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第三章:毒の煙
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両親との別れも惜しまず,ユイコは旅行気分でいた。ただ車椅子での移動は,非常に困難であった。
大型船に乗り込み,名前すら知らない50人前後の子どもたちと共にリフェイル合衆国へ向かう--。五十人では狭すぎる部屋に,皆無言で座っている。船内も暗く,この空気にユイコは潰されそうになった。
食事は一日三食。栄養バランスはしっかり考えられている献立ではあったが,その量は腹が満たされないほど少ないもの。
その雰囲気の中では,友だちも作れない状態だった。
――皆,故郷から離れることに哀しみを感じていたに違いない。
結局,誰とも会話を交わすことなく船の旅は終った。
――船に揺られて約一週間,ユイコを待っていたのは一人の中年男性であった。
立派な黒馬に乗り,筋肉もりもりで――俗に言う“ハードマッチョ”な人だった。男らしい角刈りに,くりくりの優しそうな瞳。
名前はクリストファーといった。
「よろしく」
彼はそれだけ言うと,ユイコを腕の中に包みこんで二人乗りの状態で馬を走らせた。
初めて馬に乗ったユイコは,あまりの高さに多少の恐れがあった。しかも思った以上に,馬は走るのが速い。
クリストファーはずっと無言のままだった。
人見知りする間もなく,空気の澄んだ森の中に差し掛かった。野生の鳥やリス,鹿の親子連れなど,動物たちが皆伸び伸びと暮らしていた。
ユイコの故郷の雰囲気とは大違いであった。
森の中の景色を見ていると,急に馬が止まる。目の先にはいつの間にか小屋があった。
「着いたぞ」
と言って,クリストファーはユイコを降ろし,事前に用意してくれていたという車椅子に座らせてくれた。
「おじさんのお仕事は,なに?」
それは,彼に対しての第一声である。
馬具を馬から外し,クリストファーは渋い声で話した。
「馬クラブを経営してるんだ」
「うまくらぶ?」
これだけでは,具体的なことが分からなかった。
クリストファーは,また何も言わずに手招きをする。彼の後を付いていくと,小屋の近くには全く樹木がない辺り一面草原のような場所があった。
「馬たちの,牧場だよ」
そう言って,クリストファーは馬を自由に走らせてやった。遠くの方に別の黒馬がたくさんいて,その中に混じっていく。
「オレは一人暮らしだ。そして,42頭の馬を養なっている」
口数の少なかったクリストファーが,自分のことを語りだした。
黙ってユイコは耳を傾ける。
「生まれた時からこの森に住んでいてな。数年前は妻と子どもの三人で暮らしていた。だがある日の夜,森が賊に襲われて一部樹木を燃やされた。そしてオレの家族は奴らに拉致されたんだ……」
彼の声が震えている。表情は,切ない。彼に似合わない顏をしていた。
「オレが家族を守らないといけないのに,……本当に情けない。もうあんな思いはしたくなかった……。だから元々は乗馬クラブを経営していたが,その馬たち一頭ずつに特有の能力を仕込んだ」
と言うと,クリストファーは突然,
「ラリアーリアラー!」と,不思議な言葉を大声で放った。
すると,それまではのんびりしていた馬たちが,一斉にこちらに向かって駆け出してきた。
ものすごい地響き――ユイコは圧倒される。
あっという間に四十二頭の馬たちが二人の前に集結した。
「こいつらは,優れた能力をひとつずつ持っている。乗馬,狩り,臭覚,聴力,視力,気配感知……本当に様々だ」
ユイコは四十二頭の馬たちをまじまじと見る。見た目だけでは分からないが,凄いことだと思った。
「こいつらの能力を活かして,オレは賊から森を守り続けることにしたんだ。木の一本も燃やさせない,動物の一匹も殺させやない。それがオレに唯一できることなんだ」
ユイコは心打たれた。
