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5章 幸せの形

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エラゼムの話を聞いて、俺はうなずいた。

「なるほどなぁ。だからエラゼムに真っ先に向かったわけだ。この中で一番大人だから」

「で、ありましょう……もう少しうまく断れればよかったのですが。いまだに慣れません……」

まじめなエラゼムのことだ、こういう場面になるたびに、ぶっきらぼうに断ってきたのだろう。

「……なあ。ここのウェイトレスとかなら、女の子でも食っていけたかな?」

「赤髪の少女がですか?あまり考えたくはない話ですな、未成年がそのような……しかし、単に女給として考えれば、もしくは彼女の母親ならば、あるいは」

「だよな。あ、けどだったら、今ここにいなきゃおかしいか」

俺は店の中をぐるりと見渡したが、赤い髪のウェイトレスは見当たらなかった。まぁ、さっきの化粧の濃い女を思い返すと、ここにいたらいたで、ちょっと嫌だったかもしれないけど。そのタイミングで、さっきとは別のウェイトレスが注文の品を持ってきた。テーブルにパンとスープとしなびた芋?の根っこを乱暴に置くと、黙って手を差し出す……ああ、お代か。俺が慌ててコインを渡すと、ウェイトレスは俺たちを一瞥してからすぐに背を向けた。へへ、俺たちがいいお客じゃないことは、すぐに店中に伝わったらしい。が、これだけは聞いておこう。

「なぁ、ちょっと!あんた、ライラさんじゃないか?」

ウェイトレスの背中に問いかけると、彼女は振り向いた顔を怪訝そうにしかめて、吐き捨てた。

「はぁ?誰だソイツ。知らねえよ、ターコ」

ウェイトレスは肩を怒らせて立ち去って行った。

「……まあ少なくとも、彼女の知る限りでは、ライラはここにはいなかったみたいだな」

俺はパンをかじりながら言った。パンはかび臭く、スープは古い靴下を煮込んだような味がした。昨日といい、この店ではどんな奴がコックをしているんだろう……

「やっぱり、村を出て行ってしまったんですかねぇ」

ウィルが、遠い目で食事をする俺を気の毒そうに見ながら言う。

「けど私、そのほうが少しうれしいです。こんなところで大きくなったその子に、会いたくはないですもん」

俺は周囲に聞こえないように、小声でそれにこたえる。

「けどさ、だとしたらハクは五年間もずーっとそれに気づかなかったのかな。この村を出るってんなら、街道のそばを通るだろ?」

「街道はそこそこ川から離れていたじゃないですか。毎日監視なんてしませんよ」

「そうかなぁ……」

「……あるとしたら、もう一つ」

フランが目をつむったままで会話に入ってきた。第三の意見だ。

「その子が、すでにこの世の人間じゃないこと。ずっと前に死んでいて、誰も覚えていない。もしくは意図的に隠されてる」

「……」

思わず口をつぐんでしまった。しかし、ありうる話ではある。

「……それが考えうる限りでは、最悪の結末か。どうして隠されているのかは、心当たりあるか?」

「わかんない。けど、証拠を探すことはできるかも」

「証拠?」

「この後、この村の墓地に行くでしょ。そこで探せばいい」

あ、そうか。もしもライラの墓があれば、それはそういうこと……その時は、もう事実を受け止めるしかないだろう。

「できれば見つかってほしくないな……」

俺のつぶやきに、フランはゆるゆると首を振った。
俺が大味な夕飯をなんとか食い終わり、そろそろ行こうかというところで、一人の客がだしぬけに声をかけてきた。

「よぉ、よぉ。お、おまえさんたち、ひ、人を探してんのか?」

「うえ?ああ、うん……」

その男はべたべたの黒い髪をしていて、目にはひどいクマがあった。酔っているのか、ずいぶんどもっている。男は口元をだらしなく緩ませて、俺の顔をにやにや覗き込んできた。

