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第二章 箱庭の発展と神の敵対者

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「当たり前だ」
 
 私は絞り出された呟きにそう答え、『透明箱トリックボックス』から身体をだすと、猫耳少年に剣を向けるクズの腕を『蜻蛉切』で切断した。

「…………へ?」

 間抜けな声を出したクズの肘から先が、地面に落ちた。

「なっ?! 誰だてめえ! どっから現れやがった!」

 もう一人のゴミは、いきなり現れたように見えたであろう私に驚き、慌てて立ち上がろうとする。
 私はそいつに向かって、呆けたまま自分の無くなった腕を見ているクズを蹴り飛ばす。

 蹴られたクズが後ろに倒れ、立ち上がりかけたゴミを巻き込んで倒れた。

「壁六枚、囲め」

 私は倒れたゴミクズ二人を壁で囲んで閉じ込める。

「ひぎゃぁぁ! 俺の腕がぁ!」
「うるせぇ邪魔だ! おら!」

 クズはようやく痛みと共に腕を失った事を理解したのか騒ぎだし。
 ゴミはクズを押し退け、壁に剣を叩き込んだ。

「くそっ! なんなんだよこれ!」
「ひぃいぃぃ!」

 しかし、そんな事で破れる程、私の壁は脆くない。

 私は箱に近付きながら、箱の大きさを小さくしていく。

「お、おい! 止めろ! このままじゃ!」
「ぎゃあぁ! 壁が迫ってくる!」
 
 上下左右前後、全てから壁が迫ってくる。
 すると最終的にどうなるのか……。
 それが想像できたのか、ゴミクズが必死に壁を破ろうともがいている。

「なんで俺達がこんな!」
「そうだ! 止めてくれ!」
「なんでだと? さっきの会話を聞いていた私に、お前らがそれを問うのか?」
 
 私が死んだ時に感じた思い。

 もっと友人と遊びたい、あの漫画の続きが読みたい、またジャンクフードを食いたい、そして、親父とお袋にもう一度会いたい。

 それはこの世界に転生して、仲間ができた今も無くならない。
 きっと、一生消えないものなんだ。

 だから。

 私を見捨てたあの運転手と、このゴミクズ共が被るから。
 「助けて」と言うあの子が、血溜まりに写った私に被るから。
 そして、あの子の友人家族。助けてあげられなかった人達の無念を理解できてしまうから。

 許せないのだ。

 先ほどコイツらの仲間を拷問した時に感じた恐怖や吐き気は、その激情に押し流されて消えてしまっている。

 殺す事に躊躇いを感じさせないこの激情を、“怨嗟”と呼ぶのかもしれない。

「そうだぁ! 剣をつっかえ棒にしろぉ!」
「なるほど! くそっ! ダメだ!」

 クズが言いゴミが実践するが、私の壁は剣をへし折りながら収縮していく。
 
「痛いぃ! 止めてぇ!」
「ぎゃあ! 足が!」

 ゴミクズ共は既に折り重なり、身体を極限まで小さくまてめているが、お互いの身体が邪魔をして、ついに骨の折れる音が聞こえはじめた。

 私は指を広げて箱に手を伸ばす。
 この指を握りしめたら、箱は手のひらサイズにまで完全に収縮する。
 当然中のゴミクズも圧縮される。

 だが、それがなんだ。
 もっと痛がれ、もっと怖がれ。

 そして……死ね。

「待てトンボ!!」

 私が伸ばして、今まさに握り締めようとした手を、フィレオのおっさんが掴んでいた。

「あ?」

 フィレオのおっさんは私の邪魔をすんのか?
 私は思わず《威圧》を込めてフィレオのおっさんを睨み付けた。

「くっ! 落ち着け! ……そやつらの所業を聞けば極刑も温いと俺様も思う。だから、殺すなとは言わん……」
「なら……!」
「だが、怒りや恨みで人を殺すな。それをすればお前のタガが外れる」
「タガ?」
「そうだ、一度タガが外れれば、次は更に容易に人を殺すようになり、終にはムカつくからという理由ですら人を殺す。タガの外れた人間の行き着く先は殺戮者の道だ」
「………………」
「俺様は俺様の友に、そしてリリーが姉と慕う貴様に、そんな道に進んで欲しくはないのだ」

 フィレオのおっさんが言い聞かせるように、私に言った。
 その瞬間、私の目の前に見えない壁が立ちはだかったように思えたのだ。
 人を殺すなら覚悟を持て。と、そう言う事なのか。

