97 / 860
4章 それぞれの明日
1-2
しおりを挟む
1-2
「まあいい、ならこれで関所対策はオッケーだな。よしよし」
「あの、それなら桜下さん。ちょっと相談なのですが……」
「ん?なんだよウィル」
ウィルが折りいった様子で話しかけてきた。手をおなかの前で合わせて、もじもじしている。どうしたんだろう?
「ウィル?」
「あの……その馬具って、魔法の道具なんですよね?だったら、幽霊にも使えたりなんてことは……」
「へ?幽霊に?」
「む、無理ですよねさすがに。言ってみただけなんです、やっぱり気にしないでください」
「なんだよ、まだ何も言ってないだろ。ちょっと驚いたけど……」
けど、どういう意味だ?幽霊にも使えるかって、つまりウィルにも装備できるかってことだよな。どこかに鎧を着けたいのか?ウィルは相変わらずもじもじ、おなかの前で指をかみ合わせている……あ。
「ウィル、もしかしておなかの傷が気になるのか?」
「う……その、はい。やっぱりどうしても気になってしまって。もし、フランさんみたいに覆い隠せたらなって……」
なるほどな。ウィルの腹には、致命傷となった大穴があいている。崖から落ちて、折れた木に貫かれた際にできた傷だ。幽霊のウィルには痛みも、傷が広がることもないのだけれど、それでも自分の体に穴があいているのは気になるのだろう。そういえば、昨日フランの腕をくっつけた時も、そんなようなことを言っていたな。
「うん、事情は分かった。なら試してみようぜ」
「い、いいんですか?」
「おう。それに、俺の見立てでは、そんなに無謀でもないと思うんだよな。ウィルは物に触ることができるだろ。今も杖を持ってるわけだし。てことは、物側からウィルに触れることもできるんじゃないか?」
「あ……な、なるほど」
ウィルは自分の手の中の、ご両親ゆかりの杖を見下ろした。
「てことでウィル、とりあえずなにか持ってみてくれよ」
「わかりました。じゃあ、これを……」
ウィルは近くにあった魔道具の中から、蹄鉄を拾い上げた。蹄鉄は問題なくウィルの手元に収まっている。
「うん、やっぱり物は持てるんだな」
「そうですね。ただ……」
ウィルはその蹄鉄を、ブレスレットのように自分の手首に通した。そして瞳を閉じると、ふぅと息を吐く。すると……カランカラーン。
「あれ」
「やっぱり……落ちてしまいますね」
蹄鉄はウィルの腕をすり抜けて、地面に落っこちてしまった。ウィルは自分の手首を顔の前にかざした。
「たぶん、私が“持とう”ときっちり意識している間だけ、ものに触れられるんだと思います。ちょっとでも意識がそれると、さっきみたいにすり抜けちゃうんですね」
あ、それもそうか。ウィルはいままでも壁や床をすり抜けていた。ウィルがあらゆるものに触れられるなら、そんな芸当はできないはずだ。俺もウィルのことを突き抜けたこともあったくらいだし。だが逆に、俺がウィルに触れたこともあったぞ?
「……ウィル、はいターッチ」
「へ、は、はい?」
わけが分からない様子でおろおろするウィルをよそに、俺は手を差し出した。
「え、えっと。こうですか?」
パン。俺とウィルの手は、小気味いい破裂音をかなでた。
「う~ん、つまりこういうことかな。ウィルが触ろうと思ったものは触れるし、ウィルに触ろうと思ったものもウィルに触れられる」
「あ……そう、なんですかね。でも、確かにそうかも」
ウィルは自分の手のひらと、俺の手とを交互に見比べた。
「それかもしかしたら、ネクロマンスの力も影響あんのかもな。うし、ちょっと試してみよう」
俺はウィルが落とした蹄鉄を拾い上げると、それを両手で握ってぐっと力を込めた。そして、頭の中で強く念じる。
(ウィルに触れたい、ウィルに触れたい、ウィルに触れたい……)
……断じて変な意味じゃないぞ?
