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1章.無能チート冒険者になる
31.無能チートの命懸けのチート・前
しおりを挟む私はその言葉を聞いた途端、走り出していた。
オークの別動隊を発見したとカルロスが報告した時に、オークの本隊と冒険者だけで戦えば、2割は死ぬかもしれない。
ギルマスが悲痛な顔でそう呟いたんだ。
あそこにいた冒険者の2割が死ぬ?
そんな事、到底許せるものじゃない。
いくら彼らの覚悟が決まっていても、いくら彼らが笑って戦いに臨んでも、私がそれを許さない。
恩には恩を、仇には仇を。
私の恩人達を殺そうというのなら、オークは、このスタンピードは、私の敵だ。
「おっちゃん! いる?!」
私はフィレオの道具屋の扉を乱暴に開けた。
「なんだ?! どうした娘っ子!」
店内では、丁度おっちゃんが木箱を運び出そうとしている所だった。
木箱の中には私の求める物がきっしり詰まっている。
ナイスタイミング。自然と頬がつり上がる。
「おっちゃんそれ売って、お金は後払いでよろしく!」
「あっ! おいっ! 待て、待たんかっ!」
返事も聞かず、私は積んである木箱のひとつをアイテムボックスで運び出す。ごめんねおっちゃん、お説教は後で聞くよ。
「トンボ!」
「セヨンさん、戻るよ!」
店の外に飛び出ると、私を追いかけてきたセヨンさんと鉢合わせた。
いかん、感情が振り切って説明せずに走り出したんだった。でも丁度いいので、そのまま私のやりたい事を説明して、手伝って貰おう。
「トンボ、悪い顔してた、次はなに、考えてる!」
「悪い顔ってなんですか?! 悪い顔って!」
「ロジャーの時、オークの時、軍団長の時、同じ顔、してた!」
「くっ、常習犯だった?!」
この顔を見たら110番、みたいなことになってるなんて。
しかし、今はそんな事気にしてる場合じゃない!
「セヨンさん! 今からオークを殲滅します!」
「なに言ってる?! それ、他の冒険者の仕事!」
案の定セヨンさんは反対してきた。私の安全を、一番に考えてくれているんだろう。
「それじゃあ、2割の冒険者は死ぬんでしょ?! 私はそんなの嫌だ!」
「バカっ!!」
滅多に出さない大声を出し、セヨンさんが両手を広げて、私の前に立ち塞がった。
思わず立ち止まり、私はセヨンさんと睨み合った。
「セヨンさん、私は冒険者の皆を助けたい! だからセヨンさんの力を貸して!」
私がそう言うと、セヨンさんは顔を伏せ、震える声で慟哭するように言ったんだ。
「トンボが……トンボがそんなことする必要ないでしょ! ワタシはトンボが無事なら、他の冒険者が危険になっても構わない……! ワタシは、トンボが思ってる程凄い冒険者じゃないんだよ。本当は自分の事で精一杯なのに、背伸びしてトンボに頼られるような冒険者を演じてるんだ。だから、頼むから危ないことしないでよ。ワタシにトンボを守らせてよ……!」
セヨンさんが、泣いていた。
心の奥に秘めていたモノを全て吐き出すように、そう言ったんだ。
セヨンさんにそこまで言われたら、私の答えは決まっている。
「セヨンさん……わかりました」
「トンボ……」
顔を上げたセヨンさんの目元が、少しだけ赤くなっている。
私はセヨンさんに微笑んで声を掛けた。
「わかりましたよセヨンさん。なら、自分と私を全力で守ってください! 他の冒険者は私が守りますから!」
セヨンさんは口を開けて固まり、目を見開いて暫し言われた事を理解すると。
「なんで! そう! なったー?!」
爆発するように叫んだのだった。
「ほらっ、行きますよセヨンさん!」
大きな手甲で小さな頭を抱えて、天を仰ぐセヨンさんの横をすり抜け、私はセヨンさんを促した。
「違う! ワタシが、恥ずかしさとか、心苦しさとか、切なさを、暴露したのに、なんで、そんな反応なの!」
「いや、セヨンさんの事は心の底から尊敬してますけど、そんな凄い冒険者とは思ってませんよ!」
私の後をすぐに追ってきたセヨンさんが、なんか面倒な恋人のようなことを言っている。
だから私は、思っているままを伝えた。
「しっ、失礼! トンボ、凄い、失礼!」
「はっはっはっ! Dランク冒険者がそんな凄い訳ないじゃないですか!」
「元はCランク! Dランク落ちたの、トンボが、喧嘩っ早かった所為!」
「Cランク冒険者はかなりの数いましたよぉ? そこまで凄いんですかぁ?」
「ぐがっ……この……」
Cランクは、それなりに依頼をこなしていけば、案外容易になれるランクなのだ。Bランクからが一流と言われる冒険者になる。
セヨンさんは20年近く冒険者をしていたし、Cランクにはなって当たり前感あるよね。
追い討ちを掛ける私に、さっきとは別の意味で泣きそうなセヨンさん。
でも、本当に伝えたいのは、そうじゃないんだ。
「ごめんセヨンさん、からかい過ぎた。セヨンさんが本音を話してくれて、嬉しくて、でも恥ずかしかったからさ。例えセヨンさんが凄くなくても、私にとって一番の冒険者はセヨンさんだよ? 頼りになって、叱ってくれて、どんなに無茶なことをしてもついてきてくれて、私を守ってくれる。最高の仲間だもん!」
「トンボ……それだと、ワタシ、体のいい、肉壁みたい」
「なにぃ?! 確かに最後の方だけ抜き出すとそれっぽく聞こえるー!」
それ以前に私の恥ずかしさとか、心苦しさとか、切なさはどうしてくれるんだ!
「くふふっ」
「あははっ」
「仕方ない、ワタシ、トンボ守る! だから、他の冒険者、トンボ任せる!」
「よっしゃー! ラプタス最強の矛と盾、グル・グルヴの出撃だ!」
暫く見合って、どちらからともなく笑いだした私とセヨンさん。
お互いに気合いを入れ直し、笑ったまま東門に向かった!
そうそう、冒険者なんだから笑っていこう!
それが例え、命懸けの戦いだとしても。
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