上 下
40 / 860
2章 夜の友

3-3

しおりを挟む
3-3

気恥ずかしかったので、フランの体をそそくさとお湯で流し(断じてやましい気持ちはない)、体を拭くのは任せようとタオルを渡そうとして、俺ははっと気づいた。

「このタオル……フランの爪で、焼けちゃわないかな」

「あ……」

フランが、すっと爪を差し出す。俺は爪の先に、タオルのかどっこを一瞬だけ触れさせてみた。するとジジッと音がして、糸くずがチリチリと黒焦げになってしまった。ほんとに、日常生活じゃとことん役に立たないな。ていうか不便だ。

「しょうがないな。フラン、おいで」

仕方ないので、俺の膝元にフランを座らせ、わしわしと頭を拭いてやる。体は……もうしょうがない、できる限り目をつぶっていよう。だけどこれじゃ、フランは身の回りのことがなんにもできなくなってしまう。うーむ、これはちと問題だな。

「フラン、爪を引っ込めたりできないのか?猫みたいにさ」

「できたら、とっくにそうしてる」

「そうか……うーん、手袋をしようにも、手袋ごと黒焦げになるだろうし……」

『あ、でしたら。あれが使えるかも』

アニが何かを思い出したように、リンと鳴った。

「あれって?」

『実は、国王から勇者へ下賜されたアイテムがあるんです』

「あん?俺、何ももらってないぜ」

『ええ。そのアイテムは私たちのポケット異次元ストレージに格納されているんです』

「え?ストレージ?」

『今からそれを呼び出します』

アニはぶつぶつと呪文を唱え始めた。なにが何だかさっぱりわからないけど、またとんでもない事しでかさないだろうな……警戒しながら待っている間にフランの体を拭き終わり、着替えもすんだところで、アニが呪文を唱え終わった。

『スクレイルストレージ』

パァー!突然足元に、青く光る魔法陣が広がった。わ、わ、俺踏んじゃってる。俺は慌てて陣の外によけた。すると魔法陣の中心から、何かがせりあがってくる。なんだこれ……鎧か?

「これ、なんだ?」

『王下認定工房バタリアン式騎乗特化型バーディングメイルです』

「……ごめん、もう三回ぐらい言ってくれる?」

『要は、馬具です。馬に乗るための、鞍とかあぶみとか』

「へー……悪い、もっと感心すべきなのかもしれないけど。最大の問題点として、今ここに馬はいないぜ?」

『もちろん、ただの馬具ではありません。これも一種の魔道具なんです。細々した性能は省くとして、この道具の最大の特徴は、対象が馬に限定されていないことです』

「馬具なのに、馬以外に使えんのか?」

『馬具とは言いますが、人を乗せることが可能な、ほぼすべての生物に使用できるのです。牡牛、イノシシ、オオカミ、クマ、ライオン、ペガサス、ガーゴイル、グリフォン、キメラ……』

後半から聞きなれない名前が出てきたぞ。ペガサスだって?それに乗れたら、空を飛べるのかな。

「なんでそんなにいろんな動物に使えるんだよ?馬とペガサスはともかく、クマとライオンだと、体のつくりが全然違うじゃないか」

『対象生物に合わせて、馬具が変形する機能を持ち合わせているんです。こちら側からアプローチして、ある程度成形することも可能です』

へー。それはすごい、さすが魔法の道具だ。けど、まだピンと来ていないんだよな。今はフランの爪をどうするかって話だっただろ。この便利な馬具を、どうしようっていうんだ?

『主様。そこの、細長い二つの馬具を取ってください。ええ、その筒状のやつです』

「これか?」

俺がその馬具を両手に取ると、アニは魔法陣を消してしまった。すると残りの馬具たちも一緒に消える。俺の手には、同じ形の筒のような装備だけが残った。革でできていて、頑丈そうだが……

『これはバンデージと言って、脚につける装備です。それをゾンビ娘の手にはめてください』

「え、これを?これはさすがに……ていうか、これも焦げちゃうんじゃないか」

『大丈夫だと思います。その辺の二流品とは違いますから』

うーん、ほんとかな。フランもいぶかしげだったが、とりあえず両腕を突き出してもらった。そこへすぽっと、筒を二つはめる。
…………。

「ぶふっ」

だめだ、笑っちゃいけない。けど、これはあまりにもシュールな……
どう見ても、フランの腕の長さと、筒のサイズが合っていない。そりゃそうだ、馬用のものだもんな。両腕を突き出した格好のフランは、子どもがごっこ遊びでキャノン砲を自称している姿にそっくりだ。

