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2章 夜の友

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「グエエエェエン!」

ルーガルーが絶叫する。奴の腕から出た血飛沫が、俺とフランにたっぷり降り注いだ。うわ、目の前が真っ赤だぞ?

「いまだ!」

悶えるルーガルーに、猟師たちがいっせいに襲い掛かる。斧で足を切りつけられ、ルーガルーはがくりと膝をついた。その背中に槍が突き立てられる。奴の口から血がドバっとあふれ出た。男たちは返り血も気にせず、一心不乱に武器を振り下ろす。グチャ!グジュ!ドシャ!

急に静かになった。猟師たちは荒い息をしながら、体を起こした。猟師たちの足元には、おびただしい血を噴き出した、毛むくじゃらの何かが転がっている。
ルーガルーは、死んでいた。

「はぁ、はぁ……よし、あとは巣穴だけだな」

いつの間にか復活したウッドが、目元にはねた血をぬぐいながら言う。俺は思わず声をかけてしまった。

「逃げこんだやつらも、殺すのか?」

ウッドは俺を見つめると、自分のシャツを引き抜いて、裾で血だらけの俺の顔をふいてくれた。

「奴らは賢い。仕返しに来るかもしれない。それに、さらわれた娘の行方もたしかめねえと」

俺は黙って顔を拭かれていた。ウッドはフランのことも拭こうとしてくれたが、フランは黙って俺の背中に顔を埋めると、ぐりぐり押し付けた。俺はしょんぼりとため息をつき、ウッドはそれを見てにやりと笑った。

「ありがとな、オウカ。お前のおかげで奴を倒すきっかけができた。後は俺たちが片付ける。怪我は無いな?」

「うん」

「よし。それじゃ、最後の仕上げだ」

俺たちは巣穴を取り囲むように、入り口に立った。中は暗くてよく見えない。猟師の一人が何かカチカチと打ち付けると、すぐに一本のたいまつが灯った。
炎に照らされ、洞窟の様子が明らかになった。ごつごつした壁面は、大体十メートルくらい奥へと続いている。あたりには獣の骨と、たくさんの毛皮が散らばって、うねうねと小山を作っている。その最奥、一番奥の暗がりに、逃げ延びたオオカミたちが尻尾を巻いて固まっていた。
ん?見間違いか?いや、確かにその後ろに、人の姿が見える。もしかして、さらわれたっていう娘さんか?

「娘が生きてる!みんな、オオカミどもから娘を守れ!」

「おお!」

猟師たちが洞窟になだれ込んでいく。男たちの怒声が壁に反響し、オオカミたちは半狂乱になっていた。必死に岩壁を登ろうとするも、あえなくすべって地面に転がり落ちる。そこに斧が振り下ろされた。グジャ!

「キャイィン」

「ギャーン」

あるものは尻尾を踏まれ、逃げられなくなったところで首を切り落とされた。ドシャッ。おびただしい量の血が洞窟の床を流れ、その一すじが少女のほうへと伝っていく。少女は呆けた様子でそれを眺めていた。

「あれ?」

ぽけっとする少女の横に、もう一人女の人がいる。二人?さらわれたのは一人じゃなかったか?女はぼさぼさの長い赤茶色の髪で、薄汚れた肌に獣の毛皮のようなものを巻き付けている。その女の人もまた、この光景を呆然と眺めていた。ところでこの人は、いったい誰だ?

「はぁ、はぁ、ふぅー。よし、みんな無事だな。やれやれ、ようやく終わったか」

オオカミを始末し終えると、エドは額の汗をぬぐった。ずいぶん鼻声だ。さっきルーガルーにもらった一撃で、鼻が折れてしまったんだろうか。エドはあたりをきょろきょろ見回し、呆けている女たちを見つけて声をかけた。

「よお、遅くなっちまったな。もう大丈夫だ、助けに来たぞ。お前と……どちらさんだ、そいつは?」

エドが謎の女を見て目を丸くする。ほかの猟師たちも、不思議そうに女を見つめていた。なんだ、誰も知らないのか?

「えぇー、お嬢さん。俺たちゃ、この近くの村のもんだ。いろいろ大変な目にあったんだろうが、ここにいるのもなんだ。とりあえず、俺たちの村までこねえか」

エドがひげをいじりながら話しかけるが、女は口を虚ろに開けたまま、何も言わない。エドは肩をぴくっと震わせると、イライラとこちらに振り返った。

「ちっ、俺は口がうまくねぇ。ウッド、お前代われ」

「まったく、そんな不愛想なもんだから、女子供が怖がって寄り付かないんだろ」

「うるせえ!」

ウッドはやれやれと笑って、エドと代わろうとした。その時、女がふらふらと立ち上がり、おぼつかない足取りで歩き始めた。

「な、なんだ?」

ウッドは困惑しながらも、とりあえずわきによける。だが女はそんなウッドの姿など目に入っていないようだ。女は一匹のオオカミの死骸のそばまで行くと、がっくりと膝をついた。

「どうしたの……ねぇ?」

か細い声で、女が呼びかける。え?オオカミに、話しかけているのか?

