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第四章:八年間の友情
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――これはきっと,夢の中だ
現実では今頃,自分はベッドの中でうなされているだろう――スウェンは,必死にそう思った。
髪を掻き揚げ,ジャックはまだ続ける。
「お前は戦の計画に使える,一つのコマに過ぎなかった。エドガーの強さは並のものではない。だから裏でリフェイル合衆国の大統領と交渉し,スウェンの力を借りようと考えたんだ。I・Bの力を持つお前なら奴を倒せる,その可能性は十分にあるからな……」
「勝手に,何をしているんだ? 俺にまた人を殺せって言うのか!」
「ああ……出来るだろ? 誰よりも強いお前なら大丈夫だ」
無神経に,彼は酷いことを言う。スウェンはまたショックを受けた。
「――あの日あの時,オレたちが出会ったのは運命なんかじゃない。計画のために,オレが事前にスウェンに近づいたんだからな……。イジメから救ったのも,友だちになったのも全て,I・Bが目的でやったまでのこと……」
頭が,ギシギシした。なんて惨いことを言われているのだろう。
もう何も言ってほしくなかった。もう,これ以上,何も。
――耐えられない
スウェンは,床を眺めた。
「お前の町は遠かったけど,航空機で毎日通ってたから苦労はなかったんだ。すまん……スウェン。嘘ばっかりだな。今日限りは,だから,全部正直に言いたい」
「…………」
「はっきり言って,初めてお前と出会った時はガッカリした。いくら子供とはいえ,あまりに貧弱で内気な性格で――到底,戦闘ができるような人材ではなかった。それゆえスウェンが十五歳の時に鎌を渡し,強くさせてやろうと狩りを教えたんだ。武器も,いいものじゃないといけない。……さっき,預けている間に,鎌の刃を鍛えさせてもらった」
スウェンは輝く鎌の刃を見る。苦笑するしかなかった。
容赦なく語られるこの話は,いつ完結するのだろうかと,ぼんやり考えていた。
それからそっと,スウェンは言った。
「それじゃあ,お前。エドガーがI・Bの手掛かりとなると言っておいて,そのまま俺に戦わせようとしたのか」
「違う。それは偶然だ。ただ,エドガーは極秘主義で,世に顏を出すことが一切ない。奴の存在を知る者は,本当に極わずかだ。オレも,奴がI・Bとどう関係しているのかよく知らないしな……」
――わざとそんなことほざいてやがるのか?
心の中でスウェンはぼやく。
「要するにな……オレはお前を利用しようとしたんだよ。王子として,国のために。
ただ,一つだけ……一つだけどうしようもない大きな問題があったんだ」
彼の声が,震えている。スウェンはそっと,顏を窺った。
そしてスウェンは,唖然とした。彼が,その美しい瞳から,ポロリと涙を流していたのだ。
涙と共に,ジャックは心の叫びをスウェンに訴えるのだった。
「スウェン……お前はとんでもなく人柄がよすぎる。オレはずっとスウェンを見てきて,スウェンと時を過ごしてきて初めて“親友”だと呼べる相手に出会ってしまったんだ。オレに友だちなんて一人もいなかったのに。
……だから,これ以上お前を騙すことなんてできない!」
いつも明るく,頑固者の彼の真の姿がこれなのか――。
「ごめん,ごめんよスウェン……。お前を傷付けてしまって。これからは君を利用するのではなく――共に戦っていきたいんだ」
その言葉を聞くと,スウェンの心は揺さぶられた。
――しかし。
(もうたくさんだ……)
――こんな時,最低な人間はどんな行動を取るのだろう。
殴るか,蹴るか。暴言だけで済ませるか。
第一にここで許す人間なんていない。もちろんスウェンも同じ。
逆に,怒りが込み上げてきた。
スウェンは鬼と化した。
「馬鹿野郎っ! 言いたいことだけ言いやがって。よくも騙してくれたな!
