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1章 月の平原

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そこからは、よく覚えていない。俺はぐずぐずの斜面を猛スピードで転がり落ちて行って、天と地とが何度もひっくり返って、藪にしこたま突っ込んで……断片的だが、そんな感じだった気がする。

どすぅん!

「ぐえっ」

でっかい木にぶつかって、俺の体はようやく静止した。

「いってぇ!つうぅ~……」

『つくづく落ちるのが好きな人ですね』

「好きなわけじゃ……けど良かった、折れてはないな。アニもヒビ入ってない?」

『あの程度で壊れはしませんよ。私も、あなたも』

「いやいや、俺は人間だからね。あっさり壊れるよ、人間」

今まで奇跡的にケガをしてないけど、運が悪ければ全治何カ月じゃすまなかったかもしれないのだ。そう考えると、ちょっと恐ろしい……けれどもアニは、俺の言葉を否定する。

『あなたは人間である以前に、勇者ではないですか。頑強さは並の人間以上なんですよ?』

「え、そういうもんなの?その勇者っての、単なる肩書き?だと思ってたんだけど」

『なわけないでしょう。あなた、まだ召喚された事実を消化し切れていませんね?』

「いやぁ、漫画とかではよく聞くけどさ。流石に当事者になっちゃなぁ。すんなりハイそうですかとはならないよ」

『そうですか。あなたぐらいの世代の勇者は、大抵すぐ状況を受け入れますけどね。我々によく“ステータス”を要求しますよ』

「みんな適応能力高いなぁ」

その時ふと思ったけど、そうか。この世界には、俺以外にも勇者がいるかもしれないんだな。そのうち同郷の仲間にあえるだろうか。かつて俺がいた場所……もしかしたら、俺みたいな境遇だったやつも……

『……もしもし、聞いてますか?』

「へ、ああ。悪い、ちょっとぼーっとしてた。なんだって?」

『いえ、とはいえ頑丈さにかまけるのもよくないでしょう、と。用心に越した事はありませんから、ここでひとつ、護衛を召喚しておきませんか?』

「ごえー?」

『あなたはネクロマンサーですよ。本来は死霊を召喚して初めて戦闘が可能になる、後方支援系の能力です』

「あー……だよなぁ。俺もそういうイメージだ」

ゾンビの大群の中で、一人怪しげな術を行使する悪の魔術師……ネクロマンサーって、なんかそういう印象だ。自分で言ってて悲しくなる。

「でもなぁ……ゾンビなぁ……うーん」

『しのごの言ってられないと思いますよ。後ろを見てください』

「後ろ?」

後ろったって、俺がぶつかった巨木があるだけだ……けど、木にしては枝がほとんど無いな。つるっとした幹は、先に進むにつれてどんどん細くなっている。大きなタケノコみたいだ。

「変わった形の木だな?」

『でしたら、横に回り込んでみてください』

俺は言われた通りにぐるりと回り込む。するとすぐそばに、そっくりな木がもう一本生えている事に気付いた……いや待て、一本どころじゃない。一定の間隔で、同じ木がいくつも生えている。

「これってもしかして……牙?」

『おそらくは。大蛇か、もしくは竜のアギトではないかと』

竜!ドラゴンってことかよ!

「すごいな……この世界ってドラゴンまでいるの?」

『います。そうホイホイと出会うモンスターではないですが……骸があるということは、この森に生息している可能性があります。とすれば、ここは非常に危険な場所ということです』

「あ、やっぱりドラゴンってヤバイ感じ?」

『ヤバイ感じですね。履歴を参照すると……過去にブレスで跡形もなく吹っ飛ばされた勇者が二人います。それ以外にも噛み跡から腐食して溶けたのが一人、尾に潰されてペシャンコになったのが一人……』

「うわぁ……オッケー、わかった、想像するのはやめよう。とりあえず、安全第一ってのは俺も賛成。でもさ、死霊の召喚ってどうやるんだ?」

『既に一度やっているではないですか。あの骸骨剣士を召喚したのは、他でもないネクロマンスの力です』

あ、あれってそうなのか。ネクロマンスとしては意識してなかったけど、そう言われれば確かにそうだな。

『より具体的に言うなら、この世に未練を残して留まる魂を、自分の魂と同調させる事で使役を可能にします』

「んー……?」

『言葉より、実際に試したほうが早いかもしれませんね。でしたら、ここは好都合です。そこら中彷徨える魂ばかりですから』

え゛。マジ……?