「…………すまん、ありがとう」
「うむ!」
「だが、コイツらを殺したい奴がいるなら止めもしねぇぞ」
「それでよい」

 ホッとしたように息を吐くと、フィレオのおっさんはゆっくりと私の手を放した。

 私は盗賊を箱に閉じ込めたまま、猫耳兄妹の方へ顔を向けた。
 私と目が合うと、猫耳少年は怯えたように息を飲み、妹を守るように強く抱き締めた。
 その腕の隙間から、猫耳幼女がジッと私を見つめていた。

「助けに来たぞ……遅くなって悪い」

 どっちもボロボロだ。
 特に猫耳少年の方は、妹を守る為に気を張り続けてまともに眠れていなかったのか、目に深い隈を作っているし、座った状態でも身体がふらついている。
 多分、飯もまともに食べられていないな。
 
 猫耳幼女の方は兄貴に守られていた分、多少はマシだが、それでも怖かっただろうし、不安だっただろう。
 
 もっと早く気付いてやりたかった。
 
「……お前達はそいつらをどうしたい?」
「……え?」
「許せないなら、好きにしたらいい。私は見なかった事にする」

 私は超えられなかったけど、一線を超えないと前に進めない奴だっている筈だ。
 だから、この兄妹が盗賊に復讐したいなら、私は止めない。
 それだけの事をされたのだから。

 二人は箱の中に押し込められた盗賊の方を見た。
 
「た、助けてぇ! もうしないからぁ! 謝るからぁ!」
「他の奴がやってたから真似しただけなんだ! 頼む助けてくれ!」

 私達の会話を聞いていたのか、盗賊達が命乞いをはじめた。

「黙れ……!」

 私が睨み付けながら箱を少し収縮させると、盗賊達は慌てて口を噤んだ。

「…………自分勝手だ。あなた達は自分勝手だ! トムもジジもダヤンもヒコも、みんな「止めて」「助けて」って言っていたのに、あなた達は笑っていたじゃないか! なのに自分の番になったら臆面もなく助けを乞うなんて、卑怯だ!」

 目から大粒の涙を流しながら、猫耳少年が自分の思いをぶつけた。

「なら、どうする?」

 私は心のどこかで、この兄妹が復讐してくれる事を期待していた。
 私が地球でできなかった事を、代わりに果たして貰いたかったのかもしれない。

 だから。

「…………でも、殺しません。父さんが伝え残してくれた事。それを……ミウの中で嘘にしたくないから……!」
「ミウも……ミウも盗賊さんを助けてあげるの。だって、ミウが「助けて」って言ったら、おねーちゃんが助けてくれたの」

 その答えを聞いた時、自分が酷く醜い人間に思えたんだ。

「…………そうか」

 スッと私の中で渦巻いていた暗い感情が消えていった。

「この二匹はピンとエメト。私の従魔だ。今からお前達の拘束を外して怪我を治してくれるから、怖がらないようにな」

 私は二人にピンとエメトを紹介して、二匹に指示を出す。
 エメトの《怪力》で拘束具を引きちぎり、ピンには《成分変換》でポーションになって、二人の傷を癒してもらう。

 ピンの《成分変換》はピンが学習すると、ポーション類や酒、調味料など、物騒な毒や酸以外にも様々な液体に成れると最近知った。
 というかセヨンが“ピンはどこまで《成分変換》できるのか”と実験して判明したのだが。

 なので、今ピンは暗殺者兼ヒーラーになっている。

「貴女達は誰……ですか?」

 拘束が外れ、少しは顔色が良くなった猫耳少年が、恐る恐るといった感じで聞いてきた。

「そういや自己紹介がまだだったな。私は冒険者のトンボ。こっちのおっさんがフィレオだ」
「うむ! フィレオ・フォン・ラプタスだ! お前達は俺様が責任を持って保護しよう!」
「フォン……って、き、貴族様ですか?! オレ……じゃなくて、わたしはスーラン領ピコット村のラウ・リーロットと申します! 妹はミウ・リーロット! 大変失礼いたしました!」

 猫耳少年……ラウは、地面に頭を擦り付ける勢いで頭を下げた。

「よいよい、今は己と妹の事を一番に考えよ」
「あ、ありがとうございます!」

 スーラン領は確か、ラプタスの隣領地だったはず。
 
「トンボねーちゃん?」
「ん? ミウだったよな。どうした?」

 猫耳幼女がいつの間にか私の服を引っ張って呼んでいた。
 私がしゃがんで目線の高さを合わせると、辛かった筈なのに、ニッコリと笑って。

「助けてくれて、ありがとうなの!」

 そう言ったんだ。

「っ!」

 ああ、そうだよな。
 私が望んでいたのは平穏だろうに。
 怨みとか復讐なんて、真逆だって話だよな。

「私の方こそ、二人のおかげで心の平穏が保たれたよ。ありがとな」
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