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第五章:血の旅人
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「さて,おれも首相に交渉に行ってくるか」
「良い結果をお待ちしております」
ブライアンが静かに頭を下げる。身だしなみを整え,ジャッシーが出発しようと扉に手を触れた。
すると――。
「すみません。リフェイル合衆国の,パウダント新聞社の者です。さっさとこのドア,開けてください」
何となく聞き慣れたような,男性の声が外から聞こえてきた。
「まだ,馬鹿が一人残っていたか」
ジャッシーは新聞社の者がまだいたのだと思った。
「おかしいですね。みんな行ってしまったと思ったのですが……」
眉を八の字にし,首を傾げるブライアン。
ジャッシーが固まったまま扉を見つめていると,やがて外の景色が開かれた。
ジャッシーは唖然とした。そこには,革製の旅人の服を身にまとう目つきの悪い“悪魔”が一人立っていたのだ。
「お前は……マイケル!?」
イジメッ子であったマイケルが,まるでジャッシーを見下しているかのような眼差しでこちらを見ていた。
――なぜ,この男が。理解不能であった。
「おい」
と,マイケルは強い力でジャッシーの肩を叩いた。
「あいつは……スウェンはいるか」
それを聞き,ジャッシーはマイケルが何か企んでいると思って彼を睨みつけた。
「……あ? スウェンに何か用か。
昔のように彼を傷付けることをするなら,今すぐ帰ってもらうが」
マイケルは舌打をし,ズカズカと船内に入ってきた。そして,ロビーにあるソファに図太く腰かけた。
「んだよ,テメェ。あいつをイジメるために,おれはここまで来たんじゃねぇ」
と言うと,ポケットから煙草を取り出しては火をつけて吹い始めた。ブライアンの「船内禁煙です」という言葉もまるで無視。
偉そうな口調で,マイケルは続けた。
「おれは旅人になったんだよ。ここに来て,あいつに会うために。
……恩返しをしようと思ってな」
吐出煙と共に吐き出された意外な言葉。ジャッシーは自分の耳を疑った。
「お前が……スウェンに恩返しだと」
「ああ。悪ぃか? おれは……おれがデカヘビに殺られそうになったあの日から,スウェンに助けられたことを忘れられねぇ。自分が情けねぇよ」
ジャッシーは,じっとマイケルのことを見つめる。
たしかに彼の目つきはキツイのだが,町にいた頃よりも顔付きは何となく優しくなった気がした。嘘を言っているようにも思えなかった。
ジャッシーは黙って彼の話を聞こうと思った。
「おれはこれから,スウェンに尽くすぜ。言葉だけじゃあ,今までおれがしてきたことは絶対に許されねぇんだ。だから,おれも一緒に戦わせてくれ」
マイケルはそう言い放つと,拳をボキボキと鳴らせた。
ジャッシーは,複雑な気持ちであった。マイケルが嘘をついているようには見えないが,やはりまだ信じきれなかった。ジャッシーは戸惑いつつ,口を開いた。
「……軍の決定権は全てオレにある。
よって,お前に参戦許可を与えることはできない」
「なんでだよ」
「お前に,人が殺せるか? おそらくそれは無理だろう。一般人を戦いに出すほど我が国は甘くはない」
それを聞き,マイケルはキッとジャッシーを睨む。
「カス王子がっ。それじゃまるで,おれが弱者みてぇじゃねぇか。こっちも半端な気持ちじゃねえんだ。戦争の恐ろしさは知らねぇけど,おれは,たとえ自分が死んだって構わねぇんだ」
「……何を」
「でも勘違いすんなよ。テメェらの為に命を捨てるんじゃねえ。スウェンの為に戦うんだ。死ぬ覚悟がねぇと,おれはここにはいなかった」
マイケルは殺したくなるほど非常識で最低な人間だが,そんな奴でもちゃんと“心”があるのだとジャッシーは知った。
沈黙の間,マイケルは急にジャッシーの方を向いた。
「――まさかテメェなんかが,エルフィン王国の王子だったとは」
嫌味全開でマイケルが言う。ジャッシーは腹が立った。
「……ふん。お前なんかにオレの正体は知られたくなかったな」
「……あんだと?」
マイケルは舌打ちをし,吐出煙をジャッシーの顏に吹き掛けた。それでも,平静を装い,ジャッシーは言った。
「――それで? 恩返しといっても,何をしようとここまで来た?」
するとマイケルは,火を消さずに煙草をポイと床に捨ててしまった。すかさずブライアンが火を消しに行く。
マイケルの一つ一つの行動は,ジャッシーの気に障るものであった。
「おれはこれから,スウェンに尽くすぜ。言葉だけじゃあ,今までおれがしてきたことは絶対に許されねぇんだ。だから,おれも一緒に戦わせてくれ」
マイケルはそう言い放つと,拳をボキボキと鳴らせた。
ジャッシーは,複雑な気持ちであった。マイケルが嘘をついているようには見えないが,やはりまだ信じきれなかった。ジャッシーは戸惑いつつ,口を開いた。
「……軍の決定権は全てオレにある。
よって,お前に参戦許可を与えることはできない」
「なんでだよ」
「お前に,人が殺せるか? おそらくそれは無理だろう。一般人を戦いに出すほど我が国は甘くはない」
それを聞き,マイケルはキッとジャッシーを睨む。
「カス王子がっ。それじゃまるで,おれが弱者みてぇじゃねぇか。こっちも半端な気持ちじゃねえんだ。戦争の恐ろしさは知らねぇけど,おれは,たとえ自分が死んだって構わねぇんだ」「……何を」
「でも勘違いすんなよ。テメェらの為に命を捨てるんじゃねえ。スウェンの為に戦うんだ。死ぬ覚悟がねぇと,おれはここにはいなかった」
「どんなに覚悟を決めても,実力がなければ駄目だ」
ジャッシーが「いい」と言わないのにイラついたのか,マイケルは勢いよく立ち上がった。怒った顏をしてジャッシーの足元に唾を吐く。彼が来てから,船内はどんどん汚されていく。
「だったらどれだけおれが戦えるか,試してみろよ!」
マイケルは張り切っていた。
「オレと戦う気か?」
「テメェに勝てば,文句はねぇだろ!」
「……面白い。手加減はしないぞ」
ジャッシーは鼻で笑った。幼い頃,殴り合いでマイケルたちをボコボコにしてやったことを思い出した。
「ブライアン。こいつに新品の斧を武器庫から持ってきてやれ。そんな錆びた武器では,互角に戦えん」
「は。ただ今」
ブライアンがロビーを去って行った後,ジャッシーはマイケルと共に表に出た。
「テメェには負けねぇ」
そんなマイケルの言葉が,おかしくてたまらなかった。
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