ともかく、そうして念じていると、蹄鉄がヴンっと、一瞬輪郭を失った気がした。
(あ、これ、ディストーションハンドの時の反応にそっくりだ)
これは、もしかするかもしれないぞ。俺は自分の清き想いがこもった蹄鉄を、ウィルに差し出した。
「ウィル、これならどうだ?」
「え?さっきと同じようにすればいいんですか?」
ウィルはいぶかしげな様子で蹄鉄を受け取ると、さっきと同じように手首に通した。それから目をつぶって、意識をそらしてみる。さて……
「……っ!見てください桜下さん、落っこちませんよ!」
蹄鉄は、ウィルの手首にしっかり引っかかったままだった。やった、もくろみ通りだ。
「おお、うまくいったな」
「けど、いったい何をしたんですか?」
「能力を使うときみたいに、力を込めて念じてみたんだ。よし、次はもっと大きなものにすれば、うまいこといくんじゃないか?」
ウィルの胴体を覆えるような、腹巻みたいなのがいいよな。俺は残りの馬具の中から、大きなドラム缶の輪切りみたいな馬具を持ち上げた。
「ほら、これなんかどうだ?ぴったりだろ」
「……桜下さん、私のウエスト、いくつだと思ってるんですか?」
「へ?」
お、俺だって、そのままでいけると思ってたわけじゃないぞ。形は近いから、あとはアニに成形してもらえばいいだろう。
「というわけでアニ、また頼めるか」
『わかりました。ではその前に、正確なサイズを教えてもらえますか?』
「は?サイズ?」
『ええ。それがわからなければ、成形のしようがありません。幽霊娘、ウエストのサイズを教えないさい』
「あー……だ、そうなんだけど」
「え、え?そんな、適当でいいですよ。だいたいで……」
『それで合わなかったら二度手間になるじゃないですか。私に二倍の労力を割かせるつもりですか?いいから、早く教えなさい』
「…………」
ウィルは、唇をかみしめてぷるぷると震えている。ま、まるで爆発寸前の爆弾みたいだ。
「うぃ、ウィル?俺、ウィルはスリムだと思うぞ?」
「……うあぁー!黙っててくださいよぉ!」
うひゃっ。ちぇ、なんなんだ。平気で下ネタすれすれのことは言うくせにな?オトメゴコロってのは、俺の想像以上に複雑らしい。
「……一キュビット、と、二十六ハンキュビットです……」
ウィルがそよ風のように小さな声でつぶやいた。
『ふむ……意外と肉付きがいいんですね』
「わあぁぁぁー!これでも村では細いほうだったんですからね!」
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
====================
Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、
作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。
よければ見てみてください。
↓ ↓ ↓
https://twitter.com/ragoradonma
「まあいい、ならこれで関所対策はオッケーだな。よしよし」
「あの、それなら桜下さん。ちょっと相談なのですが……」
「ん?なんだよウィル」
ウィルが折りいった様子で話しかけてきた。手をおなかの前で合わせて、もじもじしている。どうしたんだろう?
「ウィル?」
「あの……その馬具って、魔法の道具なんですよね?だったら、幽霊にも使えたりなんてことは……」
「へ?幽霊に?」
「む、無理ですよねさすがに。言ってみただけなんです、やっぱり気にしないでください」
「なんだよ、まだ何も言ってないだろ。ちょっと驚いたけど……」
けど、どういう意味だ?幽霊にも使えるかって、つまりウィルにも装備できるかってことだよな。どこかに鎧を着けたいのか?ウィルは相変わらずもじもじ、おなかの前で指をかみ合わせている……あ。
「ウィル、もしかしておなかの傷が気になるのか?」
「う……その、はい。やっぱりどうしても気になってしまって。もし、フランさんみたいに覆い隠せたらなって……」
なるほどな。ウィルの腹には、致命傷となった大穴があいている。崖から落ちて、折れた木に貫かれた際にできた傷だ。幽霊のウィルには痛みも、傷が広がることもないのだけれど、それでも自分の体に穴があいているのは気になるのだろう。そういえば、昨日フランの腕をくっつけた時も、そんなようなことを言っていたな。
「うん、事情は分かった。なら試してみようぜ」
「い、いいんですか?」
「おう。それに、俺の見立てでは、そんなに無謀でもないと思うんだよな。ウィルは物に触ることができるだろ。今も杖を持ってるわけだし。てことは、物側からウィルに触れることもできるんじゃないか?」
「あ……な、なるほど」
ウィルは自分の手の中の、ご両親ゆかりの杖を見下ろした。
「てことでウィル、とりあえずなにか持ってみてくれよ」
「わかりました。じゃあ、これを……」
ウィルは近くにあった魔道具の中から、蹄鉄を拾い上げた。蹄鉄は問題なくウィルの手元に収まっている。
「うん、やっぱり物は持てるんだな」
「そうですね。ただ……」
ウィルはその蹄鉄を、ブレスレットのように自分の手首に通した。そして瞳を閉じると、ふぅと息を吐く。すると……カランカラーン。
「あれ」
「やっぱり……落ちてしまいますね」
蹄鉄はウィルの腕をすり抜けて、地面に落っこちてしまった。ウィルは自分の手首を顔の前にかざした。
「たぶん、私が“持とう”ときっちり意識している間だけ、ものに触れられるんだと思います。ちょっとでも意識がそれると、さっきみたいにすり抜けちゃうんですね」
あ、それもそうか。ウィルはいままでも壁や床をすり抜けていた。ウィルがあらゆるものに触れられるなら、そんな芸当はできないはずだ。俺もウィルのことを突き抜けたこともあったくらいだし。だが逆に、俺がウィルに触れたこともあったぞ?
「……ウィル、はいターッチ」
「へ、は、はい?」
わけが分からない様子でおろおろするウィルをよそに、俺は手を差し出した。
「え、えっと。こうですか?」
パン。俺とウィルの手は、小気味いい破裂音をかなでた。
「う~ん、つまりこういうことかな。ウィルが触ろうと思ったものは触れるし、ウィルに触ろうと思ったものもウィルに触れられる」
「あ……そう、なんですかね。でも、確かにそうかも」
ウィルは自分の手のひらと、俺の手とを交互に見比べた。
「それかもしかしたら、ネクロマンスの力も影響あんのかもな。うし、ちょっと試してみよう」
俺はウィルが落とした蹄鉄を拾い上げると、それを両手で握ってぐっと力を込めた。そして、頭の中で強く念じる。
(ウィルに触れたい、ウィルに触れたい、ウィルに触れたい……)
……断じて変な意味じゃないぞ?
