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第二章

理解してくれる彼女

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 これまでずっと、自分の中に秘める葛藤を一人隠し続けてきた。なんにも考えていないふりをして、出来るだけ周りと同じように振る舞い、社会に溶け込むよう意識してきた。
 こんなことで俺が悩んでいたなんて誰も気づいていないだろう。

 だけど、これを機に話してみるんだ。普通の高校生なんだと、俺を「俺」として見てくれた彼女に。

 彼女の目をしっかりと見つめ、俺は初めて胸の内を語り紡いだ──

「改めて説明するけど、俺の両親はイギリス人で、俺自身もイギリス国籍なんだ。でも……俺が生まれ育ったのは日本だ。ずっとこの国の人間として生きてきた」

 父の仕事の都合で、卒業後はイギリスに移り住むことになるかもしれない。それは正直、怖かった。国が違えば文化が違う。習慣も違う。言葉だって違う。
 なによりも、イギリスには「あの人」が住んでいる。この赤毛を貶し、俺の語学力を嘲るあの人──祖父が。
 父は、いつまで逃げるんだと無神経な言葉を俺に向けてきた。たしかに俺は、逃げているのかもしれない。だが、それのなにが悪いんだ?
 父に抗うつもりなら、自分の力で生きていく術を見つけられればいい。だけど、今の俺にはそれができない。
 目指すものがなければ、あの父親を説得するのは困難だ。

 ──俺は、それら全てを彼女にぶちまけた。話しているうちに、自分が情けない奴だと改めて思った。
 日本を離れたくないと要望を大にしているわりには、自分の未来を決められずにいるのだから。

 俺の話を終始無言で聞いていた彼女は、複雑な表情を浮かべる。なにかを考えるように目を伏せ、やがて小さく頷いた。

「あなたにそんな悩みがあったなんてね。お父さんのことも、お祖父さんのことも……気の毒に思うわ。しかも話を聞く限り、進路を決めないとあなたは英国へ強制送還させられるんでしょう?」
「いや、言いかた……」

 俺は思わず苦笑する。あまり彼女は冗談を言うタイプじゃなさそうだから、どうリアクションをとっていいのか迷ってしまう。彼女はクスッと笑っていたけれど。

「あなたにはないの? やりたいことや好きなこと」

 やりたいこと、か。残念ながら、なんにもないんだよな。
 強いて言うなら、人とコミュニケーションを取ったり、友だちと遊び呆けることが好きなくらいだ。要は趣味もない、夢もない、残念な男子高校生なんだ。
 だから、目指しているものがある人が羨ましいと思う。

 話をしているうちに、ふと、先ほど関さんに言われたことを思い出した。足の不自由な友人がいるという関さんは、そういう人たちの支えになりたくて介護士を目指していると語ってくれた。
 車椅子のお客さんにスマートな対応をしていた関さんの姿を思い浮かべて俺は続ける。 

「バイト先の先輩に『きっかけは近くにあるものだ』と言われたんだけどな。今の俺には、まだそれを見つけられないんだ。なかなか難しくて」

 あの言葉は、関さんだからこそ重い意味を持つ。
 すると、彼女はなにか納得したように頷くと、あたたかい眼差しを俺に向けてくれた。

「焦らないで、イヴァン。あなたが後悔しないために。今はお父さんとの件で、あなたが自棄になっているように見えるの。だけどあなたには、自分の目標を見つけてほしい。……ううん、きっとイヴァンなら見つけられるはずよ」

 私が言うのもおかしな話だけど、なんて言いながら、彼女は苦虫を噛み潰したような顔になった。
  
 ──いいや、おかしくない。全然、おかしくないよ。
 なんだろう、胸がきゅっと締めつけられるこの感じは。彼女の言葉が、俺の中にすっと入っていくような不思議な感覚もする。

 誰かに自分の心の内を打ち明けたのは、彼女が初めてだ。
 今回の父の件はもちろん、祖父に言われたことや、自分自身が何者であるのか迷っていること。小学校時代の友人たちはもちろん、アカネにさえ伝えてこなかった。クラスの仲間にもバイト先の人たちにも、誰に対しても一切話していないんだ。

 けれど今日このとき、彼女に打ち明けてよかったと心の底から思った。

「サエさんにそう言われると、なんかすごい嬉しい」
「大したことは言ってないわよ」
「そんなことない。気持ちがすっきりしたよ」
「それならよかった」

 彼女の頬に、小さくえくぼが浮き上がる。
 ……ああ、彼女はこんなにも可愛らしい笑顔も持っているんだな。
 俺の胸の鼓動は、早鐘を打ち続けている。

「なあ、サエさん」
「なに?」
「今度はサエさんのことを教えてほしいんだ。たとえば……進路とか。サエさんは卒業後はどうするのか、もう決めてるのか?」

 俺がそう問いかけると、彼女は眉を潜めた。なにかを思うように遠くを見やったが、再び目線をこちらに戻す。
 どことなく暗い口調になって、こう答えるんだ。

「私は……。上海交通大学に、行こうと思っているの」

 シャンハイ? 上海ってまさか、中国の大学ということか? 
 想像もしていなかった返答に、俺は目を見開いた。
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