「起きてよ。鹿を狩ってきてくれるって、言っていたでしょう?」

女がオオカミの体に触れる。すぐにびくっと手を引っ込めた。女は指先を凝視している。
血だ。女の指は、オオカミの血でべっとり濡れていた。

「嫌。いや。いやああぁ」

「お、おい。あんた……」

見かねた猟師の一人が、女の肩に手を置く。

「触らないで!この人殺し!」

女は鬼のような形相で猟師の手を振り払った。猟師は絶句している。人殺しだって?

「人殺し!どうしてこの子たちを殺したの!殺してやる!バーヴが必ず、お前たちを皆殺しにする!」

「な、なんだこいつ……頭おかしいんじゃねえか」

女の異様なさまに、猟師たちは少しずつ後ずさりする。女は髪を振り乱し、口から泡を飛ばしながら喚き続ける。

「バーヴ!どこにいるの!こいつらを殺して!群れが襲われている!バーヴ!」

「ダメだ、いかれちまってる。オオカミどもにさらわれた恐怖で、どうかしちまったんだ」

「かわいそうに。おい、そっちを抑えろ。いずれにせよ、村まで引きずっていくしかないだろう」

猟師たちが二人がかりで、女を取り押さえる。女は激しく抵抗した。

「はなして!はなせ、この人でなし!」

「こら、暴れるんじゃない。あいた!」

女が猟師の手に噛みつき、猟師は手をはなしてしまった。女はそのまま洞窟の入口へ走って行ってしまう。ウッドが引き留めようと手を伸ばしたが、諦めたように頭をかいた。

「あ、おい!ちっ、しょうがねえな。獣にでも襲われて、野たれ死なれても夢見が悪い。追いかけよう。お前、大丈夫か?」

ウッドは座り込んだままの少女に話しかける。

「あ、はい。平気です……」

「よかった、あんたは無事だな。詳しいことは後で聞くとして、まずはさっさとここを出よう。獣臭くてかなわん。オウカ、そばについててやってくれ」

「あ、うん。わかった」

俺は少女のそばにかがみこんだ。

「立てる?肩、貸そうか」

「ううん、平気。一人で立てるわ」

少女は言った通り、すっと立ち上がった。思ったより元気そうだな。

「よし。いこう」

「ええ」

俺たちは洞窟の外へ向かう。ほかの猟師たちはさっきの女を追って先に出て行っていた。洞窟を出ると、そこにはルーガルーの死体にすがって泣きさけぶ女の姿があった。

「うわあああ!バーヴ!どうして、どうしてなのよ!うわああ!」

猟師たちは、弱り果てて女を見つめていた。

「おいどうするよ、この女。村に連れ帰っていいのか?」

「オオカミと長く過ごしすぎて、心がオオカミになっちまったんじゃねえか」

「おい、それなら人の心は忘れちまったのか?どうやってこのさき生きていくんだ」

「俺が知るもんか、ちっ」

俺たちはその様子を遠巻きに見ている。女はまるで恋人の首を抱くように、ルーガルーの毛むくじゃらの頭を抱えていた。本当に、自分のことをオオカミだと?

「あの人……」

隣の少女がなにかぼそりとつぶやいた。

「え?なんだって」

「うん……あの人ね、言ってたの。自分は……」

そのとき、視界の端で何かがもぞりと動いた。俺は慌てて少女を背中に隠すと、剣を構えなおした。なんだ?洞窟に積まれた、毛皮の山。その一つが、もぞもぞ動いているんだ。するとその毛皮の下から、一匹のオオカミが飛び出してきた!

「うわ、オオカミだ!まだ生きのこりがいた!」

「なんだって!?」

猟師たちは慌てて武器を構えるが、オオカミは風のような速さで猟師たちの足の間をすり抜けると、森のほうへと一直線に走っていく。

「くそ、逃がすか!」

ウッドは素早く石弓を装填すると、逃げるオオカミに狙いを定めた。引き金に力をこめる。
その刹那だった。

「だめえ!」

「っ!」

ルーガルーに抱き着いていた女が、突然、オオカミと石弓の間に身を投げ出したのだ。ウッドが息を飲むのが聞こえる。その指は引き金を離れていた。すでに、引いてしまっていたのだ。
トン!矢が的を射る、小気味いい音。

「ぁ」

女は何か小さなうわごとを残すと、糸の切れた人形のように、ぐしゃりとその場へ崩れ落ちた。



つづく
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読了ありがとうございました。
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8/18 内容を一部修正しました。
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