「か、かわいいぞフラン。くひひ……」

「……つぎ、笑ったら……」

おっと、フランが目を吊り上げてわなわな震えている。これ以上からかったら、後が怖いな。

「んんっ!アニ、これで終わりじゃないんだろ?」

『ええ。では、成形しましょう』

アニから、青色の細い光線が放たれる。その光が筒状の馬具に当たると、その箇所がぐにゃりとひん曲がった。

「うえぇ?」

革製の馬具が、まるでガラス細工みたいにぐねぐねと形を変えていく。フランも驚きの目で自分の腕を見つめている。
アニは何度か光の角度を変えて、細部を調整していった。ただの筒だった馬具が、少しずつ手袋のような形になっていく。どっちかって言えば、野球のグローブの方が近いかな。

『こんなものですかね』

アニは光を消して、満足気に息をついた。
フランの腕には、革製の分厚いガントレットがはまっていた。肘までをすっぽり覆っていて、フランの鉤爪を完璧にカバーしている。生地が爪にやられて焦げ出すこともない。

「へー、いい感じじゃないか。フラン、どうだ?」

「うん。少しごわごわするけど、動かせる」

「そっか。これなら、日常生活くらいならこなせそうだな」

「けど、とっさの戦闘は大変かも。これ、結構脱ぎにくい」

あ、そうか。戦う時にこれじゃあ、せっかくの爪の攻撃力が台無しだ。この手袋は、いわば鞘みたいなもの。とっさに刀を抜けなければ、いい鞘とは言えない。

『そこはちゃんと考えてあります。指の先に、切れ目があるでしょう。そこから爪だけを出せるようになっています』

あ、本当だ。指先にまっすぐ切れ込みが入っている。フランはガントレットをくっと引っ張ると、そこから紫色の鉤爪がシャキンと飛び出した。

「おぉ~」

『臨戦時ならこれで十分でしょう』

フランは手を握ったり開いたりして具合を確かめると、ガントレットをもとに戻した。爪はきれいに隠れた。

「いいアイテムだな。はじめてあの女王様に感謝したいと思ったよ」

『本当なら王都を出立する際、馬くらいは支給されるのです。その際この馬具を使って、以後は冒険で出会った別の動物に付け替えていくものなんですがね』

「へー。じゃあ勇者ってのは、いろんな動物に乗っているんだ?」

『ええ。天馬勇者、ワイバーンナイト、ウルフライダー。いろんなタイプがいましたね。ただ、この鎧をゾンビに使用したのは、おそらくこれが初でしょう』

「へへ。じゃあ俺たちが、歴史の第一人者だな」

西寺式、ゾンビメイル。悪い気はしないな。

『そうなりますね。ところで主様、あなたは入浴しなくていいのですか?』

「あ。忘れてた」



つづく
====================

Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、
作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。
よければ見てみてください。

↓ ↓ ↓

https://twitter.com/ragoradonma

読了ありがとうございました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

ハクスラ異世界に転生したから、ひたすらレベル上げしながらマジックアイテムを掘りまくって、飽きたら拾ったマジックアイテムで色々と遊んでみる物語

ヒィッツカラルド
ファンタジー
ハクスラ異世界✕ソロ冒険✕ハーレム禁止✕変態パラダイス✕脱線大暴走ストーリー=166万文字完結÷微妙に癖になる。 変態が、変態のために、変態が送る、変態的な少年のハチャメチャ変態冒険記。 ハクスラとはハックアンドスラッシュの略語である。敵と戦い、どんどんレベルアップを果たし、更に強い敵と戦いながら、より良いマジックアイテムを発掘するゲームのことを指す。 タイトルのままの世界で奮闘しながらも冒険を楽しむ少年のストーリーです。(タイトルに一部偽りアリ)

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

オタクおばさん転生する

ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。 天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。 投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双

たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。 ゲームの知識を活かして成り上がります。 圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

処理中です...