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2章 夜の友

9-1 弔いの炎

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9-1 弔いの炎

「うぃ、ウィル……」

「もう、なんですか桜下さん。そんなお化けでも見た顔しちゃって……あ、お化けなのか」

「いや、それ……痛くないのか?」

俺はウィルのお腹に突然現れた傷を指さした。

「え?……きゃー!なにこれ!」

ウィル自身も傷に気づいていなかったらしい。二人してわたわたと慌てたが、すぐに別段痛みとかはないと分かった。傷もふさがっている(?)のか、血も流れない。ただ、もとからそうであったみたいに穴が開いているだけだ。

「うぅ……なんだか、すごい気持ち悪いです。何も感じないから、自分の体じゃないみたい……」

「ま、まあ大したことないならよかった。見た目はすごいけど……けど、どうして突然?」

「さあ……けどもしかしたら、私が現実を受け止めたからかもしれませんね」

「そっか……そうかもな」

「ええ。さて!桜下さん、今まで私のわがままを聞いてくださってありがとうございました。それで、迷惑ついでに、最後のお願いをしてもいいでしょうか?」

「うん?」

「私の……私の葬儀をしたいんです。物に触れるようになったとはいえ、さすがに一人では大変そうなので。手を貸してくれませんか?」

「ああ、そりゃもちろんかまわないけど……つまり、埋葬するってことだよな。お墓はどうする?」

「そうですね。私はもういないことになっていますし、神殿の墓地は使えません。どこかそのへんの森の中にでも埋めちゃいましょうか」

「埋めちゃいましょうって……いいのか、そんな適当で?」

「いいですよ。誰が拝みに来てくれるわけでもないし。墓が村の人にでも見つかったら、面倒なことになりそうですしね」

「まあ、ウィルがいいっていうなら。じゃあ、そこまで運ぼうか」

俺はウィルの亡骸の下に手を差し込むと、そうっと抱き上げた。刺さっていた枯れ木がゆっくり抜けていく。ず、ぐちゃ、ずずっ。俺は胃のあたりにこみあげてくるものを感じたが、ウィルが見ている手前、気合で押しとどめた。

「……重く、ないですか?それに、におったりとか……」

ウィルがおずおずとたずねる。俺はにっこり笑ってやった。

「ぜんぜん。何も持ってないみたいだぜ」

これは、半分嘘だ。実際のところ、死臭というのか、血なまぐささはある。一方で、重さは不思議とほとんど感じなかった。さすがに何も持ってないは言い過ぎだが、この年齢の人間としては異様に軽く感じる。

(魂が、抜けてるからかな)

昔どこかで、人間は死んだ瞬間、ほんのわずかに軽くなると聞いたことがある。人の魂は、その差分の重量なんだとか。幽霊が実在する、この世界ではどうなんだろう。
俺たちは崖を離れて、ほど近い森まで移動した。程よく木が茂っていて、村からそこそこに離れている。ウィル曰く、めったなことがあっても人が訪れることはないそうだ。

「じゃ、次は穴掘りだな。フランと俺で手分けして……」

「あの、桜下さん」

ウィルが思いつめた表情で、俺の袖を引っ張ってきた。

「ウィル?どうした?」

「あの、私の体なんですけど……燃やして、くれませんか」

燃やす?火葬ってことか。

「いいのか?」

「はい。土の中で朽ちていく自分の顔なんて……私、見たくありません」

「そっか。わかった」

「すみません。なんども手間をかけさせて……」

「なに、ここまで関わったんだ。最後まで付き合うよ」

なら、薪を集めないとな。森に移動して正解だった。俺とウィルは、アニの明かりを頼りに枝を拾い始めた。フランは夜目が利くので一人で森の奥へ行ってしまった。もくもくと枝を拾っていく。時おり遠くで、フランが細い枝を踏む音がする。パキリ、ぽきり。

「なあ、ウィル」

「はい?なんですか?」

「どうして……旅に出たことにしたんだ?」

俺は気になっていたことをたずねてみた。ウィルは細い枝ばかりを拾い集めている。俺がからかったら、生前から腕力に自信はなかったんだと怒られた。

「どうして、ですか。少し話したと思いますが、私は捨て子なんです。親がこの村の神殿の前に、赤ん坊だった私を置いて行ったんです。以来、私は神殿で育てられました。“ウォルポール”は、祭司長プリースティス様の氏なんですよ。親のことなんて、姓が“O”だということくらいしか知りませんし、興味もありませんでしたが……言い訳にするには、ちょうどいいかと思いまして」

「えっと、そうなのか。だけど、その理由じゃなくて……」

「ふふ。ごめんなさい、気を使ってくれたんですよね。どうして私が死んだことを隠すのか……っていうことでしょう?」

「……わかってるなら、いじわるするなよな」

俺はあえて、その言い回しを避けた。なんだかウィルが、触れないようにしている気がしたから。

「すみません。からかったつもりではないんですけど、なんだか……」

「……別に、言いたくないなら」

「いえ。ただ、臆病で、怖いだけなんです。私は……死が、怖かった」


つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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