家族を失ったことに哀しむだけではなく,家族を奪った賊と戦っていくという彼の姿に。その決意は,強い人にしかできないものだと感じたからだ。
大型船に乗り込み,名前すら知らない50人前後の子どもたちと共にリフェイル合衆国へ向かう--。五十人では狭すぎる部屋に,皆無言で座っている。船内も暗く,この空気にユイコは潰されそうになった。
食事は一日三食。栄養バランスはしっかり考えられている献立ではあったが,その量は腹が満たされないほど少ないもの。
その雰囲気の中では,友だちも作れない状態だった。
――皆,故郷から離れることに哀しみを感じていたに違いない。
結局,誰とも会話を交わすことなく船の旅は終った。
――船に揺られて約一週間,ユイコを待っていたのは一人の中年男性であった。
立派な黒馬に乗り,筋肉もりもりで――俗に言う“ハードマッチョ”な人だった。男らしい角刈りに,くりくりの優しそうな瞳。
名前はクリストファーといった。
「よろしく」
彼はそれだけ言うと,ユイコを腕の中に包みこんで二人乗りの状態で馬を走らせた。
初めて馬に乗ったユイコは,あまりの高さに多少の恐れがあった。しかも思った以上に,馬は走るのが速い。
クリストファーはずっと無言のままだった。
人見知りする間もなく,空気の澄んだ森の中に差し掛かった。野生の鳥やリス,鹿の親子連れなど,動物たちが皆伸び伸びと暮らしていた。
ユイコの故郷の雰囲気とは大違いであった。
森の中の景色を見ていると,急に馬が止まる。目の先にはいつの間にか小屋があった。
「着いたぞ」
と言って,クリストファーはユイコを降ろし,事前に用意してくれていたという車椅子に座らせてくれた。
「おじさんのお仕事は,なに?」
それは,彼に対しての第一声である。
馬具を馬から外し,クリストファーは渋い声で話した。
「馬クラブを経営してるんだ」
「うまくらぶ?」
これだけでは,具体的なことが分からなかった。
クリストファーは,また何も言わずに手招きをする。彼の後を付いていくと,小屋の近くには全く樹木がない辺り一面草原のような場所があった。
「馬たちの,牧場だよ」
そう言って,クリストファーは馬を自由に走らせてやった。遠くの方に別の黒馬がたくさんいて,その中に混じっていく。
「オレは一人暮らしだ。そして,42頭の馬を養なっている」
口数の少なかったクリストファーが,自分のことを語りだした。
黙ってユイコは耳を傾ける。
「生まれた時からこの森に住んでいてな。数年前は妻と子どもの三人で暮らしていた。だがある日の夜,森が賊に襲われて一部樹木を燃やされた。そしてオレの家族は奴らに拉致されたんだ……」
彼の声が震えている。表情は,切ない。彼に似合わない顏をしていた。
「オレが家族を守らないといけないのに,……本当に情けない。もうあんな思いはしたくなかった……。だから元々は乗馬クラブを経営していたが,その馬たち一頭ずつに特有の能力を仕込んだ」
と言うと,クリストファーは突然,
「ラリアーリアラー!」と,不思議な言葉を大声で放った。
すると,それまではのんびりしていた馬たちが,一斉にこちらに向かって駆け出してきた。
ものすごい地響き――ユイコは圧倒される。
あっという間に四十二頭の馬たちが二人の前に集結した。
「こいつらは,優れた能力をひとつずつ持っている。乗馬,狩り,臭覚,聴力,視力,気配感知……本当に様々だ」
ユイコは四十二頭の馬たちをまじまじと見る。見た目だけでは分からないが,凄いことだと思った。
「こいつらの能力を活かして,オレは賊から森を守り続けることにしたんだ。木の一本も燃やさせない,動物の一匹も殺させやない。それがオレに唯一できることなんだ」
ユイコは心打たれた。
家族を失ったことに哀しむだけではなく,家族を奪った賊と戦っていくという彼の姿に。その決意は,強い人にしかできないものだと感じたからだ。
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