「それって、幽霊ってことだよな?」

『ええ。意識すればあなたにも見えてくるはずです。集中して』

「むりムリ無理!俺、霊感なんてからっきしだよ!絶対見えない!」

『いや、そんな頑なに否定しなくても……だいたい、あなたの能力の関係上、そのうちいやおうなしに見えてきますよ』

そう言われると、本当に見えてきた気がする……いや、これ気のせいなんかじゃないぞ。俺の目は、青白い魂が辺りにふよふよ浮かんでいるのを、はっきり捉えはじめていた。

「見えるもんだね……」

『それがあなたの能力ですから。次は右手を出してください』

「み、右手?こうか?」

言われた通りに右手を突き出す。

『では、私に続いてください。これが始動語……あなたが能力を使う呪文になりますので』

「呪文?あれ、能力使うのって呪文いるんだっけ?」

『より高度な能力の使用をする場合、魔力の出力量を高めるために詠唱が必要なんです。簡単なものは省略できますが』

「へぇー」

『では、気を取り直して……我が手に掲げしは、魂の灯火カロン

「わが手に、え?なんだって?ていうか呪文って、そういう感じなの?」

『だからそうだって言っているでしょう。ほら、続いて』

まるでマンガか何かみたいだな。俺は少し恥ずかしかったけど、とりあえず素直にアニに続けることにした。

『「我が手に掲げしは、魂の灯火」』

『「汝の悔恨を我が命運に託せ。対価は我が魂」』

『「響け」』

『「ディストーションハンド!」』

ぶわぁっ!

「うおお!なんだ?」

俺の右手が!まるで陽炎のようにブレて、輪郭を失っている!

『今です!死霊の魂に触れてください!』

「えっ。こ、こうか!」

俺は近くに漂う青いもやに、実体を失った右手を突っ込んだ。ボンッ!その瞬間、もやは一度激しく燃え上がったかと思うと、その色を淡いピンクへと変えた。

「わっ。これは……?」

『成功です。これでその霊はあなたの軍門に下りました』

「おお……思ったより簡単だな?」

『今回は低級霊相手というのもありますがね。彼はレイス、霊魂型の死霊の中では最も下等な部類に入ります』

「へぇ。浮遊霊みたいなもんか」

『似たようなものです。ただし、純度は低いですね。この森には無数の残留思念が漂っているせいで、互いに溶け合っているようです』

ん、どういうことだ?幽霊同士溶け合ってる?俺はピンク色になったもや……もといレイスを眺めてみた。するともやの中にも、何かの形があるのがわかった。よ~く見てみると、それは無数により集まった人の顔だった。

「……!……!」

『どうかしましたか?』

「いや……アニの言ってる意味がわかったから……」

『はあ。よかったです』

とりあえず、忘れよう。これに手を突っ込んだことも、一旦忘れよう。

「そうだよ。今はこいつも俺の頼れる仲間なんだ。気味悪がっちゃ失礼だよな。よし、気にしない!」

『あまり頼りにはなりませんがね。レイスは実体がないので、護衛には不向きです』

「あ、そう……」

『ですが、偵察役にはうってつけです。もう二、三人レイスを使って、周囲を探ってもらいましょう』

「……わかった。ええっと、なんて呪文だったかな」

『あ、以降は最後の部分だけで大丈夫ですよ。あんな長々言う必要はありません』

「へ?じゃあ、なんで」

『最初の一回は、ああいう長い呪文のほうが趣があるでしょう?ほかの勇者には大変好評とのことで、私も取り入れてみました』

な、なるほど。アニがやたら俗っぽいのは、こういうのを真に受けてるからなのかもしれない。

『たいていは最初だけで、あとは面倒なので省略されることが多いです。レイス程度なら、始動語もいらないくらいですね』

「そっか。じゃあ、ちゃちゃっとやるかな」



つづく
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