「ひ、ひひひ、ひひ、人探しなんてして、何が楽しいんだ?コソコソ人のけつを追いかけまわすようなことして、何が楽しいんだ?」

なんだと?失礼な奴だな。

「……べつに、そういうんじゃないよ。ただ知り合いの友達を探してるだけだ」

「と、友達?友達の、知り合い?」

逆だ、と正す気にもなれない。面倒くさい酔っ払いに絡まれたな、とっとと行ったほうがよさそうだ。みんなもそれを感じ取ったのか、俺たちはいっせいに腰を上げた。そのまま出口まで向かおうとして……

「お、おれ、知ってるぞ。あ、あ、赤い髪の女の子、知ってるぞ」

「え!?」

思わず足を止めて振り向いた。今コイツ、なんて言った?

「あんた、その子のこと知ってるのか?」

「し、し、知ってるぞ。お前たちが話してたの、知ってるぞ」

どういうことだ……?昼間、俺たちが聞き込みをしているとき、この男が近くにいたのか?

「あ、赤い髪の女の子。毎日見かける女の子」

「毎日!?なあアンタ、その子をどこで見たんだ?」

すると男は、人差し指を一本突き出した。いち?一か所で見るってことか?男は指を天井に向けると、つんつんと指すしぐさをした。

「屋根?この店の屋根の上で見たのか?」

「もぉーっと高いところ。屋根より雲より高いところ」

え、それって、まさか……俺は腹の中に冷たい水をぶち込まれた気がした。空の上ってことは、つまり……

「その子は、朝は、金髪なんだ」

「は……?」

男は突然、わけのわからないことを言い出した。

「昼間は青だ。夕方になると赤になる。けどすぐに黒髪になっちまうから、夕方になったら会いに来な」

コイツ、何言って……いや待て。朝は金、昼は青、夕方は赤、夜は黒。これって……

「そら……?」

「……ぶひーーーっひゃっひゃっひゃははははハハハァ!その通りだ、ブゥワァーーーカ!」

男はかぱっと口を開くと、豚のような大声で笑いだした。するととたん、笑いが伝染したかのように、周りの客たちも次々に笑い出し、ついには店全体が笑い声をあげているかのようになった。

「ぶひゃひゃひゃひゃひゃはははは!」「ゲラゲラゲラゲラ!」「だぁーはっはっはっはハハハハァ!」「ドハハハハハ!」

な……なんだ、これ。客たちはどしどしと足を踏み鳴らし、店全体がぐらぐらと揺れているように感じる。

「赤い髪なら空にいるぞ!赤い顔して空にいるぞ!会いたきゃ会いな、会えるもんなら。ひゃーーーひゃひゃひゃ!」

俺は何が起こっているのかわからず、ただただ呆然としていた。からかわれたのか……?けどあまりにも唐突すぎて、怒りも湧いてこない。そんな俺を見て、笑い声はますます大きくなった気がした。その時だった。
ドガガーーン!パラパラパラ……

「はぁっ、はぁっ……!」

突然、俺たちがさっきまで座っていたテーブルが粉々になった。破片が周囲に飛び散る。フランが渾身の力でテーブルを殴りつけ、ぺしゃんこに潰してしまったのだ。その轟音で、笑っていた客たちはいっせいに口をつぐんだ。

「はぁっ、はぁっ……」

フランは激しく震え、テーブルをつぶした姿勢のまま固まっている。真っ赤な瞳をカッと見開き、堪えるように歯を噛み締める……
こみ上げる怒りを必死に抑えているんだと、俺にはわかった。

「……桜下殿。フラン嬢。ウィル嬢。ここを出ましょう」

エラゼムが静かに言う。その声が、俺に冷静さを取り戻してくれた。

「フラン。行こう」

俺は震えるフランの手を取ると、そっと引いた。フランはうつむいたまま、おとなしくついてきた。エラゼムが先に行って、扉を開けて待っていてくれた。俺は静まり返った店の中を、フランを連れて突っ切り、ひんやりとした外へと出た。

