その隙間から二本の足が突き出していた。

「いっ……!人……?」

「まだかすかに動いてる!生きてるよ!」

フランは言うが早いか、そっちに向かって走り出した。俺たちもあわてて後を追う。
倒れていたのは、鎧を着こんだ兵士だった。脇腹からひどい出血をしている。俺は、そいつが着ている鎧のデザインに見覚えがあった。たぶんこいつ、王国の兵士だ。フランが兵士をそっとゆすると、兵士は弱弱しくうめいた。

「やっぱり、息がある……!」

「アニ!たのむ、回復魔法を使ってくれ」

『はい!シスター、あなたも重複させてください。“尾っぽ”の呪文なら使えるでしょう』

「わ、わかりました!」

アニとウィルの声が、二重になってあたりに響く。すぐさまアニから強い光が放たれ、ウィルがロッドを振りかざした。

「『キュアテイル!』」

パァー!青色の光が兵士を包み込む。兵士は一瞬びくっと体を震わせたが、依然息はか細いまま、起き上がることはなかった。

「どうしてだ!?呪文は効いたのに!」

『……いいえ、主様。キュアテイルは、治癒力を高める呪文なのです。なので、もう治りようがないような深い傷には、効果がありません。おそらくこの兵士は、もう……』

そんな……ウィルは悔しそうに歯噛みしている。もうこの人を、助けることはできないのか……?そのときフランが、何かに気づいてさっと屈みこんだ。

「静かに!この人、なにか言ってる……」

なに?俺はいそいで、兵士のそばに膝をついた。確かに兵士がか細い声で何かささやいている。俺はよく聞き取ろうと、兵士の口元に顔を近づけた。

「……にを……ぞくを……」

「なんだって?おい、あんた!しっかりしろ!」

「……っ!!」

ガバッ!突然兵士が体を起こし、俺の胸倉にガッとつかみかかった。呆気にとられる俺に、兵士は口から血しぶきを飛ばしながら叫んだ。

「国をっっっ!王城を、護らなければならない!俺の家族が、あそこで暮らしているんだっっっ!」

「っ……お、おい。あんた……」

「言え!俺の代わりに、城を守るとっ!そうでなければ、俺は死んでも死に切れんっ!お前が!死に往く俺の代わりに、これを果たすと……ゴボボッ!」

ビシャ!兵士の口から、おびただしい量の血が噴き出した。まずい、このままじゃこいつ、死んじまう!

「わ、わかった!わかったから!」

「誓うかッッ!」

「ああ!だから安静に……」

「そうか……よかった」

兵士はほっとしたように、ふっと息を吐いた。そのとたん、俺の胸ぐらをつかんでいた手が、ぐにゃりと力を失った。
バタン。兵士はすべての力を使い果たしたように、静かにこと切れた。

「……」

誰も、何も言わなかった。俺の背中に、ライラがぎゅっとすがりつく。俺は、兵士のカッと見開いたままになっている目を、そっと閉じた。

「……それで、どうするの?」

沈黙を破ったのは、フランだった。

「たぶんこの人、わたしたちのこと分かってなかったんだ。ううん、話さえできれば誰でもよかったのかも。どうしようもないまま死の淵が迫ってきて、それで……」

「ああ……」

「だから、真に受けなくても……」

「でも……遺言、だからなぁ」

遺言。それは、生きていた時にできなかった未練を託した言葉だ。俺の仲間の多くは、その未練を追い求めている連中なわけで。ネクロマンサーとしては……

「ないがしろには、できないよなぁ」

「……行くの?王城に」

「ああ。何ができるかは、わからないけど……けど、この人が護りたかったものを見届けるくらいの義務は、あるような気がするんだ」

「……わかった。それでいいよ」

フランは、こくりとうなずいてくれた。

「桜下殿。こちらの道に出れば、王城まで一直線のようですぞ」

エラゼムが呼ぶほうに行ってみると、広い道幅の、緩やかな上り坂に出た。ずっと上のほうに、はるかな城壁が見える。俺が、骸骨剣士と一緒に飛び降りた城壁だ。

「よし。みんな、ついてきてくれるか?」

仲間たちは、一瞬も遅れることなくうなずいた。俺たちは王城への坂を、一丸になって駆け出し始めた。



つづく
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【年末年始は小説を!投稿量をいつもの2倍に!】


新年になりまして、物語も佳境です!
もっとお楽しみいただけるよう、しばらくの間、小説の更新を毎日二回、
【夜0時】と【お昼12時】にさせていただきます。
寒い冬の夜のお供に、どうぞよろしくお願いします!

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