ともかく、そうして念じていると、蹄鉄がヴンっと、一瞬輪郭を失った気がした。
(あ、これ、ディストーションハンドの時の反応にそっくりだ)
これは、もしかするかもしれないぞ。俺は自分の清き想いがこもった蹄鉄を、ウィルに差し出した。
「ウィル、これならどうだ?」
「え?さっきと同じようにすればいいんですか?」
ウィルはいぶかしげな様子で蹄鉄を受け取ると、さっきと同じように手首に通した。それから目をつぶって、意識をそらしてみる。さて……
「……っ!見てください桜下さん、落っこちませんよ!」
蹄鉄は、ウィルの手首にしっかり引っかかったままだった。やった、もくろみ通りだ。
「おお、うまくいったな」
「けど、いったい何をしたんですか?」
「能力を使うときみたいに、力を込めて念じてみたんだ。よし、次はもっと大きなものにすれば、うまいこといくんじゃないか?」
ウィルの胴体を覆えるような、腹巻みたいなのがいいよな。俺は残りの馬具の中から、大きなドラム缶の輪切りみたいな馬具を持ち上げた。
「ほら、これなんかどうだ?ぴったりだろ」
「……桜下さん、私のウエスト、いくつだと思ってるんですか?」
「へ?」
お、俺だって、そのままでいけると思ってたわけじゃないぞ。形は近いから、あとはアニに成形してもらえばいいだろう。
「というわけでアニ、また頼めるか」
『わかりました。ではその前に、正確なサイズを教えてもらえますか?』
「は?サイズ?」
『ええ。それがわからなければ、成形のしようがありません。幽霊娘、ウエストのサイズを教えないさい』
「あー……だ、そうなんだけど」
「え、え?そんな、適当でいいですよ。だいたいで……」
『それで合わなかったら二度手間になるじゃないですか。私に二倍の労力を割かせるつもりですか?いいから、早く教えなさい』
「…………」
ウィルは、唇をかみしめてぷるぷると震えている。ま、まるで爆発寸前の爆弾みたいだ。
「うぃ、ウィル?俺、ウィルはスリムだと思うぞ?」
「……うあぁー!黙っててくださいよぉ!」
うひゃっ。ちぇ、なんなんだ。平気で下ネタすれすれのことは言うくせにな?オトメゴコロってのは、俺の想像以上に複雑らしい。
「……一キュビット、と、二十六ハンキュビットです……」
ウィルがそよ風のように小さな声でつぶやいた。
『ふむ……意外と肉付きがいいんですね』
「わあぁぁぁー!これでも村では細いほうだったんですからね!」
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
====================
Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、
作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。
よければ見てみてください。
↓ ↓ ↓
https://twitter.com/ragoradonma
0
お気に入りに追加
123
あなたにおすすめの小説
だってお義姉様が
砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。
ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると……
他サイトでも掲載中。
魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます
ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう
どんどん更新していきます。
ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。
ハクスラ異世界に転生したから、ひたすらレベル上げしながらマジックアイテムを掘りまくって、飽きたら拾ったマジックアイテムで色々と遊んでみる物語
ヒィッツカラルド
ファンタジー
ハクスラ異世界✕ソロ冒険✕ハーレム禁止✕変態パラダイス✕脱線大暴走ストーリー=166万文字完結÷微妙に癖になる。
変態が、変態のために、変態が送る、変態的な少年のハチャメチャ変態冒険記。
ハクスラとはハックアンドスラッシュの略語である。敵と戦い、どんどんレベルアップを果たし、更に強い敵と戦いながら、より良いマジックアイテムを発掘するゲームのことを指す。
タイトルのままの世界で奮闘しながらも冒険を楽しむ少年のストーリーです。(タイトルに一部偽りアリ)
オタクおばさん転生する
ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。
天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。
投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました
山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。
でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。
そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。
長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。
脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、
「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」
「なりすましヒロインの娘」
と同じ世界です。
このお話は小説家になろうにも投稿しています
私から略奪婚した妹が泣いて帰って来たけど全力で無視します。大公様との結婚準備で忙しい~忙しいぃ~♪
百谷シカ
恋愛
身勝手な理由で泣いて帰ってきた妹エセル。
でも、この子、私から婚約者を奪っておいて、どの面下げて帰ってきたのだろう。
誰も構ってくれない、慰めてくれないと泣き喚くエセル。
両親はひたすらに妹をスルー。
「お黙りなさい、エセル。今はヘレンの結婚準備で忙しいの!」
「お姉様なんかほっとけばいいじゃない!!」
無理よ。
だって私、大公様の妻になるんだもの。
大忙しよ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる