【完結】Good Friends

朱村びすりん

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第三章:毒の煙

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――「そんなことがあったのね……」
 ユイコの話は,その場にいた全員を暗い顏にさせた。エイダも心が締め付けられた。
「……クリスおじさんは死んじゃったけど,あたしはこの森を守るって決めたんだ。おじさんの生きた証だから。毒の煙のせいで下半身は動かないけど――馬クラブのおかげで生活していけるし」
 強い口調であったが,彼女の表情は固かった。
「でもね,あたし,自分が許せない」
 と,ユイコは拳をギュッと握った。
「もし,あたしが毒の煙を吸っていなかったら……もし,自由に動ける体だったら……クリスおじさんを助けてあげられたかもしれない」
 そう言うと,彼女は突然自らの両足を強く叩き始めた。先ほど出会ったときの明るい笑顔は,どこにもなかった。

「自由に歩ければ,あの時おじさんを止められたかもしれないのに……。

あたしがいけないの。あたしが……。

こんな無力のあたしが……」
 今にも泣きそうな声。
そんな彼女を見て,スウェンもジャックもうつむいたままだった。
 彼女は何も悪くない。ただ平和に暮らしたいだけなのに,こんなに辛い想いをしている彼女が見ていられなくて――
 エイダは,ユイコに寄り添い抱き締めた。
「……そんなこと言ってても,クリスおじさんは帰ってこないわ」
 厳しい口調で言った。
「あなたがそうやって自分を責めてたら,クリスおじさんが悲しむわよ。さっきの笑顔はどこに行ったの?」
 しばしの沈黙。
 牧場に流れる風が,囁き声を残して通りすぎた。
 のどか,という言葉が似合う場所。
 そして,クリストファーという一人の人間が命を絶った場所。
 もう一度,風が小さく流れた時。
 ユイコは口を開いた。
「ごめんなさい」
 空を見上げ,必死に笑おうとしているのが伝わってきた。彼女は強い――エイダはそう思う。
「ごめんなさい」
 彼女はもう一度だけ,空に向かって呟いた。
 エイダたちに言っているのか,クリストファーに対して言っているのか,それともあの青空に言っているのか,たぶんそれは,ユイコ本人にも分からなかった。
 また静寂が訪れ,誰も何も言わなくなった。エイダは彼女から離れ,空を眺めた。
 気が詰まるような雰囲気の中,この沈黙を破ったのはスウェンだった。
「飯,どうする?」
 場を和ませようとわざと言ったのか,ただ単に空気が読めていないだけなのだろうか。スウェンが場違いなことを言うので,全員が一瞬戸惑った。
 しかしジャックがすぐさま笑顔になり,ユイコに聞いた。
「そうだな! 食料とかってあるのか?」
 ジャックの問いに,ユイコは微笑んだ。
「あんまりないよ」
 それを聞くと,スウェンが拳骨をボキボキと鳴らした。
「よし! それなら狩人の出番だな。俺とジャックで行ってくる」
「それじゃあ私は,料理担当するわ」
「決まりだな」
 それぞれの役割が決まったとき,ユイコが手を上げて言った。
「約束して! この森の動物たちは,殺さないで」
 ユイコの目は本気だった。
 仕方ないことではあるが,スウェンもジャックも戸惑いを隠せないようだった。
「じゃあ――どうすればいい?」
 その問いに,ユイコは無邪気に笑い,牧場の向こう側を指差した。
「牧場越えたところに山があるから,そこならいいよ!」
 少し遠くの方には,頭に雲を被った立派な山が見えた。
「あそこまで行くのにどのくらいかかる?」
「すぐに行けるよ!」
 スウェンとジャックは顏を見合わせ,何も言わずに頷いた。
「分かった」
「行ってらっしゃい」
 勢いよく二人は走りだし,まるで少年のように騒いでいた。
(仲がいいんだね)
 エイダは,ちょっとだけそんな二人が微笑ましく見えた。
「じゃあ,二人が戻ってくるまでエイダさんは部屋で休んでて」
「ええ」
――ユイコは部屋まで案内してくれた。
 シンプルな構造で,中央に小さなテーブル,小窓のすぐに横にベッドがひとつあるだけだった。
 クリストファーが使っていた部屋だろう――エイダはそう気づく。
「何かあったら言ってね! あたしは,牧場にいるから」
「分かったわ,ありがとう」
 ユイコはニコニコしながら,「それじゃあ」と言って部屋を出て行った。
――なんて強い子なんだろう。エイダはそう思わずにはいられなかった。
 両親と生別し,救済場所で出会った大切な人を失い,若くしてたった一人で馬を養い暮らしている――しかも毒の煙のせいで下半身障害者。
 エイダの想像を絶するほど,彼女が苦労してきているのは間違いない。
 エイダはベッドに座り,ため息をひとつ。
「私は弱い人間だわ……」
 ぼんやりそんなことを呟いた。
 ユイコにあんな偉そうな発言をしたが――,自分は彼女ほど強くない

 彼女のように,私は笑えない
 彼女のように,私は強い心を持つことはできない
 私の心は,小さくて弱いものだから……

 エイダは無意識に,歌を唱えていた。この瞬間,なぜか涙が流れた。

――ほら,私はダメな人

 冷たい雫を,何度も何度も拭う。しかし,止まってくれるはずもなかった。
「これから,どうやって生きていけばいいの……?」
 誰に聞いていいか,分からない質問だった。
 両腕の皮膚が,少しだけ痛みだす。
 ベッドに横になり,エイダはしばらく泣き続けた。
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