俺は……俺は最初から弱い男なんだよ!!」
「……スウェン」
口任せなことを言ってしまった。
止まることのない涙を流す彼の顔面には,スウェンの拳が。痛々しい音が,部屋中に響いた。
周囲がぱっと見えるようになった。みな暗い顏をして,こちらに顏を向けていた。
「俺は,何も,知らなかったんだな。もうどうでもいい。終わりだよ,全て終わりだよ。ジャッシー王子? さよなら。永遠に,さよならだ!」
強めにそうスウェンは言うと,椅子を蹴り飛ばした。惨めな自分に苛立ち,親友だった男に腹を立てた。
今すぐにでも,この重苦しい空気の中から逃げ出しかった。
スウェンは王子のことをキッと睨みつけ,扉の外へ飛び出した。
「――あ。ちょっとスウェン! どこ行くの待ちなさいよ!」
忌ま忌ましいあの声。エイダだ。
(どこ行くって? 決まっているだろ。この下らない現実からおさらばして,遠い町へぶっ飛んでいくんだよ)
スウェンは泣きたいのを無我夢中で我慢して,疾風のごとく走り続けた。
自分の涙を,決して他人に見せたくなかったからだ。
現実では今頃,自分はベッドの中でうなされているだろう――スウェンは,必死にそう思った。
髪を掻き揚げ,ジャックはまだ続ける。
「お前は戦の計画に使える,一つのコマに過ぎなかった。エドガーの強さは並のものではない。だから裏でリフェイル合衆国の大統領と交渉し,スウェンの力を借りようと考えたんだ。I・Bの力を持つお前なら奴を倒せる,その可能性は十分にあるからな……」
「勝手に,何をしているんだ? 俺にまた人を殺せって言うのか!」
「ああ……出来るだろ? 誰よりも強いお前なら大丈夫だ」
無神経に,彼は酷いことを言う。スウェンはまたショックを受けた。
「――あの日あの時,オレたちが出会ったのは運命なんかじゃない。計画のために,オレが事前にスウェンに近づいたんだからな……。イジメから救ったのも,友だちになったのも全て,I・Bが目的でやったまでのこと……」
頭が,ギシギシした。なんて惨いことを言われているのだろう。
もう何も言ってほしくなかった。もう,これ以上,何も。
――耐えられない
スウェンは,床を眺めた。
「お前の町は遠かったけど,航空機で毎日通ってたから苦労はなかったんだ。すまん……スウェン。嘘ばっかりだな。今日限りは,だから,全部正直に言いたい」
「…………」
「はっきり言って,初めてお前と出会った時はガッカリした。いくら子供とはいえ,あまりに貧弱で内気な性格で――到底,戦闘ができるような人材ではなかった。それゆえスウェンが十五歳の時に鎌を渡し,強くさせてやろうと狩りを教えたんだ。武器も,いいものじゃないといけない。……さっき,預けている間に,鎌の刃を鍛えさせてもらった」
スウェンは輝く鎌の刃を見る。苦笑するしかなかった。
容赦なく語られるこの話は,いつ完結するのだろうかと,ぼんやり考えていた。
それからそっと,スウェンは言った。
「それじゃあ,お前。エドガーがI・Bの手掛かりとなると言っておいて,そのまま俺に戦わせようとしたのか」
「違う。それは偶然だ。ただ,エドガーは極秘主義で,世に顏を出すことが一切ない。奴の存在を知る者は,本当に極わずかだ。オレも,奴がI・Bとどう関係しているのかよく知らないしな……」
――わざとそんなことほざいてやがるのか?
心の中でスウェンはぼやく。
「要するにな……オレはお前を利用しようとしたんだよ。王子として,国のために。
ただ,一つだけ……一つだけどうしようもない大きな問題があったんだ」
彼の声が,震えている。スウェンはそっと,顏を窺った。
そしてスウェンは,唖然とした。彼が,その美しい瞳から,ポロリと涙を流していたのだ。
涙と共に,ジャックは心の叫びをスウェンに訴えるのだった。
「スウェン……お前はとんでもなく人柄がよすぎる。オレはずっとスウェンを見てきて,スウェンと時を過ごしてきて初めて“親友”だと呼べる相手に出会ってしまったんだ。オレに友だちなんて一人もいなかったのに。
……だから,これ以上お前を騙すことなんてできない!」
いつも明るく,頑固者の彼の真の姿がこれなのか――。
「ごめん,ごめんよスウェン……。お前を傷付けてしまって。これからは君を利用するのではなく――共に戦っていきたいんだ」
その言葉を聞くと,スウェンの心は揺さぶられた。
――しかし。
(もうたくさんだ……)
――こんな時,最低な人間はどんな行動を取るのだろう。
殴るか,蹴るか。暴言だけで済ませるか。
第一にここで許す人間なんていない。もちろんスウェンも同じ。
逆に,怒りが込み上げてきた。
スウェンは鬼と化した。
「馬鹿野郎っ! 言いたいことだけ言いやがって。よくも騙してくれたな!
俺は……俺は最初から弱い男なんだよ!!」
「……スウェン」
口任せなことを言ってしまった。
止まることのない涙を流す彼の顔面には,スウェンの拳が。痛々しい音が,部屋中に響いた。
周囲がぱっと見えるようになった。みな暗い顏をして,こちらに顏を向けていた。
「俺は,何も,知らなかったんだな。もうどうでもいい。終わりだよ,全て終わりだよ。ジャッシー王子? さよなら。永遠に,さよならだ!」
強めにそうスウェンは言うと,椅子を蹴り飛ばした。惨めな自分に苛立ち,親友だった男に腹を立てた。
今すぐにでも,この重苦しい空気の中から逃げ出しかった。
スウェンは王子のことをキッと睨みつけ,扉の外へ飛び出した。
「――あ。ちょっとスウェン! どこ行くの待ちなさいよ!」
忌ま忌ましいあの声。エイダだ。
(どこ行くって? 決まっているだろ。この下らない現実からおさらばして,遠い町へぶっ飛んでいくんだよ)
スウェンは泣きたいのを無我夢中で我慢して,疾風のごとく走り続けた。
自分の涙を,決して他人に見せたくなかったからだ。
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