「……」

店の外は、かなり薄暗くなってきていた。もう間もなく夜になるだろう……俺たちはしばらくの間、無言で、足早に歩いた。あの酒場から一刻も早く遠のきたかったのだ。十分に離れたころになって、ようやくウィルが口を開いた。

「……明日の朝ご飯は、私が作りますから」

異を唱える者はいなかった。もう二度と、あの店には行きたくない気分だ。

「なぁ、あの気持ちわりぃ男の言ってたこと、どう思う?」

「桜下さん、まさか信じてるんですか……?」

ウィルが信じられないとばかりに目を見張った。

「あんな醜悪な冗談、聞いたこともありませんよ!人が探している相手を、あろうことか死にたとえて笑うなんて!あの腐った男、いかれ頭、○△×……(ここから先は、シスター・ウィルに免じて、聞かなかったことにしておいた。一言だけ言えば、とても聖職者の口から出たとは思えない言葉だ)……はぁはぁ」

ウィルはいまさらになって怒りが爆発したのか、怒涛の暴言で息を切らしている。

「うん、まあ、まったく笑えないよ。けどそれより気になるのは、どうしてあいつが俺たちが赤髪の少女を探しているのか知ってた、ってことなんだよな」

「はぁ、はぁ……はい?」

ウィルは思いもよらなかったのか、きょとんとした。

「俺たち、最初に酒場に入った時には、ライラのこと話してなかった。容姿とかの詳しい事を話したのは、ミシェルと、スラムの人たちと、それからヴォール村長だけだ。けどそれなのに、あいつはそれを知っていた。外で盗み聞ぎされたとは、雨も降ってたし、思えないんだけど……」

「そういわれれば……」

どうにも、腑に落ちない。それはエラゼムも同じようだった。

「桜下殿。この村、なにやらきな臭いです……昨日と発言が食い違ってしまいますが、早急に立ち去るのも、一つの手かと思われます」

エラゼムの言う通りだ。俺だってこんなとこ、長居はしたくない。夜ならフランの目と、アンデッドの疲れ知らずで、山道でもなんとか脱出できるだろう。しかし……

「いや、まだダメだ。ハクとの約束も、ミシェルとのクエストも終わってない。今夜はここにいないと」

「ですが……」

「けど、それが終わったらすぐ出発しよう。朝になったらすぐこの村を離れる。モタモタしてても、ろくな事なさそうだしな」

一度受けたことだ。きっちり筋は通して、できる限りのことはしよう。

「……承知しました。では荷物は宿に置かぬよういたしましょう。万が一宿屋を襲撃されてもすぐに出立できますように」

「わかった。あーあ、結局こそこそ抜け出すことになっちまうんだよなぁ。俺たち、そのうちコソドロのプロになれるんじゃないか?」

俺が冗談めかして言うと、ようやくウィルとエラゼムの雰囲気が和らいだ。だが、まだ手を引いて歩いているフランは、溜飲が下りていないようだ。つないだ手がこわばっている。けど俺は、そんなフランに感謝していた。

「フラン」

「……」

フランはぶすっとしたまま口を利かない。俺はフランの手をはなすと、彼女の頭にポンと置いた。

「フラン、ありがとな」

「……え?」

「さっきさ、こらえてくれて。俺が殺しはしたくないって言ったの、守ってくれたんだろ。だからさ」

フランはぽかんとしていた。んん、あまり見ない表情だな。呆れている、というよりは……驚いているようだった。

「……」

「嬉しかったよ。俺もフランとの約束を果たせるよう、頑張るからな」

「……」

ぺしっ。フランは俺の手をはねのけて、すたすた先に行ってしまった。

「あ。なんだよ、可愛げがないな……」

「照れてるんですよ。そんなこと言っちゃかわいそうです」

ウィルがたしなめる。ホントかよ?ウィルはいつもフランの肩を持つからな……俺は一人先を歩くフランの背中を見て、肩をすくめたのだった。


つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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